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札幌市

絵本は芸術であり生きる力を育むもの。良質な絵本がそろう専門店20230627

絵本は芸術であり生きる力を育むもの。良質な絵本がそろう専門店

札幌の新発寒エリアに、オープンから29年になる絵本専門店があります。

「ちいさなえほんや ひだまり」という店名通り、どこか懐かしく、リラックスでき、ひだまりの中にいるような気分になれる、そんなお店です。店主は、40年以上絵本の魅力を伝えることに情熱を傾けてきた青田正徳さん。自らを「はんかくさい人ですから」と称する青田さんに、これまでの歩みや絵本への想いなどを伺いました。

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世に出ている8割は駄作。絵本コンシェルジュが選ぶ良質な絵本だけが並ぶ

「ちいさなえほんや ひだまり」は、住宅街にある一軒家。玄関を開けると、店主の青田さんが「どうぞ、どうぞ」と笑顔で迎えてくれます。靴を脱いで中に入ると、所狭しと絵本が並んでいて、壁には絵本の原画や絵本作家さんからの手紙、青田さんの手描きのメッセージなどがびっちり貼られています。奥には畳の部屋があり、そこに座ってページをめくる親子連れや転がって絵本を読む子どもたちもいます。


さて、1年間で新たに出版される絵本の数は1000タイトルほどと言われています。小さなお子さんのいる親御さんやお孫さんのいる方は、書店へ行っても、数ある絵本の中から何を選べばいいのか迷ってしまうとよく耳にします。

「ズバリ言います。書店に並んでいる絵本の8割は駄作です。本当にすぐれた絵本と言えるものは2割だけだと思ってください。うちにある絵本は、すべてその2割のものだけ。おすすめしたい絵本しか置いていません」

hidamari3.jpgたくさんの絵本が溢れかえっているけれど、青田さんの頭の中にはどこにどの絵本があるかはしっかり頭に入っています。

ひだまりに行くと、青田さんとの会話から絵本選びが始まります。お子さんの年齢は? 最近好きなものは?

青田さんの問いに答えるたび、1冊ずつあちこちの棚から青田さんが絵本を出してくれます。しかも、魔法のようにサッと出てきます。ひだまりに置いてある絵本は、青田さんが厳選した約2500タイトル。それらがどこにあるのか、すべて頭に入っているのです。

さらに絵本を開いて見せながら、その絵本の背景や作者のことまで、細かく解説してくれます。一般的な書店で、書店員さんとこんな会話を交わすことはまずありません。時には、作者の生まれた年や生い立ちまでポンポンと飛び出し、青田さんの記憶力とよどみない説明に感心するばかり。

hidamari5.jpg本人は、「絵本コンシェルジュを目指していますから」と笑いますが、目指すどころか、すでに唯一無二のコンシェルジュです。

子どもが初めて触れる芸術は、絵本。それを考えて本物を選んでほしい

「絵本は、子どもが最初に出会う総合芸術です。なんでもいいわけがない。すぐれた絵本には子どもたちに伝えていかなければならない大切なことが描かれているのです」

最近は、とりあえず売れればいいという風潮が強く、中には子どもに媚びを売るような絵本や、ただゲラゲラ笑えるだけの絵本が増えていると言います。

青田さんが絵本を選ぶ際に大事にしているのは、オリジナリティ、リアリティ、ヒューマニティの3つ。作者の持つオリジナル性がどれだけあるか、創作であるとしてもどこかに作者の体験など真実味が含まれているか、そして読み終わったあとに温かく心に残るものがあるかをしっかり見て、絵本を選んでいると言います。

大人は絵本を見るとき、活字だけを追ってしまい、絵がおまけになってしまいがち。でも、幼い子どもは字が読めないので、絵と読み手の声で絵本を観賞します。絵本選びのポイントとして、まず絵だけを見て面白そうだと思ったら、次に文章を読んでみて、気に入ったものを選ぶといいと青田さんは言います。

hidamari6.jpg大人も絵本を選ぶのが楽しい空間

読み聞かせの時間が、子どもの想像力をたくましく育んでいく

「それからね、絵本は読み聞かせがすごく大切。読み手とそれを見て聞く人、つまり子どもの両方がいて、絵本が絵本としてはじめて仕上がるのです。だから、売り場に並んでいるときの絵本は仮縫いの状態だと思っています」

読み聞かせをしてもらっている間、子どもたちはやさしい声に包まれ、深い愛情を感じながら、大きな安心感の中で絵本の世界に没頭できます。

「子どもたちには想像する力があります。動くアニメーションを見ているのとは違い、読み手の声を聞きながら、動かない絵を自分の中で動かす力を持っているのです。絵本の外や奥に広がる、描かれていない空白の部分を紡ぐ力を読み聞かせで育んでいきます。感性が育つ右脳で楽しめるのは、読み聞かせをしてもらっているときなのです」

hidamari7.jpg読み聞かせをしてくれている青田さん。実は読んでくれているのは、青田さんがつくった自作絵本!

青田さんは絵本を勧める際、大人に読み方のアドバイスもしてくれます。声の出し方、ページのめくり方など、ちょっとした演出方法も大切になります。

「良質な絵本を読み聞かせしてもらった経験は、大きくなったときの生きる力にも繋がると思います。絵本がいかにすばらしいものか、本質の部分を親御さんや保育に関わる方にもっと知ってもらいたいですね」

また、青田さんは、絵本は就学前の子どもたちだけのものではないと言います。大人になると、誰かに読んでもらう機会というのは滅多にありませんが、今回青田さんが読んでくれた絵本を、文字を意識せずに見ていると、自分の中で普段使っていない想像力を働かせているのが分かりました。凝り固まったものが自然と緩んでいくような感覚になり、子どもの頃に戻ったような気分です。

「字が読める小学生になっても、大人になっても、絵本は心に作用する大切なメディアなのです」

27歳で絵本に出合い、何のあてもない中、42歳で絵本専門店を開業

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遠軽町出身の青田さん、実家は農家で、8人兄弟の末っ子でした。高校卒業後、製パン工場勤務やミシンの訪問販売などを経て、児童図書出版の販売代理店に就職。ここで初めて絵本に出合います。27歳のときでした。

「絵本を見て育ったわけではないし、すべてが初めて。絵本の知識もゼロからのスタート。毎日のようにいろいろな絵本を読み漁り、勉強会などにも参加しながら、子どもたちにいいものを届けたいと常に考えていました」

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購入してくれる園の先生たちから、「こんなステキな絵本をありがとう」と感謝されることが増え、青田さんは、絵本は売り手と買い手の垣根を越え、「子どもたちのために」という想いで繋がっている特別なものであると感じるようになりました。

青田さんが、販売代理店から独立を決めたのは42歳のとき。当時、札幌に唯一あった絵本専門店がなくなると聞き、大きなショックを受けていた矢先、札幌の西区、西野にある喫茶店兼ギャラリー「あ・うん」のオーナーから、店の一角で絵本を販売してみないかと声をかけられます。

青田さんの中で、「会社を辞め、自分が絵本専門店をやろう」という想いが湧き起こります。資金はなく、退職金もなく、あるのは熱い想いだけ。妻には猛反対され、周囲からも心配されました。それでも、「あ・うん」のオーナーが背中を押してくれ、1994年、1000タイトルの絵本とともに「ちいさなえほんや あ・うん」を開業させます。

「マスコミにも数多く取り上げられ、順調な滑り出しでした。ところが、もともと小さな喫茶店だったため、絵本を買いに来た親子連れで混み合うと、喫茶店でゆっくりコーヒーを飲みたいお客さんたちに迷惑をかけているのではないかと申し訳ない気持ちになって...」

hidamari11.jpg何度もメディア掲載のご経験がある青田さん。

翌年、青田さんは近くにアパートを借りて店を移転。「ちいさなえほんや ひだまり」として営業を始めます。さらに次の年、新発寒の一軒家に移ります。靴を脱ぎ、くつろいで絵本選びをしてほしいと考えていた青田さんにとって、念願の畳の部屋もできました。在庫も増え、今とほぼ同じ2500タイトル近くの絵本を扱うようになりました。

常に経営はピンチ。それでもここを必要とし、支えてくれる人たちがいる

ところが、経営は常に綱渡りの状態。おすすめしたい絵本をどんどん仕入れ、在庫が過剰になったのが原因でした。


「小売業のこと、絵本の販売のことを何も分からないまま、いい絵本を勧めたいという想いだけでやってきましたから...。おそらく普通の経営者ならあり得ないことをしているのでしょうね」

そう言いながら苦笑しますが、常に青田さんの周りには支えてくれる人、応援してくれる人たちがいました。

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「ひだまりはね、私一人の店ではなく、支えてくださった皆さんの店なのです」

大きな閉店の危機は1999年。

このときは、無利子無担保の「ひだまり債」を発行しました。北海道新聞に大きく取り上げられたこともあり、約200人が「ひだまり債」を購入。三分の二は常連のお客さんたちだったそう。

その後もピンチは続きますが、そのたびにひだまりの存続を願う人たちが支えてきました。常連客はもちろん、親交のある絵本作家や取引先の保育園や幼稚園の先生など、さまざまな人たちがひだまりを応援しています。

絵本の魅力を伝えるのが役目であり、絵本を語るときが何よりも幸せな時間

hidamari12.jpg見てください、この青田さんの幸せそうな笑顔。


絵本の話をしているときの青田さんはとにかく楽しそう。「経営はいつも火の車だけど、絵本がやっぱり大好きでね」といきいきと目を輝かせながら話をします。

かつては、保育園や幼稚園、図書館などへ講演会で呼ばれることも多く、90分間で12冊もの絵本の読み聞かせをし、絵本について解説するということを行ってきたそう。「絵本を語ることほど、楽しくて幸せな時間はない」と笑います。

しかし、長年腕を上げて読み聞かせをし続けたことで、肩を壊してしまい、大勢に向けての読み聞かせができなくなってしまいました。「読み聞かせができないなら、講演会はしない」と、4年前からすべての講演会を断っています。

hidamari16.jpgとっても大きな青田さんの手。多くの絵本をこの手で触ってきたのが伝わってくる力強さも感じました。

「絵本はね、読んでもらったという生の体験が大事。絵を見て、声で物語を聞き、そこから想像の世界へ行くのですから。まずは大人にその体験をしてもらわないと、講演会でただ絵本の説明をするだけでは意味がない」

そこにも、ひたすら絵本と向き合ってきた青田さんなりの哲学が感じられます。

青田さんは、絵本作家さんとの交流も盛ん。自分が「すばらしい」と感じた作家さんには直接手紙を書くなど、その情熱と行動力にも驚かされます。青田さんが「これだ!」と思った絵本の中には、ひだまりの売上が全国トップという作品も。中には、青田さんによって絶版になっていた絵本が再版されたケースもあります。また、北海道内にはすばらしい絵本作家の方たちが在住しており、道内作家さんの応援も積極的に行っています。

hidamari20.jpg作家さんから届いた感謝の作品。

「私は学問寄りの絵本の研究者ではないし、絵本を作る側の人でもないけれど、私はすばらしいと思う絵本の魅力を余すことなく伝え、それを手渡していく絵本の専門家です。子どもたちがより良い未来を築いていくには理想を語る必要があります。その理想を語っていく手がかりが、すぐれた絵本の中にあると私は思っています。そのような絵本を少しでも多くの人に手渡していきたい」

2500タイトルに、人が生きていく上で大切なものが詰まっている

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青田さんの名刺の上には、「レイチェル・カーソン、星野道夫、金子みすゞ」と3人の名前が書かれています。彼らは青田さんの生き方に影響を与えた3人です。

レイチェル・カーソンは、海洋生物学者で、著書「沈黙の春」でいち早く環境問題を取り上げた女性。没後に出版された「センス・オブ・ワンダー」では、子どもたちに地球の神秘や不思議に目をみはる感性を持ち続けてほしいと記しています。星野道夫は、写真家であり探検家。アラスカの自然と人々を撮り続け、自然と人の関わりについて追い求めてきました。金子みすゞは、すべてのものに対する深い愛情と優しさを作品で表現した昭和初期の童謡詩人。「みんなちがって、みんないい」というフレーズは、誰もが聞いたことがあるはずです。

「3人とも絵本作家ではないけれど、この3人の想いや彼らが大事にしていたこと、つまり私が大事にしていることが、ここにある2500タイトルの絵本の中に詰まっているとも言えるかな」

人が生きていく上で大切なものは何かを絵本の中に見出している青田さん。帰り際、ドアの下に貼られていた青田さん直筆のコメントに目が留まりました。そこには、「絵本は人類の英知が生み出した最も優れた芸術表現の一形態である」と書かれていました。「これは私が40年以上絵本に携わってきた上での総論です」と青田さん。絵本は芸術であり、生きる力を育むもの。絵本文化の奥深さを知った一日でした。

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ちいさなえほんやひだまり
住所

北海道札幌市手稲区新発寒6条5丁目14-3


絵本は芸術であり生きる力を育むもの。良質な絵本がそろう専門店

この記事は2023年5月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。