北海道美瑛町。旭川市と富良野市に挟まれた「丘のまちびえい」という名でも有名なこのまちは、今や観光客の増加が止まりません。なだらかに続く丘に、その時期になると綺麗な花が咲き乱れ、人々の目を奪います。美瑛は農業が基幹産業であり、現在約500軒近くの農家さんたちが、今日も美味しい作物を全国へと届けています。
気候にも恵まれた農業に良いこの土地。夏の農業シーズンともなると農家さんの方から「人手が足りない」という声が聞こえてくるようになりました。そこで出てきたのが「農作業ヘルパー」というお仕事。その名の通り、農家さんをお手伝いする業務を担います。
各農家さんが自らこの農作業ヘルパーを募集するのはさらに労力もかかる...ということで、JAびえいとその関連会社で農家さんの作物を運んでいる美瑛通運株式会社が手を取り、農家さんの代わりに全国から農作業ヘルパーさんを募集するという取り組みを行っています。
6年前から始めたこの取り組みは、当初は5人のヘルパーさんからスタート。今や20人を越える面々が毎年北海道内はもちろん全国から美瑛町にやって来ます。
今日は実際にヘルパーとして働いている方、そしてヘルパーさんを受け入れている農家さん、それをサポートするJAの職員の方々からお話をお聞きし、美瑛愛が詰まった盛りだくさんの内容となっています。
本当の娘のように接してくれたから
2018年7月からヘルパーとしてこのまちにやって来た細部日和(ほそべ ひより)さん。愛知県出身で、これまで地元で農業とは全く縁の無い営業職としてバリバリ働いていました。そして今、数奇な巡り合わせの末美瑛にいるのは「農業をやってみたい」そんな思いつきがきっかけ。
「ただ、いきなり農家さんに勤めるのもリスクがあるし、そもそも農業は全くの未経験。いきなり農家さんに正社員っていうのも不安で」
こちらが現農作業ヘルパーの細部さん。趣味で家庭菜園などを手がけ、作物を育てることが以前から好きだったとのこと。
「今の営業とは違うこともやってみたい」そんな気持ちもあり、そんな時にたまたま見つけたのが美瑛町の農作業ヘルパーのお仕事でした。
「派遣で1年間という期間の中でできるという内容だったので、これだったら挑戦しやすいかなって思って応募したんです」
この求人を見つけ、すぐさま応募。見事採用を受け、会社を退職。それまで正社員として安定的に働いていたのに対し、次のステージは「派遣」。そこに不安はなかったのでしょうか。
「不安はありましたね(笑)」と笑う細部さん。
「最初はそもそも『派遣社員ってなんだろう?』ってところからでした(笑)。それでも私はここに行きたいって思えたので応募しました」
しかし、実は北海道には一度も来たことがなかったのだとか。美瑛町は名前や風景をかろうじて知っていたくらいで、まさにここは本当に縁もゆかりもない地だったのです。
「だから2018年の7月に北海道に降り立った時は感動しました」と、初めて北海道の地に足を踏み入れた時のことを思い出して笑います。
もともと「農業をやってみたい」と思って美瑛町にやって来たわけですが、実際にやってみてどういう想いを抱いたのか聞いてみると「育っていくものに触れて仕事をするのが楽しいなと思いました」と話します。しかし、もちろん大変なところだってあったはず...。
「う〜ん...辛くて大変だったことは特になかったんですけど、農家さんによって求められることが全く違ったりするのでそこは混乱しましたね」
ここでの農作業ヘルパーは、配属された農家さんでの業務が終わると、また違う農家さんへと派遣されていきます。細部さんの1軒目の農家さんでは、ちょっとしたお手伝いがメインだったのですが、2軒目はヘルパーさん中心に仕事がまわるというところ。それぞれの農家さんによってスタイルが違ったことに最初は戸惑ってしまったようですが「それは勉強になった」と話してくれました。
「ただ、農家さんも本当に良い人で、本当の娘みたいに可愛がってくれてすごく温かいなぁと感じていました。正直農家さんって怖いのかなって思っていたんですけど(笑)、私の行ったところは本当にアットホームで...。そこでの業務を全て終え、お別れとなった時は涙が出てしまうくらいでした」
忘れられないエピソードといえば、2018年に全道を揺るがせた北海道胆振東部地震。美瑛は震源地の近くではなかったにせよ、全道的な停電の被害にも遭い、細部さんにとっては地元ではないまちでのそんな体験に不安でいっぱい。そんな時「家においで」と招いてくれたり、「懐中電灯ないでしょう」「充電器ないでしょう」とあれもこれもと、手を差し伸べてくれる環境にただただ感動したと話します。
「愛知県で働いていた時は、割と社内もピリピリした雰囲気の時もあって、そんな人間関係に自分も慣れていたのですが、ここに来てみて人との距離の近さや優しさ、その温かさを知ることができ、仕事ってこういうことが大事なんだろうなっていうことを学べました」
細部さんのはじめての美瑛での暮らし
仕事は朝から収穫スタート。1時間から午前中いっぱいかかることも。その後は午後から作物の管理作業。仕事の時間がキッチリ決まっているからこそ、その後のプライベートの時間も楽しむことができます。
「お休みの日はヘルパー同士が仲が良いので、結構みんなでお出かけしてます。近場でいうと旭川や富良野、遠いところでは稚内や知床などにも行きました」
これから農作業ヘルパーに挑戦する人にはせっかく北海道に来るのだから、美瑛はもちろん、他の地域の魅力ももっと知ってほしいですね。
逆に美瑛町の不便なところは?と聞いてみると、何やら悩むそぶりを見せる細部さん。「うーん」と迷いながら絞り出した答えは「本屋さんがなかったり、電車が少ないところですかね...。でも、不便だからっていう不満よりかは、スーパーも図書館も駅も近いし、まちがコンパクトで住みやすいっていう印象の方が強いですね」
取材した日は雪も吹雪く寒い1月。
初めての北海道の冬にめげていませんか?なんて聞いてみると「楽しんでます!雪がとにかく新鮮で、キレイだなって思っています」とニッコリ笑顔。
そうそう、冬の間はヘルパーさんたち何をしているのでしょうか?もちろん、ご想像いただける通り冬は農地に雪が覆い被さってしまうため農作業はお休みです。
「私は今、加工工場で美瑛で採れた野菜を選別、カットする業務をしています」
ヘルパーさんたちは夏だけで終わらせて帰るも良し、はたまた冬は加工工場で働いても良しなのだとか。
細部さんはヘルパー期間終了後についてはまだ漠然としか考えられていない様子。ただひとつ言えることは「美瑛を知ってしまったことにより、都会の空気がいつの間にか合わなくなってしまっている自分に気付いた」ということ。
もし今後美瑛を離れたとしても、次に身を置く場所は美瑛のようなところがいい。自然な空気があるところがいいなぁと、細部さんは何か将来を思い描いたように宙を見上げて話していました。
美瑛に来て良かったですか?と聞くと、「はい!かなり(笑)」と満面の笑みを浮かべます。
美瑛に来て良かったと思ってもらえるように
こちらが美瑛町で農業を営む石原さん
トマトをメインに、アスパラ、かぼちゃ、スイートコーンなどを栽培している「やまびこ農園」を営む石原啓吾さん。仕事が忙しくなってきて、昨年のGWから9月半ばくらいまで、富山から来た1人の女性ヘルパーさんを受け入れていました。
「トマトを手伝ってもらっていたんですが、これが結構細かい作業で。でも女性ならではの手の器用さに助かりましたね」
実は石原さんも、10年程前に農家になりたくて北海道へ移住してきたひとり。
もともとは大阪出身で、その後横浜でサラリーマンとして働く日々を送っていました。だからこそヘルパーさんの気持ちが分かる、理解のある農家さんです。
「なるべく美瑛に来て良かった、来年も来たいなと思ってもらえるように仕事の内容を工夫しています。得意不得意も人それぞれだから、その人がやりやすい環境をつくりたいなって思っています。だからこそ、とにかく『会話』を大切にしていますよ。他愛も無い話とか、そういったところからスタートしないと壁が出来ちゃいますから」
さらにこの美瑛の土地は、外から来た人に優しいまち。さらに言えば、新規就農に関しても手厚いまちとも言えます。
ただ、北海道ではなくとも農業はできる現状の中、なぜ石原さんは美瑛という地を選んだのかについては「農業もやりたいっていうのはもちろんでしたが、ここ美瑛に住みたいっていう憧れも半分ありました」と話します。
「ただ、よく写真で見る美瑛の丘のようなところで農業はしていないですが(笑)、青空の下で農作業をする自分を当初は想像していましたね。あの丘のところで出来なくとも、気持ちよさは変わらないです」
もともと山登りが趣味だった石原さんは、かつてこのあたりの山を登ってからその魅力に魅せられてしまったそう。だからこそ、美瑛で働きたい、そんな想いを抱えていました。
「美瑛は、僕の理想にピッタリだったんです。それに、大自然の中で自然相手の仕事ができて、そこで子どもも育てたいと思っていました」
田舎は田舎だけど、不便もそんなに感じさせないまち。
山登りも趣味の石原さんは、良い山が近くにたくさんあるこの環境に大満足している様子。冬は長い休みがある北海道の農業だからこそ、スキーなどの趣味も存分に楽しめ、バランスのとれた働き方・暮らし方ができる最高の場所でもあります。
農作業ヘルパーを経て、美瑛へ移住
現在農協で勤務する埼玉県出身の井原さん。美瑛へ来る前は四国に住んでいたり、ワーキングホリデーでオーストラリアに行っていたりと点々としていました。
美瑛の素敵な景色の場所はもちろん、オシャレなカフェにも詳しい井原さんです。
今では農協の職員として、農作業ヘルパーで美瑛にやって来た人たちのサポートをする井原さんですが実はご本人も、ここのヘルパー出身。「美瑛に住んでみたい」その一心でこのまちへとやって来たのでした。
はじめて美瑛を訪れたのは、高校の修学旅行の時。今でもその時の印象が強烈で、忘れることができないそう。農作業ヘルパーの募集を見かけた時は、「美瑛に住めるんだ」と、農業というより「美瑛」というキーワードに心を掴まれたのでした。
そして、縁あって農協の職員となり今に至りますが、地元に帰ることなく美瑛に残り続けたことについては「美瑛に仕事があるのなら喜んでここにいようという感じでした」とのこと。
ヘルパー経験者だからこそ、今の仕事に活かせることも多いのです。
「主には経理関係をやっていますが、ヘルパー畑出身で、ヘルパーさんたちと年齢が近いということ、さらに女性のヘルパーさんも多いので、サポートさせてもらっています。私も知り合いがいない中で来ていて、同じ本州出身の方が多いし、私自身も仲良くしたいっていう思いがあるので嬉しいです」
取材中もお隣に座る細部さんと本当に仲が良さそう。
「トマトは実際作業してみて、スーパーで売られる値段に納得したよね」「そうそう、機械化できないから本当に人の手がかかっている...ありがたみを感じたね」とヘルパーあるあるを話したり
「私は美瑛に住んでみたいという理由で来ましたが『農業をしてみたい』という想いで道外から来る人が多いです。美瑛に実際に住んでみて、その良さに触れて、美瑛にいたいからもうちょっとやってみるっていう人もいます。ヘルパーなら短期、長期とも期限付きで来れるので、北海道、美瑛に住んでみるきっかけにするのも良いと思います」
もし、今迷っている人がいるならば...
左から農家の石原さん、農作業ヘルパーの細部さん、農協で働く井原さん、そして農協と一緒に手を取り美瑛の農家を支える美瑛通運の山岸さんです。
現役農作業ヘルパー細部さんより
「簡単に『来てよ!』とは言えないですが、この美瑛で自分は何をしたいのかとハッキリ決めているのであれば挑戦してみて良いと思います。そして農作業は無限作業。そういったコツコツ作業が好きな方や、植物が好きという方にはとても向いているお仕事だと思いますよ。育つ過程が見られるので、達成感もあります。冬の加工工場での仕事もそうなんですが、頭空っぽで手を動かす仕事って案外楽しいんですよね(笑)」
10年前に脱サラし、農家となった石原さんより
「僕は人生思い切らないとダメだと思っています。ヘルパーさんみたいに期間が決まっているならやりやすいと思いますよ。1年来れば絶対人生変わりますから。僕も最初二週間の短期研修で、サラリーマンをしている傍らここに来たんです。それで、これならやれると思って次の春には辞めてこっちに来ました。お金の計算や将来の計算をしてから動くよりも、思いっきり飛び込んじゃっていいんじゃないかな」
農作業ヘルパーさんをサポートする井原さんより
「給与面でも不自由しないし、生活できるなって思ったから私も来ているので、生活の面ではやりくりできます。私も、縁もゆかりも無い地にひとりで来て、働いて、暮らして、自分のやる気さえあればやっていけるということを学びました。どこへ行っても仕事さえあればベースはつくれるし、あとは自分の行動だけかなって思います」
少しでも「農業に触れてみたい」「美瑛に行ってみたい」そう思ったのならば、挑戦してみてはどうでしょうか。もう受け入れ体制は万全。ほんのちょっとの勇気と時間を使って、まだ見ぬ世界を見ることができるかも
- JAびえい 美瑛町農業協同組合
- 住所
北海道上川郡美瑛町中町2丁目6-32
【農作業ヘルパーに関するお問合せ】
美瑛通運株式会社 札幌事務センター 農作業ヘルパー応募係
TEL:011-558-0532
※お問合せ受付時間 10:00~17:00(平日)