
人口11,000人ほどながら新千歳空港からのアクセスも良く、田舎すぎないけれど都会すぎない絶妙な暮らしやすさが注目されている北海道栗山町。くらしごとでも何度もお邪魔していますが、来る度に素敵な人と出会えるなぁという印象です。
今回取材をさせていただいた荻野隼一さんと出会ったのも雨煙別小学校 コカ・コーラ環境ハウスで西脇さんの取材をさせていただいていた時のことでした。
誰もが仕事や作業ができる空間にて、シルクスクリーンでコカ・コーラ環境ハウスのオリジナルバッグを刷っていく荻野さんに興味津々の取材陣。その時に少しお話を伺うと、農家さん?いえ、アパレルブランド!?サウナ!?と次々に飛び出す情報に思わず「次回取材をさせてもらっても良いですか!?」と聞くと「いいとも~!」と快く引き受けていただけました。
農家でありながら、アパレルブランドを運営するという荻野さん。一体どんな方なのでしょう?
物心がついた頃から将来の夢は「農家」だった
荻野さんは地元の人ならば良く知る「荻野農場」の5代目になります。先祖が開拓で栗山に来たことから始まり、現在は4代目にあたるお父さんと共にお米や麦・芋・大豆の『種』となる品種を育てる農家さんです。
荻野さんは幼稚園の頃には既に「大きくなったら農家さんになりたい!」と言っていたというほど自然と農業への道を歩むようになっていました。
その気持ちそのままに荻野さんは大学でも農業を学び、卒業後は荻野農場でついに農家としての人生を順調にスタート!...したのですが、最初に立ちはだかったのは、まさかの「お父さん」という大きな壁でした。
長年農家を続けてきたお父さんは様々なことに挑戦したいという荻野さんの意見に対してあまり聞く耳を持ってくれず、ぶつかることも多かったそうです。
「最近はやっと父親との距離感が分かってきましたけど、それでも自分ももう7年も農家やってるのに『まだ認めてくれないか~』って思っちゃいますね。父親にとって自分はいつまでたっても半人前なんですね」
農家としてまだまだ勉強中!という荻野さんですがそんな苦悩の中で、とある出会いがありました。
アパレルブランド「ogiii nuts」誕生
荻野さんがアパレルをスタートするきっかけとなったその人は、湯浅那月(ゆあさ なつき)さん。湯浅さんは栗山町の地域おこし協力隊として2019年の4月に栗山町にやってきました。
こちらが湯浅さん。荻野さんの人生を変える大事なキーマンなのです。
「農業を魅せる」がモットーだという湯浅さんと、「農業を憧れる職業にしたい」という荻野さんは意気投合。ブランド立ち上げに向かって一気に歯車が回り始めました。
しかしなぜ農業からアパレルだったのでしょうか?
今回着てくださっているのは、自身でデザインされたお洋服!
「僕、もともとファッションが大好きなんですよね。のめりこんだのは高校か大学の頃ですかね...とにかく好きな服が買いたくて、給料を全額...というかマイナスになるくらい服につぎ込んでたこともありました(笑)」
これだけを聞くとただのオシャレさんかと思われるかもしれませんが、そこに留まらないが荻野さんです。
「良いものを長く着たいと思うと、やっぱりどうしても一着が高くなってしまうから、それなら自分で作った方が安いなっていうことに気が付いたっていうのもあるんですけど(笑)、それだけじゃなくて農家っていう生産者と、服を買うお客さんっていう消費者との垣根を越えたいっていう気持ちがありました」
アメリカで生まれた「グラスジェムコーン」。半透明で宝石のようにカラフルなトウモロコシ。これを趣味で栽培し、ドライフラワーとして観賞用につくっては、プレゼントしたりしているそう。
農業というとどうしても「キツい」とか「田舎」、「ダサい」というイメージがついて回ってしまうことを残念に思っていた2人。
栗山で身近に農業と携わっていた荻野さんは「そんなことない、それだけじゃない」と思っていたのだそうです。
だからこそ荻野さんと湯浅さんにとって農業のまちでもある栗山から「オシャレでカッコいい農家」を発信し多くの人に身近に感じてもらうことは栗山というまちにとって、そして農業全体にとって重要だと感じていました。それを実現できるのがアパレルだったのです。
さらに理由はもうひとつありました。
「うちの農場は基本的に種芋といった100%農家さんの元に行く作物で、直接消費者に届くものじゃないんですよね。農家にとって重要な作物を作っているという反面、直接お客さんに喜んでもらいたいっていう気持ちもどこかにありました」
この気持ちから荻野さんは完全オーガニックで小さな畑を作り収穫体験なんかもスタート。この「直接お客さんと繋がりたい」という想いもまたアパレルを始める動機になっていたのですね。
服やアクセサリーもオシャレ。農家の方だってことを思わず忘れてしまいそう。
ちなみに、ブランドの名前「ogiii nuts」の「ogiii」は荻野さんの名前から。
3つ並んだ「i」は後にくる「nuts」に3つの意味があることを示していて、ひとつは湯浅さんの名前の「那月」。もうひとつは栗山町の「栗」が英語で「Chest nuts」ということから。そしてもうひとつは英語のスラングで「nuts」は変人の意味。農家のネガティブなイメージからはかけ離れた個性的な農家でありたいという願いが込められています。
こうして2019年11月7日、アパレルブランド「ogiii nuts」は誕生しました。
若手農家だからこその視点でアパレルを
ogiii nutsでは時折イベント出店時には商品を在庫することもあるそうですがそのほとんどが完全受注生産です。しかも販売方法は基本的にはInstagram経由のみ。失礼ながら「あまりたくさん売れないのでは...?」という問いかけに荻野さんは「あんまり服をたくさん売りたくないんですよね!」とのまさかの回答。その理由にもogiii nutsらしさがありました。
世界に3つしかない帽子。ひとつは荻野さんが、あとの二つは、芸人バービーさんと、元フィギュアスケート選手の村上佳菜子さん。栗山町でのテレビ番組撮影時に出会い、意気投合し、帽子をプレゼントされたのだとか!「のら芋」とは、収穫したあとに残った芋が越冬し、翌春に芽生えたもののことをいい、雑草とみなされてしまうそう。そこに日の目をあてた荻野さんです。
ogiii nutsでは基本的に環境に配慮した商品を取り扱っていて、これはファッションをきっかけに少しでも環境について考えてほしいという意図からなのだそうです。
今でこそ「エシカル」や「サステナブル」といった言葉も一般的になりましたが、洋服の市場は大量生産、大量消費が多い中で荻野さんは「一着を大事に長く使ってほしい」という想いを持っています。それは長い目で見ると、この少しの心がけと行動がいつか自分に返ってくるという環境と密接に関わる農家さんならではの視点でもありました。
「ちゃんと農家らしいシーンも撮らないと!」って取材陣に気を遣ってくれる荻野さん(笑)
さらにInstagramを活用することによってもう一つ面白い効果もありました。
Instagramで繋がっている人にだけ販売していることで、商品を買った人同士はいわば「知り合いの知り合い」になります。
ogiii nutsの商品を持っていることでそれが可視化され、たまたま居合わせたお客さん同士が「その商品ってogiii nutsですよね!」という話から輪が広がっていくコミュニケーションツールにもなっているのだそうです。
「面白いやつがいるぞ」と言われるようになるために
春~秋にかけて農業は繁忙期、逆に冬には比較的自由な時間もとれるようになりますが、ogiii nutsを立ち上げた年の冬、荻野さんはなんと札幌のアパレルショップで働き始めたのだそうです。その他にもインストラクターの資格を生かしてスキー場でスノーボードを教えたりもしている荻野さん。閑散期であるはずの冬も「寝る時間がないくらい忙しかった(笑)」と振り返っていました。
自分が気になった面白い人にはどんなに遠くても会いに行って話を聞き、紹介してもらえるなら時間を惜しまず会いに行くようにしているそうです。そうして行動を続けるうちに人の輪が広がり、イベントなどにも声がかかるようになっていきました。
「他の農家さんからしたら遊んでばかりいる変な人だと思われちゃうと思うんですけど、世界って本当に広くて知らないことばっかりだと思うんです。自分の知らない色んなことを知りたいって思うから、気になる人には会いに行きたいんです」
人に会うことを厭わないアクティブな印象の荻野さんですが、実はもともとはそうではなかったと言うから驚きです。
荻野さんは湯浅さんと出会ったことであちこちのイベントに一緒に出掛けるようになったのですが、そこで知り合いや気になっていた人に積極的に話しかけに行く湯浅さんに対し、荻野さんは緊張して全く話をすることができなかったのだそう。
しかし、このことをきっかけに「もっと色々な人と話したい、繋がりたい」と思うようになり、自分自身が変わったと振り返っています。
その根底にあるのは荻野さんの好奇心と勉強熱心なスタイルかもしれません。
「仕事してるとトラクターに乗っている時間って結構多いんですけど、これが実はインプットとアウトプットも仕事しながらできて良いんですよね!」
ぴかぴかに磨かれたトラクター。倉庫内はとっても綺麗に片付けられていて、荻野農場のきめ細やかなスタイルが窺えました。
トラクターに乗りながら本を聴けるオーディオブックなどで様々な本を聞き、さらにテレワークの普及などでオンラインでの打ち合わせが増えたことからトラクターに乗りながらでも軽い打ち合わせなどは出来るようになったのだとか。
負けず嫌いな性格で見えないところでは努力を惜しまないという、なんとも荻野さんらしいエピソードです。
そんな突き詰めてしまう性格からか、3年ほど前には体調を崩してしまったこともあったそうです。しかしそこで荻野さんを救ってくれたのも勉強熱心さでした。
いろいろ調べた結果、行き着いたのはサウナ。サウナについて猛勉強し、サウナに入ること数ヶ月...実際体調も改善していったことからどハマりした荻野さん。さらに突き詰めていき今では自分でサウナテントでイベントを開催するまでになっています。
こちらが、テントサウナでの一枚
農家の枠を越え様々なことに挑戦する荻野さんに今後について伺うと、こう教えてくれました。
「もしかしたら白い目で見られたり理解されないこともあるかもしれないけど、やっぱり『農家って自由で面白くて、楽しそう!!』『なんか栗山に荻野っていう面白いやつがいるぞ』って思ってもらえるようになりたいですね。『半農半X』って言葉がありますけど、農業をやれば好きなことができるって思ってもらえるように、農家の5代目として敷かれたレールの上をただ進むんじゃなく、そこから振り切る人生にしていきたいな、と思っています!」
荻野農場のひろ〜い畑を見ながら夕日を浴びる荻野さんで〆たいと思います。
- 荻野農場 荻野隼一さん
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