居酒屋「燦醸小町」をはじめとする飲食店や、八百屋「大地ノ青果店」を経営、さらに自社農場の運営やグルメイベントの開催まで、幅広く手がけている(株)タフスコーポレーション。
その陣頭指揮を執っているのが、田村準也社長。チャレンジ精神とセンシティブな経営手腕を発揮しながらも、若いスタッフからも「ジュンヤさん」と下の名前で呼ばれる兄貴分的な存在です。
今回はそんな田村さんのこれまでのストーリーと、これからのビジョンにスポットを当ててみました。
七転び八起きの末に気づいた、自分の原点。
田村さんの仕事への姿勢を一言で表すなら、タフなアイデアマン。自身の若い頃は「とにかく転びっぱなしだった」と笑います。まずは創業時のエピソードから紐解いていきましょう。
遡ること約30年前の1991年。札幌の高校を卒業して神奈川県横須賀市へとやってきた田村さんは、叔父が経営する一級建築士事務所で勤め始めます。
「当時はバブル真っ盛り。叔父の『建築は儲かる』という言葉だけを頼りに上京しました」
意気揚々と働き始めた田村さんでしたが、華やかな時代はほんのつかの間。まもなくバブルが崩壊します。
「他の知人もおらず、夢半ばで札幌へとんぼ帰り。一度実家を出たからには自立して食べていこうと、営業やサービスの仕事に就きましたが、どこも性に合わず先輩とケンカして追い出されるか、自分から出て行くという始末(笑)」
渡り歩いた職場はなんと10軒以上。さすがにサラリーマンは不向きと悟った田村さんが、次に手を出したのがバー経営。「手っ取り早く日銭を稼げそうという安易な発想でした。ただ上司こそいませんでしたが、商売が初めてということもあり、お喋り以外はまるで上手く行かなくてね(笑)。仕方ないからバーの開店時間まで居酒屋やイタリアンの店にバイトとして入り、接客や経営をイチから学び直しました」
そんな苦労の甲斐あって、5年後には同系列のバーを数店舗を経営するオーナーとなり、生活も徐々に安定していきます。けれど、そんなポストを得てもそこに胡座をかかないのが田村さん。なんと、次は「店を全て手放す」という思い切った行動に出ます。
「当時僕がやっていたバーは、若い男女が初めてのデートに使うような、少し浮ついた店。常連さんができにくいし、長く通ってくれたとしても結婚したり、子どもが生まれたりするとすぐに疎遠になっていったんです。端的に言うなら、愛される店じゃなかったんですよね」
自分がやりたいのは、家族と出かけたくなるような店。子どもからお年寄りまで、多くの方に長く通っていただけるお店。そんな「自身の原点」に気づいた田村さんは、全てのバーを売却し、代わりに30席ほどのこじんまりとした居酒屋を購入。自らも店に立ち、物語を紡ぐように一人また一人、常連の輪を広げていきました。また同時期に安定した経営を続けて行くために、運営母体となるタフスコーポレーションを設立しました。
「そこから、『ここは愛される店になるか、人が集う場になるか』をしっかりと確かめながら、料理店、レストラン、居酒屋など、地道に店舗の数を増やしていったんです」
現在、お客さんの8割は常連さんだという「居酒屋 燦醸小町 蔵米」
飲食業を誰もが誇れる仕事に。
お客様に末永く愛される店をつくる。その実現のためには「働いてくれるスタッフの人生を背負うこと」も大切になってきます。「恥ずかしながら、以前は、結婚したり子供が生まれたりすると、それを機に退職するスタッフもいたんです。最たる理由は待遇。時には店で出会ったスタッフ二人が、結婚のために同時に辞めると言いだしたこともありました。ショックでしたね」
それまで「気合いと根性さえあれば、仕事はどうにかなると」考えていた田村さんでしたが、常連さんと同様、スタッフとも長い付き合いを心掛けなければ、店舗も会社も成長できないということに気付きます。目標としたのはスタッフの10年20年後、いや、その子どもの分まで面倒を見ることができる会社。
「まずは給与を一般企業の水準まで引き上げました。国や自治体の統計を参考とし、例えば30代前半の平均年収が310万円なら、それ以上の金額を保証することにしたんです」
「労働環境や待遇はサービスに直結する」と田村さん。「だからウチのスタッフ、いい顔してるでしょ?」と笑います。
さらに税金が3%上がれば、給与も3%上昇。昨年からは物価上昇の影響で生活が不安定になると判断し、上昇分を給与に反映したそう。
「給与や手当が改善されれば、働くスタッフのやる気は倍増しますし、店も活気づきます。店の売上増や客足の上昇という好循環にも繋がるんです」
こうした待遇面の改善に尽力する一方、田村さんは忙しい合間を縫い、スタッフ一人ひとりとしっかり向き合う時間を設けています。
「店での小さなエピソード、たわいもない出来事を聞いたり、プライベートの心配ごとや悩みなどに耳を傾けたり。どうしたらもっと素敵な店になるか、何を変えたら働きやすくなるかをあれこれ話し合うこともありした」
そんなスタッフとの会話の中に田村さんが込めたのは「タフスにはあなたが必要」という思い。
「スタッフは歯車でも、単なる労働力でもない。私の大切な仲間であり、店舗や職場に命を吹き込むエネルギーであり、このチームを支えるブレーンであり、タフスという企業そのもの。お世辞でも大げさでもなく、スタッフひとり一人が、私や会社にとってかけがえのない存在なんです」
田村さんが社員に語るタフスのビジョン。そこに自分の役割を確認したり、自分の必要性を理解したりすると、スタッフはとびきりの笑顔を見せてくれるとか。
「店や企業をつくるのは、経営者じゃない。そこに集った仲間たち、そしてそこに芽生えた信頼感や絆だということを改めて痛感しています」
移住支援にも力を注いでいることから、道内各地だけでなく大阪や福岡など、さまざまな場所からスタッフが集まってきているといいます。
農に魅せられて、ススキノから畑へ
田村さんが率いるタフスコーポレーションは、飲食企業には珍しい「畑」を持つ会社でもあります。きっかけとなったのは2012年、知人の紹介でとある農家さんとの出会いだそう。「自分は生まれも育ちも札幌の都会っ子。野菜や果物は毎日のように扱いながらも、農業はどこか遠い存在でした。でもその農家さんの話がとても面白くてね」
手間暇を惜しまなければ作物は元気に育つこと。見てくれは悪くても美味しい農産物はたくさんあること。逆に売場に並ぶ綺麗すぎる野菜にはそれなりの理由があること...。当たり前に目にしていた「畑の幸」の裏側に広がるユニークなエピソード、農家だけが知っている裏話に田村さんは心を奪われます。
「気づけば、時間の合間を縫っては道内各地の生産者を訪ねるようになっていました。面白い農家さんの隣には、もっと面白い農家さんがいる。見たことのない野菜を作っていたり、全てを自然に委ねた栽培に取り組んでいたりね。人脈が広がる度に、農に対する視界がグンと広がっていくような不思議な感覚でした」
生産者を訪ね、話を聞く。その野菜を頬張り、心打たれる。農の世界に魅了された田村さんが「自分も農にチャレンジしたい」と考えるまで、さほどの時間は要しませんでした。2013年、田村さんは由仁町の農家から借り受けた土地に「タフスナチュラルファーム」を開園。長年タッグを組んできた同社のメインシェフ・中村貴幸さんや若手スタッフの協力を得ながら、80品目もの野菜づくりに取り組んでいきました。
「馴染みの客や生産者を招いて、交流会などのイベントも開催しました。子どもたちが収穫体験をしたり、農家のリアルなこだわりを聞いたり、反対に食べる側の思いを伝えたり。中村シェフがその場で引き抜いた野菜で料理をふるまうなんて催しにも取り組みました」
都会の飲食店に居ては決して味わえない貴重な経験。田村さんはこれまで自分が得て来た「農の感動」を、同社のスタッフやお客様、仲間にシェアしたいと考えたのです。
「料理を提供するときに、その素材がどう栽培されたか知っていれば、より中身の濃い接客ができる。料理を味わうお客様も、畑に実っているときの野菜の姿を想像できれば、もっと深いおいしさを楽しめる。つまり、農を知ることは食生活を豊かにすることでもあるんです」
農の魅力を伝える八百屋の経営へ。
農を知ることは、生活を豊かにすること。そんな思いを胸に、飲食店経営、店舗拡大、自社農園の運営、農作物を広める催しの開催と確かなステップを積み重ねてきた田村さんが、次に取り組んだのが「大地ノ青果店」という八百屋の経営。開設は2017年、新札幌の複合ショッピング施設の一角に一号店を構えました。
ポールタウンにある「大地ノ青果店 DELICA TESSEN」。珍しい青果や色とりどりのお弁当・お惣菜が目を惹きます。
「なぜこの野菜を扱うのか、なぜこの作物はうまいのかをしっかり伝えることができる、地元の八百屋がコンセプト。もちろん昔気質の対面接客というスタイルも大切にしています。お客様の料理のヒントになるよう、また野菜のロスを少しでも防ぐよう、食材の調理・加工を行うセントラルキッチンも設け、惣菜や弁当の販売もしました」
目標は「いい会社」であり続けること
飲食店と自社農園と八百屋。紆余曲折ありながらも、見事な多角経営を実現しているタフスコーポレーション。その主でもある田村さんは、企業の現状にどんな課題を、そして未来にどんな夢を描いているのでしょう。「ここ数年間は、コロナ禍でも好調な売り上げをキープした大地の青果店をはじめとする『事業の拡大』が最重要テーマ。同店の東京への出店やベトナムへの進出は、その象徴的とも言える事象でした。ただこういった攻めのビジネスを推進する一方で、そろそろ足下を見つめ直す時期に来ていることも実感しています」
足元を見つめるとは、タフスコーポレーションの出発点である居酒屋に立ち返るということ。
「お客様がどんな風に過ごしたいかを感じ取り、適切なタイミングで食事や飲み物を提供したり、お声がけをしたりすることが、私たちに課された使命。言いかえるなら、我々の仕事とは、お客様への『有意義な時間の提供』なんです。いくら日々の仕事に忙殺されても、店舗や社員が増えたとしても、ここを忘れてはいけないと思っています」
今も店に立ち、スタッフと一緒になって汗を流すのも、そんな考えがあるから。自分の足元を再度見つめ直し、大好きなスタッフと「有意義な時間の提供」を共有するためです。
「自分はタフスを大きな会社にはしたいとは思わない。ただし『いい会社』にはしたい。いい会社とは、面白い会社。スタッフにとっては失敗も含めて面白がって働けて、お客様や世の中にとっては存在そのものが喜んで頂けるような会社でありたいですね」
そういってにっこり笑った田村さん。またしばらくしてお話を聞いたら、きっと新しい何かにチャレンジしているんだろうな...(笑)
- 株式会社タフスコーポレーション(燦醸小町)
- 住所
北海道札幌市中央区南3条西6丁目8番地2F
- 電話
011-251-7662
- URL
◎大地ノ青果店
https://daichi-no-seika.com/