若手林業・木材産業従事者を中心とした仲間が集い、日々情報交換をして盛り上がっている「森の魅力発信し隊」。
そんな「森の魅力発信し隊」のメンバーについて、ご紹介する記事の第6弾です!
勘を頼りに飛び込んだ林業の世界
「子どもが好き、教えるのが好きで就いた塾の仕事でしたが、自分が机上でしか知らないことを子どもたちに教えていることに違和感を覚え、『見て、触れて、経験したこと』を伝えたいと考えたんです」
こう話すのは、北海道の旭川市出身で、東北の大学を卒業後、千葉県で塾講師の勤務経験を経て、現在、北海道新得町で地域おこし協力隊として活躍する佛坂樹華さん。
もともと登山やパラグライダーなどアウトドアが好きで、山に囲まれた自然豊かな田舎に移住したいという思いもあった佛坂さん。どうせやるなら好きなことにチャレンジしようと思い、ピンときたのが林業でした。その理由を尋ねると「それは、もう勘ですよね(笑)。だってかっこいいじゃないですか。大きな木をチェーンソーを操って倒す動画を見て憧れていたんです」と話します。
花粉症持ちの佛坂さんは、スギやヒノキの花粉を避けて道内で林業の仕事を探し始めました。
「くらしごとのWebサイトもよくチェックしていました。池田町で天然林を生かす自伐型林業を展開する山本健太さんの記事は特に面白く、参考になりましたね。いろいろ調べていくうちに、自分のやりたい方向性が少しずつ見えてきました。やっぱり林業はかっこいいし、すごく楽しそうだって」
そんな時、道内で新得町だけが地域おこし協力隊として林業従事者を募集していました。一度も訪れたことのない町でしたが、運命的な巡り合わせで、すぐに試験を受けることを決めたそうです。
「面接で初めて町に来てみると、日高山脈を望む景色のあまりの美しさに感動し、すぐに新得町が気に入りました。十数年ぶりとなる面接は緊張のあまり噛みまくってしまったのですが、なんとか無事に合格することができました。住んでみると、夏はカラッとしていて涼しいし、ラフティングやSUPが楽しめる。冬は晴れの日が多くて除雪をする回数も少なくて済むし、本当にいいところです」
こちらが新得町地域おこし協力隊の佛坂樹華さんです
春夏秋冬の作業を経験し、林業の楽しさと厳しさを実感
2021年4月に面接を受けて、5月に引越し、6月から西十勝森林組合の森林整備課直営現業班で働き始めた佛坂さん。私有林や町有林で、カラマツを植えて育てる造林事業、具体的には、苗を植える「植林」から、森の下草を刈る「下刈り」、余分な枝を切る「枝打ち」、曲がった木や育ちの悪い木を取り除く「除伐」、太い木を育てるために間引く「間伐」まで、林業の春夏秋冬の作業を一通り体験してきました。まったく未経験から林業を始めて1年と数カ月が経ち、佛坂さんは「山や木、草の知識が段々増えていったり、木材や機械の扱いが上達して自分のできることが少しずつ増えていくのがすごく楽しい。林業の現場は、職人的な縦社会というイメージがあるかもしれませんが、そんなことはなく、分からないことがあれば先輩や上司に気軽に相談できますし、いつも優しく接してくださり、たくさんフォローしてもらっています。毎日そんな仲間と協力し、一緒に笑ったり悩んだりしながら充実した日々を過ごしています」と話します。
西十勝森林組合
一方で「林業は体力と忍耐」とも話す佛坂さん。
「楽しいけど、きつい場面もあります。数百本の苗を背負って山を登る植林や、真夏の猛暑日、炎天下での下刈りが辛いという人が多いですが、私は背が高くて硬いネマガリダケ(チシマザサ)をかき分けて山の中を歩くのがいちばん苦手でした。ネマガリダケの竹やぶは2〜3mの高さがあり、一つの方向に流れるように茂っているので、竹やぶの中は本当に歩きにくいんですよ。一日中、竹やぶの中でもがいている感じです。冬の間伐作業もなかなかハード。チェーンソーに燃料とオイルなど重装備で冬山を上り下りするのですが、急斜面だと滑るのが危険でかんじきを履けないんです。そのため、長靴で行くことになるのですが、新雪はやわらかく時に膝のあたりまで脚が雪に沈んでしまう。沈み込むたび、態勢を立て直すため、脚を持ち上げなくてはならず、すぐに体中の筋肉が悲鳴を上げ始めます。憧れのチェーンソーで間伐するのは最高に楽しいのですが、帰ってくる頃にはクタクタです」
夏は暑く冬は凍えるほど寒い、体力的には過酷な現場も多いそうですが、それでも佛坂さんが頑張ってこられたのは「次世代に豊かな森をつなげていきたい」という真っ直ぐな思いです。
「一本の木を立派に育てるのには人の寿命以上に年月がかかります。林業って手間も時間もかかる本当に難しい仕事ですが、半世紀先の未来のために木を育てていると思うと、ものすごくやりがいを感じるし、誇らしい気持ちになるんです」
「父親のように接してもらっている」と佛坂さんが恩師と尊敬する上司、西十勝森林組合総務部長の後藤義孝さんは「彼女は一昔前の言葉でいえば『新人類』(笑)。発想や考え方についていけないと思うこともあるけれど、裏返せば、それは地域の林業に新しい風を吹き込む力になるかもしれないということ。楽しみにしているところも大きいです。最初は、長く続けられるだろうか?なんて思ったこともありましたが、私が思っていた以上に彼女は真っ直ぐで頑張り屋。今後も成長を見守っていきたいです」と佛坂さんを高く評価しています。
佛坂さんと後藤さん。二人の様子を見ていると信頼関係を強く感じました
「森の魅力発信し隊」に参加、木育イベントのボランティアスタッフも!
林業・木材産業も他の業界同様、担い手確保の必要性、定着などに課題を抱えています。特に林業・木材産業の業界では、若手が少ないため、働き方やキャリア、生活上の悩みを共有・相談できる仲間が少ないことが多く、若者が定着しづらい環境であることが大きな課題です。そんな状況を少しでも良くしたいと、北海道庁水産林務部の若手職員が立ち上がり、企画したのが「森の魅力発信し隊」です。隊員同士の情報交換、定期的なオンラインなどでの交流会などを通じて、林業・木材産業を頑張っている仲間たちとのネットワークをつくり、会社や組織を越えた横のつながりを感じられるコミュニティの場となっています。
佛坂さんも2021年の冬から参加。オンライン交流会や隊員同士の情報交換の中から、林業・木材産業の仕事やライフスタイルなどの魅力について発信した内容をまとめた「森の魅力発信し隊」便りを閲覧するのをとても楽しみにしているそう。時折、佛坂さん自身もこのコンテンツに登場し、コメントをやり取りしている様子などが紹介されています。
「コロナ禍でリアルな交流会などにはまだ参加できていないのですが、同じ志を持った仲間とこうしてつながれるのはとても心強いです。隊員みんなの活動や考え方を見たり読んだりしていると、同じ業界にいるのに私の知らないことがいっぱいあって、すごく勉強になるし、何よりおもしろい! 『新しい機械だ!かっこいいー』とかミーハーな楽しみ方もしています」
また、佛坂さんは2021年11月から、森づくり体験や自然観察、木工など帯広の森に関するさまざまな情報を発信する拠点施設「帯広の森・はぐくーむ」に通い、木育のイベントをボランティアスタッフとして手伝っています。「子どもたちと楽しく触れ合いながら、森にかかわる人を少しずつ増やしていければと思い、ボランティア活動を始めました」。
「森で蔓(つる)を集めてリースを作ったり、間伐材を使った門松を作ったり、子どもたちが遊ぶ姿を観察していると、大人では絶対に思いつかないような自分なりのやり方で一生懸命に遊んでいて、『そうか、こうきたか!』と思わせられることが何度もありました。子どもたちの創意工夫や創造性、たくましさに心から感動すると同時に、そういう力を引き出せる木育って本当にすごいものだなって強く感じたんです」
休みのたびに木育イベントに参加するようになった佛坂さん。いつしか林業に就いている自分ならではの木育やクラフト体験を提供できないかと考えるようになりました。
事務所では他の職員さんとも楽しそうにお話する佛坂さん
佛坂さんが目指す木育のカタチ
北海道で生まれた「木育」の理念を要約すると、「木とふれあい、木に学び、木と生きる」取り組み。木を身近に使っていくことを通じて、人と木や森とのかかわりを主体的に考えられる豊かな心を育んでいこうという活動です。
2022年4月、西十勝森林組合は本格的に木育の普及・啓発活動に力を入れていこうと立ち上がり、佛坂さんが担当に抜擢されました。「ボランティア活動で木育の魅力に触れ、これを自分の仕事にしたい、ライフワークにしていきたいと考えていたので、本当にうれしかったですね。毎月1回開く木育イベントを楽しいものにしようと季節に合わせた企画を練っています」と笑顔を見せる佛坂さん。「木育というと、木のおもちゃで遊ぶというイメージを持つ人が多いかもしれませんが、対象は子どもだけではありません。私たちの事業では、親御さんなど大人にも積極的に参加してもらっています。遊びをきっかけに木や森を身近に感じるライフスタイルを広めたい。五感を通して木の良さを再認識してもらうことで、林業にも興味や憧れを持ってもらいたいです」と力強く話してくれました。
この立派な丸太の台も佛坂さんが作ったもの
佛坂さんが最初に企画した木育イベントは、スウェーデントーチを使ったワークショップ「バウムクーヘン作り」体験教室。4組13人の親子が参加しました。スウェーデントーチは、切り込みを入れた丸太に直接火をつけて、たき火が楽しめるアイテム。この日は、樹齢30年の町内産カラマツの丸太を使ったそうです。生地は牛乳やバター、砂糖などを混ぜ合わせた佛坂さんの特製。
「トーチを燃やしながら、棒に絡ませた生地を焦げ目が付くまで焼いた後、次の層の生地を上からかけていくんです。10回ほど同じ作業を繰り返してもらうと、木の年輪のような断面のバウムクーヘンがこんがりと焼き上がります。カラマツのたき火を囲んで、家族とおしゃべりしながらだんだん大きなバウムクーヘンができあがっていく。ものすごい盛り上がりでしたよ。買ったものとはひと味違う、香ばしくて美味しい思い出の味になったと思います」
こちらは木口を見るのが大好きという佛坂さんのコレクション
また、2022年6月の木育イベントでは小学3〜6年生の児童18人が「木のクッキー作り」に挑戦しました。樹齢約20年のシラカバをのこぎりで輪切りにして、クッキーの抜き型でくりぬいた加工品に好きな色の絵の具を塗り、オリジナルのおもちゃやキーホルダーなどの装飾品を完成させたそう。佛坂さんは「自分だけの大切な宝物ができたと子どもたちが喜んでくれてすごくうれしかったです」とほほえみます。
佛坂さんの目指す木育は、単なる「木のおもちゃの普及活動」にとどまりません。
「例えば、子どもたちが地域で伐採した木を使い、乾燥前の生木を切ったり磨いたり加工したり、自分たちで遊びを創り出す原体験を提供したいんです。使い方の決まったおもちゃではないものを何かに見立てて楽しむなど、木に触れることによって、そういう創造をしてほしいですね」
他にもアイデアを模索しながら、木の温もりを感じる作品を作っています
目標がいっぱい、夢もいっぱい
佛坂さんの目下の目標は、北海道が認定する木育を普及させる専門家の資格「木育マイスター」の取得です。木育マイスターの資格があると活動経費の助成があるので、イベントに今以上の予算をかけられるようになるなど活動の幅を広げられるからです。
「木や山、森には本当の癒しの力があると思います。緊張したり嫌なことがあったりした時、木のおもちゃを触っていると、不思議とストレスが和らぎます。自分の中で何かが浄化されているような気がして、涙があふれてくることもあるんです」と佛坂さん。「この他にも、軽いわりに強度があったり、心を落ち着かせる香りがあったり、木の魅力は挙げ出すときりがありません。木を通じて、人とのつながりや自然とのつながりを深められるような木育の普及活動を、もっと深く掘り下げて充実させていきたい」と話します。
木や山林、森、自然に関する佛坂さんの興味関心はどんどん広がっています。将来的には「町に自分の山を持って、小規模な自伐型の林業や、狩猟などで森の恵みを生かす暮らしを実現したい」と語り、「自然を生かした遊び場もつくって、木育などを通じて子どもたちから『山の先生』と呼ばれるようになりたいです」と目を輝かせます。
「年末には狩猟免許を取得する予定です。狩猟で山に入れるようになったら、野生動物の貴重な肉をいただくだけでなく、骨や皮も自分で加工してアクセサリーやかばんなどを作ってみたいです。尊い命を余すところなくいただく狩猟文化を体現していくつもりです」
「今は『これ』って決めるよりも、『あれこれ』やってみて、という時期だと思っています」と佛坂さん。「木を切る仕事、木を育てる仕事というだけでなく、林業というものをもっと広く定義したいという思いがあります。自然とともに生きること自体が林業、木育や6次産業化に取り組むことも林業、そんなイメージです。ちょっと広すぎるかもしれませんね(笑)。まずは"自分サイズ"で山に関わり、『森の魅力発信し隊』の活動にも力を入れて、同じ志や夢、目標を持つ仲間との絆を深めたり新たな仲間を増やしていきたいです」と今後の抱負を語ってくれました。
高齢化や担い手不足など多くの課題を抱える林業界ですが、佛坂さんのような若い感性が果敢な行動力で新風を吹き込んでくれることは頼もしい限り。これからも大いなるチャレンジスピリットの発揮を期待したいです。
- 新得町地域おこし協力隊 佛坂樹華さん(西十勝森林組合)
- 住所
北海道上川郡新得町字屈足基線1−9
- 電話
0156-65-3301