みなさんが北海道をイメージするとき、食べものと並んで「自然豊かなところ」をあげる方も多いと思います。北海道全体における森林面積の割合は実に70.6%、さらに全国の森林面積に占める割合は22.1%と、日本の森林の約1/5は北海道の森林なのです。(数値は2019年4月1日現在)
よく「手つかずの自然」という言葉が聞かれますが、この北海道の緑豊かな光景の多くは、ほったらかしで自然に形成されてきたものではありません。人々が途方もない時間と労力をかけて、代々大切に守り続けてきたもの。育て、伐採し、植え、コツコツと手を加え続け・・・ようやく美しい自然の姿であり続けられるのです。木々の数だけ、それらを守るために働く人がたくさんいるわけです。
そうした林業の世界にも、近年では林野庁を中心に国をあげて実施しているITを活用した「スマート林業」という取り組みがあります。どんなものかを一言で説明しますと、「森林資源を持続的に活用するために情報通信技術(ICT)を活用し、効率化していこう」というものです。
今回ご登場いただくのは、北海道でのスマート林業の実現に、いち早く取り組んでこられた札幌のIT企業、株式会社BREAKTHROUGH(以下、ブレイクスルー)のみなさんです。全国的にも珍しい、森林林業向けのICT研究開発を提供している会社です。現在、社員3人というミニマムな会社規模ながら、その取り組みや生み出されたアイデアは国にも認められるほど!
「林業者が抱える多くの課題を、自分たちが持つ技術で解決できれば」そんな想いを、穏やかにも熱く語ってくれました。
小さな頃から共に歩んできたIT
2017年に立ち上がったブレイクスルー、「林業 × IT」というワクワクする技術や取り組みが気になるところですが、ここに繋がるまでの歩みを紐解くため、まずは代表取締役である北原健太郎さん自身のこれまでの歩みについて伺ってみました。
「北海道旭川市で生まれて幼少期は江別市で育ちました。子どもの頃はいじめられっ子だったし、あまり友達がいなくて、唯一の遊び相手がパソコンだったのが私のIT人生の始まりでした。小学校6年生くらいですかね、当時発行されていたパソコン雑誌に載っていたプログラムのソースコードを、実際に手打ちしてみて、プログラムが動くがどうか試行錯誤していたのを覚えています。とにかくプログラムやパソコンが好きで、中学校に入学した時には、それまで学校にはなかったパソコン部を立ち上げたりもしていました。その後、札幌の大学へ進み、専門的にITやプログラミングを学びました」
当時はインターネットもまだまだ普及していない時代ですし、小学生でプログラミングに触れるというのは相当早かったはず。ということは、卒業後は小さい頃から熱中してきたIT技術者としての活躍を夢みて、就職をしたのかと思いきや、北原さんからは意外な答えが返ってきました。
「実は新卒で入社したのはカラオケ機器の営業をする会社なんです(笑)。でもこれはITへの情熱が消えた訳ではなく、好きなことだからこそ仕事にしたくなかったというか、趣味として大切にしておきたかったんですよね。ただ、実際はそんなに甘くなかったのですが・・・」
こちらが北原健太郎さんです
実際に営業職として働いてみると、自分には合わない世界であったと感じることが多く、1年ほど在籍した頃には、先々を考えて転職を考えたといいます。そんな時に大学時代の恩師から「あなた、もったいないから転職しなさい」とIT会社を紹介してくれたことで転職を決意するのですが、在職中の会社からの引き止めにも合い、ゴタゴタしているうちに双方の会社から見放されるという、なんとも歯車が噛み合わず、ひとりぼっちの無職になってしまいます。落ち込みつつも、倉庫会社での荷物運びのアルバイトをスタートし、仕事の合間には木のパレットを直したりと業務外でも色々手伝ったりして社員の方とも馴染んできたある日、「キミさ、パソコンに詳しいなら倉庫のシステムを作ってもらえない?」と頼まれたそうです。
「倉庫アルバイトの身なんですが、いつの間にか事務所にこもってシステムを開発していました」と北原さんは笑いますが、実はこれが仕事としてITの道を突き進むきっかけとなったのです。ここから、将来へのベクトルをITに向けて、新たな一歩を踏み出しますが、当時は就職氷河期で、第一新卒というバッジがなくなると、就職先はお世辞にも優良企業とはいえない会社しか残っていなかった時代。ただ、そのような会社を何社も渡り歩くことになるのですが、そこでたくさんのことを学んだといいます。
「そういった会社は良くも悪くも、何でもやらせてくれたんですよ。そのおかげでメキメキと力が付いたし、多くのスキルや能力が身に付きました。精神的にも業務的にも大変な日々でしたが、スキルで自分を守ることができたし、そもそも好きなITの分野ですから、そこまで苦でもなかったです」
そうしてひたすらにスキルを極めていく北原さんですが、今度はその情熱が強すぎて、社内で徐々に浮き始めてしまいます。「自分の想いに共感してくれる仲間はどこにいるのだろう・・・もしかすると会社という場ではなく、フリーランスの世界にあるのではないか」という考えに至り、その後はフリーランスとして独立し、個人事業主という立場で、札幌市内のシステム系会社で約10年に渡り活躍します。収入も安定していて、この先もフリーランスでいこうと思いながら、ふと札幌で開催されているシステム関係の交流イベントに勉強がてらに参加した時、思いがけない出会いが待っていたのです。そう、ここが北原さんの林業との出会いでした。
林業と出会い知った、創造する楽しさ
このイベントに参加していた、重機のアタッチメントなどを販売している会社の社長さん(当時は専務)との出会いが北原さんの運命を変えることになりました。
「その方のご実家が林業向けの重機アタッチメントの販売をされており、林業もシステムも理解している珍しい人だったんですよね。ハーベスタ(立木の伐倒、枝払い、測尺玉切りの各作業と玉切りした材の集積作業を一貫して行う自走式機械)の動画を見せてもらったんですが、素直に『スゴイ!こんな世界があるんだ!』と感動しました。それとともに、いまだにFAXのやり取りをはじめ、システム化が進んでいないという林業が抱える課題についても知ったんです」
これまで全く知らなかった林業の世界を垣間見たこと、そして10年以上に渡り札幌のIT業界で生きてきたからこそ見えたこと(この札幌のIT業界に関する想いは別の章で後述します)、これらがここで重なり合い、次なるステップへと動き出します。
2015年、林業との出会うきっかけをくれた社長さんと共に「ハッカソン(※)」というものづくりイベントを北海道で企画・運営しボランティア活動を行い、「林業×IT」のアイデアを産み出しました。たまたま時を同じくして、全国各地でも同じようなイベントが開催され、2016年頃になると、「林業向けのITシステムをつくろう!」というムーヴメントが起きました。熊本県では、行政が中心となって進められていた林業向け施策などもあり、北原さんも全国各地のものづくりイベントに参加するため、北海道から飛び出していきました。
こちらは製品の現地検討会の時の一枚
「この頃は各地のイベントにも足を運んで、林業者と直接話しをしたり、主催者側と意見交換する中で『ものづくりも、林業とITの関わりもすごくおもしろい。そしてまだまだできることはある』と感じて、そこからさらに林業×ITにどっぷりとのめり込んでいきました。ただ、最初は林業の専門用語も全くわからない状態でしたから、自分で勉強をしたり、実際に林業の現場にも入って、働いているおじさんに声を掛けて『こんなの考えているんですがどうでしょう?』『こんなのがあれば使えそうですか?』とか、質問と会話を重ねるうちに、徐々に林業のことも理解していきました」
林業の世界にのめり込みはじめたこの当時、まだ仕事の軸足はフリーランスとして下請けのシステム開発作業でした。「たくさんの中の一人だった」と振り返る北原さんですが、創造するおもしろさにさらに惹かれていく自分とのギャップ、さらにはその創造の先にさえ壁があることに頭を悩ませるのです。
(※)ハック(Hack)とマラソン(Marathon)を掛け合わせて造られた造語で、ITエンジニアやデザイナーなどが集まってチームを作り、特定のテーマに対してそれぞれが意見やアイデアを出し合うイベント。現場で困っていることを実際にヒアリングし、IT技術を駆使してどう問題を解決できるかなどをチーム毎に考え、実際にプロトタイプを制作し、発表までを行うというものです。
長く歩んできたからこそ見えた札幌のITとは
ハッカソンなどのイベントはその後も開催され、北原さんは毎回企画運営されてましたが、段々とものづくりのプロトタイプが中心のテーマになっていることに疑問も持ち始めます。
「『へぇ~すごいね!』『できたらいいね!』というような理想だけで終わってしまうことが多く、林業者にしてみると明日の仕事には何の変化がない、絵に描いた餅のようなアイデアだけが量産されていきました。実際に現場で働く林業者の手元に届かない技術に意味があるのだろうか・・・そんな風に考えるようになり、このモヤモヤからボランティア活動は一旦ストップしました」
さらにこれまで主戦場としてきた札幌のIT業界についてもこう考えるようになっていたと話してくれました。
「札幌のIT業界は多重下請け構造が多いんですよね。特に私が関わっていた仕事は札幌にいながら東京や遠隔地から依頼された案件が多く、さらに一次請け、二次請け、三次請け・・・とその間に何社も入っているピラミッドのような構造です。また、担当した仕事は全体のほんの一部分であって完成形を把握しづらかったり、やりとりの最中に一度も会ったことがない担当者がいきなり出てくることも珍しくなく、依頼主の顔が全く見えない仕事に、だんだん疑問を感じていました。せっかく北海道にいるなら、エンドユーザーの顔が見える仕事をしたい・・・そんな気持ちがフツフツと湧いてきました」
林業とITそれぞれに対する想いが交錯する中、北原さんは大きな決断をします。
「現場の人の力になりたい。顔が見えるエンドユーザーに向けた実用的なシステムを提供する」そう心に決め、2017年に起業を決意しました。その会社が「株式会社BREAKTHROUGH(ブレイクスルー)」。この社名には大きく2つの想いが込められていて、一つはシステム開発者を取り巻くピラミット構造から抜け出す、そしてピラミッドの下で疲弊している若者たちを救いたいということ。「壮大な目標にしちゃいましたが、私のそのような想いがこめられています」と、少し恥ずかしそうに笑う北原さんでした。
現在、北原さんは社長業の側ら、社会人大学院生として、鹿児島大学大学院の農林水産学研究科にも在学中で、林業やスマート林業への学びをさらに追求しています
新たな船出。林業のICTを担うブレイクスルー
こうしてスタートしたブレイクスルー、当初は北原さん一人で、林業に関する自社システムの開発を行いながら、一般的なシステム開発も受託するという2本の柱を動かしていきました。
「林業システムに関しては、ハッカソンなどに参加していた時から考えていた、作業現場の実務に特化した林業専用のICTプラットフォームの構築が当面の目標でした。簡単にいうと、ICTを活用して作業効率をあげること、そして林業は重機を使ったり、森林という自然の中での作業で危険が伴うことも多いため、このリスクを軽減するために、ICTを活用したシステムを構築するというものです。ただこれにはICTには必要不可欠な『通信』の壁があります。森林の中はいわゆる通信電波がないところがほとんどです。そこで目をつけたのがBluetoothによる近接通信だったのですが・・・」と声の調子を落とす北原さん。何があったのかをさらに聞いてみると、なんとも林業の世界らしい豪快なエピソードが・・・。
「試行錯誤の末、Bluetoothで100mまで通信ができるシステムをつくりあげたところまでは良かったんですが、それを自信満々で現場の人に見てもらったら『100mなんて声出せばいんだぁ〜!』との衝撃的な一言が・・・。結果、このシステムは約150万円の開発費用と時間もたっぷりかけたのですが、残念ながらボツになってしまいました」
北原さんは「これがブレイクスルーとして走り出した最初の失敗でした」と頭をかきながらエピソードを教えてくださいましたが、もちろんこれで諦める北原さんではありません。100mでは声が届くと言われましたが、この近接通信によるシステムは絶対便利になるし、作業の効率化も図れるはずと、さらなる試行錯誤を繰り返した後、遂に完成したのが、「soko-co(ソココ)フォレスト」という林業専用のICTシステムです。
近接通信の距離を延ばすためにはイベントで知り合ったハードウェアの専門技術者とも協力して開発したそうです
このシステムは林業の現場作業に特化して多数の機能が備えているのですが、一部をご紹介いたします。まずは、前述のエピソードにもあった近接通信の距離はなんと5倍の500mにまで延ばすことに成功しました。この近接通信をベースとして、作業員同士の位置情報共有ができます。オフラインでも使用可能な地図データに、作業メンバーの位置がリアルタイムで表示されるため、相互の位置関係を確認することができます。また、地図上には現場の状況写真の登録や、危険なポイントの登録も行うことができ、登録されている危険エリアに近づくとアラートも通知される仕組みになっています。他にも、作業員同士の報告に使えるメッセージ機能や、オンラインの場合は音声・ビデオ通話機能までも備わっています。
「これで『soko-co』は完成という訳ではなく、日々現場のニーズをヒアリングしながら改良してブラッシュアップを続けています。現在、我が国の森林蓄積量は戦後最大となっており、主伐期と呼ばれる切りどきの時期を迎えています。これらを効率的に伐採して再造林を行う必要があるんです。近年では機械化が進んできていますが、次のフェーズとして必要なのが情報化、つまり『soko-co』のようなシステムだと考えています。情報を蓄積、そしてそれらを見える化することで、資源量も把握でき、作業員の効率性だけでなく、山を持続的に次の世代にも繋いでいけると思っています。今はまだ限られた小さな一歩でしかありませんが、いつか『林業と言えばコレだよね』と言われるくらいのシステムへと成長させていきたいですね」
新たな仲間とブレイクスルーの想いを形に
こうして歩みを続ける北原さんとブレイクスルーですが、今では二人の社員も増え、これまで以上に林業分野に力を入れているといいます。
その社員のお一人は森林システム開発部の大橋真吾さん。実は北原さんとはハッカソンに参加していた頃からの付き合いで、別のシステム会社でエンジニアとして働いていましたが、北原さんからの誘いに二つ返事で入社を決めたそうです。
「帯広畜産大学の出身で、元々一次産業に関わるシステムにはとても興味を持っていたんです。社長の想いや取り組みはこれまで見聞きしていましたので、誘いをいただきすぐに返事をさせていただきました。静岡県の出身ですが、北海道が大好きなので、何かこの北海道の人の役に立つ仕事がしたいと思っています」
もう一人は同じくシステム開発部の水本翔さん。水本さんは新卒でITシステム会社にシステムエンジニアとして入社したのですが、この会社では毎日同じことを繰り返す作業に違和感を感じ、退職を決意します。
「元々ITに興味があって、専門学校で学び、入社をした会社だったのですが、実際は想像とは違っていました・・・。退職後に、知り合いからの紹介で北原さんを紹介してもらい1年程アルバイトとして働いてたのですが、『林業に特化したITを一緒にやらないか?』と社長に誘っていただき、正社員として働くことに決めました」
実は大橋さんも水本さんもどちらもIT業界の中でもがきながら、くすぶっていたタイミングで北原さんに声をかけてもらったと言います。
「ピラミッドの下で疲弊している若者たちを救いたい」これはブレイクスルーの社名に込められた北原さんの想いの一つです。大橋さんも水本さんも今では林業の現場の人の声を直接聞き、そしてそれに応えるべくシステムを創りあげ、エンドユーザーに届けています。これはまさに北原さん、そしてブレイクスルーの想いが形となった、ITのピラミッド構造からの脱却と言えるのではないでしょうか。
取材中は3人のチームワークの良さをとても感じました
林野庁も注目する林業の0から1への取り組み
ここ数年は展示会に出展したり、企業や現場に足を運んだりと精力的に活動を行ってきたこともりあり、ブレイクスルーの林業システムは業界内でも少しずつ知られるようになってきました。そんな中、巡り巡って林野庁の方の耳にも噂が入り、なんと国が主催で東京で開催するイベントにも登壇して欲しいとの依頼も舞い込んできたそうです。
「国の林業の専門家や業界大手企業の方など普通に生活していたら一生出会えないような方々がズラリと・・・!おそらく人生で一番緊張した場面でしたが、なんとか無事にやり遂げることができました」という北原さん。また一方で、この取り組みを知った方々からの問い合わせや、2020年の林野庁のスマート林業の補助事業にも採択されたりと、あれよあれよという間に、良い意味で想像を超える広がっていきました。
「たった3人しかいない会社なのに、アイデアと技術だけで国の事業にまで携われるなんて本当に夢のようでした」と笑顔で話してくださる北原さん。
道内でのイベント出展の様子です
最後に改めて「北原さんにとっての林業とは?」と聞いてみました。
「小さな頃、唯一の友達がパソコンだったように、パソコンとかデジタルの『0』と『1』の世界が好きなんです。そして、このデジタルの世界と林業の世界、相反するように見えるんですが、両方に好きな共通点を見つけました。『どちらもウソをつかない』ことです。実は林業の世界も「0」と「1」があると思っていて、林業として見た場合には価値や意味付けをしてあげて成立します。ただの木に対して、業としてどんな意味付けをするかで様々な価値が産まれるのだと思います」
このように語ってくださった北原さん。
「0」と「1」のIT技術で、林業の「0」から「1」を生み出すブレイクスルーと北原さんの今後にも大注目です。
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