
登別市といえば道内温泉で宿泊数ナンバーワン、日本を代表する温泉地として有名なまちです。9種類の泉質を持つバラエティに富んだ温泉に、1万年前の爆裂火口から白い噴気が上がる登別地獄谷など見どころもたくさん。毎年、国内外から400万人もの観光客が訪れます。
ですが、登別の魅力は決して温泉だけではありません。観光名所とは違う、「普段着」の登別を伝えて、関係人口を増やそうという動きがあるのです。2022年秋には、新村のりこさんが札幌から地域おこし協力隊に就任し、「関係人口コミュニティマネージャー」として活躍しています。
新村さんと、登別市役所で移住・定住を担当する服部将大さんに、登別の知られざる魅力と関係人口づくりへの取り組みについてお話を伺いました。
新しい駅前の観光交流センター「ヌプㇽ」でインタビュー
インタビューのために訪れたのが、JR登別駅前にある「登別市観光交流センター ヌプㇽ」。この春にオープンしたこの施設の1階には、広々としたスペースを囲むように、こだわりのフードやデザートのお店、お土産が買えるセレクトショップが並んでいます。観光案内所やアイヌ文化のコーナー、市民が利用する登別市所や小さな図書コーナーもあり、観光客も地元の人たちも楽しめるさまざまな機能が充実。おいしいものを食べたり、くつろいだりと、館内はたくさんの人でにぎわっていました。
2階は市民活動のための多目的室や調理室を備えています。オープンスペースにはテーブルやカウンター、そしてキッズスペースがあり、ところどころにアイヌ文様が施されているのが印象的。広々とした窓側に設けられたカウンターには、読書や勉強をする人たちの姿もみられます。
オープンスペースの壁面には本棚があり、アイヌに関する絵本を自然と手に取りたくなるような、ユニークな仕掛けが施されています。これはインテリアコーディネーターでもある新村さんがディスプレイを担当したのだそう。
「アイヌ文化を伝える施設として機能するように、また、登別駅界隈でまちづくりに関わった方々への敬意をこめて企画しました。アイヌ語の絵本に登場する動物は登別駅地区に住む作家さんに制作をお願いして、絵本やどんなアイヌ語を抽出するかは登別市の学芸員さんと一緒に考えたんですよ。地域の人と手を取り合って作り上げた本棚ですね」と新村さんは話します。
「つながり」を生み出す達人が、登別市の関係人口づくり担当に

新村のりこさんは、週末マーケット「LOPPIS(ロッピス)」を10年以上運営してきた方。これまで札幌市を中心に開催されており、インテリア、雑貨、カフェ、ベーカリーなどの個性的なお店が並ぶ人気のイベント。毎回、心待ちにしているファンも少なくありません。その新村さんが、なぜ登別市へ...?
登別の地域おこし協力隊に応募した理由について、新村さんは「関係人口コミュニティマネージャー」という任務に興味を持ったからだと話します。
「私は、人や土地に惹かれると、どうしてもLOPPISのようなにぎわいの場を創りたくなってしまうんですね。そこで、例えば地方のものづくりの作家さんとお知り合いになると、さらに会いに行きたくなって飛んでいくんです。そうやって話をしているうちに、また新たな人とつながったり、新しい展開が生まれたりする。私にとっては楽しくてやっていることですが、もしかしたらそんな自分自身が『関係人口』なのではと思って応募しました」
ご主人の転勤で厚岸町に住んだときは、ウォーキングをしていても歩いている人はあまりなく、なんとなく「よそもの」という目を感じていたという新村さん。そこで、地元のお店や人を巻き込んで、朝に歩きながらまちの良さを知り、みんなで地場産の材料を使った朝食を食べる「あっけしあるいてあさごはん」というイベントを定期的に行いました。漁港に行けば、漁協の方から港についての説明を、自然豊かな散策路を歩けば、ネイチャーガイドさんから植物などの話を聞き、朝ごはんは厚岸でとれたばかりのニシンマリネのサンドイッチや、アサリのクラムチャウダーが並ぶ...。新村さんが企画するイベントは、気軽に楽しめるもので、参加者同士のつながりも生まれます。
「いまでも、年に1度は厚岸に行ってそのときの友人やお店を訪れています。もう大好きで、どこに住んでいても定期的に行きたいと思えるまちです」と新村さん。これはまさにご本人が「関係人口」のひとり、といえるのでしょう。
登別市役所で移住・定住を担当する服部将大さん。登別市近くにある室蘭工業大学の卒業生です
登別市の「関係人口」について、新村さんと一緒に取り組む登別市総務部企画調整グループ主任の服部さんに伺うと、
「関係人口をつくるということは、登別市のファンづくりとも言えます」と服部さん。
例えば1度だけ登別を訪れた観光客は、関係人口なのでしょうか?と尋ねたところ、こう答えてくれました。
「私の考えでは、1度でも登別の魅力を誰かに伝えて、その人が来てくれるという行動も関係人口と思っています。それに、直接来ることはなくても、ふるさと納税を通じて登別市を応援してくださるなど、いろんな形で登別とのつながりを持っていただくことが、関係人口と言えるのではないでしょうか」
豊富な魚介がとれる!温泉地区だけでない登別の魅力をインスタで発信
服部さんはこう続けます。
「観光都市として知られる登別市ですが、『登別温泉』は登別に4つある地区の1つに過ぎないんですよ。人口約4万5千人の登別に住む市民のほとんどは沿岸部の市街地に住んでいて『登別』『幌別』『鷲別』と分かれています。こちら側にも魅力はたくさんあるのですが、それを知らないまま観光客の方たちは帰ってしまうんですね。その方たちに温泉以外の場所にも来ていただけるよう、いろいろな地区の情報発信に力を入れています」
なるほど、シティプロモーションという側面もあったのですね。確かに、登別市といえば登別温泉、そして登別温泉がある山あいのイメージを持つ人が多いのが事実です。
「漁業が盛んで、カニやイカ、ホッキガイなどがとれるまち」と聞いても、なかなかピンと来ないかもしれません。市民が多く住む地区は、温泉とは車で30分ほど離れた海沿いです。豊富な魚介がとれる登別漁港までは、登別駅からだと歩いて10分あまりという近さです。
「海の幸といえば、私のマイブームはイカですね!焼いたり炒めたり、イカゴロを使ったパスタもよくつくります」と、登別の食の魅力を話す新村さん。おふたりの口から、登別のおいしいものが次々と飛び出してきます。
「望月製麺所のラーメンがね、またおいしいんですよ。プロ御用達の麺なんですけどね」
「この前に苫小牧で行ったLOPPISで登別ブースを出したんですけど「豆の文志郎」の納豆がとっても好評で、みんな『味が違う!』って言うんですよ。大豆はもちろん、納豆菌まで北海道の稲わらを使った自家製なんです」
LOPPISで開設した「登別ブース」。おいしい名産品がこんなに色々あるんです!
「のぼりべつ牛乳も、牧草を食べて育った牛のミルクを低温殺菌していて味が濃いんですよね。市内の学校給食にも出ています。チーズにプリン、ソフトクリームもおいしいですよ」
こんなふうに、まだあまり知られていない登別の魅力をぜひ知ってもらいたいと、新村さんは「食」をはじめ、豊かな自然や風景、人々の営みなどをインスタグラム「DOORS.noboribetsu」 https://www.instagram.com/doors_noboribetsu/ で発信しています。波打ち際でカモメの子どもたちが旅立ちの準備をしている光景、地元の和食店で手作りのしめ鯖に覚えた感動、こだわりのカフェやクラフト作品、アイヌの人たちが「あの世とこの世を行き来する入り口」と呼んだ史跡など、登別の何気ない暮らしのなかにある隠れた魅力が満載です。
自然を眺めながらゆっくりと過ごせる、暮らしにちょうど良いまち

登別市が関係人口に力を入れるのは、やはり最終的に移住・定住につなげていきたいのでしょうか?服部さんに尋ねると...
「そういった狙いは確かにあります。けれども、まずは登別のいままで知られなかった魅力をみなさんに知ってもらって、何らかの形でつながっていただける人を増やしていきたい。それが主な目的です」
そう話す服部さんは札幌市出身で、以前では十勝エリアで大手塾の講師を務めていたとか。お話からすると、生徒たちから慕われていた人気講師だったようですが、なぜ、登別市役所に転職を?
「地域に定着して仕事をしたいと思ったんです」と服部さん。転勤が多い家庭で育った服部さんは、ひとつの土地に根を下ろして仕事をするために、転勤がない地方公務員になろうと決意します。
「室蘭で学生時代を過ごしたので、すぐ隣にある登別市のことも知っていました。室蘭市と登別市のどちらがいいかと考えたときに、工業都市の室蘭はにぎわいがあって便利だけれど、登別は静かでゆっくりと過ごせるのがいいなと思って決めたんです」
服部さんは、登別市役所があり、多くの市民が暮らす幌別(ほろべつ)地区に一戸建てを購入。近くには公園もあり、2歳のお子さんがのびのびと遊べる環境を気に入っています。奥さまはもうすぐ第二子が生まれる予定で、新しい家族を迎えるのも楽しみ。普段の通勤は川沿いを歩きながら20分、時々エゾシカを見かけることもあるそうです。
「登別には、札幌のようにたくさんの娯楽施設があるわけではありません。でも、地元のお祭りやイベントがたくさんあって、みんなが盛り上がるまちなんです。住民たちがつくり出すにぎわいや、自然を眺めながらゆっくりとした時間を過ごすことを楽しいと感じてくれる人たちが増えていけば、それは関係人口の増加につながるのではないでしょうか」
服部さんの言葉に、新村さんも深くうなずきます。
「そうなんですよね。程良く都会で、山や川や海といった自然もある。全部が揃っていてちょうど良いまちなんです。『なんでみんなここに住まないの?』と思うぐらい。私は手頃で広い2LDKの賃貸物件を見つけて、居心地のよい部屋をつくりました。まだ空室がありますよ!」と楽しげに笑います。
インテリアコーディネーターの仕事で組んだ家具を、そっくりそのまま持ち込みつくりあげたという自慢のお部屋。「ぜひ見に来て下さい!」という新村さんのお言葉に甘え、取材陣はご自宅へお邪魔することにしました。
札幌の自宅を往復する二地域間居住から、いつの間にか夫が登別ファンに!
登別市には、ひとり暮らしからファミリーまでを対象とした賃貸物件が多くあり、不動産屋さんも複数あります。新村さんが借りているおうちは高台に立つ集合住宅の上階にありました。
テーブルにはアイヌ文様が掘られたイタ(お盆)、壁には樹皮を糸にして編んだポシェットのようなサラニㇷ゚が飾られており、奥の部屋には素敵なロッキングチェアがありました。
「このロッキングチェアはわたしがいまの仕事を続けていられるきっかけを作ってくれたバイヤーのご夫婦が自身のお店をオープンさせたときに、感謝とお祝いの気持ちを込めて購入したものです。ちょうど登別の仕事と家が決まり、 一人掛けの椅子を探していたところ、オリジナルでつくられたロッキングチェアを勧めてくれたんです」
キッチンスペースはカウンターを足して広々とお料理がしやすいようになっていました。無駄のないシンプルな空間に、窓から心地よい風が吹き抜けます。
「札幌の社宅に夫がいるので、週末に帰るという二地域間居住をしています。札幌の住まいに比べると登別の家は広くて快適ですし、さらに近くに温泉もある。別荘感覚でこちらに来るのを楽しみにしてくれています」とにっこり。
地域おこし協力隊に応募するときは「なぜ登別に?」と反対されたそうですが、いまでは平日も長電話をしたり、週末を登別で一緒に過ごしたりと、夫婦のコミュニケーションが密になったと新村さんは笑います。
10月は登別カルルスでLOPPISを開催。人と繋がり、関係人口を増やしていく
「協力隊を卒業した後も、インテリアデザインやイベント企画など、これまで自分がやってきた経験を少しずつ組み合わせて仕事にすることで、登別で暮らしていきたいですね」と話す新村さん。
登別市の事業者の集いにもゲストとして参加させてもらい、企業インタビューの記事を書いて少しずつ移住ポータルサイトに載せていく作業をしています。そんな新村さんの活動について、服部さんはとてもありがたいと話します。
「私たちは公務員なので、どうしても動きづらい部分があるというか、制限があるんですよ。そういったところを新村さんは次々と動いてくれて、いろいろな人とつながろうとしてくれている。関係人口をつくるという上でも、とても助かっています」
今年6月に苫小牧市で開催したLOPPISの様子。個性豊かなお店がズラリ。出展者にも、参加者にも人気のイベントです
この10月には、登別カルルス温泉街でLOPPISが行われます。
道内の雑貨店や飲食店など40店舗が手を挙げているとのことで「地元のお店のスペース確保をどうしよう」とうれしい悲鳴を上げる新村さん。ミュージシャンによるジャムセッションやウクレレ体験レッスン、登別に関わるクリエーターの展示やワークショップに、最近注目を集めているフィンランド発祥のスポーツ「モルック」体験も行われます。
LOPPISの詳細はこちらhttp://www.loppis-sapporo.jp
「LOPPISは、ただお店を出して帰るのではなく、必ず地元の人たちとご飯を食べながらの交流会をしています」と新村さん。
道央にファンの多いLOPPISで加速的に関係人口がつながりそうですね。お二人のお話を聞いているうちに私達もすっかり登別のファンになりました!
- 登別市役所 総務部企画調整グループ
- 住所
北海道登別市中央町6丁目-11
- 電話
0143-85-1122
■登別市の移住定住ポータルサイト「のぼりべつで楽住」
https://www.noboribetsu-iju.jp/■Instagram「DOORS.NOBORIBETSU」
https://www.instagram.com/doors_noboribetsu/■雑貨とカフェの週末マーケット「LOPPIS」
http://www.loppis-sapporo.jp/■登別市観光交流センター(ヌプㇽ)https://nupur.jp/