障がいのある人が、地域の資源を生かして作業をし、自立した生活を目指す。近年の障がい者施設としてはポピュラーなあり方です。そんな施設の中でも、林業を通して障がい者支援をする数少ない施設である、「当麻かたるべの森」を訪ねました。
木漏れ日がさす明るい森のかたわらの畑で、ラフな服装でトマトを収穫する男性の姿がありました。その人が、副理事長の横井寿之(よこいとしゆき)さんです。横井さんに、この施設ができた経緯や、今後の展望などを語っていただきました。
障がい者が地域、社会とどう関わるか
社会福祉法人当麻かたるべの森は、当麻町内の6万6千坪の森の中に、森の間伐材を使った木工作品や織物、陶芸品などを障がいのある人たちが作るための作業棟、コンサートホールなどがあり、すこし当麻のまちなかに近づくと本部施設である「ギャラリ-かたるべプラス」「森のぱんやさん凜香」、木育施設である「くるみなの木遊館」、障がい者が地域で暮らす5棟のグループホーム、児童が通う児童デイサービスの施設、さらには作品を展示する美術館「かたるべの森美術館」など、森を作業拠点として障がいのある方の支援活動を行っている社会福祉法人です。
横井さんになぜ当麻町で林業を主体とした障がい者施設を作ることになったのかを尋ねると、そのルーツは40年以上前、横井さんが就職した時代に遡ります。
当時は国内でも数少なかった福祉学科がある北星学園大学を卒業し、北海道伊達市に新設された大規模な障がい者の入所施設「太陽の園」に就職した横井さん。
副理事長の横井さん。ずっと福祉の世界をひた走ってきた方です。
「障がいのある人たちがどんな風に社会に貢献するか、どんな風に地域に受け入れられるかは今でも永遠の課題ですが、私が就職した当時は障がい者が社会から受け入れられることはほとんどなく、生まれてから一度も外に出たことがない、社会から隠れるように生活するという世界だったんです」。
横井さんが就職した施設は日本初の公立の大規模障がい者施設で、その後東京や大阪にも施設ができ、障がい者福祉が全国的にも展開していきました。
実は、就職後3年でその施設を辞めようと思っていたと告白する横井さん。
「今の福祉系の学生は、病院に社会福祉士として勤めることに憧れを持つことが多いのです。私もその時そうで、精神科に勤めるなら知的障がい者のことももっと知らないといけないと思い、勉強のつもりで伊達の施設に就職したんです」。
入所ではなく、地域で生きるという選択肢を
しかし、結果的に横井さんは、そのまま障がい者福祉の道を歩み続けます。
横井さんを惹きつけたのは、障がい者の介助だけでなく、利用者が地域の人と一緒にまちづくりに携わるという視点でした。
その後剣淵町で施設の立ち上げに携わり、「けんぶち絵本の里づくり」にも地域の人と一緒に関わりました。地元の農家の協力も得て、有機農業にも取り組んでいました。
「今でこそ農福連携が推奨されて、国レベルで取り組んでいますが、私たちはその走りでした。離農した土地や農業者が高齢化した土地が増えてきていたので、そこを活用して障がい者が働き手として活躍できれば、農業の分野で寄与できるということを示すことができたのです。それを全国に発信すると多くの反響がありました」。
かたるべの森にも農園があります。
剣淵町の施設は、全国初の個室の施設だったこともあり、入所希望者が道北地域から殺到しました。そこで、横井さんは面談の時に保護者にある問いかけをしました。
「ここに入所した人は、いずれ施設を出て地元に戻って生活し、働いてもらいたい。ついては、あなたの地元に通所施設を作るのに協力してほしい。それに賛同してくれますか?」と。
当時は、まだ障がい者は入所施設で過ごし、社会には出したくないという風潮が根強く、多くの保護者は即座には首を縦に振りませんでした。しかし、「私たちもそれを望んでいました。すぐにでもやりたいです」と言った人がいたのです。その人が、現在の当麻かたるべの森 理事長、貞森裕一さんです。
森を拓き、林業で障がい者と歩む道をつくる
貞森さんの地元である当麻町で施設を作るプロジェクトが動き出しました。そこで見つけたのが、手付かずだったここの森林です。森林を活用して、林業で障がい者と共に歩む道筋が作れないかと考えた横井さん。そこで地主に対し、「ここで障がい者と一緒に森林の整備をしたり、木工や織物、焼き物をする施設を作りたい。そのためこの森林を売ってほしい」と直談判しました。すると、その人は福祉に関心があり、伊達市の太陽の園を見学したこともあったとか。そこで折り合いがつき、土地を譲ってもらうことができたのです。そして、1996年に法人を作り、障がい者の作業所をスタートしました。
森の中や作業所は、ほとんど外部に委託せずに職員や利用者の保護者と共に作り上げたのだとか
当時の森は長い間整備されていなかったため、植林されたカラマツの他に雑木や笹やぶで覆われ、カラマツも細く荒れた森でした。そこを、法人の職員や利用者の親たちなどのボランティアで下草刈りなどをして整備し、林道を作り、少しずつ拓いていきました。そして、作業棟などの施設を作っていきました。20年を経た今は見通しの良い明るい森となったこの風景も、そういった努力の結晶なのです。
「福祉×○○」他の分野との融合が希望に
横井さん曰く、林業のいいところは多数の工程があるので、重度の障がい者でも関われることがあるということ。
「私たちは作業として、利用者と一緒に間伐材の伐採を行います。チェーンソーで切った丸太を、最初は重機がなかったので4〜5人で持って運び出すのですが、それを障がいの重たい人でも担えるんです。マサカリを持って薪割りをするのは軽度の方じゃないとできないけれど、機械の薪割機を使えば比較的障がいの重たい人でも薪割りは出来るのです。そんな仕事の幅があるのが林業。そしてそれを示していくのは私たちの仕事です」。
そして、林業ともう一つ、木工や織物、陶芸などの芸術活動もこの施設のもう一つの柱です。
「ドイツでは、工芸品のマイスターという国家資格を持っている人が障がい者施設の職員として働いているところがあるんです。そこで障がい者と一緒に作った製品は、デパートや国連の土産物屋で売られています。当時日本にはそういう発想はなく、障がい者の可能性を狭めているのはむしろ施設の職員なのではないかと思いました。柔軟な発想が生まれるには福祉だけ学んでも駄目。利用者の援助をしながら、地域で仕事ができるようにコーディネートするには、その領域について興味を持って、学んでいく姿勢が必要なんです」と、横井さんは福祉の職員としての新たなあり方を投げかけています。
自身が好奇心を持ちながら地域の資源である農業や林業を福祉とコーディネートし、芸術活動などの道をどんどん拓いてきたからこそ、今後の福祉の担い手にも大きな期待を抱いています。
当麻かたるべの森で芸術活動を担当し、その分野に面白さにはまり深く学んで陶芸家になったり、織物作家になる人も将来出てくるのではないかと横井さんは期待しています。そして福祉職の定年退職後の人生としても、希望が見出せるのではと考えています。横井さん自身も、木工作品を作るためのデッサンをしたり、忙しい業務の合間を縫って道立工業試験場で1年間陶芸の勉強をし、さまざまな展示会を見に行ったという経験の持ち主です。福祉をやりながら、林業や芸術も本気でやる。そんな話を聞いていると、今まで抱いていた福祉のイメージが変わってきます。
「林業がやりたいから福祉をやる」という人がいてもいい
「介護の仕事をしていて、障がいの重たい人や高齢者の介護だけに向き合っていると、精神的に辛く感じる人多くなります。そこで、農業や林業を含めて木工・窯芸・織物などの作業活動を芸術的な活動として関連づけて考えることが出来れば、新たな福祉の世界が開けると希望が持てるんです。私も3年で辞めようと思っていましたが、その面白さに気付きここまで続けてくることができたんです」。
横井さんのようにもともと福祉が専門で、福祉を通して地域の中にもう一つの領域を見出すのも一つの道ですが、林業がやりたい人が、障がい者と共にやるという道を見つけてくれてもいいと横井さんは考えています。
「例えば、自分で森林を持って、そこを整備しながらログハウスを作ったり森の体験プログラムをやりたいと考えている人がいるとしたら、ここでなら福祉の仕事をしながら森林整備の技術を身につけられる。当法人を入り口として、そういう活路を見出してほしいと思いますし、そんな人に職員として来てほしいと思っています」。
森で過ごすことで、利用者さんが穏やかに過ごせる
当麻かたるべの森で働いて13年目になるという、長尾健一さんにも話を聞きました。実は、屈強な外見とはちょっとギャップのある保育士を目指していたという長尾さん。
保育を学ぶ専門学校に入るものの、卒業後は就職が難しくアルバイトをしていた長尾さんに、一足先に当麻かたるべの森で働き始めた同級生から誘いの声が掛かりました。
障がい者施設で働くことは想定外だったと言う長尾さんですが、専門学校時代に実習で施設に訪れたこともあったため、特に抵抗はなかったと言います。
「あまり真面目な学生ではなかったんですけど(笑)。知的障がい者は意思疎通ができないというイメージを持っていましたが、実際に接してみると、言葉は話せなくても何か意思を伝えようとしているのはわかり、コミュニケーションが取れるものなんだな、と思いました」。
知識や経験がない中、困ったこともありながら、どうにかここまで来られたという長尾さん。もちろん、中には接するのが難しい利用者さんもいますが、自分なりに工夫しながら少しずつ、意思疎通を図っていきます。
「ある利用者さんは、別の施設から来た方でしたが、そこで高圧的な接し方をされたため、職員に対して疑心暗鬼になっていました。そのため、『この職員は大丈夫だ』と思ってもらえるように、唾を吐くなど問題行動を起こしても、とりあえず注意せずに受け入れることにしました。それが正しいかどうかはわかりませんが、徐々に隣に座らせてくれるようになり、ふざけて一緒に遊んだりすることもできるようになり、距離が縮まっていきました」。
さまざまな部署で経験を積む中で、森づくりの担当も経験しました。「もともと外が好きなので、暑い中でも利用者さんと一緒に外で活動するのは楽しかったですね。また、仕事をする場面以外でも、外に出て木に囲まれた環境で休憩したりして、落ち着いて過ごすと利用者さんの様子も穏やかになったりする姿もたくさん見ていますので、それだけでも意味があると思います。
利用者さん一人一人の得意なことを見極めて仕事を作り、活躍してもらうのは僕たち職員次第。難しいことではありますが、可能性は大きいと思います」。
木漏れ日を浴びながら私たちが長尾さんと話している横を、「こんにちは」と笑顔で挨拶しながら利用者さんが通り過ぎていきます。生き生きと語る長尾さんの表情を見ていると、福祉分野で森を活用できる可能性の大きさが伝わってきました。森が整っていくと同時に、福祉施設としてのあり方もどんどん進化していくことでしょう。
- 社会福祉法人 当麻かたるべの森
- 住所
北海道上川郡当麻町5条東3丁目7番25号
- 電話
0166-58-8070
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