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まちおこしレポート
中頓別町

新しい働き方・生き方。北海道から、田舎暮らしの再提案。20230314

新しい働き方・生き方。北海道から、田舎暮らしの再提案。

「働き方改革」という言葉が世の中に浸透して数年。みなさんの働き方には何か変化があったでしょうか? コロナ禍のなか、オンラインを活用したコミュニケーションが当たり前になり、テレワークで出勤をほとんどしないという働き方なんかも身近になりました。経済状況も含めて、世の中の情勢が変わり、企業の考え方に変化が加わったことによって、働き方を変えようと考えている方も多いのではないでしょうか。

さまざまな働き方や人々の価値観が大きく変わるなかでも、きっと収入を得ていく上では、「誰かの役にたちたい」「喜ばれたい」「充実感を得たい」「必要とされたい」といった根幹の部分はほとんどの方が変わらないはず。それを満たした上で、これからの未来、どこで、どう働き、生きていくのか...は、多くの人が日々考え、悩んでいることかと思います。

さらに、働くだけでなく、暮らしも大切。働き方を変えていくのであれば、個人の時間・家族との時間の充実、子育てや教育環境の向上、気候や住環境に、食べ物や水といった口にするものの安心感、地域や仲間たちとの交流に至るまで、多くのことに目を向けるのが普通だと思います。

nakaton shashin4.JPG中頓別町立認定こども園の定例行事「森のこども園」で鍾乳洞を訪れたときの様子。北海道らしい自然に溢れているのは言うまでもありません。

でも、いろいろと考えると、転職して、働き方を変えて、それが実現できるのだろうか、異業種でやっていけるのか、自分の本当の仕事適正はなんだろうか...という、そこはかとない不安や疑問が多くでてきて、なかなか一歩を踏み出せない人も多いかもしれません。

これらの不安や疑問の解消や、移住して新しい生活を始めていく解決方法のひとつと言える制度が日本で始まっています。

それが「特定地域づくり事業協同組合制度」。

聞き慣れない言葉かと思いますが、北海道で真っ先に取り入れ、行政と地元の人たちで動かし始めた地域があります。

nakaton town.jpgスーパーやコンビニ、金融機関に医療介護施設、役場や学校関係と全てがコンパクトに集まった町並み

「中頓別町(なかとんべつちょう)」。

北海道の北部にある人口約1,600人ほどの小さな町です。新しい働き方、新しい北海道での田舎暮らし、「生きてる」を実感できる人生を感じたいと思っている方には大注目の取り組み。実際のところどうなのか? この制度を活用する想いを取材しました。ぜひお読み下さい。

※撮影のためにのみ、感染症対策ならびに衛生面も考慮しつつ、マスクをはずしていただいている場合があります。

特定地域づくり事業協同組合の仕組みとは

nakaton_tokutei21.JPG中頓別町特定地域づくり事業協同組合 代表理事 櫻田 守さん

「特定地域づくり事業協同組合制度」(以下:特定地域づくり事業)とは、ものすごく簡単に説明すると、過疎化や少子高齢化などが進む地域の産業を維持していくために、地域に人材派遣会社をつくり、運営していく制度です。CMなどでよく目にする民間の人材派遣会社との大きな違いは、地域の民間企業で構成され、その運営を市町村自治体が強力にサポートする組織となり、総務省が牽引している事業でもあるため、営利目的というよりも、地域活性化を狙った制度と考えてください。

...と、簡単にかいつまんだ説明でも、なんだかよくわからないという方も多いと思います。ということで、中頓別町特定地域づくり事業協同組合の代表理事 櫻田 守さんにお話しをうかがってみました。

nakaton_tokutei16.JPG職人技を駆使して使う印刷機がたくさん並ぶ印刷工場

「ごめんごめん、裏で除雪しててさ。いやぁ、遠くからお疲れさん」と、軽快に和やかに登場された櫻田さん。御自身は(有)天北印刷工業の代表取締役社長という本業がありながらも、この組合の代表理事をされているとのこと。昭和33年創業、今年65周年を迎える老舗の会社。年代物の印刷機から裁断機などこれまで会社を支えてきた機械から、最新のDTP印刷機も備え、中頓別町だけでなく、周辺市町村からの仕事も数多く受託している企業です。

「どこの地域も似たようなことが起きているかもしれないのですが、中頓別町も過疎化・高齢化・若者の流出が起こっています。それに伴って地域の担い手不足も顕著になってきました。また、雇用の問題だけでなく、同時に事業承継(後つぎ)についても課題をもった事業所が多く、このままではマズいと地元の企業のみんなが感じ始めていたところで、中頓別町役場から、この特定地域づくり事業という新しい制度が始まったと教えてもらい、これは渡りに船だ!となったんです」

nakaton_tokutei19.JPGデータを投入すると印刷から製本までを対応するDTP印刷機も導入されていました。

特定地域づくり事業は、多くの地元企業さんが賛同しなければこの制度自体が絵空事になってしまいます。そもそも「派遣」という制度が骨格になっていて、企業として派遣社員を受け入れるということについての抵抗感がなかったのかも聞いてみます。

「医療福祉の業界は派遣という働き方の受け入れは慣れているところもありますが、私たちのような町の事業所で『派遣社員を受け入れる』なんてことはこれまで経験もありませんでしたから、最初はやっぱりどんなもんか...という話題はありました。私は商工会の会長もしている立場でもあるのですが、周りに状況を確認すると、ハローワークで募集をかけても、高校に求人を出しても応募はなかなかこない。さらには年間を通じた正社員の仕事で求人をするほどの業務量もないというところも多かったので正社員として雇い入れることが難しい問題もありました。この特定地域づくり事業では、そのさまざまな事業所の主に繁忙期の仕事を組み合わせて通年の雇用を維持するというところが、私たちのような事業者にフィットしたという感じです」

なるほどなるほど。地域の多くの事業所の仕事を年間単位で組み合わせて通年雇用を行うのが、働く人の安定と地元事業者のニーズを解決するというのが特定地域づくり事業の特徴のひとつなんですね。

nakaton_tokutei18.JPGマルチワーカーとして働く方には、難しい仕事や危ない仕事には関わらせないのでご安心ください...と櫻田代表。

実際にこの事業が始まってからについても聞いてみます。

「受け入れるこちら側も、ドライに『仕事』と割り切った人がこられるんじゃないかな...と、『派遣』というシステムにネガティブなイメージもあったんですが、全然違いました。やっぱり人と人のつながりが産まれるものだなと。今、ウチに来てくれている方も、言われたことだけやるんじゃなくて、これもやっておきました!こうやったらいいかなと思って動きました!って感じに対応してくれて、こちらが学ばせていただくことも本当に多いんです」

受け入れる事業所も慣れていなければ不安を持って当然でしょうが、働く側にも同じように不安があるのも確かです。かつては不景気になったので...と「派遣切り」というワードが溢れたり、名前を呼ばずに「派遣さん」と呼ばれたりなど、働き方に躊躇してしまう方も世の中にいらっしゃるかもしれません。ですが、どうもこの特定地域づくり事業の『派遣の働き方』は違うようです。櫻田さんはこんなこともおっしゃってました。

nakaton shashin.JPG印刷と聞くと、広報誌やチラシを思い浮かべてしまいますが、このような帳票類なども印刷しておられました。

「仕組みが少しややこしいのですが、この組合では正社員として採用になります。その働き方が派遣型ということになり、さまざまな業種の組合員企業に赴いて仕事をすることになるのですが、牛乳の製造、カフェでの接客、介護施設の厨房での補助、道路パトロール、林業での薪の製造など、本当に多種多様な仕事をマルチワーカーとして従事できます。いろんな事業所や仕事の経験を通じて、派遣型の働き方を卒業して気に入った事業所や職種に正社員として働き出すというのも、全く問題ありません。だから、何に自分の適性があるのかというのを模索するのに活用してもらって構いませんし、さまざまな人脈を広げて、組合としてのシフトは少しずつ減らしながら、個人で起業するっていうような働き方でも大歓迎です」

櫻田さんのお話しを聞いていて「町をあげてのインターンシップ」という言葉がものすごくフィットしました。やってみないとわからない仕事がある、働いてみないと感じられない会社の空気感がある、その地で暮らしてみないとわからないことがある。そんなこれまでになかった全てを解決できるような仕組みに感じました。

※特定地域づくり事業協同組合制度は、「正社員雇用」された方が、組合員企業に派遣されて働くスタイルですが、ここでは、櫻田代表がおっしゃられる通り、社会通念上一般的に認知されている、登録制で空いている時間だけアルバイト的に働く派遣社員との違いをわかりやすくするため、便宜上「マルチワーカー」と表現を区別して表記します。

働いている人に直撃! みんなが聞きたい、実際のところ、どうなの?

nakaton_tokutei35.jpg特定地域づくり事業のマルチワーカーとして働き、起業もされた鎌田 桂介さん

札幌出身の鎌田 桂介さん。大柄な方ですが、物腰がやわらかく、そしてもいつもニコニコ。なぜ中頓別町に辿り着いたのか、なぜ特定地域づくり事業のマルチワーカーという道を選択したのかを詳しく聞いてみます。

「学校を卒業して最初は金融系で働き始めました。その後、27歳のときに転職して札幌のコールセンターに派遣されるカタチで働き始めたので、派遣...つまりマルチワーカーという働き方に違和感をいだくことはなかったんですよね。派遣社員として3年、それから派遣先のコールセンターに直雇用ということになり、3年働きました。その雇用期間の契約満了というタイミングがあったことと、自分で本当にやりたい仕事は何かを考えたときに『食品に関わる仕事』にチャレンジしたい!と思うようになりました。仕事を探していたら、たまたま中頓別町で食品に関わる仕事として地域おこし協力隊(注1)の募集があって、それがこちらの地域にきた経緯です」

※注1)地域おこし協力隊制度...最大3年間、主に都市部から地方都市に移り住み、その地域が活性化するようなミッションに関わる移住推進の制度。

nakaton_tokutei30.JPG鎌田さんが酪農家さんへ収集して集めた牛乳でできた製品「なかとん牛乳」

「札幌から決して近くはない中頓別町でしたが、やってみたかった仕事だったんで、場所のことはあんまり考えなかったんですよね~」と笑う鎌田さん。しっかりと地域おこし協力隊として最大期間の3年を全うします。ちょうどそのころに始まったのが特定地域づくり事業。そのマルチワーカーの社員にならないか?という声がかかり、受けてみることにしたそうです。

「特定地域づくり事業という新しい制度で、最初は不安もありました。ただ、いろいろな仕事に関われることに魅力を感じたこと、個人事業主として始めた酪農家さんから牛乳を回収して運搬する仕事を副業として持ちながら参加してOKということもあって、マルチワーカーという肩書きで働き始めました」

そう、中頓別の特定地域づくり事業では、副業OKということもあり、自分の仕事と組み合わせて働く方法も大歓迎なんだそう。自分の仕事が軌道に乗るまで、自分の仕事が忙しいときは、マルチワーカーの仕事は少なめに、自分の仕事が少ないときはマルチワーカーの仕事を多めにという感じに、収入や繁忙状況に応じてシフトを組むことができるそうです。食品に関わる仕事として、自らの道を歩みだした鎌田さんでしたが、それだけではどうしてもやっていけないので、とても助かっているそうです。

nakaton_tokutei24.JPGマルチワーカーとしての勤務先のひとつであるカフェ「ヤマフクコーヒー」にて、販売用のコーヒー豆を詰める作業中の鎌田さん

実際どんな仕事についているのかも聞いてみます。

「長寿園という介護施設の厨房で配膳などの準備や、居室のエアコンの掃除などをしたり、ヤマフクコーヒーというカフェで接客や通販用コーヒーの袋詰めなどのシフトに今は入っています。その前は建設会社さんの道路パトロールのお仕事として、矢羽根(北海道の場合、道路が雪で覆われるため、道路の境界線がわかるように矢印の標識が道路沿いに点々と立っています)の異常がないかを確認する仕事や、施工管理の一環で行う測量などの補助、薪をつくる仕事なんかもやらせてもらいました。もちろんどれも未経験の仕事なんですけど、難しくはない仕事からという感じで、優しく教えていただいています」

nakaton_tokutei04.JPG派遣先の長寿園にて、お味噌汁をよそうお仕事中の鎌田さん

本当に多種多様なお仕事。ひとつひとつの仕事をアルバイトでやってみたいと思ったら、それぞれの会社に履歴書出して面接して、書類を取り交わして...という手間がかかりますが、そんなこともなく、地域のさまざまな会社や仕事に携われます。

でもちょっといじわるな質問も投げかけてみます。誰にでもできる仕事ばかりで、雑用担当のように、人としての成長やヤリガイを感じられなかったりしませんか?と。

nakaton-top.jpgとても気持ちよさそうな薪作りの現場の様子

「いえいえ、スタートは本当に誰にでもできる仕事をさせてもらえるのですが、徐々にやってみたいことをチャレンジさせてもらえる感じなんです。ヤマフクコーヒーさんでは、ピザを焼くことにもチャレンジさせてもらえていて、今後はドリンク関係にも関わらせていただく予定です。だから、派遣型の働き方が骨格にはなっているものの、このマルチワーカーの仕組みは、みなさんが想像されるような『派遣の仕事』とはちょっと違うイメージを持ってもらいたいですね」

nakaton_tokutei25.JPGピザを焼く仕事も始めている鎌田さん

働き方についてはわかってきました。...が、大都会札幌から、人口がグッと下がった中頓別町の暮らしや休みの過ごし方についてもたずねてみます。

「そうですね、札幌の時はずっと実家でしたので、まず中頓別がどうかとかの前に、1人で暮らすというのが大変でした(笑)。でも今は休みの日も料理をすることも楽しめるようになりました。まぁ、休みはゴロゴロしてたり、ゲームしてたりも多いんですけど。だからなのかな、都会でも田舎でも暮らしがあんまり変わらないのは(笑)。ここの冬の寒さはやっぱり厳しいです。でもその他は特段、生活に困るようなことはないですね。シフトも相談にのっていただけるので、自分は平日を休みにしていただけるようにお願いしていて、人混みの少ない平日に旭川や札幌に行くようにしています。そうそう、週4〜5日勤務という制度で働かせてもらえているのも、自分の時間を増やすのにちょうどいい働き方でした」

nakaton-04.jpg下刈りといって、機械を使った除草作業など、林業に関われるお仕事もあります。

さらにさらに突っ込んで、失礼ながらも収入面についても聞いてみます。実際、この働き方でやっていけますか?と。

「僕の場合はフルでシフトに入っていないので、参考になるのかはわからないですけど、お金に困って生活がギリギリ!みたいなことは全くないですね。寒冷地手当や仕事で使う服に関する手当などもあって、いろいろと手厚くしてもらっています。貯金もできるはずなんですけどね...なんでなくなっちゃうんだろ(笑)」

聞くと鎌田さんが偶然入居できた物件は驚くほど低価格でした(組合から月2万円まで住宅手当がでるそうです。また、入居できるかどうかはタイミングにもよりますが町営住宅は月6,000円台からもあるそうです)。給料が高い少ないもあるかもしれませんが、出費が少ないというのも、移住を考える方にはチェックして欲しいポイントです。

取材なので良いことを言わなきゃ!という雰囲気でもなく、自然体でそんな言葉が出てきている鎌田さん。本当に楽しそうで幸せそう。今回の取材でいろいろと鎌田さんが担当する、マルチワーカーとしての仕事先にくっついていきましたが、受け入れる企業さんが「鎌田くんがきてくれて嬉しい!」と皆口を揃えてお話しされます。こんなに必要とされて、感謝されて、たくさんの人とつながれる仕事は、世の中にそうそうないかもしれません。鎌田さんも同じように感じていました。

nakaton_tokutei23.JPGガハハと笑う鎌田さん。撮影中もみなさんに構ってもらってすごく楽しそうな現場でした。

「この働き方は、本当に人とのつながりがどんどん増えていくんです。地域の人出不足の問題は僕も感じていて、こんな自分でもみなさんが受け入れてくれてお役にたてるんだと思ったら、本当にヤリガイを感じます。町が活力をつけていけるように、これからも頑張っていきたいなと思っています。どんな未来が自分に待ち受けているのかはまだわかりませんけど、このまま町のみなさんから『便利屋さん』として利用してもらう人生を歩むのもアリかな...なんて今は考えています」

マルチワーカーとしての勤務先が多種多様なので、その現場に合わせた制服で七変化を見せてくれました。役者さん志望の人やコスプレ好きな人にもいい働き方なのかも(笑)。実は人見知りで、人と関わることは得意じゃないとこっそり教えてくれた鎌田さん。どの企業のみなさんに聞いてみても「全然そんなことないよ!」と(笑)。コミュニケーション能力がバッチリ!みたいな人ではなくても、町のみなさんがそこもサポートしてくれる雰囲気。鎌田さんのイキイキとした表情や仕草に、仕事で幸福感を得られるってこういうことなんだなと教えられた気がしました。

他のマルチワーカーさんからのこぼれ話。「人が生きていく上で重要なこととは?」

nakaton_tokutei17.JPG作業をされている途中に、穏やかな笑顔で落ち着いた感じの口調で教えていただきました。

マルチワーカーとして働く鎌田さん以外のスタッフの方にも、お仕事中に少しだけ立ち話でお話しを聞けたのですが、とても興味深いお話しでしたのでご紹介します。

「北海道出身なのですが、東京で写真について学び、札幌でカメラマンとしてこれまでずっと仕事をしていました。子どもに手が掛からなくなったので、『改めて自分のやりたいことを仕事にしてみよう』と思うようになり、写真を仕事として続けていくのは卒業しようと考えたんですよね。都会好きな人には怒られちゃうかもしれないんですけど、東京みたいな大都会は、ビジネスにはいいかもしれないけど、自分は住むところではない!と思って帰ってきた北海道の札幌。改めて将来のことを考えていたら、友人から『それを言ったら札幌も大都会だよ、東京と同じ感じなんじゃない?』と言われて、ハッと気がついたんですよね。今さらですけど(笑)。もともと札幌が出身でもなかったので、そうだよな、ココにこだわる必要もないよなと思って、場所も含めてこれからの生き方を考えるようになったんです」

nakaton haiji.jpg通称「ハイジの丘」と呼ばれる中頓別町の風景。こんな風景が日常にあります。

「働くことよりも、その前にある『人が生きていく上で重要なこと』に想いを巡らせると、『寝ること』『食べること』といったシンプルなことなんだって気がついちゃったんですよね(笑)。だから、それってやっぱり都会に住むことではないって思って、いろいろ調べていくウチに、ここ中頓別町の特定地域づくり事業の情報に辿り着きました。同じく調べていたときに『地域おこし協力隊』の制度も当然のように情報はありましたが、この特定地域づくり事業の最大のメリットは、地域おこし協力隊のように、最大3年間という期間の縛りがなかったことがありました。無期限で働けるというのは自分にはとても重要なことに思いました」

なるほど、地域の活力の源となる「地域おこし協力隊」という制度と比較して、取材陣にもとてもわかりやすい違いを教えてくれました。実際にこれまでの専門特化して仕事をやりきってきた経験とは真逆の、マルチワーカーという働き方や、中頓別での暮らしについてもこうお話しされました。

nakaton shashin2.JPGこちらは役場庁舎に備えつけられた薪ストーブ。エコでありながらも、とても暖かいのが特徴です。

「移住者としてこの町を知らなかった者からすると、町内のさまざまな事業所のさまざまな業種の仕事に関われることによって、多くの地元の人とつながれることができました。これはもう本当に良かったことです。普通に就職していたら1箇所の世界しか知らなかったわけですからね。この町の多くの人との出会いは、自分の人生において今後の財産になるのではないかと思っています。そして、中頓別町にきて、心が豊かになったと実感します。この町にきて、この働き方を経験して正解でしたね。そうそう、世の中で今、インフレで電気代がものすごく上がった!とか暖房代を節約しなきゃ!とか言われてるじゃないですか。今住んでいる家は薪ストーブなので全く影響ありません(笑)。電気代も基本料金にプラス1,000円くらいかな。DIYもしながら、めちゃくちゃエコな生活を楽しんでます!(笑)」

今回はお仕事の都合上、時間がなくちゃんとした取材を行えませんでしたが、短い時間で端的に、そしてこれまでのさまざまな経験を通じた説得力のある貴重なお話しをうかがえました。若い人にもこれまでのキャリアがある人にとっても、可能性のある仕組みだと思わずにはいられませんでした。

受け入れ先の組合員企業さんのお話し

nakaton_tokutei08.JPG社会福祉法人 南宗谷福祉会 総務課長 吉田 陽子さん

一方で、特定地域づくり事業の組合員であり、マルチワーカーを受け入れる事業所さんのお話しもうかがうことができました。社会福祉法人 南宗谷福祉会の総務課長 吉田 陽子さんです。先ほどの鎌田さんの勤務先のひとつでもあるので、どんなご様子なのかも聞いてみました。

「南宗谷福祉会は、こちらの養護老人ホーム/特別養護老人ホーム 長寿園の他にも、訪問介護や障がい者支援施設の運営などの社会福祉事業を行っている企業です。私は人事にも関わっているのですが、今、本当に人材採用については困っていて、今後のさらなる少子高齢化が進むなかで、頭を抱えていたところでした。職員が少なければ受け入れる利用者さんも減らさないといけなくなってしまい、町としても大問題。特定地域づくり事業のお話しをうかがい、大賛成で参加させていただくこととなりました」

これまでは、民間の人材派遣会社にもお願いして、人材を出していただいたりもしていたそうですが、民間の人材派遣会社でも人材不足なところが増え、マッチする人材を出していただけることも減ってきたという大変さも教えてくれました。

nakaton_tokutei09.JPG長寿園の外観。とても働きやすそうなオープンな雰囲気の施設でした。

「マルチワーカーとして勤務してくれている鎌田さんは、利用者さんのお食事を提供するための厨房で、配膳や盛りつけなどの調理補助をやっていただいたり、居室のエアコンの掃除など、介護のお仕事というよりも、介護職員がより介護業務に専念できるように周辺のお仕事を手伝ってくれています。利用者さんからもとっても評判で、ずっとウチで働いて欲しいって思ってるんですよね(笑)」

自称人見知りの鎌田さんを放っておかない吉田さんとシニアのみなさん。介護職員ではありませんが、施設を運営するのに欠かせない立派な職員のひとりです。でも、本当は介護職員さんを採用したいのではないのですか?と吉田さんに聞いてみます。

「そうですね、介護の仕事に携わって下さる方がきてくだされば本当にありがたいです。でも、介護施設を支えていく仕事って、本当に幅広くて、鎌田さんにお願いしている仕事もそうですし、利用者さんを送迎するドライバーや調理師さん、栄養士さん、清掃やベッドメイクなど本当に多くの職種で構成されているので、そのどの分野であっても貴重な人材です。介護のお仕事に興味あるけれど、資格を持っていない!というような方には、介護アシスタントという利用者さんとレクリエーションを行うような仕事も準備できます」

やってみたい仕事を相談してくれたら、その希望に添えるように準備できるそう。まずは当園に関わって、雰囲気を知ってもらえたら...と吉田さんはほほえみます。

nakaton_tokutei06.JPG吉田さんと鎌田さん。マスク越しでもニコニコ感が伝わります。

これまでにも特定地域づくり事業のマルチワーカーだけでなく、派遣社員の方も受け入れてきた長寿園さん。受け入れる側としてはどんな感じなのでしょうか。

「コロナの関係で、ご家族となかなか対面できない状況のなか、新しい方が職場にやってこられることって、ものすごく新鮮で雰囲気がよくなるんです。古くからいる職員にも、外からの情報やその方の経験などの情報が『学び』を与えてくれるんです。もちろん利用者さんにとっても同様で、みなさんにいい刺激になります」

nakaton_tokutei03.JPGマルチワーカーの人、派遣の人、直接雇用の人、パートだから...という壁がある雰囲気は一切ない職場でした。

雰囲気もよく、外からの人にも壁がない。仕事も難しいことやみんなが嫌がる業務を押しつけられるようなこともなく、介護施設でマルチワーカーとして働くといっても、なんだか随分イメージが変わりました。お話しをしてたらココで働きたい!と思わせてくれる優しい笑顔と柔らかな口調の吉田さん。とても興味が沸き、吉田さん御自身のお話も掘り下げてみました。

「中頓別町出身ですが、専門学校の進学と共に札幌にうつりました。事務系の資格を取得したことと、実家が土木会社だったこともあり、手伝うためにUターン。結婚し2人の子どもを中頓別で育てました。主婦となって、清掃のパートをしていたときに、同僚の方のススメで長寿園に転職して今に至ります」

いろんなキーワードがでてきました。札幌という都会と中頓別町との比較。そこも聞いてみます。

「中頓別は北海道でも北の方にありますから寒いはずなんですけど、私には札幌の方が寒く感じました。風の吹き方が違うのかな。中頓別は除雪が本当に素晴らしくて、車の運転もしやすいっていうのも都会との大きな違いですね。それと通勤時間。中頓別だと通勤時間って概念がほぼないです(笑)。家と職場が近いんですよね〜」

nakaton_tokutei14.JPG中頓別町立認定こども園。待機児童問題もありませんので安心です。

子育て事情についても経験者だからこその、中頓別のリアル事情をうかがってみます。

「中頓別で働きながら子育てをしましたけど、苦労したことが一切ないんです。ホントに(笑)。子どもが遊べるところって世の中に結構あると思うんですけど、ここの場合は、子育て中のママさん同士で親も遊べるんです(笑)。そういう場を町が準備してくれてて、ちょっと髪を切りにいってくるから、ウチの子よろしくね〜なんて感じで、ママさんみんなで子どもを見てるって感じでした(笑)。それと教育面も素晴らしいと思います。地域の子どもが多くはないので、先生がひとりの生徒に掛けられる時間も多いんです。田舎暮らしがしたい!という高学歴の先生も多いからか、子どもたちもみんなその恩恵を受けて優秀に育って、塾もいかなくて大丈夫なんですよね。国立・公立・推薦みたいな感じで学校に進む子たちがたくさんいるんですよ」

子育てに手厚い町というのは、日本中でよく聞く言葉になってきましたが、実際のリアル体験のお話しほど説得力のあるものはありません。選択肢の多い大都会でたくさんの子どもたちのなかで競い合って学力を向上していくのもひとつかもしれませんが、むしろ子どもが少ない環境のほうが、こういう結果が増えていく時代になったのかもしれないと感じます。

nakaton_tokutei31.JPG雪はすごく積もります。が、それに町や住民のみなさんが慣れているので安心してください。

逆に、中頓別だから困ることもこっそり聞いてみます。

「そうですね〜、まずは車がないと生活できないところですね。東京や札幌であればなくてもなんとかなるのかもしれないですけど。それと大きな病院が町にないことは、人によっては不便かもしれないです。近くの大きな病院に行こうと思ったら、名寄市まで1時間ちょっとかかりますから。と言っても、ウチの長寿園の裏に町立病院がありますから、病院にかかることはすぐできるんですけどね」

取材班が中頓別の町を探索すると、人口1,600人ほどの町なのに、なくてはならないものは全部ありました。スーパーにコンビニ、飲食店に町立自動車学校まで。確かに大きな病院はありませんでしたが、今や北海道内で大きな病院がすぐ近くにあるというほうが少ないかもしれません。大きな病院が近くても都会だと受診するまでの時間を考えたら、距離だけの問題でもないかもしれません。オシャレなカフェやお菓子屋さん・パン屋さんもできはじめていて、多くの方に知られるとブレイクする町になる要素を持っていました。だからこそ、この特定地域づくり事業を通じて、多くの人に中頓別という町を、働き方を、人を、知ってもらいたいのです。

中頓別町というマチ、特定地域づくり事業の取り組み

nakaton-shashin5.jpg中頓別町役場 総務課政策経営室 参事 矢部 智彦さん

特定地域づくり事業は、自治体だけでも、民間だけでも成立しない事業となっており、その双方が一緒になって動かしていく事業です。民間も複数の事業所がジョイントしなければ派遣先の確保ができず、事業運営ができません。自治体と民間との間での対話も非常に重要となってくるなかでの陰の功労者であり、現在も事務局のフロントに立つ中頓別町役場 総務課政策経営室 矢部 智彦参事にお話しをうかがいました。

「2020年に町内の団体のみなさまと話し合いを行い、町の課題のひとつとして『人口減少とそれに伴う事業者の担い手不足』が定義されました。どのように働く人を確保して、地域産業を維持していくのかの解決方法を議論しまして、3つのアプローチを立てることになりました。『自治体版ハローワークによる求人求職の深掘り(無料職業紹介)』『請負型ワークシェアリング』『派遣型の労働(特定地域づくり事業協同組合)』の3つで、特定地域づくり事業は、中頓別町の担い手対策の1つという位置づけになります」

nakaton_tokutei11.JPG中頓別町役場の外観。庁舎にしては珍しく平屋で、木の温もりを感じられる建物。林業も盛んな町なので、町中の建物の多くに薪ストーブが置かれており、役場庁舎にももちろんありました。

さらっとしたご説明ですが、実はものすごいことです。直接雇用・起業型・派遣型(マルチワーカー)のアプローチを実践するというのを、町として掲げられている市町村はそう多くないかと思いますし、ここまで行政と民間でコンセンサスをとって動けていることも稀かもしれません。裏を返すと、求職者や移住したい方にとっては、どんな働き方でも起業の方法も吸収できる町、それが中頓別町ということになります。

「特定地域づくり事業は、2021年1月に組合を設立する方針が決まり、2021年11月に組合設立が認可、2022年2月に北海道から事業認定を受け、3月に北海道労働局に届け出を受理いただき、2022年4月から事業開始となりました。多くのみなさんとの対話を重ねたり、派遣業法もみなさんと学び、非常に濃い期間でした」

nakaton_tokutei13.JPG大きなマチあるあるな、縦割り行政の雰囲気はなく、みなさん笑顔で快く迎え入れてくれました。

苦労としてあまり語られない矢部さんですが、どれだけ大変な作業だったのかは容易に想像できます。移住定住の担当者でもある矢部さんは、移住関係のお仕事もこなしつつ、Webサイトの開設や組合にマルチワーカーとして勤務する人の募集業務なども行ってきています。大きなマチであれば、分業してそれぞれに担当がいたりもしますが、そうはいきません。でも、逆にこの町を、自分の町をよくしていきたんだ!という熱い気持ちを沸々と感じさせてくれました。特定地域づくり事業は、全国的にも少しずつ広がりつつありますが、中頓別町での働き方について、特徴も聞いてみます。

「働く方のスタイルに柔軟にあわせられるというのが特徴のひとつかと思います。正社員採用でありながら、1日の所定労働時間が4〜7時間という幅をもたせているため、毎週ではないにせよ、最大で週休3日制まで選択できるようにしています。その分、収入は減ってしまいますが、それでいいという方には、ご自分の時間にしていただいてもいいですし、残りの日数は鎌田さんのように事業主として起業してもOKですし、他の事業者さんと直接雇用されて副業するのもOKなんです」

nakaton_tokutei33.JPG数多くのタスクを担う矢部さん。もともとは札幌で働いていました。

それはすごいですね。元々が担い手対策で始まっているので、たくさん働いてもらわないと困る!というのが地元の話し合いで出ていてもおかしくないところですが、あくまでも働く人目線を大事にした中頓別の特定地域づくり事業。働こうと思っている人が「期待されすぎても困る」という部分もケアしているように感じます。

首都圏を中心にフリーランスで仕事をしている人が、この制度に関わりながら移住を実現するのも面白いかもしれません。ちなみに、マチナカでは光回線などのネット網もバッチリです。

特定地域づくり事業の概要やメリットはわかりました。でも、やはり北海道でもかなり北に位置する中頓別町。暮らしのことも気になるので、そこも聞いてみます。

「長寿園の吉田さんに実感いただけている通り、町の政策として、子育てに力を入れていることがあります。18歳までの医療費の無償化をはじめ、各種手当・助成を充実させていることはもちろん、ICTを活用した授業など、教育面も手厚くしていますので、子育て世代のみなさんには特に注目いただきたいですね。自然にも恵まれ、この町を起点に多くの地域にも行けますから、アウトドアや釣り好きな人にも大変環境がいいと思います。スキー場もあって、ウインタースポーツが好きな方にも抜群な環境です。町立の自動車学校がありますので、冬道運転に慣れない方の練習もご相談ください。その他にも『なかとんべつライドシェア』という仕組みが町にあり、地域住民の方がボランティアのドライバーとなり、人の移動を支える制度もあります。住宅事情は潤沢に選べるという状況ではないのだけがネックではありますが、住まいに関してもご相談いただけます」

nakaton_tokutei10.JPG中頓別町寿スキー場。マチナカから車で5分ほどです。

最後に、この特定地域づくり事業に関する期待も聞いてみます。

「マルチワーカーというスタイルではあるものの、特定地域づくり事業は正社員採用であり、通年雇用・無期雇用というのが認可される条件となっています。ですから、できれば長く働いて、欲を言えば中頓別町に住み続けてくれる方に来ていただければ最高に嬉しいです。櫻田代表がおっしゃる通り、いろんな地域の事業所や職業を体験して、マルチワーカーのスタイルから直接雇用に切り替えることも全く問題ないですし、いろいろと働きながら起業に向けて頑張るようなスタイルも応援します。中頓別町という地域に暮らしながら、多くの人に喜ばれる環境のなかで、御自身の将来を探すのに活用いただけたら...と思っています」

どこかのマチを選択し、働き、生きていくということ

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長くなってしまったこの記事も、最後は櫻田代表理事に締めてもらいます。

「世の中になくなっていい商売なんてないと思っているんです。ネットでモノが買えたり、大型スーパーがあって便利になっても、だからといって、全てがそれに置き換わることはないと思うんです。だから、中頓別にある産業を守り、続けていくために、外からの人の力も貸してもらいたいのです。この制度を使って、中頓別を知ってもらって、この町で生きていくと決めてもらえたらそれが一番嬉しいことですが、もしそうではなくても、この町やこの町の仕事を通じて得た経験は、働くみなさんの人生で、きっとかけがえのないものとなり、次の場所でも活用できる経験と知識になると信じています。1,600人しかいない町ですけど、こんな町があるんだと知っていただき、私たちと暮らすことに興味を持ってもらえたらこの上なく嬉しいです」

特定地域づくり事業協同組合制度。まだ始まったばかりで全国的にみてもまだまだこれからの状況。そんな状況のなか、北海道の小さなマチで、地域のみなさんの想いと共に、着実に未来へ向けた一歩を進んでいました。

誰もが知っているようなブランド力のあるマチに移住する選択肢もありますが、こんな働くキッカケをくれる町があることを、みなさんもどうか覚えてください。生きていくってこういうことなんだと、改めて教えてくれるマチ、中頓別町でした。

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中頓別町特定地域づくり事業協同組合
住所

北海道枝幸郡中頓別町字中頓別172番地6(中頓別町役場 総務課政策経営室内)

電話

01634-6-1111

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新しい働き方・生き方。北海道から、田舎暮らしの再提案。

この記事は2023年2月16日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。