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北海道で暮らす人・暮らし方
旭川市

人を、地域を繋ぐ。まちのパン屋さん、パンドール。20190826

人を、地域を繋ぐ。まちのパン屋さん、パンドール。

北海道で札幌市に次いで人口の多いまち旭川市。この旭川にある永山地区の「永山せせらぎ通り」は、植栽や遊歩道が整備され、スーパーやクリニック、飲食店などが立ち並び、近隣の方の生活の一部とも言える場所です。ここに目を引く看板が店先に立つパン屋さん「せせらぎ通りのパン屋さん パンドール」があります。

まずはその気になる看板をご覧ください!

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え?どこが変わっているって?
実は、この看板の裏にその秘密がありまして・・・こちらです!

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あらら!?お尻がちょっと出ちゃってます(笑)
地元の方から「あのお尻が出ちゃってる看板のパン屋さんね」なんてお話が出たりもする、地域で愛されるパン屋さんなのです。

今回は、このパンドールを経営する「株式会社菓子処たんぽぽ」の社長であり、パンドール唯一のパン職人でもある伊藤和成さんにお話を伺ったのですが、こうして地域と繋がり、愛されるお店を作り上げるまでの壮絶な道のり、そして伊藤さんとご家族の人生そのものがそこにありました。

パン作りの基本を学んだ学生時代

伊藤さんの生まれは旭川市ですが、親の都合で3歳の時に上富良野町へ移り、高校を卒業するまでを上富良野町で過ごします。「中学生の時は結構やんちゃだったね」と頭を掻きながら笑う伊藤さんですが、高校は上富良野高校に進学し、3年間毎日部活で少林寺拳法に明け暮れていたと言います。

「実は小さい頃はパン屋になりたいとは思ったことなくて、夢は大工になりたかったんですよね。でも、親父が上富良野でパン屋をやっていたので、やっぱり小さい時からずっとその背中を見てきたのもあるし、高校を卒業する頃には、なんとなくそういう道も考えてはいたかな」

高校卒業後の進路は、東京や大阪にあるパンやケーキなどの食に関する専門学校を志望していたのですが、旭川にある旭川大学に進学します。

pandoll_5.JPG取材中に気さくにお話してくださる伊藤さん。

「ただ東京や大阪に出るとなるとやっぱりお金もかかるし、ちょっとそっちは諦めて、まずは北海道で経済や経営を勉強しようと思ったんだよね。それで、4年制大学だから3年間で単位を全部取ってしまったら、1年は丸々自由になるでしょ。その1年間を、東京にある『日本パン技術研究所』で、一からパン作りを学ぶ時間に費やしました」

この日本パン技術研究所での1年間は、仲間と寮に寝泊まりしながら、粉とは?塩とは?といった食に関することを朝から晩まで勉強し、どっぷりとパンやケーキに浸かった生活だったそうです。その後、1年が経過し、卒業する頃には「東京で働かないか?」と声もかかり、東京に残って働こうと決めた矢先、お父さまが病に倒れたとの連絡が入ります。そして、伊藤さんは上富良野のご実家に戻ることを決意するのです。

23歳の若者に降りかかった突然の大事件

伊藤さんが上富良野に戻って程なくすると、お母さまや他のスタッフの支えもあり、幸いお父さまも回復へ向かいます。そうして伊藤さんは、現在パンドールがある場所に元々あった、お父さまの旭川支店を任されることになりました。この時、伊藤さんは大学卒業後すぐにご結婚した奥さまと、生まれたばかりのお子さまの3人家族で暮らしていたのですが、そんな幸せの最中、大事件が起きてしまいます。

「2月のある日、深夜に寝苦しくなって目を覚ましたんだけど、なんか目も開けられないくらい煙が充満していて。部屋の壁をつたって、ドアを開けようと思ったら、ドアノブが熱くて開けられない。なんとか、窓を開けて、となりの家の屋根に飛び移ろうと思ったけど、煙を大量に吸っていることもあって、ただ窓から落ちることしかできなくてね。そこからの記憶は定かではないんだけど、家と家の間にあるコンクリートの塀に胸から落ちたみたいで、そのまま真冬の空の下、Tシャツ、短パンでうずくまってました」

火事でお店が全焼してしまったのです。

pandoll_6.JPG後々、火事の現場を見てみたら、自身が壁に這いつくばった跡が残っていたと言います。

伊藤さんはご近所の方などの通報や助けにより、救急車で運ばれ全身打撲で済みました。また、不幸中の幸い、奥さまとお子さまはたまたま上富良野にある実家に帰省していたため、難を逃れました。出火の原因は、漏電かFFストーブからの出火ではないかとのことだったそうですが、お店の建物、そしてパンを焼くための機械、家具や服など、全てが燃えてしまいました。

その後、お父さまから言われたのは「上富良野の店も閉める。東京に行くならそれでもいいし、これからはお前の好きに生きろ」という一言でした。
この時、伊藤さん若干23歳。ここから新たなスタートの一歩を踏み出します。

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ここで一生やっていく。ここで恩返しを。

「自分に何ができるっていったら、パン作りしかない。この火事の一件では近隣の方に本当にご迷惑をかけたので、地域に根ざした、人とが繋がり、コミュニケーションがとれるパン屋を作りたいなと考えました。東京で修行している時からやりたかったんだけど、当時旭川では1軒もなかったイートインスペースを作ろうと。でもそんな簡単ではなかったんだけどね・・・」

というのも、なんの実績もない23歳の若者に融資をしてくれる銀行などはなく、どこに行っても門前払いだったそうです。それでも伊藤さんは諦めず、銀行や市役所などに毎日毎日通って、融資のお願いや勉強をした結果、唯一ある信用組合さんが話を聞いてくれました。その担当者が伊藤さんにこう言います、「夢に描いているものを文章にして持っておいで。それが形になるなら協力するよ」と。そうして、伊藤さんの熱意が伝わり、無事に融資を受けることができて、現在のパンドールが立ち上がるのです。

pandoll_7.jpg店舗1階ではたくさんのおいしそうなパンが並んでいます。

「全く収入もないし、言ってしまえば着る服もない。なので、服は友達がくれたものを着てましたね。そんな状況だし、急いで準備を進めて、2月に火事が起きたけど、再オープンは10月にできました。新しくこのパンドールが建って、オープンを迎えた時は、『ここで一生やっていこう。ここで恩返ししよう』って思ったね」

オープンの日には、近隣の方々や応援をしてくれた方など、本当にたくさんの人が、行列になるほど訪れてくれたそうです。朝から晩まで、伊藤さんはパンを焼き、奥さまはまだ赤ちゃんだったお子さまを背中におんぶしながら接客という日々が続きます。

「この時、赤ちゃんだった娘が、あの看板のモデルなんだよ」

実は冒頭で触れました、あのお尻が出ちゃってる看板。こちらは娘さんがモデルで、奥さまがデザインしたそうなんです。家族全員で築いた、想いの詰まったお店なんですね。また「株式会社菓子処たんぽぽ」、こちらの会社名にも、もう一つの想いがありました。

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「この社名は、昔親父が上富良野でやっていた店の名前なんです。小さい頃はやんちゃをしてたし、東京に出たり、好き勝手に生きて来て、そして火事もあった。そんなこんなで親父に迷惑をかけることも多かったんですよね。ここを会社にするって決めた時、今の自分があるのは親父がいたからという想いもあって、社名に入れさせてもらうことにしたんです」

大きな苦難を乗り越え、ここまでやってこられたのは、家族・親・地域・お世話になった人・応援してくれる人・お客さまといった「人との繋がり」が支えであり、それが一番の活力だと伊藤さんは言います。

地域と繋がるパンドール

2017年には20周年を迎えたパンドール。伊藤さんにパン作りのこだわり、ポイントについても伺いました。

「うちは無添加で安全な食材しか使わない。粉や油、副原料とかに関しても、自分が納得したものを使ってます。特に粉に関しては、20年以上前に東京で勉強したのが、すごい自分の中で財産になっていて、粉だけで16種類使ってます。本当に粉一つで全然変わるし、ブレンドの仕方でも全然違う。今、パンの種類は100種類くらいあるんだけど、その数だけ配合がありますね」

新作のパンも、10年くらい前から週に1回のペースで開発を続けていると言う伊藤さん。旭川のコミュニティーラジオである「FMりべーる/上條KENラジオアフタヌーンショウ」という番組のワンコーナーに伊藤さんも毎週出演しており、リスナーさんから要望を聞いたりして、新作を発表しているそうです。

こうした地域との繋がりに積極的な伊藤さん。旭川市内の施設や病院、保育所にパンの配達をしていたり、地域のお祭りやイベントなんかがあると、同じく市内にある珈琲屋さんやお茶屋さんと一緒に出店も行っています。他にも、市内の飲食店さんの要望を受け、そのお店毎のオーダーメイドパンも提供しています。

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ここで伊藤さんにこの旭川のまちについても聞いてみました。

「まちと自然が隣り合わせで、これだけの人口がいるのに、これだけの田舎って結構珍しいんじゃないかなって思うね。まちと自然の共存ができているような気がして。だからから、人も温かいし、自然の恵みで食も素晴らしいと思うし、好きな場所かな」

なくてはならない、まちのパン屋さん

平日はご近所の方、週末はファミリー層で賑わう店内。また、近隣には高校もあり、テスト前になると学生さんがイートインスペースで勉強をする姿を見かけることも多いという、老若男女、地域から愛されるパン屋さん。これからのパンドールについて、伊藤さんに聞きました。

「ただパンを提供するお店ではなくて、地域のコミュニティを大事にした場作りをして、人に楽しんでもらえるような、そんなことをしていきたいですね。店やパンがその架け橋になるような。あと、やっぱり北海道っておいしい食材が多いなって、改めて感じていて、食の分野で一生懸命やっている人も多いし、道産食材を道外に発信していくってことを関東にいる仲間と始めているところです。これからもずっと食に携わっていきたいね」

取材中、伊藤さんのお話の中に何度も出てきたのが「繋がり」という言葉です。家族、地域、そして人との繋がりを何よりも大切にし、火事という大きな苦難も乗り越え、今年で22年目を迎えた伊藤さん家族とパンドール。これからも地域になくてはならない、まちのパン屋さんとして、美味しさを届けてくれることでしょう。

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せせらぎ通りのパン屋さん パンドール
せせらぎ通りのパン屋さん パンドール
住所

北海道旭川市永山7条7丁目4-1

電話

0166-47-5715

URL

https://www.facebook.com/せせらぎ通りのパン屋さん-パンドール-137061283699445/


人を、地域を繋ぐ。まちのパン屋さん、パンドール。

この記事は2019年6月12日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。