北海道のほぼ中央に広がる、日本最大の山岳公園「大雪山国立公園」。ここの玄関口である上川町は、北海道を代表する温泉郷・層雲峡温泉も有し、豊かな自然に恵まれたエリア。2022年春、この町にポップなホットドッグの店がオープンしました。オープンして1年足らずにも関わらず、その味に魅了され、町外から足を運ぶファンまでいるそう。店を切り盛りするのは、上川町の地域おこし協力隊だった小山内力さん、沙紀さん夫妻。2人が上川町に来たきっかけや、お店を開くことになってからの驚くべき展開、これからのことなどを語ってもらいました。
岡山移住のつもりが...。旅行をする感覚で上川町へ
北海道の厚真町出身の小山内力さんは関東で仕事をしていましたが、たまたま遊びに行った名古屋で沙紀さんと知り合います。結婚を機に力さんは名古屋へ移り、建設現場で溶接などを行う「鍛治工」と呼ばれる仕事に就いていました。長い休みが取れるたび、2人でレンタカーを借りて四国などを回っていたそうで、「そのときに四国のほうに移住もいいかもね、と話していて」と沙紀さん。瀬戸内海エリアへの移住を考え始めるようになります。
ご主人の小山内力さん
「ちょうど30代半ばに入ったとき、仕事を辞めることになり、このタイミングで移住するのもいいかなと思ったんです。名古屋にずっといる理由も特になかったし、これを機に違うところに住んでみようかとなって」と力さんも続けます。
当初は瀬戸内海エリアの岡山に行く予定で、移住フェアなどにも参加。そのときはまだ北海道に来るつもりは微塵もなかったそう。
「僕の実家が北海道にあるので、定期的には帰っていたし、いつか戻るかもしれないというのが頭にあったので、むしろ北より南や西のほうへ...という感じでした。瀬戸内海の島が好きだったというのもありましたし」
移住するにあたって、2人が懸念していたのが仕事と住まいでした。「ある程度、準備してから行きたいなと思っていたんです。岡山県は、移住先として人気が高く、住む場所や仕事もあったのですが、割と都会で。ちょっと自分たちの思い描いていたイメージとは違いがありました」とおふたり。
奥様の小山内沙紀さん
移住フェアへ参加した際、たまたま上川町のブースがあり、そこで地域おこし協力隊を募集していると知ります。沙紀さんは、「上川町では、地域おこし協力隊は、隊員の期間が終わったあとに起業支援補助金という支援を受けられると知り、そんな制度があるならチャレンジしてみようかな...」と思ったそう。そして、上川町のブースにあった層雲峡の写真に目が釘付けになったと続けます。
「別にアウトドアが好きとか、山が好きなわけではないのですが、展示してあった紅葉の層雲峡の写真を見て、これをリアルに見てみたいって思いました」
そこで、2人は上川町への移住を考え始めます。慎重になればなるほど、ふん切りがつかなくなると思い、「まずは旅行気分で、とりあえず行ってみようかって。ダメだったらほかに移ればいいよねという話になりました」と沙紀さんが振り返り、力さんも「はい、もう行っちゃおう、エイヤーって感じでした」と重ねます。引っ越しが決まると、周囲からマフラーなどをたくさん贈られたそうです。「マイナス気温で寒いからって、みんな心配してくれて(笑)」
そして、2020年2月に2人は上川町へ。ちょうどコロナ感染の拡大がはじまったころでした。
もと居酒屋だった建物を、改装しましたホットドッグ店だけの予定が、想定外の展開でソーセージ作りの事業継承も!
地域おこし協力隊で募集していた職種は「フードプロデューサー」でしたので、協力隊員として、カフェスペースもある町の施設「大雪かみかわ ヌクモ」で働きはじめます。協力隊員の期間終了後、将来的に飲食店開業も目指せるとあり、いつか店を持ちたいと思っていた2人には、それも移住のポイントになりました。名古屋出身の沙紀さんは喫茶店を、力さんはホットドッグの店をやりたいと考えていたそう。
2年の隊員期間を終え、独立することになった2人は、いよいよ、力さんがやりたかったホットドッグの店を始めることにします。
実は、協力隊員として活動していたときから、ヌクモのカフェで出していた精肉加工店「山麓の四季」のソーセージを使いたいと考えていた力さんは、協力隊員の活動と並行して、山麓の四季のオーナーである安部逸雄さんのところで、ソーセージなどの加工の修行を始めていたのでした。
当時の驚きのエピソードがあります。
「ソーセージを製造している加工場の見学に行ったとき、その場でいきなり、『跡を継がない?』と言われたんです。想定もしていなかったことで驚いたんですが、そこのソーセージがないとホットドッグが作れないと思ったので、分かりました、継ぎます!って(笑)」
さらに、安部さんがやっていた居酒屋もコロナで休業していたため、「そこも使う?」という驚きの提案が。思ってもいなかった展開でしたが、2人にとってはとてもうれしい話でした。
「はじめはキッチンカーでホットドッグ屋をやろうと思っていたから、めちゃくちゃびっくりしました。二つ返事で、使わせてもらうことにしました」と力さん。
和風居酒屋だった店舗を自分たちの手でポップに改装し、さらに店内にはアメリカンキャラクターのフィギアなどを数多く並べました。壁には沙紀さんが描いた絵も飾ってあります。
忘れられない秋葉原のホットドッグ店の味を上川町で再現
ところで、なぜホットドッグの店だったのでしょうか?
「東京にいた頃、すごく好きだったホットドッグ屋があったんです。秋葉原にあった『マチガイネッ』という店。そこのチリミートが最高で。だけど、そこが閉店したと知り、そこのホットドッグの味を継承したいと思ったんです」
力さんは店のオーナーに連絡し、承諾を受け、東京へ行ってレシピを教わります。レシピと一緒に店名も引き継ぐことに。こうして、「マチガイネッエゾベース」という店が誕生しました。
店ではホットドッグのほか、沙紀さんが焼くパウンドケーキも提供。ソーセージ以外も手作りにこだわり、パンも自分たちで焼いています。
名古屋出身の沙紀さんは、「北海道ってすごいなと思ったのが、ほとんどの材料が北海道産で揃えられるという点。パウンドケーキの食材がすべて道産で揃えられるというのは驚きました」と話し、「おもちゃがいっぱいで、一見ふざけた店に見えると思うんですが、提供しているものはきちんと厳選した食材を用いていて、すべて手作りです」と笑います。
「僕の母親が料理上手で、何でも手作りする人だったんです。それを見て育ったせいか、僕自身も感覚的に料理ができるし、何でも作れるんじゃないかって思えるんですよね」
力さんが作るホットドッグは、一度食べるとまた食べたくなると評判に。イベントなどに出店する機会も増え、少しずつファンの輪が広がっています。最近はアイスホッケーの試合会場でも販売を頼まれ、出店したそう。
お二人の好きなキャラクターグッズで店内はびっしり!
「旭川や近隣の町からわざわざ食べに来てくれる人もいます。この間は、イベント会場で購入してくれた人が『また食べたくなりました』って5分後にまた買いに来てくれたり。どうやらうちのホットドッグは中毒性があるようです(笑)」
特に、2人が「なっち」と呼ぶ「納豆チリドッグ」はハマる人が多いそう。納豆にチリミートにソーセージ...と意外な組み合わせですが、「食べてみたら分かりますよ」と力さん。納豆の匂いとチリミートのスパイスが、ほかにはないハーモニーを生み出しているようです。
まずは一度実食を!!すぐに2個目が食べたくなります(笑)夜の営業のほか、スマホ教室など、町の人たちが集まるスポットに
とはいえ、まだオープンして1年ほど。経営という面ではまだまだ頑張らなければというところだと言います。ホットドッグ屋の傍ら、山麓の四季の安部さんから技術の継承をしてもらいながらソーセージやハム、ベーコンなどの製造も行う日々。ソーセージは、旭川で使う分だけ生肉を仕入れ、冷凍はせずに加工作業に入ります。極力添加物は控え、手間ひまかけて丁寧に仕上げていくそう。それだけでも十分多忙な印象ですが、さらに最近は夜の営業もスタート。
「平日の昼間など、それほどお客さんが多いわけではないので、昼間に仕込みをして夜も店を開け、お酒や名古屋飯のつまみなどを出しています。韓国料理のコースや、タコスなどのメキシコ料理を提供したり、珍しい果実酒などをたくさんそろえて飲み放題に加えたり、やれることをいろいろ手探りしながらやっているところですね。おかげさまで女子会などでもよく利用してくれます」と沙紀さん。
北海道ではなかなかお目にかかれない、名古屋飯メニューも!
ほかにも、店で町内のお年寄り向けのスマホ教室を開いたり、パソコンの使い方のレクチャーをしたりすることもあるそう。携帯関係のショップでの勤務経験がある力さんにとって簡単にできることも、町の高齢者の方たちには難しいことが多々あり、相談に乗っているうちに、レッスンを頼まれたりするようになりました。
「町の人たちの役に立てるなら、という気持ちでやっています。ここに来てもらい、お茶をしていってもらったり、町の人の交流スポットとして利用してもらえたらと思います」
町の人たちに頼られているという点で言うと、力さん、実は協力隊時代から地元の高校でスノーボードの指導も行っています。「上川って、高梨沙羅さんの出身地ということもあってジャンプのイメージを持たれやすいんですが、スノーボードも盛んなんですよ! 学校の授業でスノーボードがあって、教える人が足りないと聞いたので手を挙げさせてもらいました。大雪山系は雪質もいいし、スノーボードがしたくて海外から来る人もたくさんいるんです」と話します。
主婦の皆さんや、年配の方たちなど幅広い層でにぎわう店内。この日は、取材の直前まで高校生が力さんとおしゃべりに花を咲かせていました
「スノーボードしかり、町の人にとっては当たり前のことや当たり前の風景も、町外から来た僕たちにとってはスゴイなというところがたくさんある。そういうところをうまくPRしていければ、もっと町を魅力的に感じてもらえるんじゃないかなと思っています」
道外の人にも上川で作ったおいしいソーセージやハムを知ってもらいたい
2人の話を伺っていると、どうも朝から夜まで仕事や活動をしていて、休みがなさそうに感じますが...。
「今は忙しくて、休みらしい休みは取れてないです(笑)。いろいろなことが軌道に乗るまで、頑張らなければという感じです」
フル稼働の2人ですが、それでも「朝起きて、窓を開けたら、大雪山系のきれいな山並みが目の前に広がり、ここに越してきて良かったなと思う」と沙紀さん。一方、力さんは「夜の営業をはじめてから、70代のおじいちゃんたちがよく来てくれるんです。彼らがカウンターに並んで座って、飲みながら話している姿がなんともホッコリするんです。そういう様子を見ていたら、上川に来て良かったなと思います(笑)」と話します。
見る度に感動するという、大雪の山並み
これからのことを伺うと、「ソーセージやハム、ベーコンをもっと広く知ってもらって、道外にも売り出しをかけられたらいいなと思っています。それが上川のPRにも繋がるのかなと思いますし」と力さん。「こんなにおいしいソーセージやベーコンがあるんだ!と、最初私自身もびっくりしたんです。本当のベーコンってこうなんだということも初めて知りました。本物のおいしさをたくさんの人に知ってもらいたいですね」と沙紀さん。2人はいつか好きなアーティストを呼び、店でライブをしてもらいたいという夢もあるそう。手探りの部分もまだあるということですが、「やれることはやっていく! これからです!」と最後に力強く話してくれました。
- マチガイネッエゾベース(山麓の四季) 小山内さんご夫婦
- 住所
北海道上川郡上川町中央町582番地
- 電話
01658-5-3435
- URL