苫小牧の名産と言えば皆さんご存じのホッキ。お寿司やお刺身はもちろん、ホッキカレーやホッキの炊き込みご飯も苫小牧を代表するグルメとして定着しています。 苫小牧のホッキ漁は苫小牧漁業協同組合(以下「苫小牧漁協」と称します)によって管理されています。苫小牧漁協は、苫小牧周辺の漁業を統轄する組織で、漁業資源の確保や管理、漁獲量の調整などを行っています。 この先も安定してホッキ漁を続けていくため、苫小牧産のホッキや海産物のブランドを高めていくため、その様々な取り組みを苫小牧漁協総務部長の赤澤一貴さんに伺いました。
ちなみに、苫小牧漁協があるのは、漁港ではなく苫小牧港の漁港区なのだそう。北海道の海の玄関でもある苫小牧市の港は、漁業だけでなく、物流や交通の要所でのあるのです。
苫小牧漁業協同組合、赤澤さんのこれまでの歩み
赤澤さんは、じもと、苫小牧の出身で、こちらの職場には15年ほど勤務されているそうですが、ちょっと変わった経歴があったようです。
こちらが苫小牧漁業協同組合、総務部長の赤澤一貴さん
「大学進学で東京に4年間住んでました。その後苫小牧に戻ったんですが、就職したのは携帯電話の販売会社。魚とは全然関係ない業界でしたね」
携帯電話販売会社では4年ほど勤務。最初は漁業に携わるつもりはなかったようですが、友人のご両親が漁協関係の方で、そのつながりから平成21年に漁協に就職することになったとのことです。
「小・中学校は漁師の子どもも多い学校で、漁業に親しみはありました。実際に漁師になった友人も多くて、お互いの結婚式代表の挨拶もするくらい。漁師になるという選択もゼロではなかったんですけど、仕事となるとケンカしちゃうこともあるでしょ。仲良い友達と揉めたくなかったんでね(笑)」
漁師さんとはある程度距離を取りながらも、違う分野から漁業に携わる形に。 漁協でのお仕事は冷蔵・冷凍の部門からスタート。そこで4年ほど経験し、平成25年から今の総務部に異動になって10年ほど経つそうです。
苫小牧の名産を守る。苫小牧漁業協同組合のお仕事
漁師さんが獲った水産物は市場に集められ、競りにかけられて販売されます。一般的には、その競りを漁協が仕切るのですが、苫小牧では、民間の企業がその役割を担い、苫小牧漁協は一仲買人という立場で競りに参加しています。その理由を赤澤さんが教えてくれました。
「漁師さんが獲った水産物の価格を維持するために、自ら買って商品化して販売しています。我々がある程度の価格で水産物を買えば、他の仲買人たちは買い負けないように、自然と高い値を付けていきます。そうやって魚価を維持してるんです。販売事業をこれだけやってる漁協はあまりないと思います。水産物の価格に直結する対策を取れるのは、販売事業を持っている強みですね」
販売事業は以前から行っていたようですが、その事業を強化していったのは平成25年あたりから。この10年で、飲食店やホテル、お土産販売店など、販売先もかなり増えていったそうです。
漁協の仕事でもう一つ大切なのは漁業権の管理です。漁業権とはその名の通り漁業を営む権利。漁業を行う人が増えすぎて魚を獲りすぎてしまうと魚価は下がり、当然、一事業者あたりの収入は減ってしまいます。また資源確保の観点からも、将来に対しての不安材料になります。しっかりとしたルール作りが重要です。
苫小牧産水産物のブランド化
9センチ以上の大型のものしか出荷しない、という徹底したブランディングによって、品質の高さも折り紙付き
また苫小牧漁協はホッキ漁で、水産エコラベルの国際認証である「マリン・エコ・ラベル」を取得しています。「マリン・エコ・ラベル」とは、水産資源の持続的利用、環境や生態系の保全に配慮している漁業や養殖の生産者、加工や流通の事業者を認証する世界基準の認定資格です。
「マリン・エコ・ラベルは持続可能な漁業の証明なんです。こういったものを取得することで、他産地との差別化ができます。今後売り先を広げるにあたって、世界に向けた視野を持つことが必要です。輸出するにもこういった資格があれば有利に働きます。他産地の商品にはこの認証はないけど、苫小牧の商品に認証があれば選択肢が限られてきます。ホッキは北海道内各地で獲れる水産物なんです。だからこそ、苫小牧産でなければならない理由づくりが大切なんですよ」と、赤澤さんは胸を張ります。
先人たちが行ってきた資源管理を徹底し進化させることで、水揚げ22年連続日本一のホッキに繋がっている。あとはそれをどうブランド化して、苫小牧のホッキを認知してもらうか、食べてもらえる環境を作っていくか。そんなことを考えながら日々活動されているそうです。
「港に揚がった魚が適正な価格で売買されることが大切です。獲りすぎれば単価が安くなり労力ばかりが増えていく。資源と価格対策の両天秤で取り組むことが大事なんです。こういった取り組みをしている漁協は少ないと思いますよ。誰かがやったことを真似するのではなくて、今まで誰もやってきてないことにチャレンジすることには前向きな組織なんです」
「これってひいては地元の魚屋さんや漁師さんを守ることに繋がるんです。まず組合員さんの収入を安定させること。これが後継者や新規就業者の獲得に繋がっていくんです。大変かもしれないけど収入は安定する、そういった魅力ある仕事にしていくこと。それが漁業を持続していくために必要な漁協の取り組みですね。けっこういいことやってるんですよ(笑)」
赤澤さんのはにかむ笑顔が印象的です。
えりも以西海域で水揚げされた、体長35センチ以上のマツカワガレイが王鰈と定義されています
赤澤さんが次のブランド魚として取り組んでいるのが、「王鰈(おうちょう)」というブランド名を冠するマツカワガレイ。マツカワガレイは高級魚として知られていますが、ホッキと比べてはまだまだ認知されていない状況です。平成26年からプロジェクトチームを組んで、魚価向上と認知拡大に向けて活動しているそうです。 まずはマツカワガレイという魚を知ってもらうことを主眼に、情報を発信して食べられる環境を整えていくことを進めていきました。それから「王鰈」というブランドをしっかり定義すること。他地域の漁協とも連携しながら普及活動を行っています。苫小牧を代表するもう一つの海産物が広く認知されるのも、もうすぐなのかも知れません。
仕事をすすめていくには、まず人づくりから
水産資源の管理と水産物のブランド化を進めるにあたって、今でこそ漁協職員も漁業者さんも一体となって取り組んでいますが、最初から今のようには活動できなかったそうです。
「10年ほど前に、漁業最前線の根室から前任の専務理事が来てくれました。そこから少しずつ変わってきた感じですね。それまではどちらかというと閉鎖的な雰囲気の組織だったんです。その頃は若い職員が多かったんですが、いろんなことに挑戦させてくれました。当然成功することも失敗することもあったんですけど、成功することによってやりがいとか面白さが見えてくることもあり、本気度が変わってきた感じですね。そうやって一つ一つ積み重ねてきたことが、今に繋がっているように思います」
物事が進んでいく一因はやはり「人」だったようです。
取材中も終始和やかな雰囲気。若手も多く活躍中です
「やっぱり組織を変えていくのは圧倒的な力を持ったリーダーだったり、方向を示していける人だと思うんです。中には賛同できない人もいるかも知れないけども、それでも組織を同じ方向に向けていくには、そいういったリーダーシップが必要だと思いますね」
赤澤さんは、前向きにポジティブに「できないと言わない」姿勢で仕事に取り組んでいきました。できないと思っていることをどうやってやってできるようにしていくか、という発想を持つようにする。そうすると、できないと思っていたことを乗り越える方法が見えてくるようになったと語ります。
「前向きな仕事をしている方が、やってて面白いです。目的を達成することによって、その達成感が次の仕事に繋がっていきますからね」
また赤澤さんは、「いつまでも消費者は同じではない。以前のようにただ魚を獲って売るだけでは、生き残ってはいけない。時代に合わせて組織も漁業者も変わって行かなければならないんです」と語ります。
数々の課題を乗り越えてきた赤澤さんですが、その中でも印象に残る「壁にぶつかった瞬間」を伺ってみました。
「やはり一番壁に当たるのは漁業者さんとの対応ですね。漁師さんは悪い人ではないんですが、やはり言葉がきつい方もいたりしますから。例えば、ホッキの資源管理をするにしても、漁師の長年の経験による勘と、学術的なデータとの間には乖離があります。でもそれを頭ごなしに否定するのは違いますよね。漁師さんの話をしっかり受け止めた上で、一緒になって考えていくことが大事だと思います。ぶつかるときもありますけど、本気でぶつかり合えば漁師さんは認めてくれます」
「漁協と漁業者が一丸になること。漁業を行うのは人なので、やはり大切なのは人づくりですね。とても大変なことですけど、この壁を乗り越えると見える世界が変わると思います」
これまで様々な壁を乗り越えて、今では、漁業者さんとの距離が近いことが苫小牧漁協の特徴となっているようです。
赤澤さんのその思いは、漁協の若手職員にもしっかりと伝わっているようです。苫小牧漁協には現在21名の職員が在籍しています。30代半ばのスタッフが中心で、事務所には活気が溢れます。
「これから入る若い人たちには、恐れずいろんなことにチャレンジして欲しいですね。チャレンジすることで自分の仕事に価値が生まれ、やりがいに繋がっていきますから」と赤澤さんは、若いスタッフの背中を押します。
若いスタッフさんがイキイキとお仕事されている姿が印象的でした将来の水産資源の確保。サケマス孵化場のお仕事
苫小牧漁協では漁業資源確保の一環として、サケマス孵化場も運営しています。ここでは、サケやマスなどの魚の卵から孵化させ、稚魚を育てています。放流された魚は海で成長し、数年後にはまた川に戻ってきます。この活動は、サケマスの定置網漁を営む漁業者の収入にも直結してきます。
お話を伺ったのは上村大地さんと白戸遼司さん。お二方とも魚や釣りがお好きだそうです。
「自分たちが育てた魚が放流されて、また地元の漁業者さんの水揚げに繋がることが面白いところです。ただ育成がうまくいかなかったときは数年後の水揚げにも影響してくるので、そのあたりは緊張感があります」
写真左が白戸遼司さん、右が上村大地さん生き物が相手の仕事ですから、思ったようにいかないこともたくさんあると聞きます。思ったように餌を食べてくれなかったり、天候が悪いときなどは気が気じゃないこともあるそうです。
「問題なく放流が完了したときには本当に安心します。元気に大きくなって戻って来いよって思いますね」屈託のない笑顔がとても印象的なお二人でした。
これからの水産業を新しいカタチに
漁業資源を確保し、漁業者の収入を安定させ、水産業を持続可能なものにしていくこと。それに伴って地域が賑わっていくことが大切だと、赤澤さんは語ります。そのためには魅力のある港づくりも大切な項目の一つ。
「港全体を衛生面や安全面、観光面の視点も考えながら、時代に合わせてどのように魅力的に作っていくか。環境整備には終わりがないですね」
港の整備だけでなく、直売所などの販売機能の強化や宿泊機能など、どうすればこの街に人が留まってくれるかという課題に向けても、様々な可能性を模索しているとのこと。
また、水産品の普及には食育の観点もあります。地元での消費拡大と将来の消費にむけて、給食での苫小牧の魚の活用にもチャレンジしているそうです。給食で食べた地元の魚の美味しさを、将来の消費に繋げていけるように、今からアクションを起こしています。
「まずは漁師さんや水産業者、近いところから良くしていく。それをどんどん横に展開していって地域を良くしていく。最終的には日本の水産業全体が良くなっていくことを考えていきたいです」
赤澤さんの目線は身近なところだけでなく、遠く先に広がった世界にも向いています。
国の事業として、近年整備された屋根付きの作業場
苫小牧漁協の組合員(漁師)は、平均年令が54歳と比較的若く、代替わりがうまくいっていると言えます。苫小牧の漁業はホッキを中心に、年間を通して安定した漁ができることもその理由の一つ。ホッキ漁は夏と冬で5カ月毎に、漁場も操業する漁業者さんも分けられ、その5カ月間で安定した収入になるように、資源管理を行っているとのこと。残りの期間で他の魚種を獲ることも可能です。
漁師としての収入はしっかりと安定していますが、それでも高齢化は進んでいて、10年後には現在の80%位の就業人数になると見込まれているそうです。
「人材不足はまだまだ大きな課題です。新しい漁業の担い手は引き続き大歓迎。これからもホッキを中心としながら、漁師の収入をしっかりと安定させていきたいと思っています。漁師という職業を、格好いい職業にしたいと思ってるんです。漁協にはそれを実現できる可能性があると思うんです!」
力強く語る赤澤さんの姿がとても頼もしく、とても格好よく見えました。
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