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トマトはかすがい。移住した夫婦が、新規就農で見つけたスタイル20210906

この記事は2021年9月6日に公開した情報です。

トマトはかすがい。移住した夫婦が、新規就農で見つけたスタイル

出会いは沖縄の果樹園。パイン隊とマンゴー隊の2人

まちを挙げて新規就農者を迎え入れている新ひだか町に、沖縄で出会って移住してきた夫婦がいます。ひょんなことから就農支援制度を見つけ、縁もゆかりもないこの町に越して8年目という岡田さん家族。不安に直面しながらも、自分たちらしい暮らし方を徐々に見つけ、小学2年生の娘さんと楽しく暮らしています。

夫の岡田幸憲(ゆきのり)さんは広島県出身で、妻の盛子(せいこ)さんは美幌町が生まれです。もともと日高地方とは何一つ接点がない2人でしたが、ともに植物を育てることが好き。沖縄の同じ農園で働いていたことで知り合いました。

幸憲さんは根っからの沖縄好きで、旅行で通ううちに知り合いができ、農業の仕事を始めるようになったといいます。10年ほど西表島に身を置き、農業の傍ら観光業の手伝いをしたり、牛の世話をしたり、建設現場で汗を流したり。「どこかの会社に就職して、みたいな世界ではなくて、何屋さんか分からない人がいっぱいいて、頼まれて一緒に色んな仕事をしましたね」と笑います。パインやパッションフルーツを作る農業生産法人に勤めていたとき、盛子さんと出会いました。

sinhidakaokamurasann16.JPGこちらが広島県出身の幸憲さん
祖先が農家で、「自宅に畑があって、食べるものを作っていたな」という幼いころの記憶が残っている盛子さん。「かつての仕事をやめて、接客とかではなくて植物を触る仕事をしたいなと。実家のある北海道から、思い切り離れた所に行きたいと考えて、住まいがセットになった職場を探していたんです」。たどり着いたのは幸憲さんと同じ職場でした。

幸憲さんは「パイン隊」、盛子さんは「マンゴー隊」として南国のビニールハウスで汗を流し、やがて結婚へと至ります。

里帰り出産で北海道へ。ネットで新ひだかと出会う

娘さんを授かると、盛子さんは里帰り出産を希望しました。実家のある美幌町の周辺で住まいを探し、公営住宅の空きを調べて、置戸町にたどり着きました。置戸で仕事をしながら、農業の仕事を始められる場所を探しましたが、自分たちに合う新規就農の支援制度がいきている地域がなかなか見つかりません。そんな時にネットを見て、ふと、新ひだか町のホームページが目に留まりました。

「町役場に電話したら、説明会があるので予約なしで来ていいですよと言われて。置戸から遠かったんですが、そのまま面接して、帰る時には『いいよ、来ればいいよ』みたいになりました」と幸憲さん。西表島から直線距離で2800キロの置戸から、同じく170キロ離れた新ひだか町へ。とんとん拍子で、新天地が定まりました。

お子さんがいるため住まい探しも気になっていましたが、役場やJAの担当者が間に入ってくれ、いくつかの物件を紹介してもらえました。2014年、新ひだか町へ転入しました。

sinhidakaokamurasann15.JPG奥様の盛子さん
盛子さんは「勢いというか、流れが速くて。細かい悩みはあっても、あまりにスムーズだったので、背中を押されてる感じで。『どんな未来があるのかな』っていう気持ちでした」と言います。不安と表裏だった期待感に、突き動かされました。

知り合いゼロの地へ。不安との戦いにも「よしやるぞ!」

ですが、肝心の仕事の面で幸憲さんは悩みが尽きませんでした。雇われる立場ではなく、自分ですべての責任を負い、大きな投資を伴う新規就農。地域との関わりが大切になる農業での挑戦ですが、知り合いは一人もいません。

新ひだか町では、町とJA、関係機関でつくる「農業担い手育成支援協議会」が新規就農を推進しています。生命力が強くリスクが比較的小さいミニトマトをはじめ、経営を安定化させやすい3つの分野(ミニトマト・花卉・和牛)から選んでもらうのが条件です。

2012年から1期生を受け入れていますが、岡田さん夫婦は3期生。町外から「よそ者」を呼び、定着を図るという取り組みは緒に就いたばかりでした。

幸憲さんは「1期生が初めて就農したころで、ハウスは先輩農家に貸してもらうという状態でした。実績がそれほどなく、そもそも研修して独立できるのかという不安はありました」と振り返ります。当時、周囲からは「素人が本当にできるの?」とか「ゼロから1年や2年研修しても、そんな甘くないぞ」という空気を感じたといいます。

幸憲さんは「直前に怖くなったこともありますよ。会社に就職するのと違いますから。『子どももいるのに、本当に借金までして大丈夫かな』とか。新規就農はどこかで腹をくくらないとできません。『よしやるぞ』で、今もやれています」と打ち明けます。

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盛子さんも「くじけそうなこと、へこたれそうなこととか、笑い話も涙が出る話もいっぱい。話せば一冊の本ができてしまいますよ」と言います。

40代という年齢も、幸憲さんには一つの後押しになりました。「会社員でも『この会社にこのまま勤めていいのかな』『別のことやろうか』と悩むことが多い年代だと思います。50歳を過ぎたら難しいけれど、決断したらまだできる年齢かな、と」

研修1年目から始まる、「独立」への地ならし

研修1年目は町内のJAミニトマト部会長のベテラン農家さんの畑に通い、一緒にさまざまな野菜を育てました。2年目は、町有の「ハウス団地」が仕事場で、研修生夫婦3組で20棟を担当し、ミニトマトを出荷しました。2年目も毎朝、指導者の農家さんが顔を出し、「どうだ?」「まだタイミングが早いぞ」などとアドバイスをしてくれたそう。自立を促すチャレンジと、フォローのバランスが光る研修です。

岡田さんの場合、1年目の後半になって、独立して就農するための検討が本格化しました。JAからはハウスを建てる費用やトラクターの購入など必要な資金案の提示があり、営農計画をたてながら返済のプランも練るようになりました。ただでさえ慣れない農作業に並行して、このヘビーな作業に追われることになりました。

「頭はぐちゃぐちゃですよ。何千万円という、見たこともないような額だし(笑)おおおお、大丈夫かなってビビリましたね。ピリピリしてました」。幸憲さんがこう言えば、盛子さんは「うちだけじゃなくて、旦那さんたちがお金の話を考えているときは、機嫌が良くないな、というのは見て分かりました」と笑います。

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聞きにくいけれど、これから挑戦する人にとって大切なのがお金の話です。岡田さんが借りたのは「2000万円はいかないくらい」でした。農地の広さやハウスの数、土地を買うか借りるかによって、額は変わってきます。「まさに人それぞれで、背伸びせず無借金でやる人もいれば、家一軒建つほど借りる人もいます」とのこと。

仕事と同様に気になるのが住まいです。

就農してしばらくは、農園の近くでJAから紹介された馬屋さんの旧宅を借りて住んでいましたが、娘さんが小学校に入学するタイミングで、中心部の市街地で中古住宅を買いました。ビニールハウス建設などの事業の返済があり、年齢も考えて新築は見送りました。

盛子さんは「家もセットで手に入れる農家さんもいますが、いろんなパターンがあって、通う人も多いです。子どもの教育を考えて引っ越しする方も多いですね」。市街地のアパートを借り、車で15分~20分かけて通う人もいるようです。

続けて盛子さんは、農作業と暮らしのバランスを取るための、大切なアドバイスをくれました。「『畑のそばに家がなきゃ』という固定観念に縛られず、通いの選択肢を含めると、対象のエリアや物件は広がります。そうすれば『どんな環境で農業をするのがいいのか』と考えるし、自分たちに合うスタイルが徐々に見つかるはずです」。納得です。

特産のブランドミニトマトを丹精。経営安定へ心強い存在に

岡田さん夫婦が手塩に掛けるのは、新ひだか町がまちを挙げて力を入れるミニトマト。販売先は全量がJAしずないで、独自のブランド「太陽の瞳」として流通します。道内外で評価が高く、各地の市場から「入荷量を増やしたい」という声もあるほど。売り先がしっかりと確立されているのは、新規就農者にとっては心強いポイントです。

sinhidakaokamurasann7.JPGまるで宝石のような輝き!自慢の「太陽の瞳」
種まきから始め、5月から3回に分けて定植します。幸憲さんは「一気に植えると作業が増えるので、人を雇わないといけない。あえて分散させるんです」と教えてくれました。繁忙のピークは収穫が重なる9月半ば。「取ってもとっても取り切れない。放置すると割れて出荷できないんです」と言うほどで、パートさんの管理も重なって、一番の勝負どころです。出荷作業は11月まで続きます。

新ひだかに来て初めて栽培を経験したミニトマトですが、沖縄での経験も生きていました。幸憲さんは「作物がうまく育つかどうかは、半分以上は作物そのものの力。トマトが自力で、なんとしても生きようとします。厳しい環境に置かれたら、子孫を残して花を早めに咲かそうとする。沖縄での果樹の経験で、『植物って信頼して大丈夫、自分たちである程度やっていける』ということは知っていました」と話します。

肥料づくりは、ご当地ならでは。新ひだかは馬産地で、岡田さんの農場には毎日、馬糞が運ばれてきます。トマトの収穫が終わった冬、ビニールハウスに移動させてすき込み、たい肥にします。「手に入りやすいし、馬屋さんも産業廃棄物の処理に手間がかかるから、引き受け手がいればありがたいんです」と幸憲さん。「循環型農業だ!」と構えるまでもなく、ナチュラルな循環が起きています。

このたい肥一つとってもそうですが、どんなスタイルで仕事を進めるのか、ほぼ自分次第です。コストのバランスを考えて収穫期をできるだけ長く確保し、パートさんの確保や配置、人件費、健康まで管理。他産地の動きを見ながら需給の推移もチェックします。経営者として、見るべきは作物だけではなくなります。

sinhidakaokamurasann12.JPGハウスのまわりはさまざまなハーブや花が彩ります。虫除けや気分転換にと一石二鳥
幸憲さんのそんな話を聞いていたら、盛子さんが、すかさずジャブを入れます。「旦那さんからすると、奥さんを使うのも大変ですよ」。幸憲さんは否定せず「なかなか難しいですね」と苦笑いしますが、さて、その心は...。盛子さんに解説をお願いしましょう。

「パートをお願いしているのは1年のうち3か月ほどで、ほとんどが夫婦二人の職場です。それはそれは暑いハウスで、一対一。良くも悪くも、鏡が目の前にある感じです。仕事場でいろいろあるでしょ。で、『また明日!』のパートさんと違って、家帰って顔を合わすわけですよ...」。愚痴が飛び出るかと編集部はヒヤヒヤしましたが、さにあらず。ずっと一緒にいるからこそ、いろいろあって当然、力を合わせて乗り越えられるということですね! なんてったって、夫婦ですからね。

と思っていたら、盛子さんのトークは止まりません。「私たちがケンカをしても、植物はイキイキと育っていて、『早く水ちょうだい』って。『そうだ作物が優先だ、ケンカなんかしてる場合じゃない。仕事進めなきゃ』ってなります(笑)」。ケンカが尾を引かないというのは、世の夫婦の憧れです!

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まさに、ミニトマトが「かすがい」なんですね。

仕事と生活、体と心のバランスを大切に

一方で、小学生の娘さんがいる家族として、生活する上でのバランスには気を付けています。盛子さんは「農業は旦那さんと一緒にするけれど、クタクタになるまで100%仕事にエネルギーを使うと、家のことができません」ときっぱり。

親として農業者として、徹底するのは自己管理です。秘訣はズバリ、早寝早起き。娘さんと一緒に就寝し、休日も体をできるだけ休ませるために無理をしないといいます。そして農作業は筋肉疲労が大きいため、マッサージや体操、温泉入浴、ストレッチを挟みます。「農業を仕事にするようになって、食べることや自分の体に目が行くようになりました。一日一日、整えて仕事に入る大切さが分かってきました」

気持ちのバランスを取る上では、植物から教わることが多いんだとか。

盛子さんには、経験則から導かれた、金言があります。「朝からイライラしたまま作物を触って急いで仕事をしても、全然進まないんです。気持ちをまず整えて、悩み事をゆっくりほどいていくと、だんだん集中できるようになって、そのうち独り言が始まって(笑)、イライラの原因を振り返れます。植物もイライラが嫌いなんですよ」。深いですね。

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作物に向き合っていると、哲学的なことが頭に浮かんだり、人生の課題を考え込んでしまうこともあるといいます。

支援制度は定着 肌で感じる町の変化とは

新ひだか町に移って2021年度で8年目になる岡田さん家族。経験を重ねるうちに、新規就農の支援制度も10年の節目を迎え、すっかり定着していました。「地元の人も『土地を貸してもいいよ』という人が増えました。私たちが来た時とは全然違いますね」と、幸憲さんは時間の積み重ねを実感します。

仕事の忙しさは相変わらずですが、盛子さんは「これからやりたいこと」への思いも少しずつ膨らませています。就農1年目から好きなハーブの藍を少量ずつ植えて、ドライフラワーにして楽しんでいますが、量を増やして発酵させ、藍染めをするのが目標です。「自分がやりたいことを、種から育てています。ビジョンがあって植えると楽しいですね」。この言葉も、哲学的に響きます。

最近では、かつて嗜んでいたチェロの演奏欲も高まっています。「やっぱり目標をつくるのはいいですよ。しんどい時に『もうダメかもしれない』となっても、『いや待てよ、楽しみがあるぞ』と思い出せますから」とますますエネルギッシュです。

sinhidakaokamurasann17.JPG盛子さんの新たな夢の始まり。藍の花
南国で出会ったパイン隊とマンゴー隊の2人は今、絶妙なバランスの暮らしを北国で手に入れ、ミニトマトと家族に愛情を注いでいます。

岡田農園
岡田農園 
住所

北海道日高郡新ひだか町静内田原198-1


トマトはかすがい。移住した夫婦が、新規就農で見つけたスタイル

この記事は2021年6月22日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。