今回のくらしごとの舞台は、北海道日高町。日高といえば馬のまちとしても有名ですが...本日お邪魔したのは、「倶里夢牧場」。乳牛牧場です。
ところでみなさん、この漢字読めますか?「くりーむ牧場」と読みます。
俱は「仲間」、里は「故郷」、そして「夢」...
そんな意味が込められているのだとか。
この日高というエリアで、馬の牧場ではなく乳牛牧場というのはなんだか珍しい気もしますが、日高で一番広い乳牛牧場が、ここ、倶里夢牧場なのです。
大型の搾乳の機械はもちろん、塩素ミストを使うなど、新たなものをどんどん取り入れているということで、この牧場のこと、そして、このまちのことをお聞きしました!
なんとなく、この地に戻ってきて
この牧場が家業である現代表、伊藤拓弥さんは、この地で生まれ育ちました。高校卒業後、一度札幌へと進出し、都会で過ごす日々を送っていたその当時は、この牧場を継ぐ気は一切なかったと言います。
「継ぐ気もなければ、日高に帰るつもりもなかった。牧場の家族経営の大変さっていうものを知っていたし、生き物を扱う仕事だからこそ、休みもないし、見ていて大変だなってずっと思っていたんです」
そう語る伊藤さんは、札幌の専門学校で車関係の知識を蓄え、自動車系の会社に就職...したかと思いきや、いろいろなアルバイトをして生活する、いわばフリーターとして過ごします。そんな日々の中で戻ろうと決めたきっかけは何かあったのでしょうか?と聞くと、少し唸りながらもこう答えてくれました。
「う〜ん...別に父親から継いでくれとか言われたわけでもなかったけど...札幌でやることがないから、とりあえず帰ったんですよね(笑)」
そうはにかみながら話す伊藤さんですが、かつてはその牧場仕事の大変さを「嫌だな」と思っていたはず。気持ちの変化があったのはなぜなのでしょうか。
「自分の小さい頃と状況が変わっていたというのもあるかもしれません。大型機械が導入されたり。もともと車関係の専門学校に行っていたということもあり、車が好きだったので、そういった機械に触れることができるのが楽しいなって思いました」
3つの牧場が集結した歴史
実は俱里夢牧場、今から18年ほど前に日高にある3つの牧場が1つとなって、新に設立された牧場なのです。それまで個人個人でやっていた牧場がひとつになるというのは、経営についての考え方や思いが違うからこそ難しそうですが...
「なかなか難しかったみたいですよ。ただ、この地域からどんどん人がいなくなっていくことを考えた時に、人材の流通だったり、大型機械の導入を今後考えていった時に、1つになった方がメリットが多かった。個人でやっているとどうしても家族経営になってしまって何かあったら終わりですからね(笑)」
そう話すように、一つに合体したからこそ、福利厚生の面も整ったと、伊藤さんは話します。それだけではなく、冒頭でもお伝えしたように大型の機械や、塩素ミストの導入など、新しいことを取り入れる余力が生まれました。
塩素ミストには、牧場の匂いや消毒対策だけでなく、夏場はそのミストにより全体的に温度が下がり、涼しく快適に作業ができるようです。
「生き物を扱っているので、どうしてもきれいな仕事ではないですよね。365日休むことはできないし、体力も使う仕事。大変なのは大変です」
牧場で働くということに対し、正直に「大変さ」を教えてくれた伊藤さん。大変な仕事ではあれど、それを少しでも軽減すべく、牧場の機械化も進み、重労働というほどではないと言います。
イメージと違ったと言ってすぐに辞めてしまう人がいるのも事実。そのギャップを埋めるために、事前に見学なども受け入れているそうです。
「牧場で働くって、男性が多いイメージを持たれるかもしれませんが、うちではそういったのは特別ありません。搾乳の方は、女性や外国人の方メインでやっていたり、その人の特性に合わせて持ち場の担当を決めています」
自分たちが生産した牛乳で、チーズの商品開発
倶里夢牧場では、2021年より新たな取り組みをスタートされました。それは、牧場で採れた牛乳を使ってチーズの生産販売をすること。牧場から車で30分程のところに工房があり、伊藤さんの奥様がそこでチーズを作られていました。
店名の「1103」は「いとーさん」、つまり、伊藤さんのこと!!ナイスなネーミングセンスです。
チーズづくりをしようと決意した理由を聞いてみると、「単純にお金が欲しかっただけ(笑)」なんて冗談を交えて笑う伊藤さん。乳牛牧場の場合、普段直接消費者の顔が見ることができないからこそ、チーズをつくって自分たちの手で販売することによって、消費者に直接届けることが出来ることも大きいようです。
チーズをつくるにあたり、まずはほかのチーズ工房で修行をしようと、2人目を妊娠中すでに大きなお腹の奥様が、車で40分ほどのところになるむかわ町のチーズ工房の門を叩きました。
たくさんの種類のチーズが作られています。日高の名産昆布を使ったチーズも(写真右)
さて、ここからはチーズ作りを担当している奥様、彩(あや)さんにお話をお聞きしましょう。
お腹が大きい状態でチーズづくりの研修を受けさせてくれる工房を探すのはなかなか大変だったといいますが、彩さんが研修したそのむかわの工房で受け入れてくれた「あすかさん」という方自身も、妊娠と出産を繰り返しながらチーズをつくっていた先輩ママさん。だからこそ「昔の私のようだ」と彩さんを受け入れてくれたそう。
取材陣にも元気を与えてくれるような眩しい笑顔の持ち主!
しかし、ようやく修行先に出会えたのは出産予定日一週間前!
計画出産だったため、すでに入院の日程も決まっており「出産後、落ち着いたら改めておいで」と言葉をかけていただき「元気に生んできます」と、チーズ修行の前に大イベントでもある出産へ臨んだ彩さん。
出産した3ヶ月後、満を持してむかわの工房へチーズづくりを本格的に学ぶべく修行に出ました。
長男は保育園に預け、生まれたての次男は赤ちゃん用のベッドに寝かせつつ、チーズ作りを教えてもらう...。泣き声が聞こえたら、誰かがあやしに行くというスタイル。あすかさん自身も、かつてこうして育児とチーズ作りを両立させていたそう。あすかさんのお母様も工房にいらっしゃり、泣き声が聞こえれば「ああ懐かしい、懐かしい」と言って、あやしてくれたと話します。
そんな、心温まるアットホームな場所でチーズづくりのノウハウを学び、ついに、ご自宅の横の土地に工房を建てました。
2021年の春先に工房が完成し、6月頃からお店として始動したのです。
手作りでチーズを作る小さな工房だからこそ、ちょくちょく温度調節などに来なくてはいけないため、今思えば工房が自宅の隣で良かった!と話す彩さん
娯楽のないと思っていたまちでの生活
さて、そんな彩さんの生まれは旭川。その後札幌に出て、繁華街にある24時間運営の保育園で13年程バリバリ働いていました。そんな日々を振り返り「都会に疲れたんです(笑)」と笑います。
「この日高の地に来ることに対し、不安はもちろんありました。娯楽がないと思っていたから。でも、こっちに来る時にはすでに長男がお腹の中にいて、穏やかに過ごせることがとてもよかったんです。ちょっと歩けば馬もいるし、自然もたくさんある。それまでずーっと働きづめで、妊娠を機に『やりきったー!』という、山を越えたような気持ちでここに来れたのも大きかったです」
今では日高のまちの過ごしやすさに慣れてしまい、札幌に行くと人混みに疲れてしまうのだとか。「こんなところに住んでたんだ〜(笑)って思うくらいです」と笑います。
また、ご自宅のまわりには、新しい家がちらほら...どうやら伊藤さん家族と同じように、ファミリー層が増えてきているそうです。
お母さんの側で安心そうにしている2歳の次男くん(写真左)と、元気いっぱい長男くん(写真右)
「若いファミリー層も多ければ、もちろんお年寄りも多い。近所のおばあちゃんが、こどもたちと食べてって言って、作りすぎて余ったおかずや、炊き込みご飯を持ってきてくれたり、近隣の農家さんは、ハネ品の野菜を持ってくれたり...しかもこの野菜の量が桁違いなんですよ!(笑)」
こうした田舎ならではの付き合いが、今の時代だからこそ子どもたちにとっても貴重な経験となっているはず。
「ここに引っ越してきた時は、友だちなんて一人もいなかったけど、子どもたちを遊ばせるために支援センターに遊びに行けば、ママ友がたくさんできました!」
しかもここの支援センターでは、お母さんのためのメイクやアロマの講座、絵本セラピーといったお母さん向けのイベントもたくさん開催され、育児家事の発散できる場を提供してくれているようです。彩さんのように、友だちがいない状態でこのまちに引っ越してきた人も多く、特に旦那様の転勤で道外から移住してきた方も多いのだとか。
...と、ここまで良いことばかり聞いてきましたが、このまちに来て苦労したことはなかったのでしょうか?と聞いてみると、唸りながら絞って出た答えは「娯楽がないこと」
「私、お酒が大好きで!!(笑)。飲み屋さんが少ないのがチョット...(笑)。でも、自然があるから、子どもたちと出かけるところはいくらでもあるんです。海も山もあるし、公園もそれなりにある。だから今の生活としては満足しています」
そう語る彩さんの表情はとっても眩しいくらいに輝いていました。
「ここは何もないけど、何もない良さがあるとすごく思っていて。切羽詰まって仕事をして疲れた身には、とっても癒やされる場所です。都会に疲れた人はぜひ来てみてほしい(笑)海が近いので、夏は海に行ってみたり、川もあるので釣りもできます。山もあるし、キャンプもできるし、アウトドアの遊びが豊富です」
お世辞でも都会とは言えない、「THE田舎」な日高町。
車がないと生活は厳しいという場所柄ではありますが、雪がとっても少ないのが特徴のひとつ。これは、「北海道で働きたい、暮らしたい」と思って移住してきた道外の方々にとっては、冬場の運転のしやすさに驚くはず。
「雪が本当に少ないので、除雪もあまりしないんですよ。とは言え、今年は雪が多い年だったから除雪しましたけど(笑)」
2021〜2022年にかけてのこの冬。北海道がニュースにもなるほどの大雪に見舞われましたが、雪が少ないという日高でも、やはり多かったようです。それでも、札幌から車を走らせ日高へとやって来た取材陣からしては、すでに雪解けが進んでいる光景にビックリしました。
道外から来たり、遠いところから働きにこの地にやって来た方々のためにと、社員寮を整備。敷地内にもともと小学校として使われていた建物を再利用し、社員寮として生まれ変わらせました。
ほかにも、日高のまちなかにある住宅や、お隣平取町にも賃貸住宅があり、町内に限らず近隣市町村も視野に住まいを探す方も多いのだとか。なんせ雪が少ないエリアだからこそ、冬場の通勤も心配要りません!
雪解けが進む中での牛さんの移動。
倶里夢牧場のスタッフたちも道外から移住してきた方も多く、それも皆さん異業種からの転職。北海道の自然の中での暮らしと、仕事を求めこのまちにやって来たのだとか。
毎日のように生まれる子牛。生命の誕生に携わることができるのも、この仕事の魅力。
みんなで紡ぐ、牧場の未来
お父様からの牧場を継いだからこそ、ご自身のお子さんにも「継いでほしい」そんな想いはあるのか伊藤さんにこっそり聞いてみると...
「子どもたちがある日『牧場をやりたい』と思う時が来るかもしれない。その時のために、残していきたいなとは思っています。もちろん、子どもたちじゃなくてもいい。次の人たちのためにも、自分の代で終わらせないように、次に繋げていきたいと思っています」と話してくださいました。
自分の代で終わらせない、その強い想いが、言葉の端々から伝わってきました。
自分の牧場を守り、さらには、新規就農という夢を持つ方のサポートもしていきたいと話す伊藤さん。離農してしまったところで新規就農をスタートできるようなカタチをつくっていきたいとその目標を話してくれました。
「牛も従業員と同じ。一緒に働く仲間なんです。牛と従業員は大事にしないといけないですね」
そう笑顔を見せてくれた伊藤さんに、取材陣から「奥様とお子さんも大事にして〜」なんて、ツッコミが入ります。
伊藤さんの優しさと、彩さんの明るさが、春の日差しとともに優しく取材陣を包み込んでくれる、そんな素敵な場所でした。
- 広富農事組合法人 倶里夢牧場
- 住所
北海道沙流郡日高町字広富144
- 電話
01456-7-2038
- URL
チーズ工房1103
※オンラインショップもあるのでご興味のある方はぜひご覧ください