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赤平市

どこまでも地域密着!赤平市民の「足」を支える自動車工場20240704

どこまでも地域密着!赤平市民の「足」を支える自動車工場

広い北海道では札幌などの大都市圏以外のほとんどの地域が車社会。そんな車必須の北海道の生活を支えているのが自動車整備工場です。

札幌と旭川の中間、空知地域にあるかつて炭鉱で栄えた赤平市に今回の主役であるハヤサカ自動車工業株式会社はあります。市内にはいくつか自動車工場はありますが、車検ができる指定工場、つまり民間車検場と呼ばれる工場は現状ではこのハヤサカ自動車工業さんだけです。

そんな赤平市内に留まらず、近隣のまちの人々の暮らしをも支える自動車工場であるハヤサカさんに仕事やまちのことを教えていただきました。

先代社長の独立から始まった会社の歴史

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ハヤサカ自動車工業の初代社長は、早坂弘幸さん。現在の社長のお父さんでした。初代社長は元々、赤平の建設、福祉、燃料などマルチに赤平市民の生活を支える企業、西出興業さんの自動車整備工場で働いていました。

そのきっかけは、初代社長が現在の西出興業の会長である西出勝利さんのいとこだったことでした。会社の中でもお客さんからの信頼も厚く、また当時は赤平市も人口がまだまだ多かった時代。

多くのお客さんを抱えていた初代社長はお客さんから背中を押され、1977年12月にハヤサカ自動車工業を立ち上げたのでした。

夢はパイロット!...だったはずの二代目社長が整備士の道へ

ハヤサカ自動車工業が設立した当時、現在社長の早坂喜幸さんは高校生でした。幼少のころの将来の夢は飛行機のパイロット。しかし視力が悪かった喜幸社長は夢を断念せざるを得ませんでした。

アナウンサーも良いな...テレビの製作会社の仕事もしてみたいな...と華やかな世界に憧れていた最中の父親の起業。長男だった喜幸社長はこの出来事で将来を決めます。

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「これは自分も家業をやらないとやばいな!大学とか言ってる場合じゃない!と思って、スッと切り替えたね」

喜幸社長が選んだのは自動車整備について学べる自動車短期大学への進学でしたが、これは2歳年下の弟と在学期間が重ならないようにという配慮でもありました。

こうして自動車整備士として歩み始めた喜幸社長ですが、いきなりハヤサカ自動車工業で働くわけではなくまずは自動車メーカーの整備士となって札幌で社会人生活をスタートしたのでした。

整備士から営業マンへの転身

当初は大手自動車メーカーの整備士として働き始めた喜幸社長ですが、数年働いたある時、その後の人生にも関わるまさかの転機が訪れます。それが会社のカラオケ大会で優勝したことでした。

その様子を見た支店長に呼び出された喜幸社長は、営業の仕事への転身を告げられます。人と話すことも得意だった喜幸社長もそれに応じ、バブルという時代背景もあって驚くほど車が売れた順風満帆な営業マン生活だったそうです。

仕事をする中で同僚だった奥様と職場恋愛の末に結婚。そしてお子さんにも恵まれ、家族と生活をしていく環境も考えたことで、ついに赤平に戻る決心をします。ここで好奇心旺盛でフットワークの軽い喜幸社長らしいエピソードも教えてくれました。

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「実は会社を辞めて赤平に帰るまでの間に7カ月くらい、札幌のレストランでバイトしてたことがあるんだよね。この先の人生で絶対できないことをやっておきたくて(笑)。わちゃわちゃしてて楽しかったな。でも札幌からいきなり赤平に引っ越して親と同居だったから、奥さんにはカルチャーショックだったかもしれないよね」

こうして奥様とお子さんと一緒に赤平に帰ってきた喜幸社長は営業や保険の担当としてご両親と一緒にハヤサカ自動車工業を支え、2007年頃には社長の座を引き継いだのでした。

地域を支える唯一無二の自動車整備工場

それではここで、自動車整備工場のお仕事について触れていきましょう。ハヤサカ自動車工業の業務内容は、自動車の修理、車検、整備、保険、中古車・新車の販売、レンタカーなど自動車に関わること全般です。

特に車検に関しては、ハヤサカ自動車工業は平成9年から「指定工場」となっています。これは国土交通省の陸運局に代わって車検を受けられる認証で、この指定を受けていない工場では車検を取ることができません。

さらに、最近の車の自動運転システムなどに関わるセンサーやカメラといった電子制御装置の整備もできる特定整備の認証も受けています。

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「ほら、ここら辺ってJAFもないでしょ?だからJAFを呼ぶとすごい時間がかかっちゃうから、事故が起こったりすると結構うちが呼ばれるんだよね。社員のみんなは休みとか終業後でも俺だけ待機だったりするから家でお酒はまず飲まないし、特にお正月は本当に車のトラブルが多いから必ず呼ばれるよね」

そう喜幸社長が言うように、警察車両や消防車、救急車や重機まで何でも扱うハヤサカ自動車は本当に地域にとって無くてはならない自動車工場となっているのです。

社長はこうして忙しい日々を過ごしていますが、一方で社員さんの働き方はどうなのでしょうか。

弟として、整備士として会社を支える縁の下の力持ち

最初にも触れたように喜幸社長には2歳年下の弟さん、泰さんがいます。実は泰さんも整備士として大手メーカーの整備士として働いた後、このハヤサカ自動車工業で整備士として活躍しています。

「特に難しくは考えてなくて親や兄の姿を見ていたので、自分もなんとなくそうしようかなという気持ちで整備士になりました。7、8年ほど札幌のメーカーの整備士をしていたんですけど、その時は本当に忙しくて残業は当たり前、日付をまたぐこともありましたね。それにやっぱり時代的にも上下関係が厳しくて、職人気質の先輩達は丁寧に教えてくれたりはしなくて、見て学ぶみたいな世界でした」

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こうして修行を積んだ泰さんは、赤平に戻ってきてハヤサカ自動車工業で働くようになって感じたことがあるそうです。

「まず残業が無いっていうのが良いですよね。それに赤平はゆったりしているっていうか、お客さんも急かしてこないっていうか、そういうところが札幌で働いてた時と違うところですかね。それに時代も変わったっていうのもありますけど、自分が苦労したので『見て学べ!』じゃなくて、後輩にはきちんと教えてあげるようにしています」

確かに、泰さんが言うように「工場」というと体育会系なのかな?と思ってしまいますが、ハヤサカ自動車工業はどこかゆったりとした雰囲気。オープンで風通しの良い工場で、社員さん同士やお客さんとの人間関係も良いのだろうな、ということは取材中に目にする姿から伺えます。

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しかも、整備士の世界は飛び込むにはハードルが高い!というイメージでしたが、ハヤサカ自動車工業では資格を持っていない人でも活躍できるのだとか。というのも、タイヤ交換やオイル交換といった作業は資格を持っていなくてもできる仕事です。こうした仕事も自動車整備工場にとっては非常に大切な仕事で、会社にとって無くてはならない存在です。

「1年実務を積むと、大学や専門学校といった機関に通うことなく自動車整備士の資格試験にチャレンジすることができるようになります。車が好きでこの業種に興味がある人にとっては、ハヤサカ自動車工業は休日や就業時間といったメリハリがあるので自分の時間を確保しやすく、働きながら国家資格にも挑戦できる、これ以上にない環境なのではないでしょうか」

ゆったりとした雰囲気の中で暮らす

人が良いのがこの赤平市の魅力のひとつ、と喜幸社長も泰さんも口を揃えますが、実際この赤平市は過去に炭鉱で栄えたまちということもあってか、排他的な雰囲気はなく、お祭りやイベントが大好きで、頑張っている人はみんなで応援するというまちです。

「目立つ観光地があるわけではないのですが、札幌までは車で約2時間。旭川までは1時間。富良野までも1時間という、北海道を広くとらえた時に真ん中に位置しているためにどこに向かってもアクセスが良いという点も魅力のひとつです」

人口約8,600人の市というと田舎なイメージもありますが、赤平市内にはスーパーが2軒ありコンビニも各種あります。生活に必要なものは一通り市内で揃い、車なら20分で着く隣の滝川市にはチェーン店のレストランや服屋さんも多くあるため生活で困ることはほとんど無いでしょう。

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「移住への支援も手厚く、最大月3万円分が5年間もらえる家賃の助成は特に移住する方からは好評です。賃貸に住まない場合でも中古住宅や土地が都会と比べると非常に安く、住むだけで固定費を抑えることができます。さらに子育てへの支援も充実していて、高校生までは医療費が無料、給食費が無料、中学生以下はプールや体育館の利用が無料、通学費の一部助成など、その内容は驚くほどです」

一方で、赤平がテレビ東京系で放送されたドラマ「不便な便利屋」の舞台となったことや、アカデミー賞を受賞した映画「ドライブ・マイ・カー」の撮影地のひとつになったことなど、メディアに取り上げられることで少しずつ知名度を獲得しようとしています。

そんな撮影をハヤサカ自動車工業ももちろん応援してきた経緯があります。実際に喜幸社長も手伝ったり、時にはロケバスを運転するなどといった貢献してきたことで、多くのサインが事務所には並んでいるのです。

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このように赤平には様々な面で魅力があふれているのですが、整備士として地元にUターンした泰さんに、実際に赤平で住んだことでデメリットはありますか?と聞いたのですが、

「特に不便は感じませんね。車さえあれば赤平は本当に便利なまちですよ」

というほどです。そんなまちだからこそ、整備工場は本当に大切な存在なのかもしれません。

赤平で自動車整備工場をやるということ

ハヤサカ自動車工業では家族で会社を支えていますが、整備士歴30年以上の大ベテランの整備士さんがいるくらい長く勤められる社員さんもいる会社です。この赤平で整備士として働くことの魅力は?と伺ったところ、喜幸社長はこう教えてくれました。

「整備士っていうのは自分のペースで黙々と作業できるから、そういう作業が得意な人には本当に良い仕事だね。あとは車ってどんどん技術が進んでいて、整備士をやっていると本当に最先端の技術に触れられるから、そういうことを学べるのも魅力のひとつ。あとは、赤平は人があったかくて繋がりも多いからお客さんのプレッシャーで精神的な負担になることもない。それに最大の魅力は、うちは残業がないこと!」

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一方、大変なことを伺うとやっぱりタイヤ交換や車検が重なる3~5月は仕事が集中して忙しいことと、やはり多少は力仕事があるということでした。実際整備士として働く泰さんもこのことについては触れていましたが、こんな魅力も教えてくれました。

「大変な時期もあるけど、やっぱり車が壊れた原因を探っていって突き止められた時には嬉しいし、やりがいを感じる瞬間のひとつです」

喜幸社長は日々仕事に奔走し、休日には趣味のクレー射撃に行き、時にはその人脈の中でイベント運営への協力や各団体の役員を務めるなど忙しい日々を送っていますが、そんなパワフルで気さくな社長とあたたかい雰囲気の会社、真面目で実直な整備士さんたちの手で守られるハヤサカ自動車工業は、今日も赤平に住む人々のカーライフを支えています。

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ハヤサカ自動車工業株式会社
ハヤサカ自動車工業株式会社
住所

北海道赤平市美園町1-56

電話

0125-32-1221

定休日:日・祝(土曜は隔週)

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どこまでも地域密着!赤平市民の「足」を支える自動車工場

この記事は2024年5月20日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。