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まちおこしレポート
中標津町

人に開かれた空間、アートする農場を訪ねて。20161005

この記事は2016年10月5日に公開した情報です。

人に開かれた空間、アートする農場を訪ねて。

中標津町「佐伯農場」に展示されるアートの理由。

整然と積まれた薪の合間に光るステンドグラスのオブジェ、無数のドリル穴をまとった枯れ木の工芸、土筆のようなフォルムの鉄の装飾物に、紅色のドーム屋根に覆われたギャラリー。緑の樹木と美しい芝が横たわる農場に佇む印象的な造形の数々。背景に雄大な道東の自然を抱く、中標津町俣落地区の「アートする農場」を訪ねました。

版画とサイロのある風景に魅せられて。

青い空も緑の森も芝生に伸びる小径も、ほとりを流れ行く小川でさえも、この農場のアートを盛りたてるための演出のよう...農場に足を踏み入れた瞬間、そんな不思議な感覚にとらわれてしまいます。
幻想的な空間の名は佐伯農場。本業は三代に渡って営む酪農業です。そしてこれら印象的なアート作品を収集し、野外の芝地やギャラリー内に展示しているのが、二代目農場長の佐伯雅視さん。農場内にはいくつかのアトリエも設け、アーティストに創作の場として無償提供しているほか、自らも彫刻刀を片手に創作活動に打ち込んでいます。

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こうしたアートへの関わりは、農場の一角にある直営レストラン「牧舎」の壁に一枚の版画を飾ったことから始まりました。
「昔からサイロのある牧歌的な景色が好きだったんです。そこで中学の恩師や近郊の版画家(*)の方からサイロを描いた作品を購入したり、譲り受けたりしたのが始まりです」

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当初はレストランでの展示だけでしたが、より多くの方に鑑賞してほしいとの思いから農場内に荒川版画美術館を開設し、そこに作品群を掲示するように。その頃(平成13年)から佐伯農場は、アート作品を鑑賞できる一風変わった農場として知られるようになりました。
*版画家:松本五郎氏、細見浩氏、根本茂男氏など。

開かれた空間に集う子どもとアーティストたち。

農村を開かれた空間に、農場を作家の舞台に。佐伯さんのこうした発想の礎となっているのは、先代から引き継ぐ「東京むそう村」というボランティア活動。
「牧場の一角を解放し、首都圏の子どもたちに自由奔放な自然体験をしてもらうというもの。野を走り川に飛び込み、皆で食事しテントに眠る。都会では味わえない経験をした子らは、ほんの数日で驚くほど成長していきます。そのささやかな手助けをするのがこの農場の役割でした」

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子どもたちはいつか大人になり、その経験を次代に継いでいきます。この村で生まれた絆やネットワークは、新たな人脈へと広がっていきます。この脈々としたつながりこそ、佐伯さんの大切な財産。開かれた農場からは、新たな夢や可能性が生まれると佐伯さんが言う所以も、実はそこにあります。
また「東京むそう村」の取り組みを通じて懇意になったアーティストも。写真家であり映像作家でもある茂木綾子氏、農場に点在するオブジェの作者平山寛氏などもその一人。
「茂木さんとは、彼女が有名になる前からの付き合い。寛は、毎夏ここに長期間滞在し、ユニークで斬新な創作活動に打ち込んでいます」

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その一方、佐伯さんは若いアーティストとの交流にも積極的に取り組みます。最近では牛をモチーフとした独創的な版画制作に取り組む富田美穂氏と出会い、その作風に強いインプレッションを感じたことから、彼女の作品を荒川版画美術館のメインフロアに展示することに。彼女の存在が世に知られる大きなきっかけともなりました。
そのほかステンドグラス作家、彫刻家、造形作家...版画の展示から30年以上の歳月を経た今、佐伯農場には10名を超えるアーティストの作品が展示・収蔵されています。

本物の作品と本物の作家への橋渡し役でいい。

最も気になる質問を投げかけてみました。農場にこれだけのアート作品を展示し続ける最大の理由とは?
「ひたむきに創作活動に打ち込む作家たちを純粋に応援したい。一人でも多くの人に彼ら、彼女らの作品を見てほしい。その思いだけだね」
それらの作品を佐伯さんは何度も『本物』といいます。
「本物を証明するのは時間です。彼ら、彼女らの作品には、時を経てなお際だつ表現や描写、朽ちていく美しさ、冷めることのない感動がある。過ぎ去った時間が本物であることを証明してくれるし、積み重ねた時間が本物をさらに磨いていくんです」

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ここ数年、佐伯農場はアートな空間としての知名度も上がりました。春から秋にかけてのオンシーズンには、レストランでお茶や食事がてら、作品を鑑賞する観光客も大勢訪れています。佐伯さんの地道な活動が少しずつ開花していったのです。
でも佐伯さんは観光客や鑑賞者と話を交わすことはほぼありません。自分は橋渡し役だから、というのがその理由。
「創作活動を支えるのは私じゃない。作品や作者の理解者やファンなんです。私の使命はそんな人を一人でも多く増やしていくこと。その舞台となるのがこの開かれた農場なんです」
洗練された、どこかクールなアート作品が並ぶ佐伯農場。しかし牧場主の心に宿る作品や作家たちに寄せる思いは、本当はとてもホットなのです。

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佐伯農場
住所

北海道標津郡中標津町俣落2000-2

URL

http://saeki-farm.sakura.ne.jp/


人に開かれた空間、アートする農場を訪ねて。

この記事は2016年8月22日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。