近年、菜の花畑の美しさで有名になった安平(あびら)町にある「あびらD51ステーション」は、道内屈指の人気を誇る道の駅。2019年にオープンしてから4年半で来場者数が300万人に達しました。
安平町にはいくつかの観光資源がありますが、以前は旅行者に素通りされがちな町でした。しかし、今は違います。なぜ安平町が注目されるようになったのか、なぜ道の駅が好評なのか。その秘密を探ります。
鉄道をテーマにした道の駅
安平町に道の駅を設立する構想が始まったのは2014年(平成26年)頃。地域活性化を目指し、交流人口を増やすため、町内に点在する観光資源を結びつけて情報発信する拠点として道の駅が計画されました。新千歳空港から車で約30分の距離も大きな利点です。
道の駅の計画が進むにあたり、重要なコンセプトを設定しました。それは「D51(デゴイチ)」です。これは一般的にSLと呼ばれる蒸気機関車の車両形式のひとつです。
安平町の追分地区にはかつて、追分駅に隣接したSLの機関区があり、夕張などで産出される石炭を運ぶ機関車の拠点でした。そのため、追分地区は鉄道と共に発展した街で、古くから鉄道に関わる人々が多く暮らしていました。
そこで、町の歴史と住民文化を象徴するもので、差別化も図りやすい「鉄道」をテーマにした道の駅を作ることになりました。
現在、道の駅ではD51型機関車などを展示しています。施設名にD51を取り入れるなど、コンセプトを際立たせており、さらに、安平町の農畜産物を活用した食事の提供や、加工品、農産物などの販売も行っています。
道の駅の目玉はSL!D51などが保存されている鉄道資料館
道の駅にはさまざまなコンテンツがありますが、目玉はなんといっても道の駅内にある鉄道資料館に静態保存されているD51です。かつて追分機関区で活躍した元機関士たちが長年手入れや整備を続けているおかげで、SLの保存状態のよさは日本国内でも有数と言われています。
「冬季は結露でSLが傷むのを防ぐため、鉄道資料館は暖房が入らないんですよ」と教えてくれたのは、道の駅「あびらD51ステーション」の支配人で、あびら観光協会の事務局次長を務める西嶋基(にしじま もとい)さん。前職で安平町内のチーズ工房「夢民舎(むーみんしゃ)」の経営に携わっていて、その前は札幌市で郵便局員だったという異色の経歴の持ち主です。
D51は安平町の歴史を刻んだ宝物。多くの方々に見学できるようにしつつも、丁寧な保存・保管を心がけています。
普段は風雨にさらされないよう基本的には屋内展示ですが、春から秋の数日は特別イベントとして屋外に展示されることもあります(雨天時は中止)。冬季間の平日は資料館が閉館してガラス越しに眺められるのみですが、冬季の土日祝と夏季はオープン。D51とともに、昔の列車の行先案内板やSLのプレートなどの展示品も間近で見学できます。
道の駅の屋外には、札幌~釧路間を結ぶ特急「おおぞら」などでかつて使用された特急車両、キハ183の展示もあります(冬季間は雪囲いされて見学不可)。2019年に車両引退とともに解体される運命でしたが、道内の鉄道愛好団体によるクラウドファンディングで買い取りと移設の費用を確保。特急「おおぞら」が追分駅を通る縁から道の駅に保存されることになりました。
西嶋さんによると、歴史のある車両が展示されていることから鉄道ファンや家族連れのほか、かつて鉄道の仕事に就いていた方や出張でよく乗っていたという方などが道の駅へ訪れてくるそうです。
「D51はもちろん、道の駅の隣にある『ポッポらんど』では春から秋まで月2回ミニSLの乗車体験もやっていますし、ふわふわドームもあるので、お子さん連れの方には特に好評です」とも教えてくれました。
D51は道の駅のキラーコンテンツです。家族連れの方のほか鉄道に思い入れのある方にとっては、これだけでも行きたい・見てみたいと思えるのではないでしょうか。
安平町の豚肉などを使った絶品グルメを続々と開発
道の駅のもう一つの主力商品は、安平町の農畜産物を活かしたグルメの数々です。すべてテイクアウトスタイルで提供していますが、施設内の無料休憩所で食べることも可能です。道の駅のテイクアウトコーナー主任、坂本敏明さんにグルメのこだわりや開発秘話などを伺いました。
「圧倒的に人気があるのは、『あびら肉コロッケ』と『もくもくD51ソフト』です。このコロッケだけで年間1万個は販売しています」
コロッケが年間1万個!坂本さんはさらりと話しましたが、これはかなりの数字ではないでしょうか。コロッケだけで1日平均25~30個売れていることになります。
「あびら肉コロッケ」は、安平町産のじゃがいもと同じく安平町産ケンボロー豚のひき肉を使用しています。サクサクな食感が非常に美味しいです。ドライブ途中に小腹が空いたときや自宅の夕食のおかずに最適です。
一方、「もくもくD51ソフト」は、SLをイメージし食用竹炭で灰色にしたオリジナルソフトクリームです。丸くもくもくとした形がかわいい!甘すぎず、生乳の味わいが感じられます。
食事系は2023年12月現在、カレーと豚丼とうどんがあり、その中で人気があるのは『D51豚丼』。こちらも安平町産ケンボロー豚、ロースと肩ロースの2種類を使用しています。甘辛いタレが絡んで食べやすく、食欲が進みます。
以前は別の町のブランド豚肉を使っていましたが、安平町をどうPRするかに重きを置き、ケンボロー豚という町内の農家が生産する豚肉を使用することにしました。1頭丸ごと仕入れ、ロースやヒレは豚丼やカツカレーなどで使用し、他の余った部位はコロッケやメンチカツなどに活用しています。
「それでも余る部位が出るので、テイクアウトメニューではなく特産品になりますが、『豚ジンギスカン』なども開発しました。町内産のチーズやソーセージなどと一緒に特産品コーナーで販売しています。安平町の周辺にはキャンプ場が多いのです。なので、キャンプやバーベキューに行くときに購入してもらうようにという意図です」
これは素晴らしいアイデア!地元食材のPRと普及、食材ロスの解消を同時に行い、観光スポットへの訪問を促し、売上にも繋がる良い事例です。道の駅が町の観光拠点であることの価値を感じさせます。
さらに、道の駅の農産物直売所「ベジステ」で販売している農家と話し合い、タイアップすることもあります。タイアップの成功例の一つは「D51特製長いもフライ」です。ベジステがきっかけで農家から直接長いもを仕入れることができ、誕生したメニューで、テイクアウトメニューとして通年で販売しています。他にも、町内産の甘露を使用した季節限定の「あびらカンロソフト」や、トウモロコシをドーナツのように加工して販売したこともあります。
日々積極的にチャレンジしている坂本さん。それには理由があります。坂本さんはこの場所に来る前、利用者が多く賑わう道の駅として知られる恵庭市の「道と川の駅 花ロードえにわ」でテイクアウト料理などの担当として13年間働いていた経験を持っています。安平町に道の駅が開設されることを機に、現職に就きました。
「まだまだですが、続けていくことに意義があると思います。将来はここがケンボロー豚の専門店になればと思います」
謙虚ながらも夢を語る坂本さん。「安平といえばケンボロー豚」というほど、知名度や人気が上がっていくといいですね。
地元の方々を巻き込む小さな仕掛けの積み重ね
道の駅で販売するものは、坂本さんが手掛ける数々のグルメや特産品のほか、町内の食材を使ったパンや農家さんが育てた野菜や畜産品、加工品のほか、ハンドメイドの商品など多種多様です。実は、これらの販売についてもちょっとした工夫や仕掛けがあるようです。西嶋さんに伺うと
「いつもうちのスタッフと、イベントの企画や売り場の構成、展示方法についてよく話しているんですよ。『こんなことしたら面白いかな』『他でこんなことしてた、参考になるかも』とか。いろんなイベントをやるので、売り場をずっと同じままにはしていないです」
道の駅では、鉄道模型のイベントをはじめ、農家さんの畑での収穫体験、キャンプフェア、海産物フェア、音楽イベント、猿回しなど、年間を通じて大小さまざまなジャンルのイベントを開催しています。イベントをただ開催するだけではなく、ちょっとした心遣いで地域の人たちを巻き込み、いい関係性を築いて地域のみなさんと運営している点にも注目です。例えば、町内の早来地区にある陶芸サークルの方の陶芸作品を通常はクラフトコーナーで販売しているものの、年2回は正面玄関入ってすぐの目立つ場所に移動。早来地区の食品や農産物なども一緒に早来特集のような形で展示販売するそうです。
「その時期を目指して作品を創ろう、とか、早来を盛り上げよう。とか、早来地区のみなさんのテンションが上がるんですよね。積極的に関わってもらえるようになりますし、売り場としてもイベント企画の一つになるのでありがたいです」と、西嶋さんはその狙いを語ります。
イベント以外にも、冬の閑散期に売上を上げて町のためにもなるようにと、安平町のふるさと納税の返礼品の各商品の紹介をショップカードのように印刷をして施設内に設置。QRコードを読み込めば寄付できる仕組みも。返礼品の中には、坂本さんが開発した豚ジンギスカンなどもあります。
「近江商人の『三方よし』みたいに、来館する人も出展する人も我々もみんなハッピーになるような、そういう施設でありたいなと思います」と、西嶋さん。ちょっとした工夫や気遣いを積み重ねていくことで、地域のみなさんが積極的で主体的に関わり合う関係性が自然と生まれているのかもしれません。観光客だけではなく、地元の方々に愛され支持されることも、道の駅が盛り上がる秘訣なのでしょう。
町全体が関わる菜の花イベント
川野修一氏「広大な菜の花畑」数ある企画の中でも最大の集客を誇るイベントが、毎年5月中旬から6月上旬に行われる「菜の花イベント」です。道の駅には1日で7,000人以上が訪れることもあり、道の駅だけでなく菜の花の農家さんや役場も含めて町全体が関わる一大イベントです。
「繁忙期のゴールデンウィークの直後に超繁忙期の菜の花イベントを迎えるので、みんな春は休む間もないです」と西嶋さんは笑顔で語ります。
道の駅は安平町の菜の花観光のゲートウェイです。見学に訪れる人たちへ菜の花畑の場所の案内をはじめ、食事処や土産処としての役割を担い、安平町の情報発信の拠点として機能します。
多くの人たちの来館が見込まれることから、テイクアウトコーナーでは春になる前にコロッケなどを仕込んでストックをするなど、菜の花の時期に合わせてメニューや食材の計画と準備をしています。全体の売り場構成の計画や菜の花畑の案内の準備も行い、臨戦態勢で春を迎えます。
一方、菜の花の農家さんは、それぞれの圃場でフォトスポットや直売所を設けたり遊歩道を作ったり、幌馬車体験を実施する農家さんやキッチンカーを呼ぶ農家さんもいます。それぞれの農家さんが自主的に取り組んでいます。
さらには、10km程度歩いて小高い丘の上から菜の花の絶景を眺めに行く「菜の花フットパス」という企画をしている団体もいます。こちらも町民の方々が自主的に行っている企画です。
ただ、菜の花畑は町内各所に点在しており、毎年場所が変わるという特色もあります。菜の花は連作できないので、毎年菜の花が育てられている畑の場所が変わってしまいます。しかも、菜の花畑は観光農園ではなく農家さんの生産現場です。農家さんの厚意で見学させてもらえます。
ここで活躍するのが町役場です。道の駅と役場との役割分担や連携について、西嶋さんが教えてくれました。
「町役場で毎年『菜の花マップ』を作ってくれます。見学できる菜の花畑の場所を役場が確認して、それと、農家さんによっては見学OKのところとNGのところがあるので、OKのところだけ載っています。農家さんとの確認や調整も役場がやってくれるので、我々はマップのところを紹介します」
町役場ではさらに、札幌市内などで行うイベントのPR活動などにも予算を割いており、道の駅と菜の花畑を結ぶシャトルバスも運行しています。町民との調整や対外的な広報などを町役場が担い、道の駅はやってきた観光客の案内役とおもてなし役に徹します。
観光協会と町役場が軸となり、道の駅から地域への回遊を促す
道の駅の役割は、町の観光情報の発信基地であり、発信基地としての役割を果たすには、一人でも多くの人に来館してもらう必要があります。SLをはじめとするさまざまなコンテンツがありつつも、役場と観光協会、そして町民が役割分担して、それぞれ自分ごととして動いているのが安平町の強み。その結果が道の駅の盛況に結びついているようです。「道の駅を観光協会が運営する意味って、やはり地元を育てることだと思うんですよね。どうやったら売れるようになるか、人が来るようになるかとか。この先は町内の各地域や団体とイベントなどを通じてもっと連携して、回遊をもっともっと推進したいです」と西嶋さんが語った想いに、道の駅が成功する要因が凝縮されているように感じられました。
かつてこの地は石炭を港に運ぶSLの運行拠点でしたが、現在はSLを軸に旅行者を町内に呼び込む観光拠点です。道の駅の「車輪の軸」となるのは、アイデアと企画で来客を支える観光協会と、予算面や人員面を支える町役場。菜の花の農家さんをはじめ、懸命に取り組む町内のみなさんのもとへ、たくさんの観光客を運んでいます。
- 道の駅あびらD51ステーション/一般社団法人あびら観光協会
- 住所
北海道勇払郡安平町追分柏が丘49-1
- 電話
0145-29-7751
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