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まちおこしレポート
森町

武蔵野美術大学の学生が、道南の森町で地域資源をデザイン20231211

武蔵野美術大学の学生が、道南の森町で地域資源をデザイン

北海道南にある森町(もりまち)では、東京の武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の学生さんが約1カ月間町内に滞在して、地域資源を活かしたデザインの提案をしています。単なる実習や産業育成、労働力確保が目的ではなく、学生も町民もみな他人事ではなく自分事として捉え、森町に住み続けた未来を見据えた地域の可能性を探るプロジェクトです。
今年参加した学生さんのほか、かつて学生として参加をしたのち森町で生活し始めた方や講師、学生さんを支えるメンターの方などに生の声を聞いてみました。

ムサビの北海道森町プロジェクトとは

ムサビの森町でのプロジェクトは、2021年にスタートした産官学連携の取り組みです。ムサビの造形構想学部 クリエイティブイノベーション学科と、大学院の造形構想研究科造形構想専攻 クリエイティブリーダーシップコースのそれぞれの学生さんが数名、毎年秋に森町に約1カ月間滞在しています。

森町はホタテ漁をはじめとした漁業のほか、農業、林業の第一次産業の3分野が盛んな地域。町の東側は内浦湾に面し、南部には駒ケ岳がそびえる風光明媚な土地柄です。

このような森町の環境を活かした、学生さんと地域の方々と行政が一体となった、まちづくりに関するプロジェクトです。主にフィールドワークやリサーチと検証を行い、地域の課題を探求して、新たな価値を創造することを目指しています。

なぜこのプロジェクトが生まれたのか

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現場で実際に携わる方々にお話を伺うからには、裏話のようなこともぜひとも聞き出したいところ。プロジェクトの講師、学生をサポートする「メンター」、そして森町役場の担当職員の皆さんでテーブルを囲み、ざっくばらんにお話を伺いました。
まずはこのプロジェクトが生まれた経緯をたずねると...

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森町役場の歌住 琴さんによると、

「以前ムサビにいた若杉教授と、森町職員が個人的な知り合いだった、という縁が始まりだったと聞いています。あるとき若杉教授が授業で地域のことを何か取り組みたいと職員と話したところ、話が進んで提携に至ったそうです。函館にある北海道教育大学さんとも大学連携のプロジェクトをしていたという実績もあったので、進めやすかったのだと思います」

実は、歌住さん自身がムサビ在学中に森町プロジェクトで2021年に森町に滞在した第一期生なのです。それがきっかけで大学卒業後は北海道に移り住み森町役場の職員となり、今度は森町プロジェクトの行政側の担当者として携わっています。

歌住さんらが学生として森町に滞在した際に、「メンター」として彼らの活動・生活を支えたのが当時地域おこし協力隊員で、現在も森町で活躍している山本 賢治さん。

森町プロジェクトが動き始めるまでのことを、山本さんに尋ねると

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「2019年、若杉教授とムサビの事務局の方々が来町して、町長や職員達とともに打ち合わせて、どう展開していくかと決めていきました。そして2020年に森町と武蔵野美術大学の間で包括連携協定を結び、2021年から学生の受け入れスタートしたんです」と教えてくれました。

ムサビの教授、そして森町職員の動きや熱意が実を結んだのが「森町プロジェクト」だったのですね。

プロジェクトの目的、狙いは

続いて、森町と武蔵野美術大学の間で包括連携協定の目的や狙いを伺うと、

「行政としての視点ですが、大元は、人材育成と地域産業に触れて、地域の雇用と産業を創出し、個性豊かな地域をともに創り上げるということです。森町の目的としては、次年度に1人以上の雇用を生みだすことが目標なんです」と歌住さん。

プロジェクトで講師を務める髙田傑建築都市研究室(北斗市)の髙田 傑さんが続けます。

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「ただ、将来森町で働いてもらうというのも一つのゴールの形ですけど、必ずしも学んだ学生に戻ってきてほしいというわけでもないんですよ。森町としては、外から来た若い人たちに、森町に住んでしまうと見えにくくなってしまうような良さだったり問題点だったり、住んでいて諦めている問題点とかを、外からの、しかも若い感性で発見してほしいっていうのがまず1つあると思うんですよね」

歌住さんとともに、プロジェクト一期生として森町に滞在した春澤 栞さんは

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「確かに、私たちは森町に就職してほしいという目標があったとは知らずに参加していましたね」と笑います。

意図は知らずとも、春澤さんは大学卒業後は森町に移住することを決意。森町を拠点にデザイナーとして活動しながら、いまではメンターとして森町に滞在する学生たちのサポートをしています。

高田さんと同じく、講師を務める株式会社デザインコンパス(函館市)代表の原田 泰さんは

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「大学側としては、座学や実務を首都圏で学んでいる学生たちに、学んだことを実践する場として非常に役に立つはずなので、地元と学校双方にメリットがあるプロジェクトだと思います」とその意義を教えてくださいました。

学生さんにとって、森町の印象は?

町と大学の双方にメリットがあるというこのプロジェクト。では、肝心の学生さんはどうなのでしょう。このプロジェクトで森町にやってきてどんなことを感じたのかを聞いてみましょう。


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2023年のプロジェクトで森町に滞在した、クリエイティブイノベーション学科3年生の松浦侑生さんは

「学校のカリキュラムで地域に行くプロジェクトが国内で5地域くらいあって、聞いた瞬間、直感で行きたいって思ったのが森町でした。地域に行って今までにないような経験をしてみたいっていうのが表向きの理由なんですけど、単純に北海道に行ってみたいということと、ホタテが好きっていうのが本音で......(笑)」

春澤さんは「森町って、漁業一本の街とか1つの産業に特化しているわけではなくて、漁業も農業も林業も揃っていますし、地理的な条件で海も山も近くて恵まれた土地だと感じました。だから、私もプロジェクトで提携しているいくつかの町の中から森町を選びました」といいます。

初めて森町を訪れた松浦さんに、町の印象や感じたことをたずねると

「今まで食品を買う時、産地は見ることありましたけど、こっちに来たら産地のほかに生産者の方もチェックするとか。身近な人が作っている可能性があるんだなってことを感じて、今まで意識したことがない視点だなと思いました。将来、森町に住むかまでは考えていませんが、夏休みなどに帰ってきたい第2の故郷のような感覚になりました」

地方ならでは、森町ならではの違いや気づきがあったようです。
さらに、このプロジェクトならではの洗礼を受けたという声も。実は、こちらがこのプロジェクトの要であるようです。

歌住さんは、自分の学生時代を思い返し、

「森町に来て感じたのが、小手先でやったらダメだということ。来る前までの授業だと、シラバスとか読んだらこれはこうやったらいいんだろうなって想像がついたのですけど、ここに来たら、課題の内容についてボコボコにされました」と笑います。

同級生だった春澤さんも

「今までは『こういうシステムがあれば、それを行政が運営したらいいと思います』みたいな、自分が主語になってない回答しかしてこなかったなって気づきました。今までとは全く違うアプローチで課題をやらなきゃいけないし、自分の過去と未来に向き合わなくてはならないっていうところが、今までの自分の取り組み方になかったなって思いました」

森町プロジェクトで取り組む課題の軸は「自分事」

参加した学生さん達は、今までの自分の学びの姿勢や意識が大きく変わるという体験をしたようです。このプロジェクトの課題はそんなにハードなのですか?と指導役の原田さん、高田さんに尋ねると


「毎年一緒なのですけど、はじめの課題は、森町での生活をフィールドワークという視点で客観的に観察して、足あとを残すように活動を記録して、後で見返した時に何をやっているかわかるような資料を作るという内容です」と原田さん。

高田さんは「翌週に2つ目の課題が出るのですけど、『5年後、自分がこのまま森町に住み続けていたとしたらどうなっているのかを妄想して、それを何かで表現してください』という内容です。自分がこの町の課題を見つけて手助けしてもらうのではなくて、自分がここに居続けたら自分はどうなっているかっていうことを考えるという、自分事化するっていう内容です」と言います。

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なるほど、その課題に取り組むにあたり、自分自身と向き合うということが求められたのですね。歌住さんと春澤さんによると

「大学に入った頃は、これを解決するためにはこれやったらいいとか、クライアントのためにはこうしたらいいって考えていました。でもここの課題は、そこに『自分を出す』ことを求められるんですよ。だから『急に自分出せとか言われても、そんなこと習ってないけど......』と戸惑いましたね」と歌住さん。

春澤さんは「自分が主語にならない生き方をしていたことに、この授業を通じて気づくことができました。自分が頑張っていると意外と周りの人って見てくれていて、後押ししてくれたりとか一緒にやろうって言ってくれる人がいたりとか。だから自分のために、まずは自分が楽しめることを頑張ることを、森町で一番得たものだと思っています」と話してくれました。

講師やメンターとともに、地元の方々も支援

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このプロジェクトを通じて、他人事ではなく自分事に捉えるということに気づいたという卒業生のお二人。いっぽう、講師やメンターのみなさんは、このプロジェクトに参加をしてどんなことを感じたのでしょうか。

高田さんは、学生に対して「自分を出せない子が多いな」という印象を強く持ったと言います。

「まず、自分っていうのは一体どういうことができて何が得意で不得意で、どれが好きで嫌いでってところから。学生さんがたった数人で生活する中で、1回自分を全部出してみようぜっていうのが一番大事かなと思います」

原田さんもデザイナーとしての視点で、この経験を活かして欲しいと

「学校から切り離されて、見ず知らずのコミュニティに入っていくっていう経験は、将来の実務に向けてとてもインパクトあることだと思います。デザイナーのフィールドはアウェイで、相手のところに入って『何をする?』っていうのが基本なので」という思いを語ってくれました。

学生さんたちのメンターを務めた山本さんは

「基本的には、学生さんたちが森町を好きになってもらうためのサポートが大前提であると同時に、やったことない課題を急に押し付けられるので、講師の話を学生さんが分かる状態に翻訳して伝えることが必要です。課題の進捗度に合わせたアドバイスのほか、森町での生活面のサポートも心がけていました」

メンターは生活面までサポートするのですね!確かに、多くの学生さんにとって恐らく森町は今まで縁もゆかりもないところ。学生さんにとってはメンターはとても心強い存在のようで、

「例えば『日が暮れるとだいたい飲食店閉まるから、夕食は何時までに済ませるか買っておくかしたほうがいい』とか。あと、町の人たちとの交流もけっこうありますよ」と山本さん。

「最近は町民のみなさんもけっこう関心を持ってくれています。学生さんが作業していると何をしているのだろうと興味津々で見ていたり、知り合いが通ると、声をかけたり、手を振ってくれたり、ということがけっこうあります」

と歌住さん。森町と学生のふれあい、こんなエピソードもあったと春澤さんが聞かせてくれました。

「今年は週2回、森町に住んでいる方がごはんをふるまってくれたんですよ。森町とか道南の食材を使った料理で、彩りも綺麗でとてもありがたかったです。一昨年は弁当プロジェクトという取り組みがあって、各自が持ってきたお弁当箱に地元のいろんな事業者さんが料理を詰めてくださったんです」

見知らぬ土地で過ごす日々、森町の人々がふるまってくれる地元の味はきっと学生たちの心をあたためてくれたことでしょう。

松浦さんに、今年の森町プロジェクトに参加して得たことは?と聞くと

「水産業も農業も林業も見させてもらって、いい経験になったと思います。特に、都会と地方の大きな差って、人と人とのつながりの濃さだなって感じました」

学生さんたちは、地元の方々との交流もしながら課題に取り組み、作成した課題を発表したのちに大学へ戻ります。大学ではさらに、森町で得た学びの成果を取り組み経緯とともに発表をするそうです。

学生さんも受け入れる地元も、新たな学びを得る機会に

プロジェクトが始まって3年、この先に向けた思いや目指す方向性について伺ってみました。
高田さんは、講師として伝えたいこととして


「アドバイスすべき内容って人により全然違うですよね。だから、できるだけ個々を理解した上でこの人にはこんなことを言ってあげたら多分役に立つんじゃないかな、っていうことを言えるようにしていきたいです。将来、あの時こういうこと言われたなって思い返せることを1つでも多く伝えられればと思います」

といいます。同じく講師として、原田さんは森町での経験について、

「ここは1カ月の滞在でしかないけど、将来至るところでこういう場面に向き合うはずなので、その練習問題として受け止めてもらいたいです。うまくいったら応用すればいいし、失敗したらやり直せばいいし、無駄にはならないはずなので活かしてほしいです」と期待します。

学生としての参加経験もある春澤さん、現在はメンターの立場から

「学生さんにとって印象に残る町になればいいなと思います。自分が一か月でこれだけ成長したという思いを持ち帰ってもらえたらいいなって思います」と思いを語ってくれました。

そしてメンターの先輩である山本さんはプロジェクトの運営の仕組みづくりについて

「今は春澤さんとかみなさんいて下さるおかげで成り立っている事業なのですけど、一人欠けたら機能しなくなるってことにならないよう、うまく回っていく仕組みができたら、よりいいプロジェクトになるのかなと思います」

「毎年学生さんが来て、何かやって終わって無事帰った、ではなくて、どう積み重ねていくかっていうことを考えていきたいなと、個人的には思います。町の人たちも学生さんから何を受け取って何を学んだのかというところにつなげていきたいです」と、歌住さん。

ムサビの卒業生として、森町役場の職員として。両方の観点を持ち、強い思いでプロジェクトを取り組んでいることが伝わってきます。

森町プロジェクトのアウトプットは麻雀パイ!?

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さまざまな人の想いや願いがこもったプロジェクト。ちなみに、今まさに課題に取り組んでいる松浦さんはどんなものを創り上げようとしているのでしょうか。最後にちらりと覗き見させてもらいました。


「今は町の木で麻雀パイを作っています」と松浦さん。

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麻雀パイ!?とびっくり。それはどうして?とたずねると

「軸にあるのはコミュニケーションです。麻雀が好きでよくオンラインでやっていたのですけど、リアルでやる機会があって何倍も楽しいって感じました。同じ媒体を使ってコミュニケーションをするって、話が広がるきっかけになると思ったんです。麻雀ではなくても面白いゲームでも、コミュニケーションの一環としての空間を創り上げたいなって思っています」

地域の資源や資産を活かし、地域の人たちとの交流を促す空間創り。課題を自分事として捉え、デザインでアウトプットして提案するという、このプロジェクトの神髄を見たような印象です。
森町ではこの先、いい意味で想像の斜め上を行く面白いまちづくりが進んでいくような予感がしてなりません。今後の森町プロジェクトに期待しています。

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森町役場
住所

北海道茅部郡森町字御幸町144番地1

電話

01374-2-2181(代表)

URL

https://www.town.hokkaido-mori.lg.jp/


武蔵野美術大学の学生が、道南の森町で地域資源をデザイン

この記事は2023年9月25日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。