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北海道で暮らす人・暮らし方
中標津町

牛を描き、牛と生きるアーティスト。20161005

牛を描き、牛と生きるアーティスト。

酪農バイトをしながら版画を彫る作家、冨田美穂さん。

小清水町の牧場の一角、アトリエ兼住まいの呼び鈴を押すと、華奢な体のやさしそうな女性が笑顔で扉を開けてくれました。彼女の名前は冨田美穂さん。牧場バイトをする傍ら、牛を題材としたダイナミックな版画を描く新進気鋭の作家です。どうして牛を? なぜ酪農のバイトを? 頭の中にたくさんの「?」を抱えながら、インタビューが始まりました。

大学時代に経験した牧場バイトをきっかけに。

冨田さんは東京のご出身。絵画に魅せられ高校卒業後、武蔵野美大に進学します。今の作風に至るきっかけとなったのは、大学二年生の冬休み期間の長期アルバイト。仕事場に選んだのは士幌町の牧場、住み込みでのバイトでした。 「父が北海道出身だったこともあり、幼いころから北海道の牧場は何度か目にしていたんです。また私自身、基本アウトドア派なので牧場体験もいいかなと」 仕事は搾乳、牛舎の掃除など。設備の行き届いた施設だったとはいえ、初めての牧場作業。加えて時期も真冬ともなれば、若い女性にはかなりハードだったのでは?

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「凍えるほど寒いし、牛は大きいし、藁は重いし、牛舎は広いし。すべてが想像の上を行ってましたね(笑)。でも救いだったのは、一頭だけ人懐っこい真っ黒な牛がいたこと。牛舎の中でその牛を見つけて近づくと、牛も体を擦り寄せてくれたんです。その子が何だか無性に可愛くて。それもあって最後までがんばれた気がします」
その一方、連日のように仔牛が生まれ、牛の死も目の当たりにする。都会には決してない、ヒリヒリするような生命の営みが日常的に繰り広げられていることに、冨田さんは小さな衝撃を受けます。
「ちょうど絵画を描くことの方向性に悩んでいた時期。この愛おしく、リアルで、自分の食物の源でもある牛をモチーフにしてみようという気持ちが、ふっと、湧いてきたんです」

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就職して気づく「やっぱり牛を描きたい」

大学に戻った冨田さんは作風をそれまでの油絵から、皮膚のしわや瞳の潤んだ輝き、産毛の一本一本まで緻密に再現できる版画へスイッチ。北海道での経験や撮りだめした画像をもとに牛をモチーフとした作品作りに取り組みました。 「版画制作は卒業直前まで続けました。ただそれをまだ職業にはできず、大学卒業後は指輪の装飾職人として東京の企業に勤めたんです」 勤務すること半年。その企業人生活で気づいたのは、「牛が描きたい」という自身の湧き上がるような思い。薄れかけていた版画への情熱が冨田さんの内で再び熱を帯び始めます。その実現のために、まずはもう一度北海道に渡ろう、冨田さんはそう考えます。 「仕事を辞め、ネットで情報を収集していた時に見つけたのが、興部町での牧場従業員の仕事でした」 そこでは一年半ほど勤務。ただ従業員という立場だと版画創作の時間を割きづらいため、その後知り合いにツテで小清水町の酪農ヘルパーの仕事を得、近隣の牧場からオーダーをいただきながら働きました。もちろん、その合間を縫っての創作活動にも一層力がこもります。 「ヘルパーの仕事は2014年まで、約7年間続けました。ただ今は版画のほうが忙しくなりつつあるので、牧場主さんらに無理を言って週3日程度の酪農アルバイト扱いにしていただいています」

佐伯農場との出会いで広がる創作の領域

牧場ヘルパーとして働き始めた2007年。冨田さんは何気なくページをめくっていた雑誌に、農場内に版画美術館を開設している佐伯農場の記事を目にします。すぐに中標津へと足を運び、今度は自分の目で農場のオブジェや版画を鑑賞。その開かれた発想と独創的な展示スタイルに感銘を受け、牧場主の佐伯雅視氏に自分の作品の展示をお願いしてみました。

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「まだ作品数も少なく、どこかダメモトで...という思いだったのですが、結果的には二つ返事で快諾いただきました。そこから今日まで、作品の入れ替えはありますが農場の版画美術館で常設展示させてもらっています」
さらにこの頃から冨田さんの作品は少しずつ世に出始めます。
「佐伯さんのネットワークも追い風になり、札幌や深川、京都、中標津などのギャラリーで個展やグループ展を定期的に開催させていただけるように。ユニークなところではさまざまなジャンルで活躍するプロのアーティストが「牛」がテーマの作品を展示する『牛展』などにも参加しています」
その一方、絵本作りの話が舞い込んだり、酪農関係の定期刊行誌の表紙イラストや制作の仕事が決まったり。少し前まで酪農ヘルパーがメインだったライフスタイルの軸が、現在は創作活動主体へと移行し始めています。
「それでもバイト無しではまだキツイですけどね」あっけらかんと笑いながら、冨田さんはそう言います。

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北海道に住んだから宿ったセンスと気楽さ。

東京から移り住んで約10年。作家冨田美穂にとって、そして一人の女性にとって北海道での生活はどんなだったのでしょう。 「ここでの創作で描いたものは牛だけ。版画のほか水彩や油絵など表現は広がりましたが、モチーフはすべて牛なんです。でもまだ描き足りない。描いてる傍で、描ききれていない感を抱えているんです。北海道で牛の仕事をして、牛を間近に見ているからこそ、新たな描きたいイメージが湧いてくるのかも」

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「牛」というより、「牛という生命のあり方」を表現する作家にとって、北海道という大地はまさに最良の舞台。模様、表情、体つき、年齢そして性格。一つとして同じ牛はおらず、日が過ぎれば個体は成長し、老いていく。もちろん作者自身の感性も日々研ぎ澄まされていきます。遥か地平線を追うかのように、彼女の表現の世界は果てしなく広がっていくのでしょう。
では最後の質問。一人の女性としての北海道は?
「そこはもう住めば都。もう体が慣れちゃって、なじんじゃって」と、女性らしいキュートな笑顔。そして一言。
「だからもう都会への生活には戻り...づらいかなぁ(笑)」

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版画作家 冨田美穂さん
住所

作品展示/北海道標津郡中標津町俣落2000-2(佐伯農場内)

URL

http://saeki-farm.sakura.ne.jp/

冨田美穂氏 ホームページ
http://miho-tomita.jimdo.com
冨田美穂氏 ブログ
http://usinotumuji.blog28.fc2.com

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牛を描き、牛と生きるアーティスト。

この記事は2016年9月9日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。