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函館市

海の見える化。未来を切り開くスマート水産業20190819

この記事は2019年8月19日に公開した情報です。

海の見える化。未来を切り開くスマート水産業

北海道の主要な地域産業である水産業。ただ、今日本の魚の漁獲量は大幅に減少しており、1980年代のピーク時よりも約3分の1にまで落ちています。背景には様々な理由が挙げられますが、「地球温暖化」や「魚の獲りすぎ(乱獲)」が大きな理由とも言われています。そこで海や漁獲量の変化をITの力でデータとして見える化し、その情報を漁業者へ提供するという、情報化による水産業支援を行っているのが、公立はこだて未来大学の和田雅昭教授です。和田先生は水産業に情報処理技術を融合するという新たな研究分野を開拓し「マリン・ITラボ」の所長も務めていらっしゃいます。そんな、研究者と漁業者が一体となって切り拓く、近未来型の水産業についてお話を伺いました。

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きっかけは「漁師さんを楽にしてあげたい」と思ったこと。

まずは、本題である近未来型の水産業のお話の前に、和田先生のこれまでの歩みについて聞きました。

出身は宮城県仙台市の和田先生。小さい頃からお父様と魚釣りによく出掛けていたこともあり、海や魚に興味を持ったと言います。高校1年生の時、「遺伝子組み換えで病気に強い魚が誕生!」というニュースを見かけ、「人が生き物をいじっちゃうの!?」と当時としては画期的な技術に驚き、大学では水産を専門的に勉強しようと、北海道大学水産学部への入学を決意します。

「もともと大学に行くならおもしろいと思えることをやりたかったんですよね。それで、東京と北海道の水産学部どっちにしようか考えたんですが、ゴミゴミしたところよりは広い北海道にしようって、それで北海道大学にしました。ただ、入学して講義を受けていると、興味があった魚などの生物学的な授業より、荒れている海で船はどう動くのか?みたいな物理学的な授業がすごいおもしろかったんです。それで、物理系や工学系を専攻するようになりました」

wada03.JPG公立はこだて未来大学の和田雅昭教授。

入学してから興味が変わってしまったと笑う和田先生ですが、大学卒業後の進路は函館市にある株式会社東和電機製作所への就職と決めます。東和電機製作所は世界シェア7割を誇る全自動イカ釣機やマグロ漁師の9割が使うというマグロ一本釣機などを開発・製造する、知る人ぞ知る世界企業です。このきっかけになったのは、大学4年生の卒業研究だったそうです。

「函館近郊の漁師さんに協力してもらって卒業研究をしていました。機会があって、漁師さんの仕事や働き方を見させてもらったんですが、ものすごい大変な仕事をしていると感じたんです。真冬の夜中2時に吹雪の中、漁に出て行って、重労働をしてと・・・。そうしたらやっぱり漁師さん本人も『大変だよ。なんとかならんのか?』って言うんですね。その時に、この人たちの仕事が楽になったらきっと喜んでもらえるだろうし、そういう仕事、体を楽にできる道具を作ることが自分にはできるんじゃないか?って思ったんです。根拠はないんですけど(笑)」

このように、漁師さんたちを楽にして、喜んで欲しいという想いで東和電機製作所に入社した和田先生。根拠のない自信を自分の力で形にするという強い使命感を感じます。入社当初は全自動イカ釣り機のモーター制御に関わるプログラム開発を担当し、ITスキルを磨いていったそうです。そうして、日本海側を中心とした各地の海に出掛け、たくさんの繋がりもでき、仕事はとてもやりがいがあり楽しく充実した日々だったと言いますが、ある転機が和田先生に訪れます。

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変わりゆく海、そこから始まった新たな挑戦。

1990年代に入ると、和田先生は「当時、意識は限りなく薄かった」と振り返る地球温暖化が既に始まっており、この頃から魚が獲れない、イカがいない、ホタテが死んでしまうという変なことが海で起き始めました。それまで、漁師さんの体を楽にしたいと精一杯、機械の開発を行っていましたが、ふと疑問が浮かんだ瞬間でもありました。

「やりがいもあり、漁師さんへの貢献もできていると感じていたんですが、こうして海が変わっていく中で、今後どれだけ良い機械を作っても、最終的にこの海から魚がいなくなってしまったら、この機械は何の役に立つんだろうと思ったんです。これからは機械の提供だけではダメで、海がどんな状況なのか、魚がどんな状態なのか、そういった情報も一緒に提供しなくてはいけない、そしてそれを自分がやりたいと思いました」

ここからマリンIT、つまりは水産業と情報処理技術を融合するという和田先生の新たな挑戦がスタートしたのです。2002年に母校である北海道大学の大学院水産科学研究科博士後期課程(社会人特別選抜)へ入学し、同大学院を2004年に修了した後、東和電機製作所を退職。2005年からは現在の公立はこだて未来大学に着任し、研究者としての道を歩み出します。

wada06.JPGはこだて未来大学は部屋はすべて透明なガラス張りで造られています。

「もちろん海の調査や研究は水産試験場もやるんですが、全部が全部を網羅できる訳ではなく、全ての漁師さんが自分の仕事をしている海の状況を知れる訳ではないんですよね。なので、ITを取り入れ、もっと簡単に漁師さんを含め漁業者が自分の海を知れる仕組みを考えていました」

こうして始まった水産業にITの情報処理技術を融合するという新たな研究は、現在、国内外から大きな注目を集めています。2012年には、和田先生をはじめとして学内の研究員、東京農業大、稚内水産試験場など学外の研究員、そして地元函館の漁業者からなる組織「マリン・ITラボ」も設立しました。

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研究その1 -海をまる裸にする水温観測ブイ-

それでは、ここから和田先生の研究内容をいくつかご紹介させていただきたいと思います。

最初にご紹介するのは「ユビキタスブイ」という小型で安価な水温観測ブイです。これは、水温などの海の情報を測定し、そのデータをサーバーへ送信するということを自動で行う装置で、蓄積されたデータを解析すると海の状態を把握することができます。例えば北海道で盛んなホタテの養殖では、生産量の向上に一役買っています。海を知ることで、ホタテの体調管理もできてしまうという訳です。

wada07.JPGこちらがユビキタスブイの心臓部となる通信制御装置です。

「水産試験場で使っているような観測ブイは、研究目的で正確さが求められる精密なもので、値段も300〜500万円といったかなり高価なものでした。ユビキタスブイは漁業者と協力して2004年に初期型を作ったのですが、原価10万円以内で作ることができました。まぁ、研究費もなかったので、工夫するしかなかったんですけど(笑)。ただ、高価な観測ブイと比較すると精度は多少落ちますが、それが結果的に漁業者にとって納得して受け入れられる性能とコストのバランスを取ることになりました」

ユビキタスブイは安価で導入ハードルも非常に低かったこともあり、使用してくれる漁業者を増やしていく中、その噂を聞きつけた稚内水産試験場が道北エリアでも展開してくれることになりました。そうして、少しずつ広がりを見せ、現在では、日本全国、そしてインドネシアや韓国など世界の海でも使用されています。

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研究その2 -資源を守った漁師さんと支えるIT-

続いてご紹介するのは「デジタル操業日誌」というiPadを使った水産資源管理システムです。これは、漁師さんが船上で操業時間や漁獲量をiPadに入力することで、リアルタイムにそれぞれの漁船の情報を共有することができ、計画的な漁ができるというシステムです。

「昔から水産試験場で漁獲量の管理は行われていたのですが、実はとても時間の遅れがあることが課題でした。というのも、漁師さんにノートを渡して、漁獲量などを記入してもらい、そのノートを回収して、PCに打ち込み、そこでやっとデータ分析を行うという時間のかかる作業で、さらにはその結果が出て、例えば今年は少し量を獲り過ぎているということを漁師さんに告げた時には、もう漁期が終わった後・・・なんてことも多かったんです。留萌市のナマコ漁では乱獲による資源の枯渇化が深刻な問題となっており、ご相談をいただいたのが開発の最初のきっかけです」

ナマコ漁が盛んな留萌市では、近年のナマコの価格高騰により、乱獲が進んでいました。地元の漁師さんたちは「このままだとナマコがいなくなってしまう」と自分たちの漁を見直すことを決めます。漁師さんたちが自分たちの資源を守るために決めたルールを、ITの力で解決する方法を提案したのが「デジタル操業日誌」という訳です。従来よりも簡単に早く情報を共有する仕組みで、ナマコを枯渇させない計画的な漁ができるようになりました。結果として、ナマコの獲り過ぎを防ぐことに繋がり、漁獲量も安定させることができました。

wada16.JPG「資源を守っているのは漁師さんで、そのお手伝いをしているんです」と言う和田先生です。

IoTで地域の活性化も。

和田先生は他にも漁船の位置情報を共有する「marine PLOTTER」というiPadアプリも開発しています。これは、各船にGPSを搭載し、位置情報を収集することで、海上での漁船の航路や漁業位置をアプリの地図上で見ることができるシステム。例えば漁を終え帰宅した後、今日の自分の航路見て「ここはよく獲れたな」といった振り返りもできますし、若手がベテランの航路を見て勉強することもできます。ベテラン漁師さんもなかなか言葉では伝えにくい「漁師の勘」をこうしてデータ化し若手に伝えられることは技術継承もでき、早く学ぶことの手助けになると評判のようです。

wada10.JPG色の付いている線が各船の航路です。リアルタイムで見ることができます。

このように、IoTの分野で水産業支援の開発を多数行ってきた和田先生をはじめとする「マリン・ITラボ」ですが、こうした成果の背景には理由があると言います。

「こうしたIoTでの水産業支援を一環して行っているところは僕たち以外にはほぼいないのが現状です。理由はこれだけのスタッフを揃えるのが実は難しいんです。僕はIoTが専門ですが、集めたデータ解析をするスタッフ、アプリのデザイナーなどは別で、各々得意な分野を担当して一つのものを作っているのが、うまくフィットしたんですね。今後も全国的にこうしたマリンITを広げていきたいと考えていますが、僕たちだけではなく、得意な分野を持っている企業など、その地域毎に仲間を募って、協働での取り組みが重要だと思っています。特に地域に関しては、その地域の人が携わるのが一番いいですよね」

仙台市出身の和田先生。東日本大震災の後は、地元東北のために何かできないかとユビキタスブイを提供したり、支援活動をしていました。そうした中、取得した海のデータを東北のIT企業に提供して、新たなアプリの共同開発も行っています。「その地域の人と一緒に作っていく」という、和田先生の想いがここでも感じられます。

wada11.JPG今では海外でもプロジェクトを進めています。

スマート水産業、未来の漁業とは。

2019年、水産庁が掲げる「スマート水産業」という取り組みがスタートしました。簡単に言うと、「漁業×IT」のプラットフォームを構築することで、IT先端技術の介入を容易にし、漁業や加工流通、さらには担い手の確保にも貢献させていくというものです。この取り組みが進んでいくことで、これまでよりも膨大なデータが蓄積されることになり、今度はそのデータを活用すべくAIによる水産業が展開されることも期待できます。

「僕はこの『スマート水産業』の取り組みであるプラットフォーム構築の責任者として携わらせてもらうことになりました。プラットフォームがあるということはイニシャルコストが掛からないことがメリットですし、データの活用には地域の方など、いろんな人が関われるような仕組み作りが重要だと思っています」

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続いて「マリン・ITラボ」の今後のビジョンについても伺いました。

「今取り組んでいるテーマは『漁の見える化』です。海版のアメダスと言いますか、リアルタイムに漁の状況変化を見ることができ、これから起こることが予測できるような仕組みを構想しています。データをもっと蓄積できてくると精度も上がり、明日の漁だけではなく、1週間後の漁も予測できるようにきっとなるはずです」

和田先生が大学生4年生の時に思い抱いた「漁師さんを楽にしてあげたい」という気持ちが、今でもずっと続いています。未来の漁師さんは、スマートフォンで天気予報ではなく漁予報を見て、海に出て行くというというのがあたりまえになる日も近いかもしれません。

wada13.JPG記念に研究室の学生さんとパシャリ!

公立はこだて未来大学 和田雅昭教授
住所

北海道函館市亀田中野町116番地2

電話

0138-34-6448

URL

https://www.fun.ac.jp


海の見える化。未来を切り開くスマート水産業

この記事は2019年6月7日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。