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花を育てたい!楽器業界から花き農家へ転身した女性のお話20210802

花を育てたい!楽器業界から花き農家へ転身した女性のお話

「全然不安はなかったですね!」そう笑顔で話されるのは、東京から北海道の新ひだか町に移住し、花卉(かき※以下 花き)農家として新規就業した地原有紀(ちはらゆき)さん。

今日、取材陣がおとずれているのは、新ひだか町にある、農業実験センターです。
立ち並ぶビニールハウスには、それぞれたくさんの種類の花が植えられ、それをひとつひとつのぞいていくのは、花好きでなくてもとてもわくわくします。ハウスごとに異なる香りがまた、なんとも言えず幸せな気持ちにしてくれます。
いったんはもらわれていったのに戻ってきてしまったという猫たちも、居心地の良さそうな顔で取材風景に混ざってきます。そんなほのぼのした雰囲気の中、たくさんのお話をうかがいました。

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最初に言ってしまうと、5年前まで、東京で全く別の仕事をしていた地原さんが、縁もゆかりもない新ひだか町に移住して、全く経験のなかった花づくりを生業にするという今回のお話は、きっと農業をやりたい方にとっても新たな選択肢を与えてくれると思います。また、農業のイメージって、きっと「野菜やお米を育てること」と想像する方が多いかと思いますが、「お花を育てる」のも農業のひとつなんです。お花を育てる農家さんのことを「花き農家」と呼ぶのも、なかなか知られていないことですが、これを機会にこんなお仕事もあることを知ってもらえたら嬉しいです。
それでは、その「花き農家」になった地原さんについて、詳しく聞いていきましょう!

何にチャレンジしたいのか自問自答。頭に浮かんだチューリップ

「東京は暑すぎるんです、もうちょっと涼しいところに住みたくて (笑)」

移住の理由のひとつを、そんなふうにさらっと話す地原さん。
冒頭、新ひだか町は縁もゆかりもない、と紹介しましたが、実はおばあさまが旭川にいらしたそうで、ほんの少し北海道になじみがあるのでした。

そして、もうひとつの理由が「花をつくってみたかったから」とのこと。
どうしたら花づくりをお仕事にできるのか調べていると、見つけたのが東京で開催されていた、新!農業人フェアというものでした。
さっそく、その会場に出向き、担当者に「花を育ててみたいんです」と伝えたところ、紹介されたのが、全国の参加自治体の中で、この新ひだか町一択だったのだそう!まるで、ダー○の旅のような運命の出会いですね。

tiharasan8.JPGデルフィニウム シフォンブルー。何とも美しいブルーです

ところで、最初にひとつ聞きたいのが、そもそもなぜお花だったのでしょう?ということ。

「たまたま旅行に行ったオランダで見た、チューリップが頭に残ってたんですよね」

話は、専門学校を卒業するころまで遡ります。学生時代にはサックスやクラリネットを演奏していたこともあり、卒業後は楽器に携わる道を選んだ地原さん。最初はフルートメーカーで製造に関わるお仕事をてがけ、さらにその後、販売代理店での楽器販売や、楽器のリペアの仕事まで幅広く経験したのでした。

こうして10年程も楽器の仕事を続けて、ある程度やりきったと感じたころ、今度は全く違うことをしてみたくなり、見つけたのがCRCと呼ばれる治験コーディネーターのお仕事でした。
治験コーディネーターとは、医薬品メーカーやドクターからの指示のもと、その指示通りに治験の進行をサポートするお仕事です。
治験者に、いかにきちんと決まった時間に薬を飲ませるか、など、自分なりにいろいろと業務を工夫してみたそうですが
「ちょーっと、思ってたのと違ったんですよね」と笑います。
決められたことをきちんと指示通りに進めることが重要なこの仕事は、何かをつくり出したり、創意工夫したりすることが得意な地原さんにとっては、少しやりがいを感じにくいものだったのかもしれません。

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さて、ではどうするか。
いったんは「楽器の仕事に戻ろうかな」とも思った地原さんですが、改めて自分の心をのぞいてみると、そこに見えたものがありました。
「なぜかふと、オランダで見たチューリップの光景が頭をよぎったんです」

そのときの写真をスマホの中に探してくれながら、オランダで見たチューリップの感動を語ってくれます。
「空港についたときからもうチューリップ一色なんですけど、なかでも、キューケンホフ公園というところで見た、チューリップをはじめとする花々の美しさには圧倒されましたね」

ちなみにこのオランダ旅行、花が目的だったわけではなく、
「たまたま転職活動中で旅行に行ける時間があって、探して見たところ空きがあったのがここだったんです」
というのですから驚きです。さらに、お友達のひとりがフラワーコーディネーターだそうで、
「時々おくってくれる花の写真にも、今考えると影響を受けていたのかもしれません」とも教えてくれました。

無意識のうちに、自分の中に蓄積していた花への興味。
しかも、花に関わる仕事といえば、普通はフラワーショップで販売したり、お友達のようにフラワーアレンジをするなどが一般的だと思うのですが、地原さんは「つくる」方に興味をもったのでした。

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「楽器のお仕事をしていたときも、よく考えてみたら製造に関わっていたときが一番楽しかったんですよね、だから、花も、売るよりはイチからつくるってことをやってみたかったんです」

2年間の研修も順調に

そうと決まれば、フットワークの軽い地原さん、前出のようにサクサクと行動し、あっという間に、新ひだか町で体験実習をする段階までこぎつけます。

体験実習の期間は1週間。10月初旬に初めて新ひだか町を訪れた地原さんの目に映ったのは、「当たり前のように景色の中に馬がいる」光景でした。
「役場に紹介してもらった宿泊施設が、馬牧場に併設されたトレーラーハウスタイプだったんですよ、1泊2,000円くらいで。とても快適に過ごせましたし、いかにも新ひだかっぽい感じの環境を味わえましたね」

肝心の体験実習はどうだったのでしょう?
「何も問題なかったですね、やれそう!と思いました」と、これまたあっさりと答えてくれます。
ちなみに、本研修のスタートは翌年の4/2からだったのですが、前日の1日に東京で結婚式の予定が入ってしまい、ひとまず布団があればどうにかなるだろう!と布団だけを送っておいて、本人は結婚式が終わり次第、研修の前日にぎりぎり新ひだか入りしたという何とも豪快なエピソードも、笑いながら教えてくれました。

tiharasan9.JPG地原さんの手入れしている濃い青色の花、これもまたデルフィニウムでこのカタチはオーロラ系と呼ばれます。
こうして、本人いわく「ばったばた」のうちにはじまった、新ひだか町での新生活と研修の日々。どんな内容だったのか少し詳しく教えてもらうことにします。

「1年目は他のパートさんに混じってのお仕事です。各花の定植や、葉っぱとり、採花など日常的な作業を指導担当者から教わりながらやっていきます。
1年の流れで言うと、春は定植、夏は採花、それが終わると、今度は秋の採花にそなえて、花のベッド(畝)作りです。そして秋の採花も終わると、冬の間は次回の作付けに向けての準備をします。土の中に残っている花の根を丁寧に取り除き、残った土の成分を計測して必要な施肥を行います。その後は土を消毒して一段落、といた具合です。
2年目は、いよいよ機械をさわったり、トラクターに乗ったり、灌水用チューブを配置したり、ネットをはったり、農薬の調合をしたり、と、パートさんのやらないことを学んで行きます」

作業の中でも、花の苗を定植するためのベッド(畝)をつくる畝立て機の操作は、女性には難しそうですが、地原さんは着実にこなしていったそうで、指導担当の職員さんからも「まっすぐにうまく出来ていましたよ!」とのお墨付き。
作業の合間には、指導員さんからの指導や逆にわからないことを質問したりする場も設けられ、和気あいあいとしたやりとりもされるのだそう。わからないことがあればすぐに聞けたり、相談できるのは、どんなお仕事でも安心ですよね。

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ちなみに地原さんは研修中、言われたことだけでは飽き足らず、空いた時間で、おもちゃかぼちゃという観賞用かぼちゃの栽培にまでチャレンジしていたのだそう!
地原さんの好奇心やチャレンジ精神、さらにはそれを可能にするこの農業実験センターの懐の大きさのようなものにも、感心してしまいました。

花き農業の現状と可能性

そうした地原さんを取り囲んでの取材の様子を、少し離れたところから笑顔で見守る男性が1人。
地原さんが「先生!」と呼ぶその方は、新ひだか町役場 産業建設部 農政課 農業実験センターの岡田 俊之さん。頂いた名刺には「再任用職員」とあります。「60歳を過ぎて再雇用っていう立場なんですよ、もうそんなに先は長くないですよ」と笑いますが、真っ黒に日焼けしたその表情や物腰に、大ベテランの風格が漂います。

地原さんの指導担当である、岡田さんにも花き農業についていろいろ聞いてみました。
コロナの影響もあり、結婚式の中止や延期、人が集まる祝宴などもできない中で、お花の需要もさぞ厳しいのでは?と思い切って聞いてみると、どうもそこまでではないご様子。
「北海道の花というのは、実は全国的に需要があって、コロナの影響という意味では、輸送手段の減便が一番響いていますね。出荷時間がいつもよりかかっちゃうので、そこが大変なところですね」。

tiharasan13.JPG右が、指導担当の岡田さん
そして、需要という部分についても面白いお話しを教えて下さいました。
「最近、花の業界でもサブスクが流行っていて、それで一定の需要もあるんです」と。サブスクとは、サブスクリプションの略で、今流行の定額制のサービス。個人の方へ、決まった時期にお花が届くサービスで、こういうニーズもしっかり捉えているのだそうです。
また、取材陣が気になったのは、作業場にある大きな冷蔵庫。お花をつくる農家さんなのに、なぜ冷蔵庫が?と聞いてみると、
「ああ、これは、出荷直前の花を冷蔵しているんです。で、輸送も要冷蔵で出荷をかけているんですよね」と。
私たち取材陣も北海道中さまざまなところに取材に行っていますが、お花を冷蔵して全国各地へ届けているとは知りませんでした。 そしてこんなお話しも。
「花の種類は途方もなく品種がありますから、市場のニーズが下がってきたら別の品種への切り替えが容易なんです。その点は野菜農家さんなどとの大きな違いかもしれないです。たくさんいろんな花もやってみたいとも思うんですが、今はデルフィニウムがとっても好調なので、大きな転換は必要ないんですけどね」
なるほど、農家として経営をし続けていく上でも、花き農家さん特有のメリットがたくさんあることがわかってきました。

tiharasan2.JPGこちらが冷蔵庫内。収穫した花はこちらでいったん保存されます
ちなみに、この農業実験センターでは、ニーズの多いデルフィニウム、アスター、スターチスなどを中心に栽培しているのだそう。
あまり花に詳しくない取材陣も、この3種類のお花はしっかり覚えました!

就農に関する費用について

さて、花き農家って面白そうだな、と思った方のためにも、お金のことについても少し触れておこうと思います。
新ひだか町の場合、2年間の農業実験センターでの研修中、月額85,000円の研修費+農業次世代人材投資資金(年間150万円)で、最大月210,000円の支給があるのだそう。さらに研修期間中は、無料の住宅も用意されるというから安心です。
でも、独立就農に関してはどのくらいの費用がかかるのでしょう??

「自分の場合は、約400~500万円くらいでスタートできました。畑の規模や、単身なのか、夫婦でやるのか、など状況によってもかわると思うので一概には言えないのですが、夫婦ふたりでならその倍くらいのイメージでしょうか」

現在地原さんは、70坪ほどのハウスを5棟と、露地を50坪で、あわせて約400坪の畑を借りて、先程の3種の花を中心に育てているそうです。

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「実験センターや農協の方が、土地を探してくれるのですが、自分の場合は、たまたま貸してくれる人がいて、今は土地を借りている状態です。この辺の人は、皆さんすごく良くしてくれて、ハウスも中古を安く譲ってもらい、それを解体して畑に運んで組み立てました。みんなが手伝ってくれて、気づいたら、出来上がってましたね (笑)。
機械や必要な道具も、買ったものもありますが、もらったものも多いです。本当にありがたいことに、まわりの方のおかげで、あまりお金もかからずに始められましたね。そうそう、先程言っていた花の冷蔵庫まで、まわりの人が協力してくれて、安く設置できたんですよ」

東京も新ひだか町もそんなに変わらないです

地原さんの人柄あってのことだと思うのですが、あまりにすんなりとお話がすすむので、いつものくせで、何とか苦労したことも聞き出そうとするくらしごと取材陣。。。
すると、察した地原さん、少し困ったように
「何にもないんですよね、、、何かあったほうがいいんでしょうけど、、(笑)。特に嫌いな仕事は無いし、夏の暑さも、例えハウス内でも東京に比べたら全然平気だし、服装も自由だし、、時間の自由も利きますしね!」

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ちなみに一日の流れを聞いてみると、
「朝目が覚めたら、朝ごはんを食べて、ハウスに出勤します。特に時間は決めてないです(!?)。そして好きな音楽を聴きながら、花の手入れなどの作業をして、お昼ごはんは家に帰って食べ、午後はまた作業をして、適当なところで区切りをつけたら家に帰って、あとはユーチューブを見たりしてゆっくり過ごします」 とのこと。

もちろん、時期によって忙しいときもあるはずですが、雨の日でも仕事はできるし、休みたいときは作業を調整して休めるし、自由度が高いのは間違いなさそうです。常に時間に追われる取材陣一同は、『毎日が日曜日ですよ』とささやいた、地原さんの言葉が忘れられません。。。

誰でも簡単に始められますよ、とはもちろん言えませんが
「人手がかからないのが最大のメリットで、その気になれば女性1人でもできるのがこの仕事です」と地原さんが言うように、やる気と興味とある程度の初期費用があれば、比較的チャレンジしやすいお仕事であるのは確かなようです。

そして新ひだか町はどんなところですか?との質問には『東京とかわらないです』との答えがかえってきました。
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おそらく地原さんにとっては、海外に移住するわけじゃないし、同じ日本なのだから、どこに住んでもそんなにかわらないです、ということなのです。
「新ひだか町だからできないことも、手に入らいないものもほとんど無いです。ネットで何でも買えるし、どうしてもここで無理なら飛行機で東京に行けばいいだけ、です」

地原さんに言わせれば「人だって、東京とかわらない」のだそう。
どこにだっていろんな人がいますし、どうしてそんなこと聞くの?とでもいうふうに不思議そうに答えてくれました。

なんとも飄々として、気負いや力みが無いのに、とってもたくましい地原さん。

最後に、これからやってみたいことがあるか聞いてみました。
「たくさん花をつくって、それをゲリラ的にいろんなところに送りつけてみたい!(笑)
そうして、お花好きが増えて、お花の市場規模が大きくなって、ニーズが増えたら楽しいですね」

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冗談のように話してくれますが、地原さんならなんだか本当に叶えてしまいそうです。
ある日突然、あなたの職場に、デルフィニウムが届くかも知れませんよ!

地原さんのようなチャレンジャーを、どんどん受け入れている新ひだか町と地域の人たち。
これからもたくさんの人を引き寄せて、面白いまちになって行くことでしょう。

花卉(かき)農家 地原有紀さん
花卉(かき)農家 地原有紀さん


花を育てたい!楽器業界から花き農家へ転身した女性のお話

この記事は2021年6月21日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。