深川市は北海道のほぼ中央にある人口約2万人のまち。基幹産業は農業で自然の恵みがたっぷりありながら、隣には北海道第二の都市である旭川市があり交通の便がよく商業施設も充実しているため、自然と利便性の両面をあわせもつ点が特徴です。
今回は東京と神奈川からこの深川市に移住した飯沼未樹さん、山本千夏さんにインタビュー。なぜ関東から北海道の深川市に暮らすことになったのでしょうか。
ふたりは深川市地域おこし協力隊のOBと現役隊員という共通点があります。深川市役所で地域おこし協力隊をサポートする市職員の田村澪さんも交え、お話を聞きました。
学生として来た深川。住み続けたくなった
飯沼さんは東京都中野区出身です。深川市の拓殖大学北海道短期大学に進学したことを機に、初めて北海道へ移り住みました。卒業後は地域おこし協力隊として深川市にある株式会社深川未来ファームの「ふかがわポーク」ブランドの製造などの業務に関わり、2024年3月に協力隊3年間の任期を満了。その後も深川に定住し、同社の従業員として製造・販売・PR等に従事しています。
こちらが、地域おこし協力隊卒業後、深川未来ファームにて勤務している飯沼未樹さん。お休みの日には、大好きなソフトクリームを求めて道内をドライブするのだとか。また、都市部である旭川までは30分ほどで着くため、映画をみたり、買い物する休日も楽しいといいます。
飯沼さんの出身地である中野区といえば、東京でも中心部である23区内であり都市部の立地です。流行が集まる都市部から北海道の地方へと引っ越すことに不安はなかったのか聞くと、「田舎に住みたい気持ちがずっとあった」のだといいます。
「祖母が長野に住んでいたため、よく訪れていました。自然が豊かでのどかな地域が好きで、家庭菜園を手伝ったりする時間が本当に楽しかったんです。子どもの頃長野から東京に戻るときには、帰りたくない!といつも泣いていましたね」
子どもの頃の長野での原体験から、大地と空のあいだのような場所で暮らすことに憧れがあった飯沼さん。高校生のときの進路選びの際に、相談にのってくれていた高校の先生から深川にある大学を薦められます。
深川に広がる田園風景
「農業や食分野の進路に興味があると先生に話をすると、『北海道にいい大学あるよ』と教えてもらったんです。大学での勉強が実践型を重視していて、自ら畑に入る農業を学べる点に惹かれました」
飯沼さんは自然豊かな場所に住み、食や農業が自分の理想のかたちで学べそうだと考え、深川市に初めて足を踏み入れることになりました。
こんな働き方があるんだ!
短大時代の2年間に深川の環境がすっかり気に入ったという飯沼さん。卒業を控えた頃には深川に住み続ける選択肢を考えるようになったといいます。「都会は何でも揃いますし便利で良いところはありますが、ゴチャゴチャとしている環境が私はあまり好きではありませんでした。多くのものが密集しすぎているから、空気がよどんでしまいますよね。
深川に暮らすうちに田舎の空気がどんどん気に入るようになって、住み続けたいと思うようになりました。ですが、深川で就農したい気持ちがあったものの、農業にかかわるような人材募集を出している農家さんをあまり見つけることができなかったんです」
卒業後の働く先は元々興味があった食や農業の分野を希望していましたが、市内ではなかなか見つからなかったといいます。卒業後の就職先を検討していたある日、偶然アルバイトとして深川未来ファームで働くことに。深川未来ファームでは深川市地域おこし協力隊として3年の任期のなかで畜産分野に従事する職員を募集していました。飯沼さんはこの時に「地域おこし協力隊」という言葉を初めて耳にします。
「とりあえず3年」が程よい
「こんな働き方があるんだ!と驚きました。希望していた深川で働くことができますし、3年の任期が終わるときの就職にも相談に乗ってくれるというありがたい話だったんです。給与や補助の待遇面も満足のいくものでした。学生時代は車なしで暮らしていましたが、働き始めたら車は必須だと思っていたので、地域おこし協力隊なら『車を貸してもらえる』という点が魅力的でした」と飯沼さんは話します。
移住を考える上で、生活面をサポートしてくれるのは大きなポイント。協力隊の移住後の暮らしを支える制度について、取材に同席していただいた市職員の田村澪さんに伺いました。
こちらが、深川市経済・地域振興部 農政課生産振興係の田村澪さん。深川市の地域おこし協力隊のサポートを担当しています。
「深川市では地域おこし協力隊への家賃補助として上限3万円に加え、隊員の活動車両を無償貸与しています」
さらに、活動費として車の燃料費を一か月40Lまで市が補助。地方では暮らしの足として車は欠かせないものです。40Lというと燃費リッター20kmとして800キロ分に相当します。車移動が欠かせない深川で暮らすには、かゆいところに手が届くサポートだといえるでしょう。
「地域おこし協力隊が最大3年間という期間だったことも大きかったと感じています。『とりあえず3年なら、やってみよう』と一歩踏み出しやすかったです」と飯沼さんは語ります。
3年の間でフィットしたら続けたらいいし、もし違うかなと思うなら次の機会を考えればいい。一歩を踏み出す時に「とりあえず」と思える節目があることは、たしかにアクションがとりやすいと捉えることができそうです。
「とりあえず3年」から始まった飯沼さんは、地域おこし協力隊として3年間の任期を全う。退任後は深川未来ファームの従業員として深川で働き続ける道を選びました。
夏の土日にはイベント出展のため各地に出向くなど忙しい日々を過ごしながら、「オンライン販売にも力を入れたい」とふかがわポークのブランド力向上に意欲的です。
移住1年目。きっかけは「体験移住」
もう一人お話を聞いたのは、神奈川県出身の山本千夏さん。2024年の春に地域おこし協力隊として着任し深川市に移住してきました。畜産分野の隊員として、飯沼さんとともに深川未来ファームの養豚・特産品製造事業に従事しています。山本さんのお母さんが深川市に隣接する沼田町出身であったことから、小学6年生まで毎年のように北海道に訪れていて、楽しい思い出がたくさん詰まった地なのだそう。
こちらが、神奈川県から深川市へ移住し、地域おこし協力隊として活動中の山本千夏さん
神奈川県の動物病院で動物看護士として10年近く働いていた山本さんでしたが、2023年の夏にさくらんぼ農家のアルバイトとして北海道に1カ月滞在しました。
「勤務先の院長先生が高齢のため引退する見込みとなり、新しい職場を探す準備を考えていた時期でした。子どもの頃から北海道が大好きだったので、転職前のタイミングにせっかくだから北海道で過ごしてみたいと思ったんです」
農家アルバイトをしたのは旭川市の神居古潭にほど近いさくらんぼ農家でした。子どもの頃と同じように、北海道の良さをしみじみかみしめたといいます。
「農家アルバイトの時に出面さん(北海道の方言で農家仕事を手伝う人のこと)たちとの会話のなかで『体験移住』という仕組みがあることを知りました。そのなかで、深川は暮らしやすいと思うよ、とおすすめしてもらったんです」
仕事ありきではなく、「暮らしありき」で選ぶ
同時期に動物看護士の国家資格も取得していた山本さん。当初は資格を活かして動物病院で求人を探そうと考えていました。「農家アルバイトをしていた時に一緒に働いていた皆さんと本当にいろんな話をしました。そのなかで仕事のみの軸ではなく、『どこに暮らしたいか』の軸で住む場所を選んでみるという視点もあるんだなということに気づきました」
このまま関東で暮らし続けるのか。やってみたいことがあるなら、資格はいつでもいかせるのだから、いま想いが強くなっている「北海道で暮らしてみたい」を叶える方がいいのかもしれない。
山本さんは自分が本当にいまやりたいことに向けて一歩を踏み出すことを決めました。
1カ月の農家アルバイトを終えて神奈川に戻った山本さんは、その年の秋に東京で開かれた北海道の移住交流フェアに参加してみることに。道内多数の自治体がブースを構えているなか、旭川、沼田、そして出面さんたちから聞いた「深川」の3ブースに訪問することにしました。
話を聞いてみると、深川では冬に体験移住ができるとのこと。北海道の冬の暮らしを経験したいと考えていた山本さんは絶好の機会だと申し込み、その年の冬、2024年1月中旬から1カ月深川で暮らすことにしました。
いい意味で「思った以上に人がいない」
実際に雪の季節に深川に訪れた山本さんは、どのように感じたのでしょうか。
「思った以上に人がいなくてびっくりしました。いい意味で、ですよ。そして車がないと圧倒的に不便という現実を知りました。ある日バス停で時刻表をみるとだいぶ待つ見込みだったので、待つより1本道だし歩いてみようかと雪の中テクテクと進んでみたんです。そうしたらなんと、2時間も歩くことに。引き返すわけにもいかないし、誰も歩いてないし、雪が降りしきるなか、途方に暮れました。でも、不思議とワクワクしていたんです」
自分の息づかいが白い世界に溶け込むように静かな深川の冬。山本さんの心はつかまれていったのです。
「もともと都市部より静かな環境が好きでした。深川は集合住宅でもにぎやかすぎない雰囲気ですし、すごく良い所だなと思いました」
体験移住中の人との出会いも、山本さんを後押ししました。深川の地域おこし協力隊として働く人たちと交流をもち、働き方の話を聞くとどんどん興味が湧いてきました。
「未来ファームの社長とも『ちょっと話してみませんか』ということになり、せっかくなのでお話させてもらうといつの間にか面接のように(笑)北海道に暮らしてみたい、暮らしを変化するほうへ思い切ってみたいなと考えていた時期に、深川の皆さんと出会って道筋が立ったので、勢いに乗った、という感覚です」
1年前は歩いて2時間雪道を移動した山本さんですが、今年は車に乗って暮らす初めての雪国の冬を経験。元々ペーパードライバーだったそうで、それでなくとも運転に不慣れな人にとって強敵に感じる雪道ですが、今のところ問題ないといいます。
「深川は評判どおり除雪がしっかりしていますので雪道だから運転しづらいということはないですね。あと道路の幅広さは北海道の特徴だと思いますが、運転しやすいです」
市役所職員の田村さんも「旭川からみると隣の市なのに驚くほどのどか」と話します。
田村さんは旭川市出身で、旭川に住んでいた頃は電車やバスの移動が当たり前だったそう。深川市職員になってから車の運転を始めたそうですが、深川市内の除雪の良さは実体験しているといいます。
勢いに乗って始めたら、次の「やってみたい」が出てくる
山本さんに暮らしの要となる住宅についても聞きました。
「北海道の住宅は性能が高く暖かい、とよく言いますが本当にその通りでした。神奈川に住んでいたときの倍の広さの部屋、そしてガレージ付きです。地域おこし協力隊としての家賃補助3万円があるので、以前の半分の家賃以下の賃料負担で住むことができています」と話します。
仕事ではイベント出展に特にやりがいを感じており、東京に出向いた時には北海道ブランドの関心の高さを感じたとのこと。噛み応えがある美味しさを持つふかがわポークのブランドを深川名産の一つとして、届けていきたいと話します。
イベント出展で「ふかがわポーク」のフードメニューを提供中の山本さん
ソーセージ、ベーコン、ハムなどバリエーション豊富なラインナップ!
念願だった北海道暮らし。利尻島や函館、上川の層雲峡、流氷も見に行きたい。移住してやってみたいことがたくさんある、と行ってみたいこと・やってみたいことがポンポンと言葉になる様子が印象的です。
心に余白が広がるほっこりしたまち
山本さんは月に一度ある地域おこし協力隊同士の情報交換会が楽しみだと話します。深川市では現在山本さんを含め18人の隊員が様々なフィールドで活躍中です。多様な部門の隊員と横のつながりを持ち続けたい、といいます。
「地域おこし協力隊卒業後の定住サポートに力を入れることも、市役所の役割だと感じています。情報交換の機会のさらなる拡充や地域おこしOBOGとの定期的な交流など、不安や悩みがあれば小さな段階で抱え込まず解消できるよう支えたいです」と田村さんは話します。
今回の取材が行われたのは1月上旬。雪が美しく広がる晴れた一日でした。
雪が降る地域はそれだけで移住先として敬遠されたり、車運転も慣れない人にとっては不安が大きいものでしょう。ですが、実際に体験してみると、不安はかき消されていい意味で楽しめるものになるかもしれません。
除雪が行き届き、清々とした深川の中心部は心の余白が広がるようなほっこりした街並みが続きます。飯沼さんや山本さんがこのまちに心ひかれた理由がわかったような気がしました。
インタビュー後、北海道の冬が一段と美しく感じるようになるから不思議です。
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