
この素晴らしい環境を失いたくないという思い。
のどかな田園風景が広がる苫前町の長島地区。ここに、埼玉からUターンして家業を継いだ若手農業者がいます。「上田ファーム」の五代目を務める上田卓司さん、35歳。お父さんやお母さん、奥様と一緒にかぼちゃや米、大豆、小豆、小麦など多彩な作物を手がけています。
上田さんは子どものころから「農」とふれ合って生きてきた...かと思いきや、「実は農作業をあまり手伝ったことはないんです(笑)」と切り出します。とはいえ、大地や海の恵み、広大な自然に育まれたことから、苫前への思い入れは人一倍強く抱いていました。ご両親から家業を継ぐようにいわれたことはありませんでしたが、この素晴らしい環境を人口減などで失いたくないと、筑波大学の生物資源学類で農業について学び、五代目としてまちに貢献しようと本州へ渡りました。
「両親は新しいチャレンジに寛容なタイプ。大学院修了後、社会経験を積みたいと本州の製薬会社に就職した時も、文句一ついわずに応援してくれました。妻とは向こうで出会いましたが、田舎の農家に嫁ぐことになっても良いかと尋ねたのはプロポーズの少し前(笑)。でも、大丈夫だと答えてくれたのでホッとしました」
現在、上田さんは朝早くから農作業に出発。奥様も二人の娘さんを保育園に送ってから、畑を手伝いにやって来ます。会社勤めの時と比べると忙しくはなったけれど、「晩ご飯を家族一緒に食べられるのがなにより幸せです」と相好を崩しました。
上田さんの奥様の瞳さん。
かぼちゃの加工品は上田ファームのPR大使。
上田さんは実家で農業研修を経験し、実家へ3年ほど前に就農。まだまだ若手と呼ばれる年齢ではありますが、農作業も風格も堂々たるように映ります。
「イヤイヤ全然。祖父の言いつけである『仕事に追われるな。仕事を追え』すら守れているかどうか...農作業を逆算して前もって取りかかろうと思ってはいますが、農繁期には間に合わないことも(苦笑)。その点、父は一つひとつの野菜をしっかり観察しているので、防除も収穫時期も、農作業のあらゆるタイミングが完璧です。ウチの39ヘクタールもの畑をミスなく管理しています。父から学ぶべきことは本当に尽きません」
実に謙虚な姿勢で農業を学んでいることがうかがえますが、上田さんも教わるばかりではありません。収穫物のほとんどは農協に卸していますが、最近は加工品の収益性が高いことに着目し、かぼちゃを使った郷土料理「かぼちゃ団子」を開発しました。留萌振興局の力を借り、テスト販売として町内のコンビニや道の駅、札幌のアンテナショップに商品が並ぶと1200袋がまたたく間に売り切れてしまったのです。
「冷凍のまま加熱調理ができて、野菜ギライの子どもでも食べやすいよう一口サイズにしたところが手に取ってもらえた要因かもしれません。ある程度の手応えは感じられたので、妻のレシピをもとに第二弾としてスイーツ系の展開も考えています」
こうした6次産業化に取り組む姿勢の根底には、苫前のまちに対する恩返しの思いが横たわっています。上田さんは加工の事業を拡大させ、収益が見込めるようになった時には、雇用を生みたいと考えているのです。
「加工品づくりは農閑期の冬にも仕事を生み出せますし、ゆくゆくは法人化して若い人が就職するような感覚で農業に携われるよう門戸を広げたいと考えています。両親だっていつまでも健在というわけではないので、今の農地を維持するには人手が必要ですしね。そのために加工品は上田ファームのことを知ってもらうPR大使の役割も担えると思うんです」
今、上田さんは、苫前の大地に雇用創出の種をまいているところ。クレバーで真摯に農業と向き合う姿を見ていると、その思いはきっと芽吹き、雇用という立派な実をつけることだろうと感じさせられました。
- 上田ファーム
- 住所
北海道苫前郡苫前町字長島459-9