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思いが詰まった函館の地酒は、なんかいいねと思う「飲まさる酒」20240325

思いが詰まった函館の地酒は、なんかいいねと思う「飲まさる酒」

北海道内でも屈指の観光地、函館。年間500万人もの観光客が国内外から訪れます。函館山や五稜郭公園、函館朝市に湯の川温泉と、ほかにも見どころは盛りだくさん。そんな魅力的なまち函館で、さらに魅力がアップするであろう試みが。それは、地元産の酒米と水を用いて地酒造りをするという取り組みです。目指すのは「飲まさる酒・はかいく酒」。どちらも道南地方の方言で、「飲まさる」は「ついつい飲んでしまって手が止まらない!」というニュアンス、「はかいく」とは「たくさん飲んで(食べて)しまう!」という意味合いです。

函館市内にはかつて複数の酒蔵があったのですが、1960年代には0蔵に。ふたたび函館で地酒を造ろう!と熱い思いのもと立ち上がった人々がいます。そして作られたのが函館市亀尾町にある「五稜乃蔵」。日本酒大好きなくらしごと取材班は、わくわくしながら取材へ。この場所に酒蔵を建てるまでの経緯や、函館の地酒を造ることへの思い、五稜乃蔵が目指すお酒についてなどを、語っていただきました。

酒蔵を建てたのは小学校の跡地

「函館に地酒を造ろう!」、そう思い立って動き出したのは、株式会社メデックの社長である漆嵜照政さん。今から10年以上前、「地元に酒蔵を作りたい」という気持ちからはじまりました。道外からいらっしゃる方々に函館の豊富な海産物をご馳走するとき、「地物の食べ物はあるけど、地酒がない」と思ったのだそう。「北海道の酒」として旭川の酒や、近いからと青森の酒を振る舞っていましたが、「これは地酒とは言えない」と感じたのだそうです。

そんな漆嵜さんの思いが形となり、「五稜乃蔵」という酒蔵と「五稜」という地酒が造られました。取材に応じてくださったのは、漆嵜さんの熱い思いに共感し、五稜乃蔵を共に作りあげてきた営業部長の酒井剛さんと、総杜氏の川端慎治さんです。

goryonokura03.jpg左:営業部長の酒井剛さん、右:総杜氏の川端慎治さん

「五稜乃蔵が開設されたのは、2021年の11月。お酒の製造免許が下りたのは2021年12月1日、そして蔵がオープンしたのは2022年の4月です。オープンの準備には1年半くらいかかりました。酒造免許は申請してから交付されるまでに3か月くらいかかるんです。それに、免許が降りるときには、建物や醸造設備がすべて揃ってなければならないんですよ」

そうお話してくれたのは川端さん。酒蔵と販売所を見せていただきましたが、不思議と懐かしい印象を受けます。どこかで見たことがあるような......?あ!これは小学校の理科実験室にあった机では?!なんとそれが酒蔵で使われていました。そして、お店でもふと上を見やると校歌が書かれた大きな額縁が。そういえば入口の方には二宮金次郎の像も立っていました。そう、ここ五稜乃蔵は、もともと学校だった場所なのです。

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「2019年に閉校した亀尾小中学校の跡地なんです。函館市役所の方がこの場所を紹介してくれました。酒蔵を作るときには、その地域の理解と協力がなければうまくいきません。その点、函館市役所の方は地酒を造りたいという思いに賛同してくれて、熱心にサポートしてくれました。いくつか候補を挙げてくれたのですが、この辺りは過疎化が進んでいて、函館市でもなにか活性化できないかと考えていた場所だったんです」

ここに酒蔵が建って3年弱。どんな方々が訪れるか、川端さんにお聞きしました。

「地元の方々が買いに来てくださっていますよ。みなさん店舗に飾ってある校歌を見て、懐かしいとおっしゃいます。お年寄りや卒業生の方で、涙を流す方もいらっしゃいました。今は観光の方々も多くいらっしゃいます。タクシーで来られる方や、インバウンドや団体のお客様が観光バスでいらっしゃることが多いです。コロナ禍だったので、そうなったのも最近の話ですけどね」

ふたつの会社と、いろいろな人の思いでできた酒蔵

実は五稜乃蔵は、ふたつの会社で運営されています。ひとつは、函館五稜乃蔵(株)。販売と建物の運営を担っており、酒井さんはこちらの所属。もうひとつは、上川大雪酒造(株)で、製造を担当。総杜氏の川端さんは、こちらに所属しています。製造と販売の会社が分かれているということですが、なぜそのような形で運営をすることになったのかを、川端さんが教えてくれました。

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「漆嵜社長の地酒への強い思いがあり、我々上川大雪が酒蔵作りのお手伝いをすることになりました。酒を造るには免許が必要で、免許の取得はとても難しいんです。そこで、販売する場所と酒蔵を五稜乃蔵のほうで作るから、酒の製造に上川大雪に来てほしいとお願いされました。漆嵜社長の思いに、上川大雪が応えた形です」

函館に地酒を造りたいという思いからスタートした五稜乃蔵。そこには、函館工業高等専門学校(以下、函館高専)も関わっているとのこと。漆嵜社長の思いに賛同した人々や、函館市役所の方々、上川大雪酒造や、函館高専の教授や生徒たち、いろいろな人の協力があって、今ここに地元の酒ができたのだと川端さんは語ります。

「上川大雪が函館に進出したわけではないんです。漆嵜社長とその思いに賛同した函館に住む人々が、函館に酒蔵を作ってほしいから手を貸してくれないかと、そう願って作られたのがここなんです。上川大雪が、函館に地酒を造ろうと思ってもこのような形にはならないでしょう。地酒は地域に根ざしているものだと私は思います」

地域の思いを汲み取って形にした酒蔵。強い熱量を持つ人と、その思いに共感する人々、同じような熱い思いを持つ地元の人々が集まってはじめてうまく行くのだと川端さんは語ります。

酒井さんと川端さんはどのような経緯で五稜乃蔵に携わることになったのでしょうか。おふたりに聞いてみました。

酒井さんは、もともとは函館空港に勤めていました。定年退職後ゆっくりと過ごしていたところ、漆嵜さんから声がかかります。実は漆嵜さんと酒井さんは、函館高専での先輩後輩の間柄。空港時代にもよく顔を合わせ、お付き合いは長いのだそうです。ある日、「今度酒蔵を作るから手伝ってくれ」と漆嵜さん。それまで酒との関わりはまったくなかったという酒井さん、ゼロからのスタートとなりました。

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「2022年3月、オープンの1カ月前に入社しました。酒蔵の立ち上げから、営業、配達、広報や営業、諸々やりました。もともと、ここに入る前はあまり飲む方ではありませんでしたが、今は好きです。ここにきて日本酒の面白さを知って、飲むようになったんです。うちの酒は、初心者にちょうどいいと思いますよ」

五稜乃蔵で働いているうちに、日本酒の面白さに魅了されていったと語る酒井さん。今後について伺ってみると、

「函館の飲食店のどこに行っても五稜が置いてあるようにしていきたいですね。まだまだ置いていないところもあるので。函館に訪れた人が、必ず五稜を飲もう、と思ってもらえるようにしていきたいです」と、笑顔で語ってくれました。

続いて川端さんのお話です。生まれは小樽で、金沢の大学の工学部に在学中、とあるお酒と運命的な出合いをしました。

「ある日感動的なお酒に出合ったんです。それは石川県のお酒、菊姫の大吟醸でした。なぜ日本酒を飲んだだけでこんなにも感動できるんだろうと、自分でも驚きました。これを造れるような人間になろうと思い、それがこの業界に入ったきっかけです」

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菊姫を飲み、大きな衝撃を受けたという川端さん。もともと料理屋でアルバイトをしていて、日常的にいろいろな日本酒を飲んでいましたが、その中でも菊姫は完璧だと思ったのだそう。杜氏の道を選んだ川端さんは大学を中退し、酒蔵に勤めます。石川県をはじめ、福岡や山形など全国各地の酒蔵で経験を積み、2016年から上川大雪の杜氏となりました。行く先々で違った特徴があって面白かったと話します。

函館高専、帯広畜産大学、拓殖大北海道短大、3つの学校の客員教授も勤める川端さん。それぞれの大学で講義をしたり実習をしたり、さらに道内の3つの酒蔵も確認しながらまわらなければならず、日に500km移動することもあるのだとか。

函館の美味しい食べ物に合う地酒を

さて、「函館に地酒を造ろう!」のお話をもう少し掘り下げて聞いてみましょう。いったいどんな流れで酒蔵を造っていったのでしょうか。

「2021年の段階で54年間、函館には酒蔵がありませんでした。もともとあった酒蔵は、移転して七飯町にいってしまったり、五稜政宗というお酒があったのですが他会社に吸収されたりで、函館から地酒がなくなってしまったんです。函館は、北海道において札幌に次いで観光客が多いまちです。北海道の新鮮な海産物はあるのに、地酒がないという状態でした」

と、川端さん。たしかに、地元の酒というとなんだか特別な、誇りに似たようなものを感じます。それがないとちょっと悲しい気がしますね。

五稜乃蔵で造られる五稜、こちらで販売するのはもちろんですが、市内の飲食店では飲めるのでしょうか?飲んだお客様からの反応も気になるところ。

「五稜は地元の飲食店などにもだいぶ広まってきているように思います。函館に観光に来た方が、地元のものを食べて、地酒を飲むということができるようになってきました。評価も今のところかなりいいように思います」

と話す川端さん。酒井さんも笑顔で頷きます。函館に観光で来た人を喜ばせたい、そして地元の人にも日常の中で飲んでほしいと思い、造る地酒。意識するのは、地元で獲れた海産物とのマリアージュだと川端さんは続けます。

「美味しい海産物と一緒に楽しめるお酒というのを意識しています。お酒だけが美味い、とはならないように。それが意外と難しいんです。ゼロから造らなければならないところが大変ですね。最初は何がいいお酒なのかもわからないところからのスタートです。設備も水もその土地によって違うので、どう造っていこうかと悩みました」

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何もない白紙に「いい絵を描いてください」と言われるようなものだと川端さんは話します。「いい」とは何なのか、何をテーマに描くのか、何もわからないところから考えなければならないので難しいのだそうです。悩みながら進められた酒造りですが、驚きの結果が。

「仕込み始めて5本目のお酒で、そのお酒とどんな食べ物が合うか試してみたところ、偶然にもイカと合ったんです。狙って造ったわけではなかったのですが、ぴったりハマりました。イカも美味いし、酒も美味い!これこそマリアージュだと」

できすぎのような話だと笑う川端さんですが、できすぎのような話はもうひとつ。なんと、そのお酒、札幌の新酒発表会の純米の部で金賞を取ったのです。いきなり金賞で、さすがに川端さんも驚いたと笑います。

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函館高専との連携。全国的にも珍しい菜の花酵母

五稜乃蔵は、函館高専とも連携をしています。酒蔵の中に醸造ラボがあり、教授や生徒たちがここで発酵学や醸造学の研究や実習などを行うこともあるのだそう。高専の生徒と一緒に、全国的にも珍しい菜の花由来の酵母を使って酒を造った実績もあります。これからも他の花やワイン酵母なども研究していくのだとか。なぜ函館高専が関わることになったのか、川端さんに聞いてみました。

「函館高専の小林教授も、漆嵜社長と同じく函館に地酒がほしいと思っていたそうなんです。それで漆嵜社長と一緒にやることになりました。ここでは試験的なことをやりやすいというメリットもあります。小ロットで仕込むので、チャレンジしやすいんです。また、担い手づくりの育成にも一役買っています」

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また、もろみや麴など酒を造る過程で生まれるものを活用した商品開発にも取り組んだりと、地域経済の活性化も目指しているのだそう。地域の協力は、函館高専だけに留まりません。

「地元産のお米を使って造っています。町内や近隣の農家さんのお米も入ってきています。収量の問題もあって道南産だけで造るというのは難しいかもしれませんが、道南エリアのお米で造る酒を増やしていきたいと考えています」

目指すのは、飲まさる酒・はかいく酒

一口に日本酒といってもいろいろなタイプがありますが、五稜乃蔵ではどのようなお酒づくりを目指しているのでしょう。川端さんにお聞きしました。

「原材料なども違うし、飲む人の年代も違う。でも、のまさる酒、はかいく酒っていうのは存在すると思います。そこで大切なのはバランスだと思っています。でもバランスがいいって何?それが難しいんですよね。なんだかよくわからないけど、『飲まさるね、はかいくね』って言いながら飲む、それがバランスがいいということなのかもしれません」

「うちの酒ばっかり飲んでるとほかの酒を飲めなくなる」と川端さん。「中毒性がある」と言って笑います。飲んだ方から「なんか入ってるんじゃないか?(笑)」と聞かれたそうですが、実は逆で「何にも入ってないから美味い」のだそう。何も入れずに美味いものを造るのは難しいことだと語ります。

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この先チャレンジしたいことや取り組みたいことについて、川端さんに聞いてみました。

「どこに行ってもあるくらい、地元に浸透させたいですね。わざわざ五稜を飲みに函館に来るくらいになってもらいたい。さらに地元の人にも毎日飲んでもらえるお酒になってもらえればいいと思っています」

美味しくても主張の強すぎるお酒は、毎日は手に取らないと思うと川端さんは語ります。目指すのは、しみじみと「なんかいいね」と思う酒なのだそう。地元の人が毎日「飲まさるね」と言いながら飲む地酒。観光で訪れた人が「函館に来たら五稜を飲もう」と思ってくれるお酒。飲んだ人みんなが「なんかいいね」と思う酒。

日本各地にいろいろな地酒がある昨今ですが、函館には地元の人々のたくさんの熱い思いが集まってできたお酒があります。函館にお越しの際は、地元の酒を、酒造りに関わった人々の思いも感じながら味わってもらえたらと思います。

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五稜乃蔵 函館五稜乃蔵(株)・上川大雪酒造(株)
五稜乃蔵 函館五稜乃蔵(株)・上川大雪酒造(株)
住所

北海道函館市亀尾町28-1

電話

0138-84-5177

URL

https://hakodate-goryo.co.jp/


思いが詰まった函館の地酒は、なんかいいねと思う「飲まさる酒」

この記事は2024年2月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。