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旭川市

挑戦し、生まれ変わるファーマーズレストラン。エスペリオ20220201

この記事は2022年2月1日に公開した情報です。

挑戦し、生まれ変わるファーマーズレストラン。エスペリオ

地元に愛されてきた、「先駆け」の洋食店

エントランスにはミルクの集乳缶が並び、店の壁は、牧草を思わせる濃厚な緑色。南フランスの田園地帯のような雰囲気をまとう店構えです。北海道旭川市にある、旭山動物園から車で5分、その名も「動物園通り」に、洋食レストラン「エスペリオ」はあります。

この好立地から「観光客向け?」と思われるかもしれませんが、開店は動物園ブームが来るよりずっと前の1995年。生産者と直結したファーマーズレストランの先駆けとして知られ、開店以来、地元の人に長く愛されてきました。

ロゴマークには、牛を引く農夫のイラストとともに「North Plain Farm」という文字が見えます。このノースプレインファーム(NPF)とは、放牧酪農による牛乳や乳製品、多角経営で知られ、道民にはなじみが深い牧場です。旭川から約150キロ、オホーツク地方の興部町にあり、エスペリオはNPFのアンテナショップ的な性格も持っています。

エスペリオの運営会社社長は、柔らかい雰囲気とダンディズムを漂わせる矢野竜二郎さん。出身は横浜で、このレストランを切り盛りするようになったきっかけは、そのNPFのソーセージでした。

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外食産業一筋。生産者の顔が見えない違和感

実は横浜には、NPFの姉妹店であるカフェがあります。そこは矢野さんの実家の近くで、小さい頃から、NPFのソーセージを食べて育ったといいます。

「素朴な味なんです。添加物なしでは作るのが難しいと言われるソーセージですが、ドイツのソーセージマイスターもびっくり呆れたというほどのクオリティです」と矢野さん。素材本来の美味しさに、舌がなじんでいました。

esperio_18.JPGエスペリオの運営会社「株式会社 NPF・エスペリオ」の代表取締役の矢野竜二郎さん。

今のエスペリオがあるのは、このソーセージがあったからこそと言ってもおかしくありません。そのストーリーをひも解いていきましょう。

矢野さんは高校を卒業後、外食産業一筋でした。会社をいくつか渡り歩き、大手チェーンのレストラン店長など、マネジメントを中心に現場を踏んできました。「店ではきれいに盛り付け、かっこ良く提供するけれど、食材の生産者が見えませんでした。『これが正しい方向なのか?』と、長く疑問に思っていました」と振り返ります。

そんな時に、2001年の同時多発テロが起きました。今から20年前、当時26歳だった矢野さん。旅客機が高層ビルに突っ込む映像を見て、「今まで当たり前と思っていたことが一瞬でなくなる。このまま、なんとなくで動いててもダメ。自分がやりたい方向に舵を切らないといけない」と確信しました。

esperio_25.JPG北海道でのびのび育った牛の赤身肉と、厳選された食材を使い、こだわりの製法で作るのが、エスペリオオリジナルのハンバーグです。

自信に満ちた表情。ソーセージ職人に驚き

急に目を見開いた矢野さんの頭をよぎったのは、いつも食べていたあのソーセージでした。外食産業への違和感から、「加工されている現場を見に行きたい」と思い立ちました。26歳の冬、初めての北海道旅で、興部町へ飛びました。

NPFの加工場を見学して驚いたのは、自分と同じ年頃の20代が目を輝かせ、自信満々でソーセージをつくる姿でした。「こういう人たちが作っていて、そりゃおいしいはずだ」と、即座に腹落ち。当時はNPF本体が、乳製品に加えて肉の加工を手がけていて、直営店のエスペリオに直送していました。

そしてNPFを立ち上げた大黒宏社長と会社の事務所で話し、同じ日に、旭川のエスペリオに連れて行かれました。大黒社長に「ちょっと見に行かないか」と言われ、気づいたら店を任せることを打診されていました。

esperio_6.JPG牛乳の品質にこだわったNPFで作られるチーズも販売しています。

まるで「飲みに行かない?」のような誘い文句と急展開ですが、矢野さんによると当時、狂牛病騒動のあおりでエスペリオは苦境に立たされ、心の中で変化を求めていた矢野さんの訪問は、絶好のタイミングだったようです!

「NPFのソーセージやベーコンを扱いたい」という考えを持った矢野さんですが、レストランで多くの経験を積んできただけあって、横浜に戻る機内では自然と、エスペリオの具体的なメニューを空想していました。素材の味を生かし、北海道らしさを皿いっぱいに演出したい―。この時のイメージは、今もエスペリオのベースになっているそうです。

ただ、北海道で暮らすという腹積もりまではなかったため、1カ月じっくりと考えました。果たして、「自分なりのチャレンジができる」というワクワク感に背中を押され、真冬の2月、道民として旭川の地を再び踏みました。

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自信を持って紹介できる、生産者との近さ

店長として着任し、外の目で地元の食材を見つめた矢野さん。「北海道らしさ」にこだわり、近所の人たちにこそエスペリオを使ってもらいたいという思いで、店づくりを始めました。今に至るまで、大型バスの受け入れや貸し切りは原則的に対応しないという、立地を考えると驚きのこだわりです。

ちょっとユニークなのは、矢野さんは3年半働いて一度退職し、旭川の中心部でカフェ経営にチャレンジしていることです。ですが再び思いが募り、運営会社の変遷などをへて、事業を大きくする「リスタート」のタイミングで、役員として舞い戻りました。

現在のエスペリオはNPFの直営店から協力店という位置づけになりましたが、1995年の開店当初から、NPFの牛乳や乳製品、牛肉といった、扱う食材の骨格は変わりません。

esperio_27.JPG地域の食材を使用した人気のピザ!エスペリオのホームページでは、使用する食材の生産者さんも丁寧にご紹介されています。

ちょっとずつ変わったのは、野菜や米などの仕入れ先です。旭川や周辺で営農する、無農薬・無化学肥料、独自品種の開発といったこだわりや確たる信念を持っている生産者とのつながりを深め、地元同士のタッグを多く、太くしていきました。

矢野さんは「皆さん本当に真っすぐで、20年前に見たソーセージ職人のように目が輝いています。ファーマーズレストランとして、『この野菜は〇〇の農家さんの無農薬で...』というように自信を持って説明できます。『おいしい』に+αの安心感を届けられます」と胸を張ります。

生産者とはバーベキューなどで定期的に交流の場を持つほか、料理長も収穫期に畑へ足を運ぶなど、顔の見える関係ができ上がっています。矢野さんが20年前に感じていた、「作り手が見えない」というモヤモヤは、今ではすっかり晴れています。

2016年7月には、2店舗目の挑戦に打って出ました。旭川空港の出発ゲート隣に登場させた支店「ミルクスタンド エスペリオ」です。小ぶりながら、北海道の真ん中の空港で、北海道らしさにこだわっています。

矢野さんは「ここで腰に手を当てて北海道の牛乳を飲んでもらい、いいイメージを持って、また北海道に来てほしい」という思いを込めました。2018年11月にはリニューアルオープンし、NPFの牛乳や有機ヨーグルト、発酵バターをふんだんに使ったクロワッサンなどを販売しています。

esperio_4.JPG取材日にも、ご家族連れで訪れる地元の方々がたくさんいらっしゃいました。

次なる挑戦は、コロナ禍こその新事業

順調に2店舗態勢を続けていたエスペリオですが、他の飲食店と同じように、新型コロナウイルスによって手強い逆風に見舞われることになりました。この危機に、経営者としての矢野さんは何を考えていたのでしょうか。

「『料理人の行き場がなくなる』と、変な心配をしちゃって(笑)。作ったものを、喜んで食べていただくことで料理の仕事は成り立つのに、それができなくなる」

店の存続という難題にとどまらず、料理人をはじめとする一緒に働く仲間のことが浮かびました。

この時、矢野さんの選択肢は2つしかありませんでした。
世の流れのまま縮小の道を辿るか、転機と考えて思い切って新事業に挑むか。

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想像がつくとは思いますが、矢野さんが選んだのは後者でした。

「おいしい料理を家庭で楽しんでもらうことで、料理人のやりがいや、店を存続させる意義をつくりたったんです」

そこからの動きは速いものでした。NPFが肉製品の加工から撤退していたことから、「エスペリオの主力のハンバーグを自分たちで作れるように」という狙いもあり、加工場を新設して、オリジナル商品をオンライン販売しようと策を練りました。

2020年半ばには腹を決め、2021年10月からオンラインショップが産声を上げました。「エスペリオのおうちでレストラン」と銘打ち、ハンバーグのほか石窯の薪で焼いたピザや乳製品のスイーツなど、ギフト商品を充実させました。

この挑戦のために、かつてエスペリオで活躍した料理人を呼び戻し、立ち上げ準備に専念してもらいました。その功績は大きく、3つ目の「店舗」であるオンラインショップは好調な滑り出しといいます。

esperio_5.JPG店舗のすぐ裏にある加工場で作られるハンバーグ。店舗&オンラインショップで販売しています。

さらに、今や新商品の開発計画も進行中です。NPFの肉牛を直送してもらい、オーガニック認証を取得し、ハンバーグなどの加工品を大都市圏の高品質スーパーなどに卸すというものです。安定的な販路確保までつながれば、大きな成長を見込めます。

矢野さんは「加工とオンラインショップで、やればやるほど形になる、という手応えを感じています。これまで、既にある食材を使うというスタイルでしたが、エスペリオならではのプライベートブランドを新たに生み出せる形になりました」と自信をのぞかせます。

難局を乗り切る大きな「ボス」として、頼りがいのある矢野さん。気づけば、横浜から旭川に移って20年が過ぎていました。

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ちょうどいい旭川の暮らし。20年で変化も

取材した日は、白一色の大雪山系をお店の近くから望める快晴でした。

「車が必要だったり、寒さが厳しかったりと北海道ならではの苦労はありますが、あのきれいな山が見えるだけで幸せになります。自然が中心にあり、買い物に困らず、食べ物も空気も美味しい。旭川はちょうどいいまちです」と、旭川を新しい挑戦の場に選んだことに満足しています。

ただ最近は、自分の中である変化を感じているといいます。

まず、北海道にいる環境が当たり前になり、慣れが出てきました。20年前に自分を突き動かした、飲食業界への違和感はもう、今のエスペリオには当然ありません。

加えて、新しいスタイルの発信源である都市部から遠のいて久しいことです。調理や盛り付けなど、料理の表現方法は絶えず変化しています。矢野さんは首都圏の大手チェーンの現場でそれを吸収し、キャッチアップしてきましたが、今は、新しい感覚を取り入れる機会はどうしても減っていまいました。

矢野さんは「新しい感覚でエスペリオをアップデートして、もう一度エスペリオの価値を磨いていく作業が必要になってきました」と痛感しています。コロナで「当たり前」が揺らぎ、将来のエスペリオについて考えさせられた面も大きいようです。

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「在ってよかった!」と言ってもらえるようなお店に

これからのエスペリオとは―。それをイメージするためにも、職場としてのエスペリオについて教えてもらいました。

取材時点では、エスペリオの調理担当は料理長を筆頭に社員が3人、アルバイトが2人。ホールスタッフとして、パートで11人が活躍しています。旭川空港のミルクスタンドの社員は1人。さらに、加工場では3人が勤務していらっしゃいます。

事業領域が広がる中で、矢野さんにはサブの「ボス」を育てていく構想もあります。エスペリオのアップデートに向けて、今いる、そして未来に迎える仲間へ、矢野さんはこうメッセージを送ります。

「ちょっとずつでもいので、成功体験を積んで成長し、ステップアップする場にしてほしいです。食べることが好きな、意欲のある人と一緒に挑戦して、エスペリオも本人も生まれ変わるチャンスにできれば」

そして最後に、これからの「エスペリオ」、そして矢野さんの想いを話してくださいました。

「地域のお客様に、どう喜んでもらえるか?美味しい料理と、アットホームな接客で楽しい時間を過ごしていただく。そして、皆さまにとって豊かな生活を送っていただくために『在ってよかった!』と言ってもらえるようなお店にしていきたいと思っております」

ややかすれた、矢野さんの渋い声。どこか安心でき、もっと聞いていたくなります。

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レストラン エスペリオ
レストラン エスペリオ
住所

北海道旭川市東旭川町上兵村240-8

電話

0166-36-3563

URL

https://esperio.co.jp/

「ミルクスタンド エスペリオ」
旭川空港2F出発ロビー左
TEL 0166-73-6608


挑戦し、生まれ変わるファーマーズレストラン。エスペリオ

この記事は2022年1月19日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。