HOME>北海道で暮らす人・暮らし方>理想の地で、木を活かす作り手になる

北海道で暮らす人・暮らし方
中川町

理想の地で、木を活かす作り手になる20161114

理想の地で、木を活かす作り手になる

木への使命感を抱いて転職

木工クラフト作家の斎藤綾子さんは、宮城県仙台市育ち。地元の大学で「地生態学」を学び、卒業後は環境調査の仕事をしていました。
「希少な植物を守るため、道路を作る前などにその土地の生態系を調査する仕事などです。もともと興味のある分野だったので、楽しかったですね」と振り返ります。
やりがいを持って働く中、山で伐採された木々が「使い道がないから」「出してくるのにお金がかかるから」とその場に置き去りにされている現状を知ります。心を痛めた斎藤さんは、捨てられる木を少しでもなくしたいと作り手になることを決意。もともと手先が器用だったことも後押しになりました。

nakagawasaito9.jpg

控えめで落ち着きのある語り口。自らを「優柔不断」「自己主張が苦手」と評するように、その佇まいからはパワフルなイメージは伺えません。しかし、このときばかりは芯の強さを発揮。使命感に燃え、4年間勤めた会社を辞めて木工クラフトの修業を開始しました。同時に、地域産の木材でモノづくりができる場所を探し始めます。北から順番に当たっていこうと、まず旭川の知人に相談。そして、紹介されたのが、中川町でした。

中川町との運命的な出会い

nakagawasaito7.jpg

対応してくれたのは、町役場職員の高橋直樹さん。中川町の「森林文化の再生」の取組みを聞いて、まさに自分が探していた場所だと直感し、地域おこし協力隊として移住することを決めました。初めての一人暮らしでしたが「当時28歳だったので両親は反対しませんでした。ただ、『もう少し近くにはないの?』とは言いましたね。」と笑います。
自身も不安がなかったわけではありません。それは、何よりも寒さです。忘れもしない2014年3月29日、引っ越してきた日に町を流れる天塩川が解氷しました。
「仙台はすっかり春だったので、氷が流れる様子を見て、すごいところに来たと思いました。でも、ワクワクも大きかったです。」
一冬を過ごした後は、北の地で暮らしていく自信がついたとのこと。今や、「仙台は暑いから」と、夏には帰省しなくなったほど、すっかり中川町の気候に馴染んでいます。

一歩ずつ着実に作家活動を展開

可愛らしい外観の建物、ここが元幼稚園を利用した斎藤さんの工房です。
「おゆうぎしつ」が木材置き場、「うさぎ組」の部屋が作業場、チェーンソーなどの機械は購入したり、町の人から譲り受けたりして揃えました。
主に手掛けているのは、皿やサラダボウルなどの木製食器。カエデ、サクラ、クルミなど、出荷する木材を切り揃えたときに出る半端材を使っています。水分の多い生木を作品に仕上げるには、天然乾燥が欠かせません。乾燥は、生木ならではのゆがみを残した器でも半年、そうでないものは1年半以上。中川町に来た頃に作った器が少しずつ出来上がってきている状態です。そのため、並行してカッティングボード(まな板)や、アクセサリー、ボールペンなどの乾燥させやすい小さな物も製作しています。

nakagawasaito11.jpg

「ゴツゴツしていた木が、手を掛けるごとにキラキラしてきます。これが木に対する私の役割だと感じますね。少しでも世の中に出していきたいです。冬は作品づくり、夏は道内各地のイベントでの販売と1年を通してのリズムも出てきました。
2017年3月に地域おこし協力隊の任期は終了。その後、本格的な作家活動に突入します。現在、工房の一角をショップに改装したり、インターネットショップを開設したりと、様々なことを計画中。出会うべくして出会った斎藤さんと中川町。これからまだまだ新しいモノを生み出していきそうです。

nakagawasaito17.jpg

中川町で活動する木工クラフト作家 斎藤綾子さん。

捨てられてしまう運命にあった、木の端材などをチェーンソーや様々な工具を使ってブロック状の素材に削り出します。その素材を回転台に固定しつつ、刃をあてながら絶妙な力加減で削っていきます。【くらしごと 2016年10月撮影】

木工クラフト作家 斎藤 綾子さん
URL

http://saitohamail.wixsite.com/yaco-hp


理想の地で、木を活かす作り手になる

この記事は2016年10月12日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。