北海道本島最北の稚内から西へ約60㎞の場所に浮かぶ礼文島。
別名「花の島」とも呼ばれるこの島には、春から夏にかけて約300種類の高山植物が咲き誇ります。
景勝地での花を見ながらのトレッキングや豊かな海産物を目当てに、観光シーズンになると多くの旅行客が訪れるここ礼文島に、地域おこし協力隊の任期後も定住を決め、移住定住コーディネーターとして活躍している方がいると聞き、そのいきさつを伺いました!
せっかくなら機会がないと行かないところに行こう
今回お話を伺ったのは、地域おこし協力隊募集地として日本最北のまち、礼文町で3年間の任期を終えた元・協力隊員の鈴川未来さん。
鈴川さんが礼文町を任地に選び定住を決めた理由や、これまで実際に移住者として体験してきた礼文町での暮らし、現在のお仕事やこれからについてネホリハホリ教えてもらいましょう!
こちらが鈴川さんです。
福島県伊達市出身の鈴川さんは、地元の高校卒業後上京し、「どうせ仕事をするなら面白そうな場所で仕事をしてみたい!」という気持ちに突き動かされ、求人を探していたところ見つけたのが東京都の離島でのお仕事でした。
離島に移り住んだ鈴川さん。当時のことを聞くと「住んでみるとやはり都会に比べて無いものもたくさんありましたが、そこまで不便さは感じなかったんです」と。
その後一度区切りをつけてじもとに戻り、別の仕事をしようかと考えていた鈴川さん。偶然礼文町の地域おこし協力隊の求人を見つけました。
離島暮らしを経験していたことや、「最北」という点に魅力を感じたことがきっかけとなり、礼文島の地域おこし協力隊に応募したのだそうです。
「当時はまた違う場所で生活したいと考えていましたが、移住するならまた離島がいいと思っていました。もともとせっかくなら機会がないとなかなか行かないところに行きたいという想いで離島へ移住しましたが、離島での生活は気性にもあっていたように思います。場所はせっかくなら北か南どちらかに行きたいとしか考えていなかったんですが、たまたま出ていた礼文島の求人を見つけたのはなにか縁があったのではないかと思います」
改めて。礼文島の場所はこちらです
聞けば募集情報を見るまで礼文島のことはまるで知らなかったそうですが、学生時代には急に思い立って長距離列車に飛び乗ったことがあるという鈴川さん。穏やかそうに見えて、面白そうだと思ったらまず飛び込んでみることができるタイプの方なのです。
地域おこし協力隊の面接も担当者の方が来てくれたこともあり、結局一度も島に上陸しないまま礼文での活動が決まり島へ向かったそうです。
色々熟考した上で、自分の直感を信じて行動。ステキです。
「もともとは個人事業主として離島でお仕事ができればと思っていたんですが...。」と話す鈴川さんですが、そのきっかけや足掛かりとしても、地域おこし協力隊の仕組みは活用しやすいですね。
地域おこし協力隊就任!観光と移住定住 2つの分野を歴任
礼文島に移住し、地域おこし協力隊着任後は観光施設での業務など観光産業の業務を担当。観光施設での体験コーナーなどの運営を任されていましたが、ちょうど新型コロナウイルスがはびこった時期に重なります。
レブンアツモリソウ。礼文島にだけ生息する、かわいらしい野生のランです。
「島の主要産業の一つが観光だったので、それをしっかり学んで独立したいなと思っていました。ただ1年と少し活動した中で島のことはわからないことばかりでしたが、島で暮らし徐々にまちのことがわかってくると、これから島に残るなら、家を探す活動をしなければと思うようになりました」
そう思った鈴川さんは、観光業務に1年半従事したころ役場の担当者に相談し、移住定住分野の担当に異動を願い出ました。
「役場の上司がやりたいことをきちんと受け止めてくれる方で、考えを聞いて意図を汲んでくれました」
鈴川さんが町の課題に感じたのは「家」の問題。
移住しようにも住む場所がなかなか見つけられないのです。
夏の風物詩、ウニ漁の風景
全国的にも課題となっている問題の一つに「空き家問題」があります。鈴川さん自身は地域おこし協力隊時代は職員住宅を利用できたそうで、着任当初はどのくらいの空き家があるのかもわからなかったそうです。
そこで調べてみると空き家が多くて困るのでははく、むしろ「使える空き家そのものが少ない」ということが判明しました。
礼文島は漁業や観光業が盛んな町で、使われていない建物でも夏には帰省や親戚やアルバイトさんが使用し、人が住まない状態でも漁業のための倉庫や作業場として活用されていました。そのためアパートの需要も高く空室もなかなか出ない状況で、移住者が家を探すのが大変な状況になっているそうです。
また礼文島は島の成り立ちから崖も多く、広い土地がなかなか少ないことで居住に適した土地が比較的少ないことも一因かもしれません。
「家の問題は非常に厳しいですが、住める家が全くないわけではないので、移住定住の担当として寮を備える職場の仕事情報や島内の住宅の情報を収集するなど取り組みを行っています。一移住者として同じように島で暮らしたいという人の手助けができればとおもっています」この問題については協力隊を卒業した現在も引き続き取り組んでいます。
島暮らしが好きになったのは、島ならではの人々の温かさがあるからであり、また、暮らしている中、故郷について考えるきっかけになることもありました。
それは、だんだんと岸を離れ遠くなっていく船影と、手を振り続ける島の人々。進学や就職などで島を離れる人を見送る季節の風物詩ともいえる光景です。
起伏に富んだ島の絶景
「離島ならではの人々のあたたかさや海に隔てられた環境は特別なものに感じています。私は福島県福島市の隣の伊達市の出身で実家もそこにあるのですが、進学や社会人になって福島市に出る人も多かったんです。そうやって活動範囲が広がるにつれて、いつの間にか故郷と思える範囲が広がっていってるように感じていました。小さなころは住んでいるお隣さんや近所の人たちのことも知っていましたが、いつの間にか疎遠になっていたようにも感じます。故郷が広がっていくのは悪いことではないのですが、どこか寂しさを感じる部分がありました。そんな中で離島での暮らしは、地元への愛情や故郷への想いを思い出させてくれました」
休日の過ごし方はインドア派な鈴川さん。
「礼文島はトレッキングが有名で、礼文に来て私もトレッキングをまわりました。自然環境は魅力的ですが、島に来てから魅力を知りました。冬場や天候の悪い日は外に出られないこともありますが、休日はインターネットで動画を見たり、家の中でできることも好きですね。礼文は離島町ですがインターネットの環境も一定程度整っているのでそういった面ではあまり不便と感じることは少ないです」
鈴川さんお気に入りのスポット。澄海岬(すかいみさき)
任期後は移住定住・交流拠点施設「袋澗」を運営
こうして3年の任期の半分を観光分野、もう半分を移住定住分野で過ごし、任期満了から3年経った現在も礼文島に残り、個人事業主として移住定住に関わるお仕事を続けています。
その舞台が令和4年4月1日にオープンした「移住定住・交流拠点施設『袋澗~ふくろま~』」です。
奇しくも鈴川さんの任期満了と同時期に完成した「袋澗」。鈴川さんはこちらの施設の運営を町から業務委託という形で請け負っています。どんな場所なのかご紹介しましょう。
館内は移住定住の相談窓口やコワーキングスペース、シェアハウスなど、様々な人が集まる拠点として広く開かれています。
施設にはフリーWi-Fiも設置されており、仕事や勉強・読書にもぴったり。さらに有料のプライベートスペースやモニター付きのミーティングスペースもあり、Web会議にも対応しています。
小さな港「袋澗」は、あたたかい雰囲気の空間
ちなみに「袋澗」とはあまり耳慣れない単語ですが、ニシン漁に利用される石を積み上げて作られた「小さな港」のことなのだとか。かつては島のあちこちに「袋澗」があり、日本各地から礼文島に移住しニシン漁に従事した人々の仕事場兼交流の場だったそうです。
なるほど、「移住定住・交流拠点」としてこれ以上のネーミングはありません。
勉強や仕事をしに来る人はもちろん、散歩がてらお茶を飲みに来る人、卒業式シーズンには同級生や先生を見送るために、学生たちが寄せ書きを書きに来たこともあるそうです。
「わざわざ行く場所」というよりは、日常に溶け込む「みんなの居場所」というイメージですね。こんな場所が欲しかった!
道外での移住イベントに参加して、来場者に礼文や北海道の魅力を伝えるのは鈴川さんにぴったりのミッション
袋澗は現在は鈴川さんともう一人、現役の地域おこし協力隊員の2名体制で運営しており、夏は夏休みの短期アルバイトで島に来ている方の利用も多いのだとか。
実際に移住を検討している方や地域おこし協力隊候補者とお話しすることもあるそうで、そこは6年住んでいる移住者としての実体験も交えて、礼文島の魅力はもちろんですが住むとなった場合の心得も合わせて説明しているそう。
島暮らしというワードは移住先を考えている人の心を強くひきつけます。ですが本当にそこで暮らすとなると、案外ミスマッチが起きやすいのも事実。
「実はショッピングが好きだった」とか「チェーン店のハンバーガーが無いとつらい」など、移住してから自分の中にあった暮らしの優先順位に気づく人も中にはいるそうで、鈴川さんはできるかぎりありのままを伝え、その上で移住を後押しするように心がけています。
「色々考えた上で住んでみた結果、やっぱり島暮らしが合わなかったというのであれば仕方ないのですが、事前に伝えられることはお伝えしたいと思いますし、移住する側としても知りたいところだと思うんです」
この日も2人で、いえ!ゆるキャラのあつもん(天然記念物「レブンアツモリソウ」の妖精。心に幸せの種を持ってます)と3人で礼文をアピール!
ところで鈴川さんご本人はなぜ定住を選んだのかも気になります。
「私は礼文に親しい方々もできて、礼文島で楽しく生活させてもらっています。3年間の任期の間につながったご縁もあってさまざまな人にお世話になっているので、島民の方にも恩返ししたいですし、現在の袋澗の仕事を通じて出会う方々がいる礼文島から離れることは、今のところ考えていません」
礼文島の地域おこし協力隊卒業後の働き口としては、鈴川さんのように個人事業主として仕事を作るほか、役場職員として働いたり、まちの主幹産業である観光業や漁業に関わることも考えられるそうです。
観光業の場合、夏のハイシーズンに業務が集中し、秋冬にかけては比較的時間がとりやすいそう。なのでこの時間を利用して別のお仕事にチャレンジすることも可能です。
「土地も人口も限られた環境だからこそ、新しいことを始めるチャンスがあるんじゃないかと思います。新しいことを始めるにあたっては厳しい意見もありますが、夏の観光業も今のところ需要過多な状況なので、パイの取り合いになることは少ないのではないでしょうか。島の人たちは親身になって意見をくださる方も多く、これまでの島内の歴史を教えてくれます。心配してくれる方も多いですが、応援してくれる方も多い場所かと思います」
夏には大勢の人が参加するコンブ干しも、礼文ならではの風景
なるほど、こうしたリアルな話を移住前に移住の先輩から聞けるというのは、本当に心強いですね!
今までもこれからも やりたいことはやってみる!
これからやりたいことについて聞いてみると、鈴川さんは袋澗を運営しながら、営業時間外は地域の飲食店やコンブ漁を手伝ったり、商品の開発をしたりと「やりたいことは全部やれている」のだそう。
島ではトレッキングも大人気
まずやってみようという人たちや応援してくれる人たちと一緒に物事に取り組める環境は貴重。
鈴川さんの人柄はもちろん、礼文島民の移住者に対する受け入れ力も大きいのでは。
「今すでにやりたいことが決まっている人は、協力隊ではなく自分でやってしまうのがいいと個人的には思ってるんです。やりたいことを探したいとか、決めかねている人には、島という特徴的な空間は自分を知るいい機会をくれるのではないでしょうか」
取材日の2024年11月現在、礼文町で活動する地域おこし協力隊は20代〜50代の8名。それぞれ担当業務を持ち忙しく活動しているので普段から顔を合わせることは少ないそうですが、定期的に全員が集まる会も催されているそう。
礼文島暮らしのリアルをもっと知りたい!という方は、一度鈴川さんに相談してみては?
- 礼文町 移住定住・交流拠点施設「袋澗~ふくろま~」鈴川未来さん
- 住所
北海道礼文郡礼文町大字香深村字トンナイ120番地
- 電話
0163-85-7251
- URL