みなさんは「生協」を利用していますか?身近なところでは食品スーパーの「コープ」や「大学生協」などがお馴染みですよね。
そもそも生協は「生活協同組合」の略称。
消費者がお金(出資金)を出し合って組合員となり、協同で運営・利用する組織のことを言います。生活に必要な商品を大量に仕入れて組合員に安く販売するなど、くらしの中のさまざまなニーズを実現しています。
さて今回、くらしごとチームが取材したのは、生協の中でも「福祉生協」という組織。札幌市内に介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅を展開する、さっぽろ高齢者福祉生活協同組合(通称:福祉生協イリス)を訪ねました。
お話を聞かせてくれたのは理事長の小松徹人さんと理事の柿原尚美さんです。
経営を健全に保ち続けるため、生協という法人組織を選択
理事長の小松徹人さん
福祉生協イリスは2005年に、理事長の小松さんと前理事長の河原克美さんが中心となって設立しました。目指したのはどのような状態になっても住み続けられる「終の棲家」のような高齢者ホームをつくること。「施設ではなく『家』を作ろうと思った」と小松さんは話します。
「終の棲家」を謳う以上、保証しなければいけないのが事業の継続性です。途中で経営が破綻するようでは長く安心して暮らせる住まいは提供できませんし、経営者が変わった時に、方針をガラリと転換してしまうような組織も安心できません。
そこで小松さんたちが考えたのが、「生協」という仕組みを活用することでした。
一般的な株式会社の場合、会社の所有者は株主となり、その影響を排除することは困難です。大株主なら経営方針に口を出すこともできます。
一方、生協であれば、組合員は出資金の額を問わず一人一票の議決権を持つため、誰か一人の考えで組織が振り回されることはなくなります。また、生協には経営状態を公表しなければいけないという決まりがあるため、経営者は緊張感を持って事業に向き合わなければならなりません。当然、悪いこともできません。透明性のある経営を行うので、組合員との信頼関係を構築しやすいという利点もあります。
「前職で、株式会社が株主の影響を受けることを痛感した出来事があったんです。そこで、公平な組織づくりを目指して生協という形態を選びました。また生協の役員には任期があるので誰かが長く権力を持ち続けることもありません」と小松さんは続けます。
最後まで住み続けたい入居者。最後まで支えたい職員
事業の継続性に加えてイリスがこだわっているのが「どんな状態になっても」という部分です。
「高齢者向け住宅」と聞けば、いつまでも住み続けられるのが当たり前と感じるかもしれません。しかし実際は、そうではない施設がほとんど。
入居者は一生住めると思っていても、「身の回りのことは自分でできること」「在宅治療を必要としないこと」など、一定の条件が、入居時の契約に盛り込まれているのです。
では、もし自分で身の回りのことができなくなったり、治療が必要になったら...?
「冷たいようですが、その時は、退去せざるを得ないケースが多いでしょう。お世話が必要ということは、それだけ人手やコストがかかるということ。経営者の立場からすると採算が合わなくなるし、それ以上に、働くスタッフから『手がかかるから退去させてほしい』とクレームが出ることも多いと聞きます。クレームを無視してスタッフに辞められては困るので、経営者もそれに従わざるを得ないんです」
一方、イリスはというと、元気なうちはもちろん、認知症になったり、在宅治療が必要になっても同じ家に住み続けることが可能。24時間常駐する介護スタッフが日常生活をサポートし、提携医療機関のスタッフが必要な治療を施します。それが最期の瞬間まで続きます。
「介護度が高くなったり、病気になったりした時にスタッフの負担が大きくなるのは他と変わりませんが、イリスでは通常よりも手厚い人員配置(一般的な基準が入居者3人に職員1人を配置するところを、入居者1.8人に職員1人を配置)にするなどして対応しています。新たに採用するスタッフにも、ここはそういう方針だと説明し、理解した上で入職していただいています」
志望者の中には、健康状態を理由に入居者に退去を促すような職場で働いた経験があり、その方針に納得がいかず、イリスへの転職を希望したという人も少なくないと言います。
家だからこそ「きまり」はできるだけ作らない
生協は組合員が自分たちのニーズを満たす組織であるため、サービスを利用するには、本人または家族が組合員となる必要があります。そして組合員になれば、総会で一人一票の議決権を行使できるのは先に説明したとおりです。
さらにイリスでは、入居者に限らず職員の多くも組合員となっていて、議決権を持ち、経営の一端を担っています。
「だから私も、理事長という立場にはいるものの、組合員である職員の顔色をいつもうかがっているんです」と、小松さんは笑います。
高齢者施設では掃除や洗濯、調理などを外部に委託することが少なくありません。しかし、そうした外注を一切使わずに、すべて自分たちで行っているのもイリスのユニークな点です。柿原さんがその理由を説明します。
「外部に委託すれば、その分の人員を少なくしたり、食材のロスを無くしたり、コストを抑えることができます。しかし、委託するとなれば、何人分の食事を、いつ用意してもらうという取り決めが必要になるので、イレギュラーへの対応は難しくなります。食事時間じゃない時に、入居者からお腹が空いたと言われても何も提供できません。でも、家ならば、ありあわせの材料でちょっとした食事を作るとか、よくありますよね。そういう自由さや柔軟さを残しておきたいという考えから、食事はすべて各施設で作り、調理スタッフも自社で雇い入れているんです」
まるでカフェのようなおしゃれな制服に身を包む調理スタッフのみなさん小松さんも続けます。
「運営側としては、『きまり』をたくさん作るほどラクなんです。何時に起きて、何時に寝て、食事は何時で、お風呂は何時で...と決まっていたほうが、スタッフも対応しやすいし、効率的。でもそれでは『家』とは言えませんよね」
生活に関わる支援はすべて自社のスタッフが行い、医療や看護など、専門的なサービスだけを外部に頼るというのがイリスの基本方針だと言います。
「きまり」が少ない...つまり自由であればあるほど、スタッフの負担は大きくなります。そのため、イリスではスタッフの負担が小さくなるよう、建物自体にもさまざまな工夫が施されています。
例えば、入居者が過ごすフロアは、見守りしやすいよう死角をなくしていたり、浴室と洗濯室をシューターで繋いで洗濯物を投げこめるようにしたり。「1分、2分の時短でも、積み重ねると大きな違いになる」と柿原さんは説明します。
理事の柿原尚美さん
「人生の最期まで自由で」その気持ちに寄り添うのがイリス流
人生の最期の瞬間まで自由でいられるのも、「家」ならば当たり前。そんなイリスの考えを象徴するようなエピソードを柿原さんが紹介してくれました。
「歳を取って体力が落ちたり、病気がちになると、どうしてもできないことが増えてきます。本人が希望していても、『体に障るから...』と止められるケースも多いでしょう。でも、頭ごなしにダメと言うのでは、あんまり。『家』だからこそ、可能な限り本人の希望を聞いてあげたいと思うんです。実際、過去には『本人が望んでいることを叶えてあげるのが、イリスの介護だと思う!』っていうスタッフの言葉で、利用者の最期の希望を実現したこともありました。何が正解かを判断するのは難しいと思いますが、ここで暮らす方々の希望はできる限り尊重したい。そう考えて職員が一丸となって頑張るのが、他とは違う、イリスの一番の特徴だと思うんです」
聞けば柿原さんの父親もかつてイリスのホームに入居し、「死ぬ前にどうしてもお酒が飲みたいと大騒ぎ(笑)」したのだとか。柿原さんは笑ってその希望を叶えてあげたそうです。
ノウハウを詰め込んだ新施設「イリス苗穂」が2024年春に開業
そんなイリスは現在、札幌市内に5つ目となる施設を建設している真っ最中。2024年春、JR苗穂駅の近くに新しいサービス付き高齢者住宅「イリス苗穂」が誕生します。
イリスがモットーとする「最期まで安心して生活できる」のはもちろん、これまで既存施設で得たノウハウを詰め込んだ、「支える側」にもやさしい施設になっているとのこと。
暮らしやすさと働きやすさを兼ね備えて開業する「イリス苗穂」
「既存の施設の『もっとこうだったら...』という反省点を活かし、入居者にとっては暮らしやすく、職員にとっては働きやすい施設になっていると自負しています。洗濯物を投げ込めるシューターも設置しますし、洗濯時間を短縮する業務用の洗濯機と乾燥機も設置します。また今回、私たちが5~6年前から産官学連携で開発を進めてきた介護記録ソフトを初めて現場に導入する予定です。行動科学の視点を取り入れ、現場での使いやすさにこだわったソフトになっており、これまで1時間半近くかかっていた記録作業が、約20分まで短縮できる見込み。働く人にとっては大幅な負担軽減になると考えています」
住み慣れた家で最期まで安心して暮らしたい。そんな「当たり前」に思えることさえ難しくなりつつあるこの頃だからこそ、イリスを取り巻く人々の心が、いっそう暖かく感じられました。
- さっぽろ高齢者福祉生活協同組合 福祉生協イリス
- 住所
◎本部/北海道札幌市東区北5条東8丁目4番1号
◎イリス苗穂/北海道札幌市東区北5条東10丁目16-1(2024年春開業予定 ) - 電話
011-299-2315(代表)
- URL