デザインや情報発信は、首都圏が中心と思われがちですが、地域でも必要としている人がたくさんいます。そのニーズを捉え、地域と都市をバランスよく行き来するのも、これからの新しいデザイナーのあり方です。
現在、北海道厚真町でデザイナーとして活動する田中克幸さん。「今日は室蘭で打合せをしてきました」と言いながら、愛車に乗って颯爽と現れた田中さんに、厚真町での仕事や生活について聞いてみました。
こちらが田中さん。
物や人を大切にし、残していけるのはローカル
東京都出身で、デザイナーとして広告のプランニングや商品開発などに携わり、忙しい毎日を送っていた田中さん。大手のメーカーと共に行うものづくりの仕事は楽しかったものの、大量生産・大量消費のあり方に疑問を持っていました。「もっと地域に根ざして物や人、伝統を大切にし、ずっと残るものを作りたい」と考え、地方での仕事を模索し始めました。
そうしているうちに、地方のクリエイターから聞いたのが、厚真町の事業で、地域おこし協力隊制度を活用した「ローカルベンチャースクール」。「厚真町で起業したい人」がエントリーし、一次選考・最終選考を経て起業への決意やビジネスプランをブラッシュアップし、合格した人は最大3年間、厚真町で地域おこし協力隊として町から財政的支援を受けながら、起業して自立を目指す制度です。
実際に厚真町に何度も足を運び、役場職員も含め町の人と接する中で、地域を盛り上げるための熱意や高い意識を持った方も多いと感じたことや、以前北欧を旅行して気に入った農村の風景にどこか似た匂いのする厚真町に行くのもいいかも、と思ったこと、また、自分のようなクリエイターがいない地域で、白紙の土台にこれから作り上げていけるチャンスを感じたといいます。
「厚真町には、量は少ないものの作っている優れたものがたくさんあります。農業に関しても、他地域と比べて特別良い条件ではないにも関わらず、人々の努力で品質の高いものを作っているところがすごいと思いました。自分が入ることで、デザインでその魅力を伝えて残したり、生産者と消費者をつないで価値を生かせるのではないかと感じたのです」
応募段階ではまだ具体的な課題は見えていなかったものの「これまでの経験を生かし、現地に入って課題を見つけながら進めていく」とプレゼンし、合格。厚真町に移住して活動することになりました。
人とつながり、アイデアが生まれる環境
田中さんと、そして役場のみなさんと共に。和気あいあいとした雰囲気がよく伝わってきます。
活動においては、自らが町の中に飛び込んで動いていくことで人の縁ができ、町での仕事につながっていきました。厚真では、飲食店の販促物や商品のパッケージデザイン、ハスカップの収穫作業の動画制作などを受けているそう。
「役場の方もスピーディーに動いてくれるので、『連絡しておくよ』『明日会いにいきますね』と、すぐにつながることができました。雑談をする中で相談を受けたり、提案できる部分を見つけていける。コンパクトな地域で、良い感じのファミリー感がありますね」
地方である厚真町の環境も、クリエイティブな仕事にはプラスに働いているといいます。
「厚真町に来た時、空が広く、山が遠くに感じました。ここでは、東京で満員電車に揺られているよりアイデアが生まれます。都会ではいつも圧迫感がありましたが、こちらの環境ではそれがほぐれ、頭も軟らかくなっている気がします」
決して便利ではない生活もまた、プラスの材料だといいます。「東京では常に店が開いていて便利でしたが、忙しく食事はいつもコンビニという生活で、健康的とは言えませんでした。こちらではスーパーは夜7時に閉まりますが、それに合わせて自炊をし、体のコントロールもできるようになります。ちょっと不便な方が、暮らしをデザインする中で知恵やアイデアが生まれてくると思います」
震災をきっかけに新たに知り合えた人も
2018年9月に起こった胆振東部地震は、田中さんにとっても大きく影響を受ける出来事になりました。幸い、住んでいるアパートは被害が少なく、怪我もなし。そこで、住まいから徒歩3分の避難所に顔を出し、運営の手伝いをすることにしました。日数を追うと不平不満がたまってきた人たちのために、掲示板に気持ちを書き出す提案もし、喜ばれました。
「町に住んでいるけれど、中の人と外の人の中間のような立ち位置。それをうまく利用して、東京など外部の人にはこちらの状況を伝え、厚真では自分ができることをしようと思いました。震災をきっかけに知り合えた人もいて、今も仲良くさせてもらっています」
深刻な災害の中でも、地域の人とつながり、地域と都市の情報をつなげる役割を果たす経験ができたのです。
自分の過去、未来を考えるきっかけに
役場の方とも気軽に相談できる仲。
厚真町に来た経緯を振り返り、「自分には何ができるのか、これからの暮らし方や働き方について、考えるきっかけになった」という田中さん。それは、デザインをする上で必要な時間だったといいます。そして、それは「なぜこのビジネスをやるのか?なぜ厚真町でやるのか?」と問うてくれる、このローカルベンチャースクールという環境だからこそできたことであり、納得して次のステップに進めたといいます。
「一次選考、最終選考の期間は、過去を振り返る時間。そして、活動しているこの3年間は、未来を考える時間です。ただ漠然と日々を過ごしていることに疑問を感じる人、都会に疲れた人にはちょうどいい機会になると思います」
地域と都市を行き来し、つなぐ活動を
また、近隣の苫小牧や室蘭、そして札幌、東京などでの仕事もし、都市の刺激を受けながらバランスよく仕事ができているといいます。「厚真町では、人工的ではない風景に囲まれ、リフレッシュできる環境。そして、都会の刺激的で情報の多い環境。行き来することによって、角度を変えて物事を見られますし、それが価値になると思います」
クリエイターのコミュニティー作りにも積極的な田中さん。厚真町を会場にデザインセミナーを開催した時は、帯広や余市など道内の幅広い地域から参加者が訪れました。また、オンラインのコミュニティーで全国の人と交流し、お互いに抱えている問題を共有しています。
田中さんの厚真町での挑戦は、自身の仕事を作っていくだけでなく、新しい時代の働き方や暮らし方をデザインし、提案していく活動でもあるようです。
- 田中克幸さん(厚真町地域おこし協力隊)
- URL
◎ローカルベンチャースクールを担っている株式会社エーゼロ厚真の連絡先
住所:北海道勇払郡厚真町字上厚真18-1
電話:070-1226-0980