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枝幸町

新人獣医さんのこれまでとこれから。20201008

この記事は2020年10月8日に公開した情報です。

新人獣医さんのこれまでとこれから。

北海道の基幹産業でもある酪農は酪農家だけでなく、農業関連団体や行政、大学や研究機関、資材や飼料を提供する民間企業等、さまざまなプロフェッショナルによって守り支えられています。そんな専門的な職業のひとつが獣医師。就職で札幌から道北の枝幸町に移り住み、獣医師として奮闘する工藤有沙さんにお話を伺いました。

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産業動物であっても命は尊いもの。

華奢な体つきに幼さが残る笑顔。あの大きな牛たちの診察をしているとはちょっと想像できない...それが工藤さんの第一印象。
彼女が所属するのは北海道中央農業共済組合宗谷南部家畜診療所。現在26歳、獣医としては2年目をむかえたところです。
「小学校の時に家族で訪れた長沼町のハイジ牧場。そこで牛たちのクリクリした瞳と一生懸命に生きる様にハートを撃ち抜かれてしまって...(笑)」
高校では獣医進学コースへ、さらに北海道の酪農学園大学の獣医学類に進み、6年間知識と経験を積みます。
「乳牛も肉牛も産業動物。『かわいい』という感情だけでは向き合い続けられないことにジレンマを覚える時期もありました。でも、たとえ人間都合の生命であっても、この世に生を受けた牛の健康を守り支えるという獣医師の使命は尊いと感じ、この道を進んでいこうと思いました」

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大学最終年の就活時期。開業医の元で働く、公務員になる、畜産試験場に所属する...など、いくつかの選択肢がある中で彼女が選んだのは北海道中央農業共済組合の職員となること。
「大学で得た知識は基礎の基礎。とにかくたくさん経験を積むことが大切だと先輩たちからアドバイスを受け、組織が大きく酪農家との絆も深い共済組合に籍を置くことにしたんです」

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新人獣医さんの〝いっぱいいっぱい〟な毎日。

道北地方は北海道でも指折りの酪農・畜産のメッカ。彼女の職場でもある宗谷南部家畜診療所には8名の獣医が在籍し、枝幸エリア・歌登エリアの牛たちの検診や治療にあたっています。工藤さんは4人のメンバーとともに歌登の35戸の牧場を担当しています。
「一日の仕事は農家さんの電話から始まります。餌を食べない、起立できなくなった、仔牛の下痢が止まらない、難産のようだ...その内容は千差万別です」
こういった農家ごとの牛の病状をホワイトボードに書き連ね、それぞれの担当獣医を決定し往診ルートを確認した後、治療に赴くというのが午前中の流れ。午後は病状の報告や共有、カルテへの記入などに追われます。
「牛の状況をつぶさに診、その病気や原因を探り当て、点滴や投薬、注射などで治療するというのが通常の往診パターン。乳熱、乳房炎、肺炎、子宮炎などがよくある病状です。
こういった診察経験のある病気なら対応できますが、時にはその場では判断できない病気や大掛かりな手術が必要となる場合もあるんです」

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ここで取材班に披露してくれたのが家畜診療所内にある牛専門の手術室。広い室内の中央に備えられた手術台に牛を仰向けに寝かせ、そこで開腹手術などを行うのだとか。もしかして工藤さんも執刀したことがあるの...?
「はい。子宮捻転とか第四胃変異というこの世界では比較的メジャーな手術を数回ほど。もちろん横に付き添う先輩にアドバイスやサポートをいただきながらですけれど」
今のところ失敗したことはないというものの、やはり手術の日は極度に緊張するとか。
「大切な命を預かるわけですからね。絶対ミスはしたくないですし、手術が成功して牛が元気になった様を見ると心底うれしく思います」
実社会に出て改めて思うのは、大学生活で得た知識や技術は基礎中の基礎だということ。日々の体験や現場での経験を通して学ぶことのほうが何倍も多いがゆえに「毎日がいっぱいいっぱい!」と工藤さんは笑顔を見せます。

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農家や地域を支えているという小さな誇り。

獣医になって2年目。工藤さんは今の自分をどう評価しているのでしょう。
「半人前にさえ至っていない、そんな感じでしょうか。いつも先輩に助けられてばかり。できない自分が悔しくてもどかしいです」
そんな自信なさげな彼女ですが、先日牛の難産に一人で立会い、農家さんと一緒に首に巻きついたへその緒を解き、無事元気な仔牛を産ませることができたとか。

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「多分先輩たちならもっと速やかで手際も良かったのでしょうけどね。ただヘトヘトになっている私を見て、農家さんがかけてくれた『ありがとう、助かったよ』の一言は忘れられません」
辛いことや苦労もあるけれど、それを遥かに凌駕するようなうれしさや喜びがある。それが工藤さんを次の仕事へ、新たな現場へと向かわせるエネルギーになっているのでしょう。
「牛の健康を守る、病気を治す、元気にさせる...その瞬間もうれしいですけれど、この集落の酪農を支えている、農家さんやそのご家族を支えているという実感が、喜びでありやりがいだと思います」

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住民とのふれあいが紡ぐ「暮らしやすさ」。

学生時代は実家住まい。社会人になるなら一人暮らしを始めたいという思いもあり、工藤さんはあえて札幌から遠く離れた勤務地を選びました。
「念願の一人暮らしと胸躍ったのは一瞬。予想を上回るほどの田舎町、スーパーは小さいし店じまいも早いし、そもそも料理もできないし...当初は途方に暮れることも多かったですね」
しかし一日一日と暮らしを重ねていく中で、仲間ができ知り合いができ人の輪が広がっていきます。
「都会のようにコンビニも娯楽施設もないけれど、その分ふれあいやおすそ分けは毎日のようにある。夏場は近所のお年寄りから野菜が山のように届くんです(笑)。札幌じゃ考えられないでしょ」
『暮らしやすさ』とは快適や便利の度合いではなく、周囲の人々のやさしさや思いやりが紡いでいくもの。道北の小さな小さな町に暮らすことで、そんな素敵な発見をした工藤さん。一人前の獣医になるための日々はこれからが本番です。

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北海道中央農業共済組合宗谷南部家畜診療所
北海道中央農業共済組合宗谷南部家畜診療所
住所

枝幸郡枝幸町歌登桧垣町142番地102

電話

0163-68-3316

URL

https://www.nosaido.or.jp/


新人獣医さんのこれまでとこれから。

この記事は2020年8月2日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。