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まちおこしレポート
新十津川町

「日本一最終列車の早い駅」が愛され続ける理由20170718

「日本一最終列車の早い駅」が愛され続ける理由

「日本一」の称号を手に入れた新十津川町

「最終列車」と言えば、みなさん大体夜23〜0時位にかけてを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし北海道空知の中心部にある、新十津川町の小さな駅の最終列車の時刻は、なんと朝の9時台。時刻表もぽつんと一文字だけ記されているだけなのです。


shintotsukawaeki.JPG9:28に新十津川駅に到着、その12分後の9:40に最終列車が出発します

 shintotsukawa15.JPGぽつんと佇む姿が何だか愛らしい新十津川駅

そう、この新十津川駅は「日本一最終列車の早い駅」という称号を手に入れました。

かつて炭鉱で栄えたこのまちは、少しずつ人口減少等により列車の利用者も減っていき・・・朝昼晩と時刻表に記されていた文字が、2016年のダイヤ改正に伴いとうとう朝の9時台1本のみとなってしまったのです。「無人駅だろうし、人も全然いなくて、寂しい駅なんだろうなぁ」なんてこれを読んでいて思った方もいるのではないでしょうか。

実は違うんです。

「日本一」に輝いたことから鉄道ファンを始めとする観光客が増えたことはもちろんですが、せっかくこの駅を目的に訪れて来てくれたのだから少しでも楽しんで行ってもらいたいという想いを掲げ、この小さな駅を守ろうと奮闘している人々がいます。

その一人が、今回お話を聞かせてくださった三浦光喜さん。その名も「勝手に新十津川駅を守る会」の会長を勤めています。「勝手に・・・」?この名称につっこまずにはいられませんが、一体どういう会なのかお話をお聞きしました。

「勝手に」新十津川駅を守る会

shintotsukawaeki2.JPGお話を聞かせてくださった三浦光喜さん


普段は建設会社で働いているという三浦さん。なぜ駅を守ろうとしているのでしょうか。

「私は建設会社のイチ社員ですから、駅を守ろうという活動はボランティアでやっています。職場に行く際に毎日駅を見ていて、少し気になっていたのがきっかけです。今ではこうして駅の周りも綺麗な花々に囲まれていますが、昔は花なんて一切なく、駅の壁にはいたずら書きもされてひどい状態。正直、『汚い駅』と思う人がいても仕方がないかなというくらいでした。ただ、それでも当時から鉄道ファンがこんな駅にもやって来ていたのです。せっかく来てくれるのに、このままの駅で良いのだろうか?という思い。そして、地元民でさえも隣の滝川駅ばかりを利用し、この小さな駅の存在を頭の中から忘れ去ってしまう人が非常に多く、なんとかしたいと考え動き出しました。」

こうして三浦さんは、まずは駅ホームの草刈りをしたりと出来ることからコツコツと始めていったそうです。

shintotsukawa14.JPG現在はこのように美しい花々に囲まれています。

最近では三浦さんを始め、駅の活性化を願う町民が企画し、駅でイベントをやることもしばしば。打楽器や笛、フルートなどの演奏コンサートや、冬にはアイスキャンドルを500個ほどをつくり、それを駅前に飾って夜にはキャンドルたちが幻想的な雰囲気をつくりだしました。地元民はもちろん、周辺市町村からも人が集まり、1日に1本しか列車が来ない駅とは思えない盛り上がりっぷりを見せるそうです。もちろんこうなったのも、三浦さんを始め多くの方が守ってきた想いが通じているからでしょう。

ちなみに、「勝手に守る会」の名称の理由としては、
「駅の活動を通じて自分のことを名乗る時にいつも困っていたんです。仕事とは別でやっているわけですから。『新十津川駅を守る会』だと、公的な組織のように聞こえてしまうので、『勝手に』というのをつけてみただけなんですよ(笑)。」と三浦さんは笑います。

他にも駅を守るために尽力を尽くしている人がいると三浦さんが紹介してくださった人がいます。その方は、駅の目の前の「寺子屋」と書かれたプレハブにいるとのこと・・・。

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中にお邪魔してみると、まるで喫茶店のよう。店内の壁に貼られたメニューには、ソフトドリンクからお酒、ご飯のメニューまで様々。駅を訪れた鉄道ファンの方がそのままここ「寺子屋」にやって来たり、地元の人が憩いの場として使っていたりするようです。取材日のこの日も、ほぼ満席状態。

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shintotsukawa12.JPG店内には鉄道グッズも置いています。

そして、駅のために尽力を尽くしているという方が、この寺子屋のマスター後木幸里さん。「後木さんは、駅と同い年なんですよ。」と紹介してくださった三浦さん。「2017年、86才を迎えました。」後木さんはニコリと笑います。

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そもそも寺子屋とは一体どんな場所なのでしょうか。
開口一番「あの駅にはトイレがないんですよ。」と後木さんは言いました。

「遠路はるばる遠いところから来てくれた人がいるのに、トイレもないのはどうなんだろうかと思ったんです。何かしてあげたい、そんな気持ちが始まりでした。」
取材をしたこの日も、奈良県から駅を見るために訪れた方がいたと言います。

「まずはトイレをつくって、せっかくなら食べ物や飲み物も出そうと・・・そして今の寺子屋という店が出来上がったんです。」

気づけば人々の憩いの場になっている様子。
三浦さんも後木さんとの交流は深く、もともとは共通の知人を通して出会い、互いの「駅への想い」を知り、何か一緒にやれたらいいですね、と今の関係が出来上がったそうです。
「新十津川町民は、何か面白そうなことをやっているところに人が集まってくるという習性があるかもしれませんね。」と、三浦さん。
2016年の冬には、後木さんが駅前に大きなかまくらを作りました。なんと、大人6人が余裕で入るほどの大きさだったそうです。昼は子どもたちの遊び場に、夜は大人たちがそこでお酒をたしなんだりしていたんだとか。

駅を守る小さなレンジャーたち

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大人たちだけではなく、子どもたちも駅を守る立派な立役者。駅の目の前にある空知中央病院に併設している保育園の児童たちが、毎朝先生と一緒に列車をお迎えするために駅にやってきます。
待ちに待った列車の姿が見えてきた時、子どもたちは声を合わせて「おはようございまーす!」と大きな声で手をふり、降りてきた乗客たちに手作りのポストカードをプレゼントします。

shintotsukawa9.JPG季節によってポストカードの絵柄は変わります。
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これは毎朝の恒例行事。ポストカードを受け取る乗客の顔がほころびます。
たった12分しか停まらず、また列車は来た道のりを折り返していきます。次は「いってらっしゃーい!」と子どもたちの声があたりに響き渡り、列車が見えなくなるまで先生と共に手をふり続けているのです。もしかすると、ちょっとした観光名物になっているのかも。

若者の力、斬新なアイデア

まだまだ紹介したい、駅を守る人々。最後は、新十津川町の地域おこし協力隊の高野さんと金さんです。現在は、駅の情報発信や、イベントの企画・運営、駅を綺麗に保つための清掃なども行っています。

今でこそ「地域おこし協力隊」という存在は少しずつ浸透してきていますが、いざこのまちにやって来た彼らの第一印象を三浦さんに聞いてみました。
「まさかここに来るとは、と思いましたね(笑)。このまちにやって来た当初、毎朝駅に来ては乗客の数を数えている姿を目撃していました。最初は何をしているんだろうと不審に思っていましたが、『今日の駅の情報』ということでSNSで発信していたんですね。鉄道ファンの心を掴むべく工夫もこなされていて、感心しました。」

外から来たからこそ、見えるものもあり、年代が違うからこそ、生まれるアイデアもあるようです。

「今では彼らの存在はとっても大きいし、心強いです。若者らしい、僕たちには思いつかなかったアイデアをかたちにしてくれます。彼らのアイデアと行動力は、他の市町村からも羨ましがられるレベル。町民みんなが、彼らを後押ししていきたいという気持ちでいますよ。」

shintotsukawa8.JPG左から金さん、高野さん、三浦さん。取材中も3人で和気あいあいとしていて、年代は違えど仲の良さが伝わってきました。

85周年イベントや、駅で結婚式を挙げたカップルも・・・!?

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これは、なんと駅で結婚式を挙げたカップルの写真。この時は多くのメディアでも取り上げられたそうです。他ではなかなかない、駅でのウェディングに新十津川町も大盛り上がり。他にも、駅の85周年イベントでは鉄道ファンは大感激の限定販売の記念駅弁や、記念まんじゅうはあっという間に売り切れました。そして無料で新米2号、記念タオルや85周年きっぷなどを配布したり、こどもたちによる御神輿やもちまきなども行われました。正直ここでは書き切れないほどのイベントの内容です。とってもボリューミーな内容のイベントは、言うまでもなく多くの人が集まり、特にお米の配布は大人気だったそうです。
「90周年までこの駅が存続しているか分からないのでね、85周年のタイミングでやってみたんですよ(笑)。」と三浦さんは笑います。

こういったイベントの写真が何枚も駅構内に綺麗に貼られています。これも協力隊のお二人、そして三浦さん方が綺麗にし、守っている証。新十津川駅に訪れた際には、列車や子どもたちの歓迎という名物の他にも、駅舎に貼られたイベントの歴史をたどってみるのも1つの楽しみとなりそうです。

そして、もうひとつ忘れてはいけない名物があります。この駅は駅員さんのいない無人駅ではありますが、土日限定で駅長がやって来るのです。土日は観光客の方も多くなるため、駅長は大人気。大忙しです。

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・・・そう、なんと写真のワンコがこの駅の立派な駅長。毎週末しっかり任務を果たしています。

駅に懸ける想いを持つ人々がたくさんいるこのまちには、駅にまつわる名物がたくさんあります。1日に1回しか列車が来なくとも、決して寂しい駅ではありません。

最後に、三浦さんに駅のいいところを聞いてみました。
「確実に列車に座って来られるところですかね。のんびり出来るし、こういう線路があってもいいんじゃないのかなって。」

鉄道がなくなるということは、地図から消えるということ。
「地図から消えた場所に、人はなかなか訪れなくなりますからね。これからも守っていきますよ。」こうした三浦さんたち駅への想いが、5年後も、10年後も、ずっと続いていきますように。

関連動画

新十津川駅を勝手に守る会 三浦光喜さん
新十津川駅を勝手に守る会 三浦光喜さん
住所

北海道樺戸郡新十津川町字中央

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「日本一最終列車の早い駅」が愛され続ける理由

この記事は2017年5月18日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。