深緑の林道を過ぎ小さなトンネルを抜けると、Googleマップが導いたのは脇に伸びる薄暗い道。迷ったのかと戸惑いながらしばらく先に進むと、沿道に立てかけられた小さな黒板に目が留まりました。そこには「札幌でいちばん分かりにくい直売所」の文字。そう来ましたか、とニヤついていると、すぐ脇のビニールハウスの中から「こんにちは」の明るい声が響いてきました。
実際に食べてくれる人に野菜を渡したい。
声の主は川合浩平さん。2016年から札幌西区小別沢の1.7ヘクタールの農地で有機農業に取り組んでいます。
「傾斜地がほとんどで農機も使えないため、種蒔きも収穫もすべて手仕事。だからほら(体を指さして)体格年齢は21歳にまで若返っちゃった。今年43になりますけど(笑)」
栽培する野菜は40種あまり。春のアスパラから始まり、小松菜、ほうれん草、夏はトマト、ナス、ピーマン、ニンニク、秋にはジャガイモやカボチャなども収穫します。
「少量多品種が基本。旬のおいしい野菜を届けたいからね」
収穫した野菜は、一昨年まで札幌市内の自然食品を提供するお店やレストランへの配送、顧客宅への直送などをメインとしていました。しかしこういった販売形態では、実際に食べて頂くお客様と直接ふれあうことがほぼなく、川合さんも次第に「野菜づくりの手応え」を感じなくなるように。とはいえ配送は川合さん一人の作業のため、気軽に取引先を増やすこともできません。
「仕方なく野菜を畑に放置しておくと、あっという間に虫にやられてしまうんですよね」
採れたての野菜を、運送の手間なくお客様に届ける方法とは? この難題の答えが「畑のほとりに直売所を作ること」だったのです。
山の奥の脇道の先の分かりにくい直売所。
直売所の建設は地盤のぬかるみもあり思うように進みませんでしたが、積雪の少なかった一昨年にようやく完成を見ます。
「横幅5メートル、奥行4メートルほどの手づくりの小屋。毎朝この畑やそこのハウスで収穫した野菜を、販売台の上のカゴやパッケージに入れて並べています。売れ残ったらちゃんと〝昨日の野菜〟と表記して割引販売しているんですよ」
店先を覗いてみると木製の台の上には大ぶりのトマトにズッキーニなどの瑞々しい野菜が。ただその種類や量は思ったほど多くないよう。と、川合さんがボソリと...
「売れちゃったからね」
ん? んんっ? 取材にきた筆者でさえ「道に迷った」と錯覚するほどの山の奥の脇道の先。こんなヘンピな場所に(失礼!)お客さんが来るの?
「ありがたいことに来てくれるんですよね。近所から、マチナカから、遠方からも。3回目にしてようやくたどり着けたって人も。まれに小さな行列ができることもあるんですよ、こんなヘンピな場所に(笑)」
もちろん偶然通りかかるような場所ではないため、川合さん自身、SNSを活用したりマルシェでフライヤーを配るなどして直売所のPRに精を出したとか。ちなみにその際に使ったのがボードにも記した『札幌でいちばん分かりにくい直売所』というコピー。
「逆に、なんだかちょっと行ってみたくなるでしょ」
確かにそう。分かりにくいと聞けばその目で確かめたくなるのが人の性。そういえば農園入口のノボリにも『濃い野菜あります』という『そそられる』一文が。このセンス、ただ者じゃない... と思いよくよく聞いてみると、以前の川合さんは広告代理店勤務だったそう。なるほど〜!
おいしいから食べてみて、というシンプル思考へ。
販売先が限られていることに加え貯蔵庫がないこともあり、畑で朽ちることも少なくなかった川合さんの野菜。しかし直売所ができ、SNSやマルシェを介した多くのお客さんが足を運んでくれるようになると「採り残し」や「売れ残り」は激減。その分収益も高まるなど、直売所は農場経営の新しい柱となっていきました。
「今年は新型コロナで飲食業が不振なのに加え、日照り続きで悲しくなるほどの小雨。先行きが不透明な中で安定した収益を確保できるのは非常に助かります」
ただ川合さんがそれよりもうれしいと感じるのは、川合さんの野菜のファンが増えていること。ものは試しと購入してくれたお客さんが、「おいしいからまた買いに来た」「去年食べたあの野菜の味が忘れられない」など、次からはリピーターとなって足繁く通ってくれることです。
「だからおいしい食べ方とか料理法とか、自分でいろいろ勉強してお伝えしています。逆にお客さんに野菜のこともっと調べてみて、と提案もします。人間のカラダって食べ物でできてる。『その食べ物のことを知った上で選ぶ』のと『何も知らないで選ぶ』では、いずれ大きな違いが生まれてくると思う......みたいなことを話していると、ついつい長くなって、気づいたら行列が...ってこともあったり(笑)」
取材途中にも三人のお子さんをつれたお母さんが店先に。常連なのか、川合さんと世間話で笑い合っています。ちなみに開園当初は頻繁に口にしていた無農薬や無化学肥料栽培についての話は、今はあまりしなくなったとか。
「理屈ばかりだと頭でっかちになっちゃう気がしてね。直売所は食卓と畑の距離を近くするためのもの。近頃はシンプルに『おいしいから買ってもらう』でいいじゃないって思ってます」
おいしさに惹かれ、人柄に惹かれて広がる人脈。
札幌ドーム以上の広さ、しかも傾斜地の手作業主体という超ハードな労働環境を備えた川合さんの農場。お一人ではさぞかし大変なのではと思いきや、当の本人からは「ボランティアの方々が来てくれますから」という返事。実はこの農場には開園当初からたくさんの方々が農作業のヘルプに訪れているのです。
「女医さん、学生さん、看護師、営業マンに漫画家など職業はさまざま。Facebookやイベントで知ったり、人づての紹介だったり。いつの間にか働いてくれてたなんて方もいます」
定期的に来てくれる方、年に数回の方など働くスタイルはバラバラ。メールやラインで連絡を入れ、川合さんからの作業指示を受けた後はその人なりのペースで汗を流すというの大まかなルールです。ボランティアなので「楽しむ範囲で働いて頂く」を徹底していますが、ボランティアなのでお給料はありません。
「その日収穫した野菜をお礼にお渡しする程度、もちろん労力に見合う量ではないですけれど」
そもそも賃金が目的なら農作業のバイトに出向くはず。対価がない農作業、そこそこハードな手作業なのに、何年もボランティアが途切れない理由とは何でしょう。
「土にまみれて働きたい、野菜を収穫してみたい、草むしりに没頭したい...そんなところかなぁ」と川合さん。
「あと、ボランティアの方にはもう少しちゃんと伝えていますよ(笑)。自分のカラダは自分が食べているモノでできていること。その食べ物の意味を知っていて選ぶのと、知らないで選ぶのでは大きな違いがありますからね」
自然の中で働きたい、それも理由でしょう。でも全員に共通の理由があるとしたら、それは多分「川合さんを応援したいから」。屈託なくて、飄々としていて、ちょっと洒落てて、ほっとけなくて。直売者のお客さんが農園の野菜のファンになったように、ボランティアの方々はこの農園の主のファンになったから、この農園で一緒に汗を流すという小さな選択をしたような気がするのです。
...と当の本人に伝えずに、そろそろこの辺で最後の質問を。川合さん、これからしたいことってなんですか?
「えー。やることやったからなぁ。なんとなくこのままでいいかなぁ」
ホント、飄々としてる(笑)。
- かわいふぁ~む直売所
- 住所
北海道札幌市西区小別沢66
- URL
営業期間:5月~11月
営業時間:11:00~16:00