認知症になっても、住み慣れた土地で穏やかに暮らしたい。そんなお年寄りの願いを叶える家庭的なグループホームがJR安平駅そばにあります。施設の名前は「グループホーム安平の郷(あびらのさと)」。40年近く介護事業を行っている札幌市の三井ヘルスサービス株式会社が2011年に開設しました。
安平の郷では、お年寄りが生活の中でできること、やりたいことをスタッフと一緒に行いながら、「みんなで笑って楽しく暮らすこと」を大切にしています。家族や近所の方が気軽に訪ねてきたり、お散歩で声をかけられたりと、地域の人たちとの交流も盛んでしたが、ここ数年のコロナ禍では面会も限られ、行事などで触れ合うことも難しくなりました。それでも、スタッフの人たちは笑顔とホスピタリティを忘れません。
利用者さんに対して家族のように愛情を持って接し、時には看取りまでを行うこともあるこのグループホームで、施設長の柳谷涼子さん、主任の鍋城(なべき)香菜さん、そしてミャンマーから来た特定技能実習生のチョー・チョー・テッさんにお話を伺いました。
認知症の身内がいる家族との橋渡し役として
高齢者向けのグループホームとは、認知症のお年寄りがサポートを受けながら、少人数で家庭的な共同生活を営める小規模施設のこと。「グループホーム安平の郷」は、JR安平駅のすぐそばにあり、18名のお年寄りが「あさひ」「みずほ」と2つの棟に分かれて暮らしています。
施設長の柳谷涼子さんは「ユニットあさひ」の管理者でもあります。利用者は、ほとんどが80代から90代の女性。最高齢の103歳の方も、歩きながらスタッフさんとおしゃべりをしていました。「みなさん、地元出身の方で私たちの大先輩です」と柳谷さんはいいます。
日常の小さな「達成感」が暮らしを充実させる
認知症のお年寄りのケアには、フレキシブルな対応が求められます。
「私たちがリードするのではなく、利用者さんの動きに合わせて私たちも動いています」と柳谷さん。
入居している18人の利用者には18通りのケアがあり、ひとりひとりの状態も日々変わっていきます。毎日のタイムスケジュールはありますが、それに沿うのではなく当日の状態を見て、スタッフ間で話し合いながらケアや支援内容を決めていくのだそう。
食事や洗濯などの家事を入居者さんと一緒に行うのも大切な作業です。例えば食事をつくる場合には、キッチンに一緒に立つのは無理だとしても、食材を切ったりピーラーで皮むきをしたりと『その人ができること』をやってもらうのだとか。その場で本人がやりたくないと言うときは、無理強いをせずに別の作業を提供するといいます。
認知症の利用者さんと作業を行うのはかなり時間がかかるはず。しかし、柳谷さんはそこに大きな意味があるといいます。
「ご本人たちに、生活のなかで目的を持ってもらうことを大切にしています。目的がなくて部屋とホールの行き来を繰り返しているような方には、例えば『ちょっと洗濯物をたたんでもらっていい?』とお願いしてやってもらうんですね。利用者さん自身が仕事をすることで、達成感を持ってお部屋に帰ってもらうことを心掛けています」
どんなに小さなことでも、役割を持つことはその人にとって生活の張りをもたらします。そのためにも、利用者さんひとりひとりの状態やできることをしっかりと観察して見定める、それをスタッフ全員で共有することが大切だと柳谷さんは話します。
また、施設では入居者さん以外からの相談も受け付けています。例えば、言動が変わっていく母親の姿を見て、どうしたらいいのか分からず不安になった娘さんのケースがあったそうです。
「娘さんには、それが認知症の症状によるものであること、変わっていった経緯を具体的に説明させていただきました。すると、『自分が悪いわけでも、お母さんが悪いわけでもなかったんですね』とおっしゃって、娘さんの気持ちも晴れたんですね。認知症の方への対応の仕方もお話ししましたし、お母さまと再び向き合えるようになり、やがてグループホームに入居したことで、ご本人も認知症による強い言動が見られなくなりました」
お年寄りとの生活は楽しくアドリブ対応で!
日によって状態が変わるお年寄りには、臨機応変なケアが求められます。開設時からのスタッフで、セクションリーダーの鍋城(なべき)香菜さんはその道のベテラン。「困ったとき」の対応の様子を再現してくれました。
「例えば、お風呂に入るのを嫌がる方や、『夜に自分の家で入るからいいよ』と断わる方には、私が面白おかしく歌いながら一緒にお部屋から移動して、お風呂に入ってもらうんです。利用者さんが『気づいたら、入浴室に来て裸になって気持ちよくお風呂に入っていた!』となるように、楽しい雰囲気づくりを心掛けています」
柳谷さんも鍋城さんも、いかに利用者さんがイヤな思いをしないで生活をしていけるか、ケアをする側の『テクニック』が必要だといいます。
「私は昔から歌が大好きなので、それが役に立っているんですよね。ふざけたことを言ってよく笑わせたりもします。というのは、たとえ認知症でわからないことが多くても、私はお年寄りの方々に笑っていてほしいんですよ。だから、利用者さんが朗らかに過ごして心地よい疲れを感じながら『ああ、今日は楽しかった』と思いながらお布団に入ってもらう、そうなればと思いながら日々のケアをしています」
それは入居者さんのためだけでなく、自分の老後もそうありたいし、親が老いたときにもそうしてあげたいから。そのように鍋城さんは語ってくれました。
「折り紙が上手なおばあちゃんだ!」地域でも顔なじみに
コロナの前までは、この施設にはご家族だけでなく、地域の人たちも予約なしで気軽に出入りできました。「ご家族が『来たよ~』と玄関にいらっしゃると、私たちも『どうぞどうぞ』と入ってもらっていました。『これから買い物に連れて行く』とか『今日はおうちに泊まらせる』といったことも、フレキシブルに対応していました」と柳谷さん。
地域の人たちも利用者さんをよく知っているそうです。お散歩に出れば町の人たちが声をかけてくれて、小学生たちに会えば「あっ、折り紙が上手なおばあちゃんだ」と呼ばれたりします。それが当たり前の光景だと柳谷さんは話します。
このように、施設の利用者が親しまれている理由は、地区内で行われるふれあいの機会に参加してきたことにあります。コロナ前までは、地元の公民館からは毎回ハロウィンパーティーやクリスマス会に招待されていました。また、旧安平小学校(現在は早来学園に統合)では年に1回、3、4年生たちがグループホームを訪問する課外授業があり、小学校の運動会では、利用者さんが参加する種目もあるなど、地域の中に溶け込んだ生活を送ってきました。
施設側が主催する行事もありました。特に毎年の夏祭りは、建物内での催しに加えて、敷地内で焼き鳥やわたあめなどの屋台を、施設の運営会社や地元の商工会、婦人会などと協力して出店。利用者やその家族だけでなく、地域の人も楽しむ盛大なイベントだったそうです。
2018年に起こった北海道胆振東部地震のときも、地元住民の人たちに助けられたと柳谷さんは感謝を込めて語ります。
「地震のとき、施設内はグチャグチャで足の踏み場もないほどでした。水や電気も止まってしまったので、すぐに避難することになりました。そこに地域の人たちが来てくれて、避難先の安平公民館まで利用者さんの移動を手伝ってくれました。公民館では、最も広い大ホールを『安平の郷専用』の福祉避難場所として使わせてもらえたんです。みなさん、ちょっとした環境の変化でもナーバスになってしまう利用者のことを理解して配慮してくれたんですね。本当にありがたかったです。普段の暮らしを含めて地域の方々には本当に助けられています」
柳谷さん自身も、実は自宅が大きな被害を受けて、お子さんの通学のために町外へ引っ越すことになりました。それでも、住民同士のつながりが強いという安平地区のこの職場に、車で通い続けています。
コンビニでの接客から介護職へ
安平の郷のあたたかさは、働くスタッフの方々が生み出しているようです。そんなスタッフさんたちにお話を伺うことにしました。
施設長の柳谷さんは安平町の早来地区(旧早来町)出身で、函館の高校に進学。卒業後は函館の会社で事務のお仕事に就き、結婚して3人のお子さんに恵まれました。その後、介護の仕事をしているご主人の転勤に伴って安平町に戻った柳谷さんは、コンビニエンスストア勤務の後、ご主人の勧めもあり介護の世界へ。
「介護のことは何も知りませんでしたが、チャレンジ精神でやってみよう!と思いました」と柳谷さんはいいます。
最初の勤務先は、町内にあるケアハウス。そこで理想の上司と出会いました。
「利用者さんがご自身の不安を話しに来ると、自分が帰る時間であってもじっくりと腰を据えて耳を傾ける方なんです。それも聞きっぱなしではなく、利用者さんの不安を解決するためにはどうしたらいいかと、スタッフ間で打ち合わせを何度も重ねるんですよね。徹底的に利用者本位の方で、私の憧れ、目標であり、自分もその方に近づきたいと思いました」
やがて、柳谷さんは、より介助が必要な高齢者のいる施設で働きたいと思うようになります。いまの職場のスタッフから声をかけられたことをきっかけに、グループホーム安平の郷に移ることを決めました。
いまは3人のお子さんも独立し、施設長として日々仕事に打ち込んでいます。利用者さんの状態やケアをスタッフで話し合い、全員で共有するなど、前職の上司から学んだことを生かしているそう。
お休みの日のリフレッシュ方法やご趣味をたずねたところ
「推しは堂本剛なんです。堂本剛と、ビールで生きています」と、少しはにかみながら笑顔を見せてくれました。
歌とおしゃべりが好きな自分にこの仕事が合っていた
底抜けの明るさと頼もしさを持つ鍋城香菜さんは、「オープンから勤めて13年もたっているなんて、自分でもビックリですよ!」と笑いながら、働くことになったいきさつを話してくれました。
鍋城さんも柳谷さんと同じく、安平町早来地区の出身です。高校卒業後は苫小牧で就職・出産。子育てしつつも仕事がしたい!と思い、たまたま目にした広報誌の「ヘルパー2級の資格が取れる」という一文に惹かれ、職業訓練を受けることに。ですが、座学には通えても、現場実習には小さなお子さんがいて出席することができず... 困っていた鍋城さんの耳に、ちょうど安平の郷がオープンするという情報が飛び込んできました。
春からは子どもを保育園に預けることができるし、働くのは無資格でもOK。それに、働きながら資格を取ることもできると聞いた鍋城さんは、さっそく採用面接を受けて合格し、このグループホームで働くことになりました。 利用者のお年寄りにとって、20代だった鍋城さんは孫のような存在。
「仕事をするというよりは、お茶を飲みながら世間話をして笑って、一緒に遊んでもらっている感じでしたね。もちろん、おむつ交換や入浴、服薬などの介助はすべてが初めてのことで戸惑いもありましたが、元々私はおしゃべりや歌、料理が大好き。この仕事に向いていたんだなと思います」
やがて鍋城さんは、3人目のお子さんの産休中に介護福祉士の資格も取得しました。スタッフの事情に合わせて、フレキシブルにお休みが取れるこの職場はとても助かったといいます。
「勤務中に子どもが保育園で熱を出したときも『いいよ、早く迎えに行っておいで』と言ってもらえました。施設長も含めて、ほとんどのスタッフが子育て中か経験者ですから『母親』としての思いが分かるんですよね。私もスタッフの突然のお休みに対しては、積極的に業務調整などのフォローをしています」
鍋城さんの趣味はカラオケで、よく「ひとりカラオケ」に行くのだそう。歌はジャンル問わず、最近はAdoが大好きとか。
「昔は、夫から『子どもが小さいのに働くことはないんじゃないか』と言われたりもしましたが、いまは理解してもらっています。将来はケアマネージャーの資格も取りたいですね」と意気込みを話してくれました。
将来は自国にグループホームをつくりたい〜ミャンマーからの技能実習生
グループホーム安平の郷では現在、ミャンマーから来日した2名の技能実習生、1名の特定技能実習生を受け入れています。
「みなさん日本語が上手で、とても優秀なんですよ。利用者には孫のように可愛がられていますし、私たちもずいぶんと助けられています」と柳谷さん。
そのひとり、20歳の特定技能実習生さんにお話を聞かせてもらいました。
名前はチョー・チョー・テッさん。家の仕事を手伝いながらミャンマーで教育を受け、日本語と介護技術の評価試験に合格しました。
「日本ではレストランと介護の仕事が選べましたが、私は子どものころから祖父母と住んでいたし、人の手助けをするのが好きだから介護の仕事を選びました」と話します。
安平に来てからは、お年寄りとのコミュニケーションや日本語の勉強に励み、10カ月たったいまでは夜勤も任されるようになったとか。先日は、日本語能力試験N3を受験するなど意欲的に仕事に取り組んでいます。
施設長の柳谷さんが「彼女は何にも臆することなく、積極的にやってくれる人です」とチョー・チョー・テッさんを評する通り、できることはすべて吸収しようという姿勢が、短いインタビューの間にも感じられました。次の目標は、日本語能力試験N2合格と介護福祉士の資格を取ること。そして、自国に帰ったら、この職場で働いて学んだことを生かして、同じようなグループホームをつくりたいのだそうです。
「ミャンマーには、このようなグループホームはあまりないんですね。わたしの父は薬の会社で働いていますので、父と一緒にこのような施設を開きたいと思います。そのために、ここでいろいろ学びながら、ミャンマーでも生かしていきたいと思っています」
将来の目標をまっすぐに見据えて話すチョー・チョー・テッさん。先日は、公民館の地域の集まりにお呼ばれしてゲームをしてきたそうで、「すごく楽しかったです!」と、安平での暮らしも充実しているようです。
介護のプロとして、笑顔でお年寄りへのケアを
インタビュー中、館内では利用者さんとスタッフさんの笑い声がよく聞こえてきました。認知症を持つお年寄りへのケアは、決して楽なことばかりではないとお二人は言います。それでも、柳谷さんは言葉に力を込めてこう続けます。
「この施設にいるときは介護のプロに徹して、笑って接しようと職員たちと話しています。そして、もし『今日はしんどかったな』と思ったら、帰るときには利用者さんから見えない事務所で『今日はちょっとここがしんどかった、でも明日は頑張る!』と、思いを吐き出してから笑って帰ってもらうようにしています」
スタッフたちが忙しく、疲れたと感じているときは、お年寄りもそれを敏感に感じ取って話しかけてくるそうです。
「今日は元気がないねえ」
「お昼ご飯を食べてないんじゃないの?早く食べなさい」
「もう疲れたんでしょう、帰りなさい」
それは、利用者さんからの心配と労いの言葉にほかなりません。
「利用者の皆さんは私たちのことをよく見ているんですね。だから、『笑ってもイヤな顔をしていても同じ1日。どうせだったら笑って過ごそう!』と言って、私たちスタッフは笑顔でいることを心掛けています」と柳谷さんは話します。
利用者の看取りを行うこともあるというグループホーム安平の郷。鍋城さんが「私にとって利用者さんは、実の祖父母より長く一緒にいる『本当のおじいちゃん、おばあちゃん』です」と言うように、家族のようなホスピタリティで、さらにはプロフェッショナルとしての意識を持ってスタッフさんは利用者に接しています。コロナが5類になったとはいえ、高齢者施設ではまだまだ受け入れや外出の制限が必要なのは事実。早く、地域での温かい交流が復活しますように。
- グループホーム安平の郷
- 住所
北海道勇払郡安平町安平675-16
- 電話
0145-26-3301
- URL