
函館市から北へ車で約1時間半。道南エリア、渡島半島のほぼ中央に位置する八雲町は、郡名の「二海郡(ふたみぐん)」の通り、日本海にも太平洋にも面する日本で唯一のまちです。人口は約15,000人と多くはありませんが、スーパーやコンビニ、ドラッグストア、総合病院、さらには保育園や幼稚園、小中高校もあるため、暮らしや子育ての面で不便することはありません。
八雲町はホタテをはじめとする海産物にくわえて、新鮮な野菜や乳製品の生産地でもあります。
実は、八雲町は「北海道近代酪農発祥の地」といわれ、西洋の技術や農法を積極的に取り入れて発展してきた歴史があります。まるで、そのスピリットを受け継いでいるかのような牧場が株式会社学林ファーム。最新機械の導入や環境に配慮したバイオガスプラントなどを積極的に導入し、地域の酪農を牽引しています。まずは会社のアウトラインや考え方などについて、代表の佐藤正之さんに伺いました。
地域の酪農と、「酪農の周り」を守るための法人化
株式会社学林ファームは八雲町の「石田牧場」と「佐藤牧場」、そして「函館牛乳」で地元に愛されている乳業メーカー「函館酪農公社」がタッグを組み、平成28年に設立されました。その背景は酪農家戸数の減少。地域の酪農を守るべく、函館酪農公社が協業による機械への投資や牛の増頭、大規模化を呼びかけたところ、石田牧場と佐藤牧場が手を挙げたのです。
「酪農あるあるではありますが、もともと家族経営だったため、休みが取りづらく、生産量を増やそうにも人手の面で限界がありました。法人化して社員を抱えることで働きやすくなりますし、後継者を世襲せずとも牧場を切り盛りできる人を育てて未来につなげていくことができます。こうした点でもメリットの大きな提案でした」
こちらが代表取締役社長の佐藤さん。
佐藤さんの穏やかな語り口と、柔らかな笑顔からは、やさしさがにじみ出ています。法人化や規模拡大に乗り出したのは「酪農の周り」のためでもあると続けました。
「牛を育て、生乳を搾るのは私たちですが、酪農を取り巻く仕事は意外と多いんです。獣医さんや農機具メーカーさん、資材屋さん、農協も酪農家戸数が減ってしまうと規模を縮小せざるを得ず、結果として地域の活気が失われます。こうした周辺産業を守るためにも、法人化や大規模化は意義のあることです」
最新機械の導入と役割分担で残業の少ない働き方へ
同社は「畜産クラスター事業(国の補助制度)」の補助も受けることができ、大型のフリーストール牛舎(牛をつながず自由に歩き回れるスペースを設けた牛舎)や24時間牛が自ら搾乳できる搾乳ロボット、牛のふん尿を発酵させてバイオガスの力で発電するバイオガスプラントといった最新機械・設備を導入。衛生管理を向上させる手法「農場HACCP(ハサップ)」や、安全で効率的な農場運営の基準となる「JGAP認証」も取得するなど、道南でもトップクラスの先進性を備えた牧場へ成長していきました。
HACCP(ハサップ)は認証を取得して終わりではなく、継続して取り組んでいかなければなりません。
「動物を相手にする酪農といえば、朝早くから夜遅くまで休憩もそこそこに働きづめのイメージを持たれがちです。けれど、当社では自動給餌機や自動餌寄せロボット、搾乳ロボットといった機械が大きな負担軽減につながっています」
1日の働き方は5〜8時、10〜12時、15〜17時45分の三部構成。毎日9時45分から15分は作業確認や注意事項などを共有するミーティングを行っているそうです。2年ほど前までは牛の出産に備えた夜間の見回り当番がありましたが、頻度が少ない上、翌朝に対応できる環境を整えたことで廃止しました。
「当社では搾乳ロボットなどを導入した新牛舎、石田牧場の牛舎、佐藤牧場の牛舎、仔牛の哺乳と役割分担して仕事を進めていることも効率化につながっています。そのためスタッフの残業はかなり少ないんです。もちろん、自分の担当が早く終わったら他の牛舎を手伝う協調性を育むのも忘れていません」
「会社組織」でありながら、酪農らしいおおらかな側面も
同社ではインドネシア人のスタッフも働いています。牛の知識がない人に向けたやさしい教育プログラムや外国人にも分かりやすいマニュアルを整えているため、基本業務を覚えるまでにはさほど時間はかからないといいます。
「ただ、そこからもう一歩踏み込み、牛の病気や体調不良のサインを読み取ったり、乳量が少ない原因を探ったりするのには経験が必要です。当社では牛の行動や生態、牧場作業といったテーマを設け、月に一度の勉強会を開くことで成長をサポートしています。さらに、発言しやすい雰囲気づくりを心がけ、先日も会議の場では若手が積極的に『整理整頓も役割分担して効率的にやろう』といった意見も飛び出しました」
臆病な性格を持つと言われる牛たちですが、人間にとても興味津々です。
仕事は酪農といえども、まさに組織として全員で牧場をより良くしていく気運が根づいていることが分かります。一般的な企業同様、評価制度も整えているというから驚きです。
「ただ、すべてが四角四面かというとそうではありません。お子さんの行事がある時は有休ではなくシフト休をあてますし、保育園のお迎えで少し抜けるというのはよくあること。スタッフがいなければ牧場を運営することはできませんから、仕事のしやすい環境を作ることが経営層の使命でもあると思っています」
地域のイベントに一緒に参加して、友人を作るきっかけを
牧場は八雲町の市街地からクルマで10分もかからない場所にあります。敷地内に社宅や寮はない代わりに、町外からの移住者が入社する場合、佐藤さんがアパートを探して入居してもらうのが通例のようです。
「当社は住宅手当を用意していませんが、その分、家賃を割安にするといった調整をする予定です。仮にクルマの免許がなくても、外国人スタッフの送迎をしているので便乗してもらうことも可能。住む場所や通勤手段に不安を感じることがないよう配慮しています」
佐藤さんは外国人スタッフがまちに慣れるまで買い物に付き添ったり、函館観光に連れて行ったり、手厚いサポートで寄り添っています。もちろん、希望があれば移住して働く人にも同様の体験をしてもらうのは大歓迎だとニッコリ。
「私自身は八雲でもさまざまな活動に顔を出しているので、地域のお祭りや花火大会、各種イベントに連れ出すのもウエルカム。町内には意外と若い世代のコミュニティもあるので、友人を作るきっかけになれればうれしいですね」
どうしてスタッフのことをそこまで手厚く考えてあげているのでしょう?
「自分たちの搾った生乳が『函館牛乳』になって地域の方に飲んでもらえる手応えをココでずっと感じてほしいですし、単に気持ちよく働いてもらいたいからですね」
「牛と関わりたい」が抑えきれなくなった瞬間
次にインタビューのマイクを向けたのは、2020年に入社した七飯町出身の平田依絵菜さん。もともと動物が好きで、牛や羊にふれてみたいと北斗市の農業高校に進みました。
「生き物が好きなら、この仕事はとっても楽しいですよ!」と平田さん。
「学校で飼養している動物の中でも、とりわけ牛が可愛くて。牧場の仕事に就いてみたいと思いつつも、当時は『都会に出てみたい』という気持ちが勝り、卒業後は東京の介護企業に就職しました」
平田さんは3年ほど東京で働く中、折を見て母校に顔を出していたとか。「というのも、牛や羊と気軽にふれ合えるからです」といたずらっぽく笑い、こう続けます。
「東京は遊ぶところも多く、私の好きなライブに参戦しやすいのですが、やっぱり人の多さとセカセカ感に疲れてしまって。地元の道南に戻ってくるにつれ、自然に囲まれて暮らすのが一番だなと感じるようになりました」
平田さんがまたもや牛を愛でるために母校に顔を出した際、先生から「搾乳ロボットをはじめとする最新機械を導入している学林ファームが人を募集している」と聞きました。その言葉に牛と関わる仕事がしたいという気持ちがついに抑えられなくなり、学林ファームに転職する決意を固めたと振り返ります。
「やってみたい」にチャレンジさせてくれる社風
平田さんは七飯町からの「小さな移住」にあたり、同社から賃貸住宅を紹介されました。オーナーが専務の知り合いだったことから、家賃を少し安くしてもらえたのも助かったと頬を緩めます。
「私は新牛舎の担当となり、最初は自分で搾乳に行かない牛を搾乳ロボットに誘導する方法から教わりました。慣れていない牛はなかなか動いてくれないため、見えるところに餌を置いたり、お尻をそっと押してあげたりするというコツも先輩から丁寧に説明してもらいました」
平田さんは、3日ほどで基本業務を覚えることができたとか。一方、牛の体調管理は一筋縄ではいかなかったと表情を引き締めます。
「ただ、新牛舎では各種データで『あまり食べていない』『乳量が少ない』というのが分かるため、原因を探る道しるべになってくれます。加えて、先輩方が代わる代わる『搾乳した時に白い塊があったら乳房炎という病気を疑って』などの知識も教えてくれたので、成長の後押しになりました」
同社はスタッフの無理がない範囲の中で「できることは自分たちでやる」という雰囲気が根づいているそう。平田さんは種付けに興味があったことから、家畜人工授精師の資格を取りたいと経営層に伝えました。
「会社のサポートで家畜人工授精師の資格を1カ月間かけて取らせてもらいました。今は自分が種付けして生まれた仔牛が、預託牧場(酪農家から子牛を預かり、育成する牧場)を経てココに戻ってくる姿を見るのが楽しみの一つです」
仕事のやりがい以上に「牛LOVE」なのだ!
同社は4週6休のシフト制を採用しており、連休も取りやすい環境。普段の休日はクルマで1時間程度の函館で友人と遊んだり、有休を活用して東京のライブに遠征に行ったりとプライベートも充実していると平田さんは笑顔を見せます。
「会社からクルマで1〜2分の場所にコンビニもありますし、町内には買い物をする場所もわりと多いので、普通に暮らす分には十分便利です。それに、東京と比べて食べ物のおいしさが段違い!たまに近所の農家さんからじゃがいもやキャベツをいただくこともあります。私はあまりアウトドア派ではないですが、気が向いたら近くのスキー場でひと滑りするのも息抜きの一つです」
お休みの日は「推し活」していると教えてくれた平田さん。
平田さんは酪農の仕事も、八雲暮らしも、ナチュラルに楽しみながら日々を過ごしていることが分かります。最後に会社の良いところを尋ねてみました。
「当社で搾った生乳はすべて『函館牛乳』の原料になっています。道南の地域で愛されている牛乳なので、自分の仕事の成果が身近な人の手にわたっていると考えるとやりがいがたっぷり。あと...業務となると『牛が可愛い』だけでは務まらないのですが、やっぱり牛が可愛いことが一番の魅力(笑)」
茶目っ気たっぷりに笑う平田さん。その表情から、牛が大好きで、大好きでたまらないという気持ちが言葉にせずとも伝わってきました。
最後に「牛LOVE」をやってくださいという取材班のムチャぶりに、ノリよくこたえてくださいました!