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北海道で暮らす人・暮らし方
中標津町

やっと見つけた自分の居場所。酪農ヘルパーとしての人生。20201214

やっと見つけた自分の居場所。酪農ヘルパーとしての人生。

北海道の最東部、根室地方の中央に位置する中標津町は、人口約2万3千人に対して乳用牛が約4万頭と『人より牛が多いマチ』。視界330°の地平線を見ることができる『開陽台』があることでも有名です。そんなマチで『酪農ヘルパー※』として働く若い女性、本山あかねさんが今回の記事の主人公です。
※酪農ヘルパーとは、酪農家の休日に搾乳、哺育、育成牛の管理、飼料給餌、除糞、清掃など、日常の管理を代行する人のことです。生き物が相手なので、365日お休みはないと言われていた酪農ですが、酪農ヘルパーのおかげで個人農家でも連休を取ることができたり、今では酪農業に欠かせない存在となっています。

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ライダーの聖地としても有名な開陽台から見た景色

九州から北海道へ

長崎県出身の本山さん。2012年に高校を卒業して以来、様々な経験をし北海道へたどり着いたのですが、その間に経験した仕事は本当に多岐にわたるのです。旅館2カ所、警備業、保育園3カ所、農業、製造工場と、その多くは九州ですが、農業のお仕事では東京や群馬、奈良にも住んだことがあるのだそう。
当時本山さんは「どうして自分は仕事を長く続けられないんだろう、自分の中に問題があるのではないか?」と悩んでいたと言います。
でも、詳しく伺ってみると、不運が重なったり、たまたまもらい事故のようなものにあったり、というものが大半でした。

そして、いろいろと経験した仕事の中に、光はあったのです。
インターネットの求人サイトで見つけた農業の仕事、「当時経験したのは野菜の収穫などがメインですが、太陽の下で働くのは気持ちがよく、いつか牧場で働いてみたいと子どものころから漠然と描いていた夢を、実現してみようと思うようになったのはこの頃からだと思います」と本山さん。

現在務めている有限会社ファム・エイに出会ったのも、ネットの求人サイトを通じてでした。
九州から遠く離れた北海道へ来ることに不安はなかったのでしょうか?
「全くありませんでした。最初1週間くらいインターンシップで体験をさせてもらったのですが、よほどのことがない限りここで働こうと来る前から決めていました」
本山さんが様々な仕事にチャレンジしてきたのは、「自分がやりたいと思ったことは、まずはやってみようと思っています。やってみないと自分に合っているかどうかもわからないし、先のことはやってみてから考えればいい」という気持ちがあったからです。
いろいろな壁にぶつかっても、自分のやりたいことに向かってまっすぐに進んでいくって、なかなかできることではないと思いますし、その純粋な気持ちが本山さんを支えてきたのですね。

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華奢な体つきですが、ツナギがとっても似合っている本山さん

大事なのは職歴ではなく、人として信用できるか

ところで、一般的には転職経験を多数持つ人を採用するのは不安も多いのでは?と有限会社ファム・エイ 人事担当者の釼持康一さんに聞いてみました。
「履歴書だけでは全く判断ができないし、やりたいと思ってくれる人にはチャンスを提供したいです。やってみないとわからないというのは僕も同感。大事なのは人として信用できるか?ですよね」
もちろん中には水が合わずに辞めていく人も居るそうですが、「環境が変われば気持ちも変わるということは良くあるじゃないですか。だからきっかけやチャンスは大事にしたいなと思っています」

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有限会社ファム・エイ 人事担当者の釼持さん

自分の成長を感じられる仕事

2019年3月に入社をして既に1年半以上、本山さんがこれまでに経験した仕事の中で一番長く続けられている要因はどこにあるのでしょうか。
「最初は専門用語を知らないため会話の内容が理解できなかったり、仕事を覚えるのも時間がかかり上手くいかないことも多かったんです。でも、農家さんも会社の人もとてもあったかいんです。最近まで住んでいた下宿のお母さんが、まるで本当のお母さんのように接してくれたのも大きかったと思います」
さらに本山さんはこう続けます。
「牧場では、機械が動かない、牛の調子が悪い、電気柵が壊れていて牛が柵を越えてしまったりと毎日何かしらあるので。最初は自分で対応できなかったのが、少しずつ自分で考えて判断することができるようになってきて、そういった自分の成長を感じられるのが嬉しいです」
そう、本山さんにとって『自分の成長』を感じられることも大事な要素のひとつだったのです。
「長く居る先輩たちは、何でもできてスーパーマンみたいなんです(笑)少しずつですが近づいていけたら」と本山さんは目を輝かせます。
まわりの人とのあたたかなコミュニケーション、成長を感じられることでの充実感、やっと見つけることができた自分の居場所。まさに水が合うとはこのことかもしれませんね。

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本山さんは牛が本当に大好きなのですね

日本初の民間酪農ヘルパー企業

実は、有限会社ファム・エイは、民間企業として日本で一番最初に誕生した酪農ヘルパーの会社なのです。酪農ヘルパーの歴史について釼持さんに教えていただきました。
「会社が誕生したのは1989年、僕もまだ入社していない30年くらい前のことです。それまでは忙しい時には農家の息子がまわりの農家のお手伝いに行ったり、牧場運営は地域の助け合いの中で成り立っていたのです。それが規模拡大に伴う労働力不足が顕著になってきて、酪農ヘルパー専門の会社が必要と考え、地域のJAと一緒に作ったのが始まりです」
ということは、それまでは酪農ヘルパーという仕事は一般的ではなかったということでしょうか?
「酪農家が他人に仕事をお願いすることに慣れていなかったこともあり、酪農ヘルパーを依頼することのメリットを、まずは知ってもらうところからのスタートでした」
今では酪農業にとって欠かせない存在になった酪農ヘルパー。皮肉にもその大切さを再認識させられる大変な事態が発生したこともあったそうです。
「ある日、新規就農をして酪農を営んでいたご夫婦が車の事故にあわれてそのまま入院。でも、牧場には牛が居て、エサや搾乳をしてくれるのを待っているのです。退院するまでちょっと待っていてねというわけにはいかないですよね。そこで、JAにも協力をしてもらいながら、数カ月の間、ヘルパーだけで牧場をまわしたのです」
酪農は、地域を支えている産業であり、その酪農を支える大きな役割を担っているのが酪農ヘルパーなのですね。

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あたたかな空気が漂っている事務所でした

酪農ヘルパーという仕事をもっと広めたい

北海道でたくさんの牛とあたたかな人に囲まれて暮らすうちに本山さんの心の中は、過去に悩んでいた「いつまで続けられるかな?」という不安から、「この仕事をもっと多くの人に広めたい」という気持ちに変わっていました。
本山さんに酪農の魅力を聞いてみると、「牛って本当にかわいいんですよ!鳴き方やエサを食べる仕草にもそれぞれ個性があって、何度も同じ農場に通うとお互いに覚えるので愛着が湧いてきます。私が特に好きなのは、穏やかな性格のおばあちゃん牛ですね」と顔をほころばせます。

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「仔牛もとってもかわいくて、哺乳の時間は本当に幸せなひとときなんです」と本山さん

酪農ヘルパーを広めたいというのは、日々採用活動を行っている釼持さんも同じ思いです。
「酪農のやり方も、人によって千差万別なのです。ヘルパーは毎日違う農場に足を運んで様々なやり方を見ることができるので、将来就農しようと考えている人にとっては、これ以上ない学びの場になります。また就農を考えていない人にとっても、サラリーマンとして酪農に関われるのがいいところです」
これまでに、20人もの人がファム・エイを卒業し、道内での新規就農を実現しているそうです。
「確かに仕事が出来る頼れる人材が居なくなってしまうのは会社にとって痛手なのですが、もっと大きな目線で考えると、新たな担い手が増えることはとても素晴らしいことだと思います。酪農を支える酪農ヘルパー、そして将来の担い手になる人材を育成すること、それはどちらもやりがいのある仕事です」

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北海道で自分の居場所を見つけた本山さんと、誇りを持ちながら日々仕事に向き合っている釼持さん。
2人の笑顔に見送られながら、なんだか清々しい気持ちになりました。

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ファム・エイのスタッフのみなさん

有限会社ファム・エイ
住所

北海道標津郡中標津町北中1番地29

電話

0153-73-4138

URL

https://www.farmaid.jp/


やっと見つけた自分の居場所。酪農ヘルパーとしての人生。

この記事は2020年10月13日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。