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教師でもあり芸術家!ふたつの肩書きが伝える生きぬく力20200604

教師でもあり芸術家!ふたつの肩書きが伝える生きぬく力

雪がしんしんと降る北海道の1月。
緩やかに曲がる坂道をのぼると、そこには大きな学校が見えてきました。
北海道札幌市にある市立札幌平岸高校です。

平成15年に定められた「札幌市立高等学校教育改革推進計画」により、札幌にある7つの市立高校はそれぞれの特色を持ちました。その際に「芸術」に特化した学校になったのが、ここ市立札幌平岸高校です(以下平岸高校)。
平岸高校の生徒は、普通科で各学年8クラス中の1クラス40人がデザインアートコースに所属しています。デザインアートコースは、2年生からは絵画・彫刻・クラフト・情報メディアデザインと4つの専攻に分かれます。そこで絵画専攻を担当しているのが齋藤周(さいとうしゅう)先生です。

saitohsyusensei16.jpg 今回の取材場所は、美術部員が集まる放課後の絵画室。元気に取材陣と挨拶を交わしながらも生徒さんの筆が止まることはありません。そのまま教室奥の準備室に行くと、齋藤周先生の姿が。

実は、この齋藤周先生。ただの美術の先生ではありません。札幌を中心に東京でも自身の個展をひらく、作家さんでもあるのです!
そんな齋藤先生ですが、学生時代に美術部に在籍したことはなく、スポーツに明け暮れていたんだとか。

齋藤先生はいつ美術と出会い、教師の道を志したのか。作家・齋藤周だからこそ見えてくる美術教育とはいったい何なのか。かすかに聞こえる放課後の廊下の雑踏に懐かしさを感じる中、先生にお話しを聞いてきました。

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なんとかならなかったら美術へ戻ればいい

齋藤先生にとって美術とは物心がつくころから身近なもので、なんとおうちにはアトリエがあったそうです。というのも、齋藤先生のお父様も、高校の美術の先生だったのだとか。
「小さい頃は、普通、家にはアトリエがあるものだと思っていましたね」と笑う齋藤先生。
絵本の代わりに、おうちにあった画集を見て育ったといいます。
「ただ当時は、ピカソだとか有名な画家の良さは全くわからず、風景画が好きでしたね」

準備室にある制作途中の先生の作品も風景画に近い印象で、今は自然のモチーフからイメージされた作品がズラリと並びます。

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そんな環境で育った齋藤先生。幼いころに絵を描いた記憶はありますか?とお聞きすると、「夏休みの宿題に困ったらとりあえず絵を描いていましたね」とニヤリ。きっと、当時から周りを圧倒する絵を描かれていたのでしょう。小学生の頃、学校行事の際に作る学級旗は、クラスメイトはみんな齋藤先生が作るのが当たり前という反応だったそう。齋藤先生自身も、自分が担当する仕事だと思っていたそうです。

しかし、齋藤先生が学生時代に熱中していたのはスポーツ。美術部には所属せず、小学校は野球に、中学・高校はバスケットに打ち込む日々でした。しかし、大学受験を目前に美術の道に進みたいと決意するも、普通教科の勉強も絵の勉強も満足に取り組めずに挑み玉砕。
「高校生くらいまで何事も『なんとかなる』じゃないですか。でも大学受験はそうはいかなかったんですよ」
初めての大きな挫折を味わったと齋藤先生は話します。

そこで美術の道を諦めた齋藤先生は予備校へ通いはじめます。しかし、気が付けば予備校と並行して、夏ごろには美術系の大学へいくため絵の勉強もしていました。
「普通科大学への進学を考えて予備校に通ったものの、やはり自分には美術しかないという結論にたどり着いたんです。今は偉そうに進路指導していますが、自分の時はあまりにも適当な進路選択でしたね」と当時を振り返ります。

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その後、北海道教育大学札幌校に無事合格しました。高校教師だったお父様の影響で、齋藤先生も『教師』を志し教育大に進学したのかといえばちょっと違うようです。
「教師を目指して教育大に進んだのではなく、北海道で美術が学べるのが北海道教育大学札幌校だったんです。特に父の仕事に憧れていたわけではなかったんですよ(笑)」

『美術を学ぶ場』として北海道教育大学を選択したという齋藤先生。しかしお父様は自らと同じ美術教師の道を歩んで欲しかったため、事あるごとに齋藤先生へ教師になるよう勧められたのだとか。その後、就職の話になったときも「父を納得させるため、教員採用試験を受けたと嘘をついたんですよ。本当は受けてないのに」と笑います。
齋藤先生自身はすぐ教師になるつもりはなく、「最終的には教師になるとしても、教師以外の社会経験がない先生ではなく、社会の経験をきちっと積んだ上で教える立場になりたい」という気持ちがあったと話します。

そして大学卒業後は東京でデザインの仕事をスタートさせました。

しかし、当時はコンピュータ技術の発達とともにどんな分野にも機械が導入され始める時代でした。もちろん、デザイン業界も例外ではなく、コンピュータを操る知識が求められるように。そんな中、もともと筆を握って絵を描いてきたアナログな性質もあいまって、どんどん新しくなるソフトを使いこなしていくことが難しく、この業界では先の見通しが立たないと感じた齋藤先生は、2年を待たずしてデザインの仕事をやめ北海道へ帰ります。

そして、高校の教師の専修免許をとるため教育大の大学院へ進学しました。卒業後、晴れて美術教師になることができましたが、すでに同年齢の先生とは5年の差が。しかし「この5年という時間は、僕が教師になるために必要だったんですよ」と齋藤先生は笑顔で話します。

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生き方が生徒たちに伝えるもの

取材途中「すこしだけ席を離れてもいいですか?」と齋藤先生が向かったのはずらりとパソコンが並ぶMacROOM。放課後、生徒さんとの約束があるとのことで、取材陣もおじゃましました。そこで、気がついたことがひとつ。それは、齋藤先生の生徒さんへの姿勢です。生徒と先生という関係以前に、ひとりの人間として生徒と向き合う姿が印象的でした。

saitohsyusensei4.JPG「いつもきちんと話をきいてくれる先生です」と生徒からのコメントも。

先生だから立場が上というわけではなく、ひとりの人と人としての立場を常に心がけていると言います。
「生徒との関係は信用が大事ですよ」と語る齋藤先生。つい、教える・教わる関係だと上下関係が生まれてしまいがちですが、立場に甘えず、生徒さんとの対等な関係にこだわる齋藤先生の姿は取材陣の胸に響きました。

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美術教師である齋藤先生は、作家でもあります。一方で芸術家といえば、寝食を犠牲にしてまでも制作に没頭するイメージがわいてしまいます。そこで齋藤先生に「作家に専念する道は考えなかったのですか?」と少し意地悪な質問をさせて頂きました。

芸術という世界に疎い取材陣でさえ、作家は『一つのことに専念するもの』というイメージがあるほど。
齋藤先生も、教師と作家という二つの仕事をしているがゆえに「作家ならば、創作活動に全力を注ぐのが一番だ」「所詮先生だから」と言われることもあったそうです。芸術という世界において、一つの仕事に集中できることは理想かもしれません。しかし、実際にそれで食べていけるのはほんの一握りしかいない厳しい世界だということも想像に難くありません。

そんな世界だからこそ二つの顔をあえて持つことにより、作家としての経験を教師として生徒へ伝えることができる。
そして、そんな自分の姿を『生き方のひとつ』として生徒に見てほしいと齋藤先生は言います。

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大学受験で挫折。一度東京で就職するも大学院へ進学。そして作家・先生の道へ。決して最短ルートではありませんが、たくさんの壁を乗り越えてきた齋藤先生の生き方は、未来を担う生徒たちへ生きていく力を伝えています。

そんな齋藤先生の想いが生徒さんに届いているからこそでしょう。生徒さんから近況報告があったり、クリエイターとして活動する卒業生から展覧会の案内が届いたりはもちろんのこと、齋藤先生ご自身の個展にたくさんの生徒が訪れてくれるなど、今でもさまざまなかたちで卒業生と繋がっているそうです。そして、なんと教え子から結婚式の招待状が届くこともあるんだとか!それだけ、齋藤先生が生徒さんに慕われている証拠でしょう。

「活動の幅を広げて、なんだか遠くへ行ってしまったな~という教え子もいますよ」と笑顔で話す齋藤先生は、とても嬉しそうでした。

saitohsyusensei15.jpg教え子が出版した本を嬉しそうに見せる齋藤先生

そんな齋藤先生。ついにこの春、まさにくらしごとの記事の確認のやりとりの最中にお子さんが誕生され、「お父さん」という新たな仕事が始まりました。おめでとうございます!
「高校教師でありながら自分で子どもを育てたことはなかったもので。だから保護者の方と話していても、完全に理解しきれないこともあったのでは?とずっと思っていました」

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先生としてはベテランの域に入ってきましたが、お父さんとしては新米スタートの齋藤先生。
「やっとこの仕事の本質を理解できるのではないかと期待しているんです。でも、子どもが高校生になるころには僕は退職してるんですけど(笑)」

新たな家族を迎え、さらなるスタートを切った齋藤先生。
先生として作家として、そしてひとりの父親として、未来を担う高校生と向き合う日々はまだまだ続きます。

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美術教師・画家 齋藤周
URL

http://shusaito.com

【Instagram】https://instagram.com/_shusaito?igshid=b6dp6i67sw


教師でもあり芸術家!ふたつの肩書きが伝える生きぬく力

この記事は2020年2月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。