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国家資格が取れる学校
羊蹄山がよく見渡せる北海道真狩村はその山をバックに多くの田畑が広がっています。村の特産物は食用ゆり根。頭がゆり根で、ピンクのシャツに赤のタータンチェックのスカートという服装、そして大きなつぶらな瞳がチャームポイントのゆるキャラ「ゆり姉さん」は、真狩高校の生徒が考案したキャラクター。この学校の生徒たちは、村にとって欠かせない存在なのです。
真狩高校は公立の農業学校で、敷地内にはジャガイモや大豆、カボチャなどを始めとする野菜の他に、ラズベリーやハスカップといった果物類、ハーブ・多肉植物まで様々なものを栽培。
ここでは、2年生に進級する際「野菜製菓コース(野菜を素材とするお菓子やパンへの加工や調理技術の習得を目指します)」「有機農業コース(有機農業に関する知識と技術を習得し、環境に配慮した農業のスペシャリストを目指します)」のどちらかを選択し、さらなる知識を深めていきます。
今回は、野菜製菓コースのみなさんにお話をお聞きしました。このコースでは、製菓衛生師の国家資格を取得することができます。また、毎月高校の目の前にある道の駅で自分たちがつくったお菓子を販売する「販売会」というものを開催。『Makkari(真狩)』をフランス語『La mikka』に置き換えた店名で定期的にオープンしているのです。今回は、そのイベント前日の準備時間にお邪魔しました。
学校の目の前にある道の駅です
彩りがとっても綺麗で可愛らしいイチゴのモンブラン。もちろん全て生徒たちの手作り。
野菜製菓コースの生徒たちが準備に励んでいる製菓実習室の中に入ると、明日の準備でお菓子づくり真っ最中の生徒たちの「こんにちはー!」という元気な声が響き渡りました。みんな、格好も本格的で本物のパティシエみたい。
広々として綺麗な製菓実習室
「この帽子が初めて自分の手元にやって来た時は、『ああ、ついに憧れの製菓の世界に入ったんだ!』と嬉しくなりました」と生徒たちは話してくれました。
将来は、走るパン屋さん
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「これはフィナンシェ。いわゆる、焼き菓子ですね」。
高校生とは思えない、しっかりとした口調で取材陣に説明をしてくれたのは札幌から来た2年生の杉野くん。
ーどうして製菓の道に進もうと思ったのでしょうか?
「小さい頃、近くのスーパーの端っこにパン屋さんがあって、厨房が見えるようになっていたんです。パンづくりの風景を見て『自分もパンをつくってみたい』と思ったのがきっかけでした。この野菜製菓コースでは、お菓子だけではなくパンについても学べるのでこの学校に入学を決めたんです」。
その日から夢実現に向けまっしぐら。
杉野くんは、生まれも育ちも札幌で真狩村とは縁もゆかりもありませんでした。しかし今では真狩村での生活を自分なりに楽しみ、夏には羊蹄山も登りにいくのだとか。活発な杉野くんは、真狩村の農家でアルバイトの経験もしたそうです。
「初めての農作業でしたが、手作業も多くあり、その大変さを身を持って知りました。野菜を使ったお菓子やパンをつくる身として、農家さんの存在の大きさを知ることができたので、とても良い経験となりました」。
お菓子をつくっている時は真剣。でも、カメラを向ければにっこり杉野くんスマイル
ー杉野くんの将来の夢は?
「高校を卒業したら、就職して知識をつけ、お金を貯めて自分のパン屋さんを開きたいと思っています。そのために今は簿記の勉強もしているんです!」
本当にしっかり者の杉野くん。将来の夢に向かって、コツコツと突き進んでいく姿が逞しく見えました。
また、じっとしているのが苦手だと言う杉野くんは、とっても行動派。フルマラソンを完走する経験を持ち、今後もマラソンの大会にはたくさん出場したいと語ります。将来は走るパン屋さん。『マラソン出場のため、本日お休み』なんて日があっても温かい目で見守ってくださいね。
みんなの笑顔が見たいから
卒業後は札幌の製菓の専門学校に行きたいと言う沖口さんは進路を見据えた3年生。3年生ともなると、販売会の参加経験も豊富です。
モンブランの上にイチゴのトッピング中の沖口さん
ー販売会は毎回どのような雰囲気なのでしょうか?
「本当にたくさん人が来ます!地元の人はもちろん、ドライブで通り過ぎる人たちがわざわざ立ち寄ってくれたり。毎回、販売会に向けて事前に『次はどんなお菓子をつくろうか』と話し合って決めているので、並ぶ商品もその時によって少し変わります。地元の人に『この前のあれ、今日はないの?すごく美味しかったよ〜』などと直接声をかけてもらえるのが嬉しいんです」。
ー札幌出身の沖口さん。この学校を選んだ理由は?
「ここの高校に来た一番の理由は資格が取れるところです。将来はもちろん自分のお店を持ちたいと思っています。今は寮生活で、規則など厳しいところはありますが、おかげで規則正しい生活が出来るようになったと思います」と寮での生活も話してくださいました。
ー学校以外でも、家でお菓子づくりはしますか?
「作ります!」と即答。
「お菓子をつくって家族に食べてもらっています。祖父母には、ホールの誕生日ケーキをつくるのが毎年の行事なんです。2人の誕生日が2日違いということもあって、2段ケーキをつくってあげたこともあります」。
とニコニコ話す沖口さん。バレンタインデーには、野菜製菓コースの生徒たちは本気を出して何品もつくり、みんなで手作りのお菓子を持ち寄って楽しんでいるなんてお話も聞かせてくださいました。
辛い時に背中を押してくれた母の存在
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杉野くん・沖口さんと同じく札幌出身の赤松さん。入学した当初はホームシックになり、札幌に帰りたくてたまらなかったそうです。若干15〜16才で親元を離れ、専門的な勉強をするという冒険に出た赤松さんにお話を聞いてみました。
ー初めて親元を離れてみて、どうでしたか?
「正直、1年目は辞めたいといつも思っていました」と素直に話を始めた赤松さん。
「この学校に入ったきっかけは、札幌で生徒募集のポスターを見かけて気になったのが始まりです。ただ、唯一寮生活というのが自分の中で引っかかっていて・・・。でも、やりたいと思うなら挑戦してみなさいと母に背中を押されていざ入学したのですが、やっぱり寂しくて寂しくて・・・。1度我慢できなくなって、ある日の夜、母に泣きながら『迎えに来て』と電話をしました。そしたらその電話のあとすぐ、本当に札幌から車を走らせ来てくれたんです。母は私に『このまま札幌に連れて帰ることはできないよ。だってここで逃げたら、これからもずっと何かある度に逃げる子になっちゃうから。今が頑張り時だよ!』と私の背中を強く押して札幌に帰って行きました」。
あの日があったから今の私がいるんです、とニコリと笑う赤松さんは、きっとお母さんが娘のために車を走らせ来てくれたあの頃より、一回りも二回りも大きくなって自信に満ちあふれているのでしょう。
今では、真狩村の空気の綺麗さや、水が美味しいということを再認識し、この村が大好きと話してくださいました。
母校への恩返し
生徒たちを指導をしている野村知華さんは、実はここの卒業生。真狩高校を卒業後、札幌の製菓の専門学校に進み、大手お菓子会社に就職。その後、真狩高校の先生方に「ぜひうちで働いてみないか」と声をかけられ、野村先生はこの学校に先生として戻って来ることになりました。
チェックのエプロンをつけているのが野村先生
昔から真狩村にはお菓子の世界に進みたいという子どもが何人かいました。野村先生もその1人。しかし、経済的に札幌まで出るのが難しい家庭もあり、村役場の方から「なんとかこの高校で学ぶことはできないか?」という打診が現在の野菜製菓コースが出来たきっかけです。そして「国家資格を取れるコースをつくろう」と先生たちが奮闘していたそんな時に、野村先生がやって来て、今日も夢に向かって走る生徒のために尽力を尽くして働いています。
今回取材陣を案内をしてくださった真狩高校に赴任してきて12年目となる中西聖先生。中西先生がこの学校に来た時、野村先生は高校1年生でした。もちろん再会した時、野村さんのことは覚えていたと言います。
生徒たちから「お父さんみたい!」と愛されている中西先生
「在学中、バドミントン部に入っていた彼女は部活が休みの日にアルバイトに励み自力で100万円以上を貯めて、自分の力で札幌の専門学校に進んだんです」と中西先生が教えてくださいました。
そんな意思の強い野村先生は、生徒たちからも慕われています。
「私自身、生徒から学ぶことも多いんです」と優しい瞳で生徒たちを見つめる野村先生の姿が印象的。
「子どもたちは本当に素直で、いつも一生懸命ですよ」。
そして続けて、「今までやってきた仕事の中でいっちばん楽しい仕事です!」と笑いました。
一度この村を出て、札幌という都会を見た野村先生。しかし、この村が大好きだからこそ戻って来れたと言います。
「真狩村は自然が多いし、近くにはニセコなどの観光地もあって楽しいです。特にニセコには美味しいケーキ屋さんがたくさんあるので、勉強のためにも色々なところを訪れています!」
夢を抱いて自分の道を突き進んでいって欲しい
札幌から「お菓子づくりが好きで」「パティシエになりたくて」という夢や目標を持ち入学してきた生徒が多く、たった15〜16才で親元を離れる寂しさも、生徒たちの夢への熱い想いも先生方はよく分かっています。だからこそ、先生の生徒たちを見守る目はあたたかく、時には親のように接しているのです。
「先生、集合写真のポーズ考えてよ〜」「ん〜?」そして決まったポーズが・・・
みんなで連結ハート!
先生方はもちろん、村全体がこの学校をサポート。
真狩高校は4年生まで進級できる定時制という制度を設けており、4年生まで進級した場合は国内・海外への研修を行いますが、この海外研修は真狩村から補助が出ているのです。
また、この学校の敷地内には村の公民館も隣接していることもあり、高校の学校祭と村のお祭りも合同でやるほど。親元を離れて暮らす生徒が多いからこそ、村のみんなが家族、親戚のような存在に。
これから生徒たちはこの高校を卒業し、夢に向かって走り続けますが、
「今後、真狩村を出て行ってくれても構わないと思っています。ただ、この村を知って、この村の良さを知っている人が1人でも増えてくれたらそれでいいんです」と中西先生は語ります。
そして迎えた販売会当日。開店の11時前からお客様が並んでいるという人気ぶりだったため、オープン10分前には販売を開始。13時には全て完売し、無事終了できたとのことでした。
真狩村には、夢への想いが熱い若きパティシエの卵たちが今日も笑顔で、自然に囲まれながら頑張っていますよ!
高校生がつくった本格的なお菓子!味にも見た目にも自信あり。