
北海道南西部に位置する洞爺湖町は、2006年、虻田町と洞爺村が合併して生まれた町。70.7㎢にもおよぶ広大な洞爺湖と、その中央に浮かぶ中島、そして周辺を囲む活火山・有珠山が一体となった景色は、快晴の日も雪が降り積もる日も、ながめているだけで刻々と時が過ぎていく美しさです。
言わずと知れた洞爺湖温泉街は、特ににぎわう観光スポットのひとつ。そこから湖を時計回りにぐるっと車で20分ほど回ると、旧洞爺村に到着します。このエリアは十数年前まで、お店もほとんどない閑散とした場所でした。近年では美しい景色と豊かな大地に惚れ込んだ人たちが少しずつ移り住み、静かな活気が生まれています。
その場所で、生活雑貨屋『洞爺いろは屋』を営む宮本好(みやもと よしみ)さんも、移住組のひとりです。彼女が醸し出すやわらかな空気と、そこに流れるゆるやかな時間がぴったり合っていて「ああ、きっとこの土地に呼ばれてきたんだな」と思わずにはいられません。
「どこで子育てするか?」が最初のきっかけ
宮本さんがご家族と共に洞爺湖町に引っ越してきたのは、2015年のこと。きっかけは不思議なご縁でした。
「140年くらい前、私の先祖が香川から旧洞爺村に移住してきたんです。私は住んだことはなかったけれど、祖父母と父の地元ということで、ずっと特別な思いを抱いていました」
宮本好さん
宮本さんは札幌生まれですが、ご両親が地方公務員だった関係で道内を転々としており、2年以上同じ町に住んだことがなかったと言います。故郷と呼べる町はなかったかもしれませんが、おじいさまたちが住まわれていた旧洞爺村に、どこかホッとする温かさを感じたのでしょう。
宮本さんが洞爺湖町への移住を決めたタイミングは、ご長男を妊娠された時でした。当時、宮本さん夫婦は札幌住まい。住んでいたエリアの保育園は800人待ちの激戦で、かつ人の量も交通量も多いことから「この子が大きくなったら、どこで自転車の練習をするのだろう?」という小さな不安も重なったと言います。この時、子育てをしていく場所について真剣に考えたそうです。
この子は二人目のお子さん。お母さんの腕にしっかり抱かれて、取材陣の話をしっかり聞いています(笑)
そこで移住先として候補に上がったのが、宮本さんの中で一番故郷に近かった洞爺湖町。役場のホームページで地域おこし協力隊の募集要項を見て「私にもできるかもしれない」と応募し、見事に採用が決まったというわけです。
たまたま、買おうとした土地が...
その時の募集要項には「農業を盛り上げてくれる人」とあり、衣食住に関心が高く地域にも貢献したいという気持ちを持っていた宮本さんにはぴったりでした。前職はインテリアショップで、販売およびウェブショップの運営をされていたので、キャリア的にも地域の魅力をPRする仕事はまさに適職だったのです。
洞爺湖町の農産物のPR活動に尽力しながら、この地に根ざすことも同時に考えていた宮本さん。洞爺湖町に来て最初の年は公営住宅に住まわれていましたが、地域おこし協力隊の最終年の時、一軒家に住みたいと土地を探し始めました。そこでちょうど紹介された建物付きの土地が、なんと彼女のおじいさまたちが最初に開拓した土地だったというミラクルが起こったのです。
「本当にたまたま、売りに出していた方が祖父の元部下だったんです。それで話がトントンと進んだため、これもご縁だな、と購入し、建物を住居として改装。それとは別に、ログハウスのキットを買って自分たちの力で敷地内にお店を建てました」
そして2018年4月にオープンしたのが、生活にまつわる「長く使える道具」のお店『洞爺いろは屋』です。宮本さんはここで、お客さまの生活の提案だけでなく、洞爺湖町のPRも一緒にしていきたいと言います。
店内には食器やタオル、クリーニング用品などといった生活用品がたくさん。
オフシーズンこそ、お店を開ける意味がある
宮本さん曰く「この町では、一つひとつのお店が案内所のようなもの」。実際に訪れてみるとわかりますが、「どちらからいらっしゃったんですか?」と気さくに話しかけて「あちらのお店には行かれましたか?」「あの場所から見える風景が素敵ですよ!」と紹介する人の多いこと。『洞爺いろは屋』へのお客さんも「ほかのお店に紹介されて来た」という方がかなりいらっしゃいます。洞爺湖町の皆さんは「地域を盛り上げたい」という共通した気持ちをお持ちなのです。
今は、基本的にお子さんを抱きながらの接客。こうした働き方も都会では難しそうですね。
この町の魅力は、何と言っても湖と火山です。しかし雪深くなると集客が下がるので、クローズしてしまうお店が多いそう。道内では珍しくない話です。でも「冬こそ来てほしい!」と熱く語る宮本さん。洞爺湖は、春夏秋冬、季節の移ろいによって表情を豊かに変えます。湖に降り積もる雪を眺めているだけで、あっという間に1日が終わってしまうほどの美しさなのです。
「だから、冬も頑張ってお店を開けようと思うんです。そうすれば、ちょっとでも多くの人が洞爺湖町に来てくれるかと思って」
雪が降り積もるしんしんとした土地で、お店が一軒だけ開いていたら...なんだか嬉しくなってしまいそうです。
季節を感じながら、温かな土地の人と共に暮らす
暮らしを大事にする宮本さんは、買った土地が広かったことも幸いして、敷地内に畑を作りました。こちらに引っ越してから就農したご主人のアドバイスを受け、無農薬野菜を育てています。「草刈りが大変」と笑いながらも、大きな豊かさを感じているそうです。
今自宅で育てている野菜は基本的に自家消費で、多く採れた分はご近所に配ります。「もらいものはすごく多いですね。旬のものは、物々交換です。例えばこちらがブロッコリーを渡すと、かぼちゃが返ってきたり」と宮本さん。むしろ自分たちの分だけでなく、みんな、人にあげる分も考えて野菜を作っているフシもあるのだとか。それもまた心地よい関係です。
「季節に合わせて生活するのも夢でした。今はとてものんびりしています」
宮本さんの自宅近くの川にはサクラマスが遡上し、奥の公園では栗も拾えて、子どもの遊びにも事欠きません。宮本さんに勧められて移住したご主人も、今ではすっかりこの町が気に入った様子。農業の仕事にも、大きなやりがいを感じているそうです。
町の魅力をどう伝えるか...考える時間も楽しい
洞爺湖町での暮らしを楽しみながら、ご自身の愛する雑貨を販売している宮本さんですが、地域おこし協力隊の時に思った「町の魅力をPRしたい」という気持ちに変わりはありません。
洞爺湖町、虻田町で陶芸活動されてるkanakoさんの作品。この作品は洞爺湖ブルーをイメージしたものだそうです。
「協力隊の時に、火山マイスターの資格を取ったんですよ。この辺りは火山地帯なので、地域のガイドもできるようになれたらいいなと思って。今はフードアドバイザーのお仕事もしていて、地域の食材を知っていただくワークショップも開きました。今後は、広くいろいろなことを展開していきたいなと思います。地域の人や物を結ぶ仕事を、引き続き、協力隊の時の延長線上でできたら」
例えば広い農園で土に触れながら野菜を収穫してもらい、今宮本さんが勉強している薬膳の知識を活かして体にいい食事をとってもらって、そのまま宿泊する...といったアグリツーリズムもやりたいことのひとつ。実際に滞在して暮らしのイメージが描ければ、移住を考えてくれる人も増えることでしょう。
ちょうど8月に、二人目のお子さんが産まれたばかり。今は育児をしながらお店に立ち、これからの構想をのんびりと練っています。四季折々で様々な表情を見せる洞爺湖が、また新たなヒントをくれるかもしれません。