みなさん、「中頓別町」をご存知でしょうか?北海道の北部に位置した場所にあり、森林に囲まれ、まさに大自然の中で暮らすことができるまち。
そんなこのまちで、さまざまな事業をしている蓮尾純一さん。もはやこのまちの「なんでも屋さん」として、役場をはじめ町民から引く手あまたな重要人物です。
蓮尾さんからは田舎まちで成功する秘訣をはじめ「田舎ビジネス」のコツなども惜しみなく教えていただき、とっても濃い取材時間を過ごすことができました。何か夢を持っている方、中頓別でその夢を叶えませんか?世でレッドオーシャンだと言われている事業でさえも、ここではブルーオーシャンとなり得るのですから。
木彫りのくま職人だった20代
こちらが蓮尾さん。とっても気さくで話しやすい方です!
札幌市出身の蓮尾さん。話を聞けば、中頓別町に来る前は阿寒湖温泉街で、お土産用の木彫りのくまを作っていたと言います。
ど、どういう経緯で!?と思わず食い気味に質問してしまった取材班。
「実はもともとは札幌の不動産会社で働いていました。でも、自分の手で『ものをつくる仕事がしたい』と思うようになり、ハローワークへ行き、その時は陶芸の仕事がしたいと相談したんですよ。ハローワークの方が見つけてくれたのが、阿寒湖温泉街の土産物店員アルバイト募集。そこに、木彫りを教えてくれないか聞いてみたら?とアドバイスをいただいたのがきっかけです」
木彫りの求人ではなかったものの、蓮尾さんは早速そのお店に連絡し、なんと丁稚奉公(職人のもとでお給料もらわずに、技術だけ教わる)として身を置くことに!!
木彫りの世界って、なんだか大変そう...
「のみとぎ3年、木の選別2年っていう世界ですね。それを乗り越え、たまたま阿寒湖温泉街のお土産屋さんが1軒閉まるってところがあったので、そこで店を出して独立しました」
この時若干25歳。阿寒湖温泉街で過ごした日々は、店の経営や店舗のディスプレイなど、今に活きるさまざまなことが学べたと過去を振り返ります。 木彫りをつくりつつ、お店も経営し3年程経った頃...
「飽きちゃったんですよね」と蓮尾さんは笑います。
そんな時、今のこの中頓別町に来るまでの道がまた新に拓けます。観光協会との関わりの中で、北海道商工連合会という観光に関わる分野の人材を募集しているという情報が入りました。
行動派の蓮尾さんは一緒にお店をやっていたスタッフに店を譲り、商工会連合に応募し晴れて採用!勤務地は道北エリアと幅が広いのですが、最初に辞令を出されたまちが、中頓別町だったのです。
中頓別町のまちなみ。
田舎暮らしを満喫する予定が...?
中頓別町に来てからはイベントの立ち上げをメインに、経営支援やマネジメントについて指導したり、会計全般を担当したりと、幅広い業務内容をこなします。
そんな中、町外への異動辞令が蓮尾さんに下りました。
しかし、その時すでにこのまちが地元の奥様とご結婚されており、まちを出るという選択肢はお二人の中にはありませんでした。
「そこで、せっかく田舎に来たんだし仕事を辞めて、田舎暮らしを楽しもうと思ったんです。自給自足をやってみたいなって思って庭つきの家を買っていたんですが、畑を耕す暇もなかったので、これからはゆっくり暮らしていこうって」
こうして商工会連合を退職し、のんびり暮らそう...そう思っていたのもつかの間...!
また違う話も舞い込んできます。 今現在責任者として籍を置く「なかとんべつ観光まちづくりビューロー」では、前任の責任者の方が辞めてしまい社内がドタバタ状態。そこを手伝ってくれないかと、声がかかります。
「なかとんべつ観光まちづくりビューロー」とは...?
中頓別町の自然・文化・歴史・食・産業などの観光資源を活かして、観光客誘致を行ったり、地元の方々がこのまちに愛着を持ってもらえるように...と、豊かな地域づくりを目指し設立された一般社団法人です。
町内の観光スポットを巡るイベントの企画や、温泉宿泊施設などの運営など、業務は多岐に渡ります。 しかし、突然辞めてしまった前任者の後に入った時には、組織としての立て直しが必要な状態だった、と話します。
「町の第三セクターという立ち位置ではあれど、民間企業としての考えを従業員たちに持ってもらう必要はありました。自分たちで稼いでいかなくてはいけないという体制がなかったので、事業内容とともにまずはそこを整えていきました」
不動産業で培った経験、そして自分でお店を開いてきたといった経験から、蓮尾さんのビジネス感覚が光ります。こういった経験者があまり町内にいなかったこともあり、蓮尾さんはこのまちからなくてはならない存在になっていたのです。
自席でお仕事中の蓮尾さん。
現在では、町の特産品のひとつである「なかとん牛乳」を作る食彩工房もうもうの受託事業や、新たな地域の特産品をつくるべく、農業をやっていたり、温泉運営、道の駅の運営、キャンプ場の運営管理などなど...仕事内容は多岐に渡り、それを整備し広げていきました。
「このまちってなかなか選んでもらえないまちなんですよね。『中頓別に行こう!』と目的地にしてもらえるために何をするか、それを私たちは考えています」
そう話す通り、最近ではテントサウナを購入。屋外で、そしてこの道北でサウナを楽しめる!そんなプランを計画中なのだとか。
ほかにも、平成元年に廃線されたJR天北線。この線路の跡地を観光資源にして、地域を盛り上げることはできないだろうか?と新しい挑戦を始めているのも蓮尾さん。
この路線は自然の中にあるので、その中を歩きながらゆっくりとした時間を楽しむという「ロングトレイル」。日本全国で人気が高まっていて、本州のある地域ではロングトレイルの利用者が30万人を超えたところもあるのだとか。
蓮尾さんたちは「最北のロングトレイル」を目指し、2022年8月下旬にはロングトレイル体験会も実施。 最終的にこの中頓別町をはじめ宗谷エリアを目的地に来てもらう観光事業をつくりたいから。売上どうこうではなくて、知名度をあげて目的地として来てもらう魅力をつくる、と考えているそう。
「売上はそのあとについてきます。その足かけのひとつとして、ロングトレイルとか、本州の人も取り込めるようなことを立ち上げていく必要がある。事業が軌道に乗ってくれば、今このまちで死んでいる施設も予約が入ってくると思う。そこを一緒に考えてくれる人材は大募集中です(笑)」と蓮尾さん。
多数の業務をこなす蓮尾さんの奥様は、まちなかで「ヤマフクコーヒー」というカフェをオープンさせました。
しかも、蓮尾さんも焙煎士として店頭に立っているのだとか!! い、いつのまに焙煎士になられたのですか...!と、蓮尾さんの話は、聞いていて驚きの連続(笑)。
何やら田舎暮らしを満喫する、という理想からはかけ離れてしまいましたが、イキイキと楽しそうに働いている蓮尾さんです。
田舎まちだからこそできること
「都会でビジネスをおこすより、田舎の方が成功する」と蓮尾さん。
「何かの事業を田舎に持ってくるだけで田舎の人たちはありがたい!と思ってくれるんですよ。ヤマフクコーヒーもそう。これまでカフェに行くってなれば、旭川まで1〜2時間かけて行かなきゃいけななかった。それをこんな田舎でもやってくれるとなると、田舎の人は興味を持ってくれます。例えば『ピザ』も。ピザって都会に行かないと食べられないものだったんですよ(笑)。だからあえてヤマフクコーヒーで提供することにしました」
田舎の課題は人手不足と人材難。
プログラマーもいなければ、何かをプロデュースできる人もいません。
だからここはビジネスが成功しやすい環境。
0から1をつくるのではなく、どこかにあった「1」を持ってくるだけで成功する。
そうしたことに気付いている人が少しずつ増えているのでしょうか...何やらこのまちに、面白い若者たちが少しずつ増えてきているのです。
「地方に人の目が向いてきているのでは、と思います。その時代の流れは阿寒湖にいた時や、この地、中頓別町に来た時より感じますね。多分、便利さを求めてるとか、都会で華やかな暮らしをしたいよりも自分らしく生活したいって人が集まってるのかな。あまりみんなが知らないところでやってみたい、あえて有名じゃないところを選んでいて、その選択肢のひとつが中頓別だったんじゃないかな」
ここ最近では、地域おこし協力隊としてこのまちに入ってくる若者が多い。
地域おこし協力隊となると、任期は3年と決まっており、卒業後にそのまちに定住するかはその人次第。任期を待たずして、まちを出て行く人も多い現状の中、中頓別町の協力隊員たちは、3年間を全うし、その後定住する確率がほぼ!!
協力隊を卒業後、まちの人手不足を解消すべくまちの人たちのために働いている人もいればフィッシングガイドとして独立し、子どもたちに自然教育を行っている人もいます。
今はこのまちに「映画館をつくりたい」と動いている若者もいるのだとか。
なんだか聞いているだけで、ワクワクしてきますね。
「中頓別町で事業は興しやすいと思いますよ。そもそも協力隊として卒業したら100万円もらえるし、事業立ち上げに関しては支援メニューがたくさんある。事業計画の作成段階から補助金が出るくらいですからね、このまちでは本当に開業がしやすいです」
まさにここは夢が叶う場所。
その魅力にいち早く気付いた人たちが、今少しずつここ、中頓別町に集まって来ています。
- 一般社団法人なかとんべつ観光まちづくりビューロー 蓮尾純一さん
- 住所
北海道枝幸郡中頓別町字敏音知72番地7
- 電話
01634-7-8650
- URL