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世界を味わう「旅するスパイス」。隠し味はまちの子どもたち!?20210510

この記事は2021年5月10日に公開した情報です。

世界を味わう「旅するスパイス」。隠し味はまちの子どもたち!?

酪農・畑作が盛んで、日高山脈も望むことができ、北海道の中でも特に北海道らしい風景を味わえる十勝エリア。この十勝の北部に位置する上士幌町の市街から車で5分、程良い自然に囲まれた場所に、オリジナルのスパイスを専門的に製造・販売する「クラフトキッチン」があります。

店内に足を踏み入れ、まず目に入るのは、綺麗に並べられた色鮮やかなたくさんの小瓶。これらは全て、ここクラフトキッチンで独自にブレンドされたスパイスです。パッケージには「旅するスパイス」とあり、よく見てみるとそれぞれに「インド」「中東」「ヨーロッパ」などと、世界の国や地域の名前が書かれています。そう、これらのスパイスは、ご自宅に居ながらにして、まるで旅をしているかのように、世界各国の味を楽しめる魔法の粉なのです。

このオリジナルスパイスを創作し、クラフトキッチンを経営するのは、東京から上士幌町に移住してきた齊藤肇(けい)さんです。元々、東京でスパイスを専門的に学び、移住先で独立して・・・なんてことを勝手に思い浮かべていたのですが、お話を伺うと全く想像していなかったお話が次々と!そんな齊藤さんの上士幌町での「くらしごと」です。

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上士幌町への移住は偶然!?

東京生まれ、東京育ちの齊藤さん、2014年に上士幌町へご主人と共に移住してきました。まずは、移住のきっかけについて聞いてみました。

「上士幌に来たのは偶然なんです(笑)。というのも、主人が帯広にある『北海道立帯広高等技術専門学院』へ家具づくりを学ぶために2年間通うことが先に決まっていて、同じ十勝管内で移住先を探していたんですね。東京にいたとはいえ、私たちが住んでいたのは、西多摩郡日の出町というところで、実は北海道に負けず劣らずの自然に囲まれたまちでした。お風呂に入って静かにしていたら、フクロウの鳴き声が聞こえる、そんなところです(笑)。なので、帯広に住むのが便利なのは間違いないのですが、私たちには都会すぎて他を探していたところ、上士幌と出会い移住先に決めたんです」

人口およそ5,000人の上士幌町の市街地も少し苦手と話す齊藤さん。このクラフトキッチンはあくまでも店舗であり、住まいはもっと離れた自然の中にあるんだとか。そんな人里離れた場所を求める齊藤さんは、人と接するのが苦手という訳では全くなく、東京では幼稚園教諭をはじめとして、保育所、児童館、学童保育、ベビーシッター、ワークショップ講師などといった、子どもに関わる仕事を何十年も続けてこられました。

そうした齊藤さんの経験を聞きつけたまちのお母さんたちからは「上士幌でもやって欲しい!」と声が挙がるのですが、このお母さんたちとの繋がりが、実は一見結び付きがなさそうなクラフトキッチンへの幕開けであったことは、まだ齊藤さん自身、知る由もありませんでした。

CraftKitchen_13.JPGクラフトキッチンのある上士幌町は気球の町としても有名です

まるで世界を旅するスパイス

東京では子どもに関わる仕事に精を出す側ら、齊藤さん曰く「根っからの食いしん坊」ということもあって、色んな国の料理を再現して食べてみたい!と2畳から3畳の小さなベランダで50種類以上ものハーブを育て、自身でオリジナルのスパイス創作も行っていたそうです。

「もう一昔前になりますが、当時、例えばインドネシア料理を食べたいってなったら、東京の赤坂とか六本木とかにあるお店で一人1万円以上のお金を払わないと食べられなかったんです。『そんなの無理!』って思って、それならもう自分で作るしかないっていうのがスパイス作りのスタートです。たくさんの海外料理のレシピが載っている本を買ってきて、もう全部試してみましたね。そんなことをしていたら、縁があってスパイスメーカーの仕事にも携わるようになり、スパイスコンシェルジュ、スパイス料理のレシピ開発、料理撮影現場のアシスタント・スタイリングなども経験させてもらいました」

CraftKitchen_6.JPG齊藤さん、実は海外旅行にほとんど行ったことがないそう。「食べられればいいんです。旅しないスパイスですね」と笑います

こうして、海外に行かなくても、さらには国内の専門料理店に行かなくても、家庭で海外の味を手軽に楽しめるスパイス作りに奔走します。さらに齊藤さんはこうも話します。

「スパイスのお仕事も経験させてもらいましたが、専門的に学んだことはなく、全て食いしん坊からくる独学なんです(笑)。なので、スパイス専門家や研究者の方からすると、なんちゃってスパイスなんだと思うんですが、私はそれでいいと思っているんですね。いつもの家庭料理を、タイ風や中東風などといった、その世界の雰囲気を手軽に味わいたいというのが、私のスパイスで大事にしているところです」

「私は白飯よりもビール。スパイス一振りでつまみにもね(笑)」なんて冗談も交えつつ、スパイスのお話をしてくださる齊藤さんはとても楽しそうでした。

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「ぽんぽろ」という特別な遊び場

次にお話してくださったのは、先にも少し触れました上士幌町でのお母さんたち、そして子どもたちとの繋がりについてです。

「長年子どもに関わってきましたから、上士幌に移住してきて気になっていたのが、冬の子どもたちの遊び場でした。雪が積もるのでどうしても家にこもりがちになってしまうし、子どもたちが自由に集まれるという場もほぼなかったんです。そんな中で声をかけてくれたお母さんたちと一緒にワークショップを開いたりと、子どもたちが集まれる場所づくりを行うようになりました。それが『ぽんぽろ』というあそび場だったんです」

まずお伝えしてしまいますが、この「ぽんぽろ」は2016年にスタートし、2019年には惜しまれながら解散となってしまいます。ですが、この「ぽんぽろ」への齊藤さんの想いは今回の取材の中で、最も熱を感じたお話であったことも合わせてお伝えしておきます。

「週に1度、集会所を借りて、子どもたちが自由に集まれる『あそび場』をお母さんたちと一緒につくりました。そこは、幼児から小学生くらいの子どもたちが、思い思いの時間に集い、大人が遊びを提供するのではなく、子どもたち自身でゼロから『誰と・どこで・何をして遊ぶのか』を自分で考える遊び場でした。子どもたちにとって『心のトレーニングジム』となるように、お母さんたちスタッフと何回も何回も話し合いながら、ボランティアで運営をしていました。行事の時には、大人も含めて60人以上も集まることもあったんですが、3年程続けたところで、運営資金とスタッフの世代交代に無理が生じ、続けることのマイナス面が大きくなってしまい、解散するしか選択肢がない状態となってしまいました」

CraftKitchen_3.JPGこちらは「ぽんぽろ」が解散する際に、子どもたちが手作りで齊藤さんへプレゼントしてくれた思い出のアルバム

淋しげながらも語気を強める齊藤さん。さらにこう続けます。

「学校帰りの子どもたちに会った時には『けいさん、なんでぽんぽろやらないの?』と言われました。子どもたちを想ってはじめたことなのに、結局こちらの都合で奪ってしまった訳です。本当に怒る子もいましたし、何度も子どもたちの声に打ちのめされました。悔しいし、情けないし、どうしていいか分かりませんでした。しばらくは何も考えることもできなかったのですが、この『ぽんぽろ』で過ごした時間は私にとっても、すごく大切な時間だったんです」

子どもの素直で純粋な声は、子どもたちへの想いが強い分、きっと齊藤さんにはさらに大きく聞こえたことでしょう。齊藤さんが「すごく大切な時間だった」と言うように、子どもたち、そしてお母さんたちと過ごしたこの時間があったからこそ、現在のクラフトキッチンへと繋がっていくのですが、齊藤さんが前を向いて走り出すのは、もう少し先のお話です。

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このまちのお母さんたちとの繋がり

話は少し遡りますが、齊藤さんは『ぽんぽろ』の運営と平行して、上士幌町の「チャレンジショップ」という将来の開業を目指す方が一定期間お試しで出店ができる制度を使い、ご自身のスパイスやお母さんたち手作りのパンやお菓子、ハンドメイドの編み物などの販売も行っていました。

「上士幌に来て思ったんですが、お母さんたちのスキルがすごいんですよ!お菓子やパン、雑貨なんかも全部手作りで。『ぽんぽろ』でもそうですが、そんなパワフルなお母さんたちと関わらせてもらったことで、私自身のスパイスづくりの原動力にもなりましたし、チャレンジショップをやってみようと思ったんです」

とあるお母さんからは、「子どもが食べられる辛くないカレーパウダーってないかな?」なんて相談があり、それを齊藤さんが試作してみたところ、大好評だったというエピソードもありました。他にも、色んなスパイスを作ってみては、お母さんたちから生の声をもらって進化させていく。こんなやり取りは、安心して家庭で手軽に楽しめる料理を作りたいという、お互いの想いが重なり、この上士幌町のお母さんたちとの繋がりは齊藤さんにとってかけがえのないものへとなっていきました。

こうしてお母さんたちに導かれて築いてきた、スパイス制作と子どもの遊び場づくりだったのですが、そんな中での「ぽんぽろ」解散だったのです。

CraftKitchen_17.JPG今ではこうしたイベントも実施していますが、この「ぽんぽろ」解散時は集まりすらもなくなってしまいました

一つの気づきから心に光が差した瞬間

チャレンジショップの3年間という運営期限も1年を切った頃、齊藤さんのご主人が「かみしほろ起業塾」という町内で新規事業の立ち上げを目指す人を支援するプログラムに参加することが決まります。

「主人はクラフトビールを創りたいという想いがあり、この起業塾へ参加していました。なんですが、いざ参加してみると、文章を書くことが多いから私にも手伝って欲しいって言うんですよ。私自身この時は、起業なんてことはそんな器でもないし、頭の片隅にもなかったですが、その手伝いをしている内に、主人にくっついて講義にも参加させていただくようになっていったんです。最初は主人のおまけだったんですが、回を重ねていく内に、自分事になっていきました。そこで、自分と向き合った時、チャレンジショップのスパイスも『ぽんぽろ』も、あんなに大変だったのになんで両方とも続けていたんだろうって考えたんです。そうしたら、一つ気づいたことがありました。それは、これらはまちのお母さんたちがきっかけをくれて、そして支えてくれていたからこそできたこと。自分の同じ気持ちから出発していたんだ、ということでした」

CraftKitchen_12.JPG「お母さんたちの支えがなかったら、絶対やってない。アルバイトしてましたよ(笑)」と齊藤さん

「ぽんぽろ」の解散以降、沈んでいた齊藤さんに光が差した瞬間でした。この「気づき」がきっかけとなり、クラフトキッチンへの道を突き進むことになります。ただ、このクラフトキッチンは、スパイス専門店という顔だけではありません。「ぽんぽろ」、すなわち「子どもたちの遊び場」の再建でもありました。

「起業塾の最後には、受講生たちがプレゼンをする事業計画発表会というものがあるのですが、そこでなんと私のクラフトキッチンの事業計画が最優秀賞をいただいたんです!これでさらに意志は固くなったというか、今度こそ絶対になくさない子どもの遊び場を創る、そしてそれを実現し継続していくために、スパイスをきちんと仕事にするという決意をしました」

齊藤さんの中で、元々は全くの別物だったスパイスと子どもの遊び場。交じりようがないものだったこれらは、上士幌のお母さんたちとの繋がりがきっかけで、新しい融合の形を生み出します。
それからは開業に向けて、まちの創業促進支援による補助金も活用した店舗物件の改築や、スパイスの商品パッケージやホームページのブランディングなど、あれよあれよという間に準備が進み、2020年春にクラフトキッチンをオープンしました。2020年の1月に起業塾で最優秀賞を受賞してから、その間わずか3カ月というから驚きです。

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大人も子どもも一緒に遊べる「空間」

冒頭で触れたようにクラフトキッチンの店内に入ると、まずスパイスをはじめとしたオリジナル商品が並んでいるのですが、その奥には、この商品スペースよりももっと広いスペースが設けられています。ここはキッズスペースとなっており、子ども連れで来店された方が、気軽に子どもの遊び場として使ってもらえるようになっています。

「今はまだ始まったばかりですが、ゆくゆくはこんな『ぽんぽろ』にできたらいいなと思っています」そう言って、齊藤さんは一枚の絵を見せてくださいました。

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現在、クラフトキッチンでは、以前の「ぽんぽろ」のスタッフや、繋がりのあったお母さんたちも働いています。これはとても大きな意味があると齊藤さんがこう続けます。

「以前『ぽんぽろ』が解散してしまった理由の一つには、子どもが大きくなってきて働きたいお母さんの足を『ぽんぽろ』が引っ張ってしまうということもありました。でも、このクラフトキッチンという場で働くという選択肢を持てたことは大きいことだと思っています。また、キッズスペースもあるので、子どもと一緒にいながら働くということもできます。これは実際に行ってみて気づいたんですが、働いている親の姿を子どもが間近で見られるって素敵だなと感じています」

齊藤さんが描く、「クラフトキッチン&ぽんぽろ」というのは、ここに集まる大人も子どもも一緒に遊べる「空間」であり、それぞれが考え、想い、みんなでそのスペースを楽しさで埋めていくものなんだと感じました。

そして最後に、次の言葉は齊藤さんが取材中に話してくださった中での一言です。

「スパイスというのは何かの食材と組合わせて花開くんです」

これは当たり前のことなのかもしれませんが、例えば人と人とが繋がった際、時としてそれは想像を超える大きなをパワー生むことがあります。そのことが、齊藤さん自身の経験とも重なって、とても印象的に聞こえたのでした。

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クラフトキッチン(齊藤肇さん)
クラフトキッチン(齊藤肇さん)
住所

北海道河東郡上士幌町上士幌138-4

電話

01564-7-7207

URL

https://tabi-spice.com/

【営業日】
11月~3月/金・土・日 11:00〜15:00
4月〜10月/金・土・日・祝日 11:00〜16:30
※時折臨時休業いたします。電話等でお問合せください。


世界を味わう「旅するスパイス」。隠し味はまちの子どもたち!?

この記事は2020年9月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。