
水道管、ガス管のインフラ整備の工事現場でよく見かける真っすぐにカットされたアスファルト。美しいそのカットは専門業者の技術によるものだって知っていましたか?
ダイヤモンドカッターを用いたアスファルトやコンクリートの切断や削孔(穴を開ける)を専門にしているこのような建設土木の会社は、道内には10社ほどあります。
そのうちの1社が旭川にある「イー・アイ・テック株式会社」です。3年前に代表が新たに就任し、1年前には新社屋が誕生。今回は新しい社屋におじゃまし、代表取締役の佐藤仁親さんにお話を伺いました。
旭川には2社だけ。インフラを支えるという誇りを持って仕事に取り組む専門会社
アスファルトやコンクリートの切断を専門にしている会社があるとは知らなかったくらしごとスタッフ。建設土木にはさまざまな仕事がありますが、その中でもニッチな印象を受けます。
「旭川市内にはうちともう1社しかカッターの専門会社はないので、1日にいくつもの現場を回ってカットするんですよ。大きなくくりで見ると、私たちの仕事はインフラの維持にまつわるもの。上下水道管やガス管の取り換え、点検の際、いきなり道路に穴をあけるとアスファルトがひび割れてしまうので、私たちがまずはカットします。一般的に上下水道管の寿命は40年と言われています。旭川市内の水道管総延長は2,231キロメートル。そのうち、法定耐用年数が経過した管長が555キロメートル。当時、一斉に作ったピークがいま来ていて、むこう20年くらいは同じ状況が続きます。下水道管の方は総延長が1,927キロメートル。法定耐用年数が経過した管長が133キロメートル。下水道の普及拡大期に整備した管が10年後からピークを迎え、やはり20年くらいピーク状況が続きます。1年間で工事や点検できるのは何十キロメートル。少しずつですが、地域の皆さんが不自由なく安心して暮らせるようにインフラ整備を支えているという意識で仕事に取り組んでいます」
こちらが、代表取締役の佐藤仁親さん。
「道内の同業者との関係は、人手が足りないときはスタッフを派遣するときもあるし、機械も必要があれば貸し借りしています。それでなくても同業者が少ないので、ライバルだからとつぶし合いをするより、インフラ整備という社会に欠かせない仕事をしている以上、お互い協力したほうがいいよねと社長同士で話しています」とニッコリ。技術に関する情報交換をしたり、新商品の展示発表を合同で行ったり、協力体制が整っているそう。
アスファルトの切断のほか、鉄筋コンクリートの立体的な構造物の切断や解体、田畑の排水層の穴を作るための農業土木などの仕事も手掛けており、「うちでやっている仕事は建築と解体の中間みたいなイメージかな」と佐藤社長。必ずしも形として残るものを作っているわけではありませんが、地域の人々の暮らしを支えているというプライドを持って仕事に取り組んでいると続けます。
2022年に、前社長から会社を引き継いだそう。
前社長の急逝で新社長に。周囲の支えのもと、自身の経験を生かし課題をクリア
今回おじゃました新社屋は、ちょうど1年前に建ったばかり。佐藤社長は、「社長になってすぐに新しい社屋を建てるなんて思ってもみなかったけど、建てなきゃならない状況になってね」と笑います。
3年前に創業者でもあった前社長が突然亡くなったため、専務だった佐藤社長が急遽代表に就任。古い社屋は前社長が個人名義で借りていたことが発覚し、大家さんから巧廃を理由に、半年以内に出ていってもらえないかと相談されます。契約書を見ると、出るときは更地にするという記載もあり、「あのときは本当に参りましたね。本当に突然亡くなって、何も引き継ぎなどをしていなかったので」と振り返ります。
旭川出身の佐藤社長は、35歳まで札幌や東京でシステムエンジニアとして活躍。ICチップや音声応答システムなど、あらゆる開発事業に携わってきました。今から30年近く前のコンピューター業界は開発ラッシュで、夜通し仕事をするのは当たり前という多忙な日々を送っていたそう。
「仕事はおもしろかったのだけど、結局体を壊してしまって...。それで旭川に戻ってきました」と話します。
佐藤社長は、旭川に戻ってから北海道アウトドアガイドの資格を取り、「ガルーダ」(インドのヴィシュヌ神が乗る神の鳥)という屋号で、大雪山の登山ガイドや自然ガイドの仕事を始めます。これまでとは真逆の仕事です。
今でも休みがあれば、山に登るという佐藤社長(写真真ん中)。
「子どものころ、毎日のように自然の中で遊んでいました。裸足で山を駆け回って、川でニジマスを釣ったり、山ぶどうを摘んだり、クワガタを取ったりね。ワイルドな子どもだったんですよ」と笑います。
ガイドの傍ら保険会社の代理店もスタート。「ガイドはライフワークで、保険の仕事はライスワークでしたね」と話します。ガイドの仕事の関係から、防災士やフォトマスター1級(プロレベル!)の資格も取得し、旭川市の環境アドバイザーなども務めます。
「旭川に戻ってきたときに、故郷ってやっぱり大事だなぁって思ったんです。それで、SNSを使って上川エリアの魅力を発信するなど、自分なりに故郷の役に立てることをしようと考えて、いろいろ活動していました」
そんな中、たまたま知り合ったのが、イー・アイ・テックの前社長でした。跡取りを探していた前社長から、「体力もありそうだから、うちに来てくれないか」と声をかけられました。
「結局、そのまま会社に入って、最初は現場で仕事をしていました。体力はありましたからね(笑)。そしてしばらくして専務になって、内勤もやるようになり、現場と中の仕事を半々でやるようになりました」
内勤をやって半年後に、前社長が脳梗塞で倒れて入院。リハビリに励んでいましたが、病院で転倒した際にそのまま亡くなってしまいます。
スタッフとのコミュニケーションは欠かしません。
「内勤をやるようになってはいましたが、本当に急だったので結局何も引き継ぎがないまま、会社を継ぐことに...。社屋のことをはじめ、考えること、やることが山積みでしたが、ありがたいことに周りの人に助けられてなんとか乗り越えられました」
登山ガイド、保険の仕事など、これまで自身が経験してきたことがあらゆる場面で役に立ち、「無駄なことは何一つないものだなと思いましたね」と佐藤社長。
「例えば、ガイドは山を登る人たちを安全に引率するのが仕事。周辺に気を配りながら、みんなをまとめて引っ張っていく力が必要です。また、有事の際の咄嗟の動きや判断もガイドには求められます。だから、会社が窮地に陥った際、どう動くべきかを冷静に考えられました」と話します。実務的な部分では保険の知識も大いに役立ったそう。また、代表になってすぐのときは自身を奮い立たせるために、自己啓発書の原点と言われるナポレオン・ヒルの著書「思考は現実化する」を何度も何度も読み直したと言います。
あらゆることを見直して黒字転換。現場の動きも良くなり、効率アップを実現
「自分が代表になってもうすぐ3年。会社に残って、支えてくれた社員たちには感謝しています」とにこやかに語る佐藤社長。実は会社を引き継いだ際、赤字だったそうですが、あらゆることを見直し、今は黒字経営に転換させました。
「本当にちょっとしたことの積み重ねなのですが、まずは会社のお金の使い方をすべて見直しました。かけていた保険に無駄がないかといったチェックから、機械の修理も本州のメーカーに出していたのをもっと近場で修理してもらえるところがないか探すなど、小さなことも含めて改善をしていきました」
今までの経営体制を見直し、事業を引き継いでから3年間、黒字を維持しているそうです。
また、現場のスケジュールの入れ方も見直し、効率を上げて省力化を実現。それによって結果的に現場スタッフの動きも無駄がなくなり、経費も削減されたそうです。
「お金もそうなのですが、何より現場スタッフの疲労度が減ったと思うんです。1日にいくつもの現場をピンポイントで回って、道路の切断や壁の穴開けをしていくので、どうしても移動がつきもの。以前は仕事が入ってきた順番からガチガチにスケジュールを詰めていたので、AからBに行ってまたAに戻ってとか、移動に無駄が多かったんです。それだと移動だけで疲れてしまうし、安全面でも問題があるので、調整して無駄をなくすような仕事の入れ方に切り替えました」
これまでは現場の業務内容、担当者の連絡先などが明確ではないまま、とりあえず現場へ行くというケースもあって、現場に行ってはじめてどのような道具が必要か分かることもあり、道具を積めるだけ積んで行くパターンが多かったそう。
「現場の地図や資料もなかったり、悪い意味で現場スタッフは出たとこ勝負で対応していました。それだとお客様に迷惑をかけてしまうし、現場スタッフに負担がかかりすぎるし、現場での動きにも無駄が出てしまうので、事前に内勤スタッフや営業が地図、現場の写真や設計図などの資料も用意するようにしました」
こうした見直しで見事に黒字化に成功。効率がよくなったことで、現場のスタッフも仕事がしやすくなったと言っているそうです。
休みや給与面も見直しをかけ、社員が気持ちよく働けるように改善
さらに現場の働き方に関しても佐藤社長は大きく見直しをかけることにします。北海道の建設や土木の仕事は夏場に集中しがち。逆に冬場は暇になるため、本州へ会社単位で出稼ぎに行くのはよくある話ですが、佐藤社長はここにメスを入れました。
「今年から冬場の本州出張をやめたんです。以前は行っていたのですが、一度本州へ行くと2か月、3か月、家を離れなくてはならず、家族がいるスタッフには厳しいものがあったので...。それなら、夏の間に頑張って稼いで、冬はプライベートの時間を増やしてやってもいいじゃないかと考えました」
今期、冬の間は完全週休2日にし、リフレッシュ休暇も併せて隔週で3日、4日と連休も取得できるようにしていると話します。さらに、仕事が少ない日は早めに帰っていいよと伝えているそう。
通し作業がないように、夜間出勤のみの日も設けるようにしました。
「冬もまったく仕事がないわけではないのですが、夏に比べると時間があるので、その間にスキルアップしたり、資格取得の勉強をしたりしようとみんなには話しています。あとは、早く帰って家族サービスしなさいって(笑)」
佐藤社長は社員に資格取得を積極的に勧めていて、20近い土木や建設に関する資格を持っている社員ばかり。しかもどれも受験費用はすべて会社持ちです。もちろん、講習は仕事時間に行ってもらっています。
「仕事で常に必要なものから使うかどうか微妙なものまで、とりあえず土木や建設の資格は一生ものだから、取れるだけ取るように勧めています。結構、現場で『その重機動かして』とか言われることもあって、うちで普段使わないものでも動かせたらいいでしょ?それに資格は泥棒されない個人資産ですし、退職金の一つとして考えてもらっていいです」
社長業の傍ら、現場指導も行っているといいます。
取得した資格を生かし、来期の冬はビルの駐車場やマンションなどの(除雪ではなく)排雪の仕事を余裕のある昼間に請け負うことも考えているそう。
また、この3年で給料も25%ほどアップ。夏のボーナスを出す月も以前は8月だったのを7月に変えて、夏休みの旅行やレジャーに使いやすいように配慮。ちょっとしたことではありますが、社員のことをとことん考えて改善に取り組んでいるのが分かります。
「とにかく社員には気持ちよく働いてもらいたいと思っているので、働きやすい環境整備にはこれからも力を入れていきたいですね。働きやすさという点では社内の雰囲気も大事だと思っているので、風通しの良い雰囲気作りにも力を入れています」
3段階に分けて考えているビジョン。今は人材育成、地域貢献に注力
コンクリートやアスファルト切断という特殊なこの業種、独立するには初期投資にかなりの金額がかかるため、簡単に新規参入できないそう。競合が少ないのは良い点でもありますが、インフラ整備に欠かせない仕事ですから会社を継続させていかなければという責務もあります。
「だからこそスタッフには長く働いてもらいたいし、さらに、この会社にずっと居座ってくれるくらいの現場スタッフを育てていきたいと考えています」
先々を見据えて若手の育成にもっと力を入れたいと佐藤社長。この仕事は1人前になるまで、2~3年は経験を積む必要があるそうで、「今いる40代の3人の下に1人ずつ若い子を付けて...と構想はしています」と話します。
こちらが、コンクリートの切断に使用する重機。
育成はもちろんですが、若手を付けることでほかにもメリットがあるそう。人手が足りないため、ベテランになると現場を1人で回ることがほとんど。しかし、若手が入って助手として作業に携わってくれると、現場の作業時間がだいぶ短縮されると言います。助手がいることで丁寧かつ安全な施工が可能になり、「みんなにとってプラスになる」と佐藤社長。
建設や土木業界は先輩が厳しいという印象がありますが、「昔の職人さんのように背中を見て覚えろみたいなこと、うちは一切ないですよ」と笑います。「背中を見ていたって分からないでしょ(笑)。それよりきちんと教えて、育てたほうがみんなにとって絶対にいいに決まっていますから」と続けます。
ちなみにどんな人が向いているかを尋ねると、「仕事は正確性が求められるけど、困ったことがあったら、すぐに先輩たちに相談できるような人。うじうじ抱えこまない、楽観的な人が向いているかな」と話し、「あとはね、インフラを守っている仕事だと理解して、それを誇りに思って働ける人がいいですね」とニッコリ。
佐藤社長を含め、今いるスタッフの半分以上が異業種からの中途採用なのだそう。前職は、料理人、塾講師、食品工場の工場長、食品やハウスメーカーの営業職とバラエティに富んでいます。
「いろいろなタイプがいるから、助かるんですよ。自分一人でなんでもできるわけではないので、みんなの力を借りながら会社を運営しているようなものです」
そう語る佐藤社長には3段階に分けたビジョンがあります。第1段階はハードウェアの整備。「新社屋も建てたし、機材もそろえているし、いろいろな制度関係も整えて、とりあえずこれはクリア」と話します。
第2段階は、ファームウェアの整備。「ソフトとハードの間ですね。今まさに取り組んでいるのはこの段階。人材育成とそれに伴う制度の整備、あとは地元に貢献している企業であることを広めていきたいと考えています。業務内容がインフラを守るというものであるのはもちろん、前社長が亡くなったあと、本当に地元の方たちには力になっていただいたし、地域に恩返しできることをしていきたい」と力を込めます。SDGs行動宣言も行い、環境に配慮した製品・サービスの提供、ワーク・ライフ・バランス、地域への貢献を掲げています。
そして、最後の第3段階はソフトウェアの整備。「数年先になると思いますが、事務の仕事量が結構多いので、それを軽減できるシステムを入れて、現場に出る社員を事務所で余裕を持って見守れるような内勤スタッフを増やしたいですね。システムに関しては、現場の社員もスマホで見ることができ、いろいろなことを確認、共有できるようなものがいいなと考えています」と構想を語ってくれました。
第3段階にいく頃には自分の後継者も見つけていきたいと佐藤社長。次の世代の人たちには自身が経験したような苦労をさせたくないと考え、会社が安定して継続していけるようにいろいろ手は打ってあるそう。相当な苦労もあったであろうにそれを微塵も感じさせず、にこやかにそう語る佐藤社長。何度も地元が好きだと話していましたが、地元愛はもちろん会社愛にも溢れた社長でした。
「もっともっと社員が増えるように、働きやすい環境を作っていかないとな〜」と語る社長。