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漁村(はま)の母さんたちへの感謝を胸に。おかれた場所で全力投球!20210826

この記事は2021年8月26日に公開した情報です。

漁村(はま)の母さんたちへの感謝を胸に。おかれた場所で全力投球!

いつものように、ネットであれこれ検索しながら情報収集をしていると、、、気になるワードを発見しました。
その名も『どさんぎょ』!! どさんこ+魚?? 道産+漁業??ものすご~く気になります。気になるので、早速、運営元の北海道庁水産林務部総務課に直接アタックしたところ、ありがたいことに取材に応じて頂けることになりました!

当日、対応してくれたのは、水産林務部総務課 水産企画係 技師の下村翔太さん。
聞けば、九州は福岡県からやってきたというではありませんか! しかも、技師、ということはその分野の専門職ということです。
福岡県から、なぜ一番遠い北海道へと来て、海のお仕事をしているのか?? 早くも聞きたいことだらけです。
当初、「どさんぎょ」についてお聞きしようと思っていたのですが、それも含めて下村さんのお仕事への強い想いについてうかがうことができました。まずは、北海道で働くことになった経緯からお聞きしていきましょう

物心ついたときから、海へ興味津々

「母が言うには、自分が生まれて初めて話した言葉が『船』だったそうなんですよね、しかも、初めて描いた絵も船の絵だったそうです」

なんと、ものごころついた時には、すでに海に縁があったという下村さん!家族や身内に、漁師さんがいるわけではないのに、何とも驚きのエピソードです!
さらに小学校にあがると、「社会科の授業で漁業というお仕事があると習ったときに、びびっと来た!」そうで、その頃からははっきりと、漁師になりたい!と思うようになったのだそうです。

当然、高校は水産高校へと進学するつもりだったのですが、地元の太宰府市から水産高校に通うとなると、家を離れなくてはならないという立地的なことなどもあり、お母様との相談の末、ひとまずは普通高校へと進学することに。すると、水産以外にも、原子力工学など、下村さんの興味は様々な分野に広がりますが、紆余曲折の末最終的に選んだ進路は、やはり海に関係する東京農業大学のアクアバイオ学科(当時)でした。
ちなみに、アクアバイオ学科は、網走市のオホーツクキャンパスにあり、これが下村さんが北海道に来るきっかけとなったのでした。

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「その学部には、プランクトン系、海生ほ乳類、魚病、魚のフェロモン、など様々な研究室がありましたが、自分が所属したのは水産増殖学研究室、通称「増殖研」というところでした。その名の通り、いかにして水産資源を増やし養殖するかという研究を行うのですが、その対象ごとにさらに細かく分かれていまして、例えばエビやアサリなどの甲殻類・貝類、ベントスという底生生物類、などです。その中から自分は、大型海藻と言われる、目に見える海藻類の研究を選択しました。ちなみに「ミヤベモク」という海藻です。選択したのは海藻ですが、まわりにそうした色んな研究をしている先生たちがいて、複合的なとても面白い研究室でしたね」

海藻と言えば、ワカメとコンブしか思いつかない筆者に、下村さんがミヤベモクについてわかりやすく教えてくれます。
「身近な海藻で言えばひじきの仲間ですが食用利用はされておらず、見た目は木みたいです。ですので海の中では林の様相を呈し、海中林とも呼ばれます。そこに小魚が隠れたり、卵を産んだりして、生物を育みます。南の海域で言えば珊瑚みたいな役割ですね。そのミヤベモクをどうやったら増やせるのかを研究する、ということをしていました」

shimomurasan11.jpgこちらがミヤベモクという海藻

なるほど、少しづつ理解出来てきました。要するに海の生態系を支える大事な植物の研究、ということですね!
(なんてざっくりな。。。)

檜山振興局への配属と、その地での貴重な経験

ところで、卒業後は地元の福岡に戻るにせよ、北海道に残るにせよ、公務員になることは漠然と決めていたという下村さん。
きっかけは大学の先生が「下村君って公務員に向いているよね」、とつぶやいたことだそうです。

「理由を聞いてみると、『自分を犠牲にしても、なにかの、だれかの為に動くことができるから』と言っていました。
研究室では、生物用の海水を汲んできたり、水槽を消毒したり、結構重労働な雑務がいろいろあるんですが、自分はそういうことが苦にならないし、自然と後輩にもそのやり方を伝えたりすることが多かったので、そういったところを見ていてくれたのかもしれませんね。水産分野で採用されると、漁業のために働くことができるということも決め手でした」

誰かのために動くことができる。公務員に限らず、働く上で一番大事なことのように思います。
そんな下村さんが行くのは、北海道庁か、福岡県庁か。。。迷った末選んだのは、北海道庁水産林務部でした。
「やっぱり北海道で海のことを学んだのだから、北海道のために活かしたいと思ったのと、色んな海域を見れる北海道のスケール感にも惹かれました」

そうして無事採用試験に合格し、社会人初めての勤務地として配属されたのは、道南の江差町にある檜山振興局でした。
「第一印象は、、、遠い!!でしたね(笑)」

そこで下村さんを待っていたのは、担い手の確保・育成、金融業務、課内の庶務、などの幅広い業務と、漁業士(各浜のリーダー的存在の漁師さん)さんや、漁師さんや、漁協女性部の方たちとの出会いでした。

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「右も左もわからない状態で、まずは上司に連れられて、漁協に挨拶にいったところ、組合長さんがいらっしゃって、自分は組合長だけど、一漁業士でもあるので平等に扱ってください、よろしく、と言われました!何だか改めて自分の仕事の責任を感じて、すごいところに来ちゃったな~と思ったこと、今でも印象に残ってます」

そして、その後の下村さんの仕事感に大きな影響を与えたのが、女性部の方たちでした。下村さんは「漁村(はま)の母さん」と呼びます。

実は、道庁水産林務部に所属する女性職員を中心に組織されている、浜の女性応援隊、通称「ハマドンナ」という組織があり、その職員たちが、それぞれの漁村地域の女性漁業者をサポートしていくという活動をしています。
例えば、お祭りや、高校への出前授業や、魚食活動などのサポートや、必要な対策の検討を行う勉強会の開催などです。

「自分もその活動の一環で、漁村の母さんたちと一緒にお祭りで焼きそばを焼いたり、料理や加工品を売ったりと、一緒の時間を過ごすうち、とても親しくなることができました。浜に行く度に声をかけてくれて、いろんなことを教えてくれました。
また、女性部の大会が年に1回あって、檜山管内の100人以上の漁村の母さんが一堂に集まり、交流をしたり、勉強会をしたりするのですが、そこでも、彼女たちは本当に明るくて、会の終盤には踊り出したりしてものすごく楽しい場になります。実は、檜山という地域は、漁獲量や交通の便など、水産業においていろいろと厳しい環境にあります。しかしそんな状況にあっても、こんなに明るくいられる、その光景に圧倒されてしまったんです。
この人達は空気を変える力があるんだな!直接、漁をしているわけではないけど、このお母さん達がいるから漁村は成り立ってるんだなと感じました。そこからさらに、自分が役に立ちたい、全力で頑張ろうと思うようになりました」

下村さんが異動するときには、みんな集まってくれて、「今までありがとう、あなたがいてくれて良かった」と言ってくれたのだそう。
「その言葉が本当に嬉しくて、涙が出ましたね 」

shimomurasan13.png漁村の母さんたちと一緒に参加、江差町産業まつりの一コマ

また、最初は正直浜言葉がわからなくてとまどった漁師さんたちともすぐにうちとけたそう。
「江差には大きなお祭りがあるのですが、漁師さんの紹介で、地域の人の輪に入れていただき、参加させてもらうこともできました。
道職員って、常に異動があるので、いつかはまた外に出ていく人間だとわかった上で、受け入れて親切に色々と教えてくれました。とてもありがたいことだなと思いました」

そんな漁師さんとの関わりで特に印象に残っているのが、全道青年女性漁業者交流大会という、各地で行っている取組を発表する大会での出来事だそう。ちなみにこの大会は、選ばれた取組が全国大会へと進み、その全国大会で選ばれると農林水産大臣賞(一位相当)をもらえるという、努力の成果を発表するとても大事な機会でもあります。

「例えば檜山管内では、種苗生産から水揚げ、加工、営業までの全てを漁業者が行い、檜山海参(ヒヤマハイシェン)というナマコの高級ブランドを確立した取組があります。
また、奥尻町では、漁協青年部が近海に生息している岩牡蠣に着目し、ウニやアワビに続く特産品として完全養殖で安定供給を目指している取組があります。
漁師さんたちは、本当に一から手探りで始めて、自らいろんな機関や専門家のもとに出向き、勉強し、つくるだけでなく、売れるためのデザインまで考えたりと、努力を重ねています。
そんな姿を近くで見て、その苦労を良く知っているからこそ、その取組が認められて欲しい一心で、その発表資料をつくる過程では、かなり厳しいことも言いました」

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下村さんの立場で厳しいことを言うのは、相当勇気のいることだったと思うのですが、漁師さんたちの反応はどうだったのでしょう。
「何と、その漁師さんとサポート役の指導所(水産技術普及指導所)の人が、だったら全部作り直す!と発表2日前に、いちからやり直したんです!」
2日前にイチから。。。
「正直、『言っちゃった!。。。』と思いました(笑)。でも、自分が正しいと思ったことを言わなければ、全力で仕事をしていることにならないので、そこは思い切って言いました。
その人たちがすごいのは、それを受け止め、自分たちではなく、一般の人が聞いてどう思うか?と客観的な意見を求め、素直にそれを受け入れてくれたところです!そういう姿勢が、結果を出せる理由なんだろうなと思うし、こういう人たちを応援していきたいと心から思いましたね。だから、その取組が認められて全国大会へ進み、最終的に農林水産大臣賞を受賞したときは涙ぐんでしまいました。あ、いつも泣いてますね(笑)」

「他の振興局の管内では、複数の漁協があって、行政の立場としては平等に接しなくてはならないので、実はここまで1つのところに入り込むのは難しいんです。でも檜山地域の場合は、ひやま漁協の1つしかないので、全力でそこに向かっていくことができました。
そのおかげで、厳しい環境の中でも、努力し素晴らしい取組をしている人たちを知ることができました。そういう人に脚光があたる、そうした人たちが報われるような仕事をしていけたら、自分が道職員になった甲斐があるのでは、とそのときから思い続けています。最初の赴任地がここで本当に良かったと思います」

shimomurasan14.pngナマコ増養殖体験学習のようす

現場から離れて得た新たな目線や経験と、それを今後に活かす決意

そんな貴重で充実した日々を過ごしていた下村さんに、3年という早さで札幌の本庁への異動辞令が出ます。
「通常は5年くらいで初めての異動になるので、予想外でしたね。しかも別の振興局へではなく、まさかの本庁!驚きましたし、正直恐かったですね」

本庁は、会社組織で言えば本社にあたります。全道の振興局を管轄する組織であり、振興局などからの問い合わせや質問に答える立場にあります。下村さんの言葉を借りれば、「知らないでは済まないことが多い」のだそう。。。
しかも、70年ぶりの改正にゆれる漁業法に直接関わる、漁業管理課資源管理係という部署への配属です。「正直、恐かった」という言葉もうなずけます。。

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ちなみに、「漁業法の改正」について説明をお願いすると、こんな言い方でわかりやすく教えてくれました。
「改正前の漁業法は、漁業生産力の発展と漁業の民主化が目的でしたが、今回の改正で、限りある資源を管理しながら、持続的に魚をとり続けていきましょう、という趣旨が目的の1つとして加えられ、漁業法の大きな柱になりました」

現場から本庁に来て、何もかも初めての部署で、暇さえあれば本を読み、法律を調べ、必死に勉強し少しでも知識を身につけるようにしたという下村さん。おまけにコロナの影響で、イレギュラーな出来事も多く、「ときどきパニックになってましたね」と笑います。

さらに今年からは、総務課水産企画係へ異動となり、また新たな経験を蓄積中です。

「自分としては状況についていくのに必死ですが、資源管理という全然知らないジャンルも勉強できたし、今また新たな事業を調整中で、大変そうだけど、また新しいことをいろいろ覚えることができそうです」

どこまでも前向きな下村さんですが、ひとつだけさみしいことがあるそう。
「現場の為の仕事であるのは変わらないんですが、より広い視野で全体を見なければならないし、物理的にも現場から距離があるし、どうしても浜から遠くなっている感がしてしまっていたんですよね」
そんな中で、北海道各地の浜の様子を発信するfacebookページ「どさんぎょ」は、現場の様子を知ることができたり、つながったりできる貴重なツールだそう。改めて「どさんぎょ」について聞いてみました。

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「コロナの影響で低迷する道産水産物のアピールや、漁業を身近に感じてもらうことを目的に、2020年の9月からスタートしました。業務報告的なものではなく、気軽に見てもらいたいので、各地域の担当がそれぞれ直接浜に出向き、漁の様子やイベント、水産物などの取材をし、記事を書いています。中には専門的な内容もありますが、水産物を使ったレシピなども掲載しているので、幅広い方に見ていただける内容だと思います。今のところ2日に1回以上のペースで投稿していて、フォロワーももうすぐ1,000人の大台に乗ろうとしています。今後はInstagramやTwitterの開設も予定しているので、是非もっとたくさんの方に見ていただき、漁業の魅力や旬の海産物に触れてもらいたいですね」

どさんぎょのFBページはこちら

「どさんぎょ」、皆さんも是非一度覗いてみて下さいね〜。

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そんな下村さんに、これからやってみたいことは何かありますか、と聞いてみると、少し考えてから「やってみたいというよりは、こうありたいと意識していること、でも良いですか?」と言って、こんな話をしてくれました。

「自分が持つ組織像というのは、まさに船なんです。よく縦割り行政という言葉がありますが、それはそれで大事で、各分野ごとに専門性を持って対応するのは、役所としては大切な機能だと思います。
一方でなぜ船かというと、船が浸水したとします。するとその浸水した区域の排水をほかの区域の人間も手伝いにかけつけるでしょう。なぜなら、その浸水が広がれば船自体が沈没し、自分も沈んでしまうからです。
組織も同じです。他の人が困っているとき、それは自分の担当じゃないからと放っておくのではなく、やはり手をさしのべるべきだし、でももちろんそれぞれが持ち場にいるのだから、まずは与えられた持ち場の仕事を全力で全うするのが、責務です。
そう考えると自ずと、自分がどこに行きたいか、何をやりたいかではなく、どこに行こうとも、その船(組織)の中で、与えられた仕事を全力で全うするというのが為すべきこと、になります。道庁という大きな組織の中ではなおさらそうしなければならないし、そうすることで、北海道が少しでも良い方向に行くのではないか、と考えています」 

「実はこの船のくだり、以前の上司の受け売りなんですけどね!(笑)」と照れ笑いする下村さんですが、これが正直な気持ちなのは、お話を聞いているとわかります。

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意外な素顔も、、

最後に、そんな下村さんのオフの顔も知りたくて、趣味について聞いてみました。すると、多趣味ですね、と即答!
「ドライブやクラシック音楽の観賞とか!最近はケルト音楽、アイリッシュ音楽をよく聴いています。そして今一番の趣味は園芸です!今年から始めたんですけど、育てている植物はもう100種類を超えました。エアプランツや、ビカクシダ、さらにコーデックスと呼ばれる多肉植物などなど。買ってきては家で囲まれています(笑)。休みの日も、ひたすら植物の世話です。エアプランツの水やりだけで2時間とかかかるので、平日なら帰宅してから23時くらいまでやってますね」

ビカクシダ?コーデックス?? 初めて聞く単語ばかりなんですけど。。。

shimomurasan10.JPG丹精込めてお世話をしているご自宅の植物たち。その数100種類以上!

「多分自分は、他の人があまり興味を持たないマイナーなものが好きなのかもしれないですね。研究テーマに海藻を選んだのも、魚や貝なら、○○博士って呼ばれるような詳しい人がいっぱいいるだろうけど、海藻博士ってあまりいないし、ミヤベモクならなおさらだと思ったからですね!」

なるほど〜、マイナー好きであることと、夜中にひたすら植物に水やりをしているという別の顔を知ることができました(笑)。

しかし、何にでもとことん向き合って全力で取り組もうとするのは、仕事にも趣味にも共通する下村さんの姿勢なのだと思います。
インタビュー中、何度も口にしていた、漁村の母さんたちへの感謝。それが、今の下村さんの「がんばっている人に脚光があたる、そうした人たちが報われるような仕事をしていきたい」というモチベーションにつながっているのでした。

今札幌に来て、現場とは違うここでしかできない経験を蓄積中の下村さん。 今後はまたそれらの経験や知識を、次の与えられた場所で、全力で活かしていくことでしょう。

北海道水産林務部 総務課 水産企画係 技師 下村翔太さん
北海道水産林務部 総務課 水産企画係 技師 下村翔太さん
住所

札幌市中央区北3条西6丁目

電話

011-204-5457


漁村(はま)の母さんたちへの感謝を胸に。おかれた場所で全力投球!

この記事は2021年6月28日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。