北海道下川町といえば、移住検討者を中心に熱い視線が注がれるまち。人口3,000人ちょっとという小さなまちですが、持続可能な地域づくりを目指し、国の「環境未来都市」や「環境モデル都市」の指定を受けながら、仕事と暮らしをリンクさせる「ワークライフリンク」の考え方を掲げています。その結果、下川町ではたくさんの移住者が多様な活躍を見せているのです。今回ご紹介するのは、下川町で50年以上続く株式会社あべ養鶏場。2016年に創業者からバトンを受け継いだ会社の一人、村上範英さんにお話を伺いました。
「鶏は1日いくつ卵を生むのか?」から。
下川町のマチナカからクルマで7〜8分ほど。のどかな田園風景を抜け、緩やかな坂道を登ったところで、株式会社あべ養鶏場の事務所が見えてきました。
「遠い所をようこそ...まあ、僕もさっき札幌から着いたばかりですが(笑)」。やさしい笑顔が印象的な村上範英さんが取材陣を迎えてくれました。あべ養鶏場は札幌駅構内に直営店を構えているため、村上さんは下川町に暮らしつつ(住民票も下川町)、札幌市との2拠点生活をしているそうです。まずはプロフィールからお聞きしました。
「僕は広島県の因島(いんのしま)という田舎の出身。もともとは東京の食品関連会社やレストランで働き、北海道に渡ってきました。前職は札幌を中心に『クッチーナ』や『ミアボッカ』といった飲食チェーンを展開する(株)イーストンの仕入れ担当です。11年ほど働いたのかな」
前職では道内各地の生産者を訪ね、より良い食材の発掘にも力を入れていましたが、養鶏業とも下川町とも縁がなかったと正直に語ります。ところが、銀行を通じてイーストンに「下川町の阿部養鶏場が後継者を探している」という情報が入り、仕入れ担当として生産現場によく赴いていた村上さんに白羽の矢が立ちました。
「イーストンは地産地消を掲げる飲食企業。北海道の一次産業を支えることも使命だと、事業承継を前提とした会社づくりのミッションが課されました。ただ、僕は鶏に関する知識もなければ、恥ずかしながら下川町についても名前を聞いたことがある程度。本当にゼロからのスタートでした」
事業承継した最初の1年は先代である阿部さんから、養鶏の技術をイチから叩き込んでもらったそうです。鶏の生態からエサの配合比率、1日の作業の流れなどをミッチリと教わりました。「阿部さんには、『鶏が1日にどれくらい卵を生むのか』といった基本の基本から指導いただきました。ちなみにいくつだと思いますか? 答えは...1日に1個です(笑)」
よそ者を受け入れる土壌に助けられて。
村上さんにとっては養鶏もさることながら、下川町で暮らし働くことも初めての経験。阿部さんから技術を仕込んでもらうかたわら、地域に溶け込んでまちの人とつながりを深めることにも余念はありませんでした。
「畜産農家に限らないかもしれませんが、田舎で仕事を始めるからには周りとの助け合いも必要になると思いました。幸い、このまちで50年も養鶏を続けてきた阿部さんの後を継ぐのはどんなヤツだって、地域の人が代わる代わる見に来てくれて(笑)」
BBQに誘われたら仕事の途中でも顔を出したり、移住者の集まりに積極的に参加したりするうちに、村上さんはあれよあれよとまちに溶け込むことができたと振り返ります。
「下川町はもともと鉱山で栄えた地域。労働者やその家族など人の出入りが多かったこともあり、いわゆるよそ者を受け入れる土壌が出来上がっているんだと思います。こうしたまちの背景もありがたかったですね」
先の北海道胆振東部地震の際には、ブラックアウトした養鶏場に自家発電機を運んでくれた町民もいたそう。下川町の人のあたたかさにふれ、手を差し伸べられるたびに、村上さんはこのまちへの愛着を深めていったのです。
数値にも表れたレモンイエローの黄身の旨み。
株式会社あべ養鶏場の卵は、「下川六〇酵素卵(しもかわろくまるこうそらん)」とユニークなネーミング。「六〇」は夏場の気温が30度を超え、冬場にはマイナス30度となるこのまちの寒暖差を表しています。この過酷な環境の中で生きる鶏はたくましく元気であるという証拠でもあるのです。「酵素」は先代の阿部さんが編み出した自然由来の飼料に乳酸菌や昆布酵素を配合する手法だといいます。
「卵のつくり方は阿部さんの時代と基本的には変わっていません。事業承継から2年目はブランディングに力を入れ、パッケージをリニューアルしたり、販売先をレストランやホテルにシフトしたり、この質の高い卵をもっと世に広めるための知恵を絞りました。もちろん、自社の利益を高めることも目的ですが、このまちに助けてもらったことも多いので『下川町』の名を知ってもらうことも使命だと思っています。だからこそ、『下川』を商品名に入れました...ちょっと長いけれど(笑)」
この縦置きのユニークなパッケージもブランディングの一環。目をひくことも大切です。
このブランディングの一環として、「下川六〇酵素卵」が他とはどのように風味が違うのか具体的な差別化にも乗り出しました。全国から60種の卵を取り寄せて試食する他、「味香り戦略研究所」では旨みや糖度などを数値化。その結果、黄身の旨みが圧倒的に高いことが分かりました。
「おそらく、飼料に配合しているカニの殻が旨みを深めていると思います。実は卵ってエサによって味はもちろん、色も大きく左右されるんです。最近は黄身の色が濃いオレンジ色がおいしそうに見えると主流になっていますが、赤い色素が入った飼料を食べさせると簡単につくることができます。ウチの卵の黄身がレモンイエローなのは、逆に言えば余計なものを食べさせていないというワケです」
「下川六〇酵素卵」のおいしさを生み出す自然由来の配合飼料。
直営店が地元の高校生の「ハッピー」に。
ここ最近、株式会社あべ養鶏場が力を注いでいるのは6次産業化。「下川六〇酵素卵」にさらなる価値をプラスすべく、下川町の五味温泉の温泉水とまちのウッドチップで燻し上げた「半熟!下川六〇燻製卵」や北海道産の素材をギュッと閉じ込めた「濃厚!あべ養鶏場のえっぐぷりん」などの加工品をリリースしました。
「2019年の4月にはプリンの加工場を設け、12月には札幌駅構内に直売所をオープンしました。ただし、直後に巻き起こった新型コロナウイルスの影響によるダメージは小さいとは言えず...。ここからが勝負だと思っています」
一方、札幌駅にお店を構えたことで、下川町に思わぬ恩返しができたこともあるのだとか。地元の下川商業高校では3年生の生徒たちが毎年札幌で販売実習を行っていますが、2020年は新型コロナウイルスの影響から「売る場所」が確保できなかったそうです。そこで、村上さんは直営店を販売実習の場として提供しました。
プリンの製造スタッフが原料の卵を片手にニッコリ。
「生徒さんは販売実習を楽しみにしているので、少しでもハッピーな気持ちを生み出すことができたことがうれしいです。ウチの企業理念は『卵づくりに関わる全ての人たちのハッピーのために』。この言葉はスタッフにも当てはまりますし、まちとともにある企業だからこそ下川町にもハッピーを生み出さなければならないと考えています。そのために卵を通じてやれることはまだまだあるんです」
村上さんやスタッフの皆さんが手塩にかけ、一羽一羽の体調を見て回り、時に鶏の死とも向き合いながら生産する「下川六〇酵素卵」。このおいしい卵は、未来の「ハッピーのタマゴ」でもあるのですね。
- 株式会社あべ養鶏場
- 住所
北海道上川郡下川町班渓1386番地
- 電話
01655-6-7766
- URL