
苫小牧市と千歳市に隣接し、新千歳空港からは車で20分ほどの安平町。札幌からも車で1時間とアクセスの良い町です。2006年に早来町と追分町が合併してできたこともあり、町内は早来地区と追分地区に大きく分けられます。人口約7300人のこの町で、唯一のスーパーマーケットが「フーズショップ きしだ」です。開店時間からひっきりなしに町の人たちが足を運ぶ同店におじゃまし、これまでの歩みやこれからのことを代表取締役の岸田和也さんに伺いました。
生鮮食品から日用品までさまざまなものがそろうスーパーマーケット
安平町の早来地区にある「フーズショップ きしだ」。店内はそれほど広いわけではありませんが、所狭しと商品が並んでいます。とにかく驚くのがその品ぞろえと価格。生鮮食品のほか、牛乳などの日配品、調味料各種、飲料、アルコールと多彩です。中でも、野菜、魚、肉に関しては、失礼ながら田舎のスーパーとは思えない充実のラインナップ。しかも新鮮な上にお買い得品が多く、取材に来たにも関わらず、思わず手に取ってレジに並んでしまうほどです...。ほかにも、店内調理のお弁当や惣菜、ティッシュペーパーやペット用品など日用品も並び、ここに来れば日常で必要なものは何でも揃うという印象です。次々とお客さんが訪れ、接客や品出しに多忙な中、代表の岸田和也さんに早速お話を伺うことに。
生まれも育ちも安平町という岸田さん。実家はもともと同じ通り沿いに並ぶ「岸田薬品」という薬局で、クスリや化粧品をはじめ、文房具、日用雑貨を扱っていたそう。
「岸田の家は僕でちょうど5代目になります。食品を扱うようになったのは先代である父の頃から。昭和の終わりくらいから始めた感じですね。僕が中学に入るころからだったと思います。今、クスリ屋のほうは父の弟が切り盛りしています」
クスリ屋は小売りもしていたそうですが、役場や学校、町の企業などにクスリや文具を卸すのがメインでした。地域の人ともっと対面でやり取りできる商売をしたいと考えた岸田さんのお父さんが、「フーズショップきしだ」をオープンさせます。

店内の野菜コーナー

鮮魚・刺身コーナー
「当時はまだ町にAコープがあったこともあり、最初は生鮮食品の取り扱いは少なく、どちらかというと日配品や雑貨、ペット用品などが多く、コンビニっぽいスタイルだった記憶があります」
ちなみに店がある場所は、かつて造り酒屋があった場所。お父さんの同級生が造り酒屋ののれんをおろすことになり、その跡に店を建てたそうです。
跡を継ぐ予定ではなかったけれど...、先代の父親の背中を追うことに
岸田さんは3人兄弟の末っ子。実は、お父さんが岸田さんの就職先を断ってしまったため結果的に後を継ぐことになったそうです。「びっくりですよね」とニコニコ笑う岸田さん。
「そのころ、兄と姉がもう町外に出ていたのですが、父としては誰かに跡を継がせたいと思っていたようです。はっきり口には出していませんでしたが」と続けます。お父さんが酔っぱらって「末の息子が跡を継いでくれることになった」と嬉しそうに自慢していたと、あとから人伝いに岸田さん耳にしたと言います。
「そのころ、僕も特にやりたいことやなりたいものがあったわけではなかったので、そのまま家に残って店の手伝いをするようになりました。ちょうど平成7年だったかな」
仕事人間だったというお父さんの背中を見て仕事に取り組んできた岸田さん。入社から5年経つ頃には、仕入れをはじめ店のことはひと通り全て自分で回せるようになり、売上もぐんぐん伸び、急成長します。安心して任せられると思ったお父さんは引退し、「仕事人間だった頃と打って変わってゴルフばっかりしていましたよ」と岸田さん。今は亡きお父さんの姿を懐かしそうに話します。
町の人に必要とされる店でありたい。イイモノを安く提供できるように日々努力
「本当の意味で町の人に必要とされていれば店は潰れないと思うんだけど、その一方でときどき本当に必要とされているのかなと、ふと考えてしまうときもありますよ」と岸田さん。5年ほど前にAコープがなくなり、町で唯一のスーパーになった今でも、町の人に必要とされている店か否かを自身で問うことがあるそう。
「苫小牧や千歳と隣り合わせの町だから、車がある人は少し走らせれば大きなショッピングセンターや大型スーパーで買い物ができるわけだしね。週末にまとめ買いをする人もいるだろうし」
そう話しますが、次から次へとお店を訪れるお客さんたちを見ていると、十分町の人たちに必要とされている店だというのは分かります。町内のデマンドバスやハイヤーで訪れる高齢者の方たちも多く、皆さん買い物を楽しんでいます。


「町の人に必要とされる店でありたいと思うから、やっぱりニーズには応えていかなければといつも考えています。父の代のときよりも生鮮食品などを増やしていったのもそういう理由からなんですよね」
町の人たちに少しでもイイモノを安く提供したい。そういう思いで、週に3~4日は朝早くから車を飛ばして札幌の中央卸売市場へ仕入れに行きます。入荷状況によっては苫小牧の市場へ行くこともあるそう。魚も野菜も鮮度がよく、質のいいものが多く並んでいる理由が分かります。
仕入れた魚は社員の方がさばいて、刺し身にしたり、切り身にしたり、調理しやすいように分けて販売。町民の方からは「マグロのお刺身がおいしい!」という声が多く寄せられているそう。ちょうど取材に訪れたときは鮭の時期だったこともあり、筋子やアラもたくさん並んでいました。しかもお値段はお手頃!
野菜も魚同様にできるだけイイモノをと吟味して仕入れ、旬の野菜も並びます。肉も種類が豊富なことに驚きます。これだけいい食材が数多くそろっていると、料理をする楽しみも増えそうです。
「正直、数字的に厳しいときもありますよ」と岸田さん。それでも町の人に喜んでもらいたい、必要としてもらえる店でありたいという一心で、営業努力を続けています。自ら卸売市場へ足を運ぶのは、ネットワークを作るためという理由もあるそう。また、ほかの地方で同様に個人スーパーをやっている人たちと情報交換をすることも。そうした動きが役立ったと強く感じたのは胆振東部地震のときだったそう。
「あのときは自分も使命感に燃えていたところがあって、町の人たちからガスボンベや水などが足りない、どうしても必要だと言われ、とにかく入手しなければとあちこちに問い合わせました。どこも不足していたそうなんですが、安平が大変なことになっているからと言って、日ごろから繋がりを持っている札幌の会社が優先的に融通して卸してくれたんです。ありがたかったです」
ニーズや時代背景に合わせ、並べる商品も働き方も柔軟に変化を
岸田さんは、町にとって必要な店であり続けるため、これからも時代やニーズに応じて並べる商品をはじめ、働き方などのスタイルも変えていかなければならないと考えています。
「今はまだ自分で料理をするのが楽しいという元気な高齢者のお客さんたちも多いし、生鮮食品でイイモノがそろっているととても喜ばれますが、これからは介護をする人や子育てで忙しい人も増えていくだろうから、店で提供している惣菜も揚げ物ばかりではなく、体にやさしいものやお弁当などを作っていけたらと考えていますし、力を入れていきたいですね」
変化という部分に関しては、機械化も早くから進めています。たとえば、セルフレジや調理のすしロボット、スチームコンベクションなど。「この規模のスーパーでは珍しいとよく言われます。でも、人手不足の昨今、必要なものは必要という考えなので、今後も必要な機械は導入していくつもりです」と話します。
現在、スタッフはパートが14名、社員が2名。「以前の僕は何でも全部自分でやってしまうタイプだったんです。一時期は仕入れから品出し、店の清掃まで全部の仕事をこなしていました。そんな感じだったから下の人をうまく育てられなくて...」と頭を掻きながら振り返ります。「でも、これじゃいけないと思って、今は2人の社員にも仕入れなどを任せ、分担して仕事をしています。2人ともサクサク仕事をこなして、頑張ってくれるので助かっています」とニッコリ。
また、「今は日曜が定休日ですが、以前は定休日がなかったので、本当にずっと仕事をしていました。なんでも自分でやっていたし、父親と同じく仕事人間でしたね」と苦笑する岸田さん。コロナの感染拡大を機に日曜を定休日に定め、営業時間も短縮しました。定休日を定めたことで売り上げが下がるのではという不安もあったそうですが、「休みの前日の土曜に値引き市をするようになったら、お客さんがいっぱい来て、店が混雑するようになって」と笑います。安平町の人はもちろん、隣接する厚真町からも多くの人が訪れるそう。
地域に暮らす人たちの生活を支えていると言っても過言ではない「フーズショップきしだ」。長年通い続けている顔なじみのお客さんもたくさんいます。「地域に根付いた顔の見える店としてこれからも必要とされる存在でありたいですね。個人のスーパーだからこそできることもいろいろあるし、お客さんの希望に対応してあげられることはしてあげたいと思っています」と最後に語ってくれました。