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まちおこしレポート
枝幸町

移住者が高校生のキャリアを支援。枝幸町公営塾の取り組み20220728

移住者が高校生のキャリアを支援。枝幸町公営塾の取り組み

枝幸町は北海道北東部のオホーツク海沿岸にある港町。町内には高校が1校ありますが民間の塾がないため、中学生の中には道北の最大都市、旭川市まで片道3時間かけて塾通いする子もいるという環境です。
近年、町内唯一の高校である枝幸高校の中に町営の「枝幸町公営塾」がオープンし、大学進学者が増えるなど実績が出始めています。この公営塾を切り盛りするのは、枝幸町の地域おこし協力隊として着任した講師陣。なぜ枝幸町の公営塾に就いたのか、この先どうしたいか、道外から枝幸町へ移住した塾長の齊藤さんとスタッフの浅野さんにお話を伺いました。

公立高校内にある個別指導塾

枝幸町公営塾は、公立高校内にある公営の個別指導塾です。2020年から立ち上げの準備が進められ、2021年に開設。枝幸高校と連携協定を結び、高校内に事務所を構え教室で指導を行っています。開設の経緯は、枝幸町のまちづくり推進課と枝幸高校、枝幸町議員との間で構想が生まれたのを発端に、町が高校にICT機器を導入し、高校内への公営塾設置が決まりました。
町内の中学生の中には土日に泊りがけで旭川まで塾に通う生徒がいるいっぽう、「開設前は町内に塾がなかったことで困ることはなかった」と言う生徒も多々。ただ、公営塾ができて通うようになると、「自分のペースで学べるので勉強しやすい」「対面で親身に聞いてくれる」と評価も上々。開設1年目で国公立大への進学者が1名から4名へと増え、結果にもつながっています。
公営塾の運営にあたり、塾長をはじめスタッフは地域おこし協力隊として公募しました。そこで手を挙げたのが、神奈川県から移住した齊藤さんと、その半年後に着任した福島県出身の浅野さんらスタッフです。

ソーシャルビジネスを志し、偶然が重なり枝幸町へ移住

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現在塾長の齊藤さんはもともと教育界を志していたわけではなく、大学卒業時は一般的な就職をせずソーシャルビジネスに携わることを目指していたという異色の経歴。東京都内の大学に通い、仕事をしていたのも東京都内か神奈川県内で、枝幸町へ来るまでは北海道に縁もゆかりもなく、枝幸町の場所はおろか名前すら知らなかったといいます。


「当時、教員になることは全く考えていませんでした。大学は経済学部経営学科、教員免許も取っていませんし、塾講師などのアルバイトもしたことがありませんでした。就職活動はしたもののあまりピンとこなく、単純に時期が差し迫り周りがみな就活しているからというだけで大企業ばかり受けていました。当然受かるわけがありません」

齊藤さんが目指していたのはビジネスで社会課題を解決していく仕事、いわゆるソーシャルビジネスです。昨今はソーシャルビジネスに関する数多く求人募集が出ているものの、齊藤さんが就活をしていた2010年前後は社会起業家やソーシャルベンチャーという言葉もまだそれほど一般的ではない時代。求人があったとしても無給のインターンばかりで、短期で就いた仕事はありつつも、なかなか思うような仕事に出会えなかったそうです。

大学を卒業してから1~2年後、転機が訪れました。個別指導の学習塾を立ち上げた学生時代の知人が声をかけてくれたのです。

「教育分野は考えていなかったのですが、やりたいことがうまくいってませんでしたし、携わってみたらやりたいことに近い部分が見つかるかもしれないと思い、その学習塾でアルバイトの塾講師を始めました。小さな塾だったので、1年目は講師でしたが2年目には教室長になり、ここで丸3年働きました。これが今のキャリアに続きます」

その後、別の民間の個別指導塾に転職し、自身が指導するとともにアルバイト講師のマネジメント管理業務を中心に丸5年勤務。結果として塾の講師業一本で筋を通し、着実にステップアップを図ってきました。ただ、長年個別指導の塾講師をしていく中で、気づいたことがあるそうです。

「たとえば、大学どこへ行きたいの?と聞いてもうまく答えられない生徒が時々いるのです。つまり、目標を立てられない子や、目標を立てて頑張ることが苦手な子です。勉強に対するコンプレックスや意欲の低さなど自己肯定感の問題と、やりたいことを見つけられない自己分析の問題があるのかなと。民間の個別指導塾だと、キャリアを積んでもこの問題を解決するのは難しいだろうなと感じていました」

ビジネスで社会課題を解決したいという齊藤さんのマインド面から限界を感じ、当時の仕事に対して悶々としていたようです。その頃たまたま目にしたのが、枝幸町公営塾の求人募集です。

「何か答えを探していたわけではないです。公営塾とか高校魅力化という言葉すら知らなかったので。なんとなく求人サイトを見ていたら目に入り、モヤモヤとしていたことが言語化され、やりたいことの解像度がグンと上がったのです。『これかも!』と思いました」

やるのであれば既存のところに入るよりも自分で一からやってみたいし、転居を伴う転職なら中途半端に近い場所より思いきり遠い場所がいい。そんな想いもあり、枝幸町という地名はおろか公営塾という名前すら知らなかったにも関わらず、枝幸町公営塾の立ち上げスタッフ募集に応募。採用となり、枝幸町へ着任することになりました。

公営塾に携わりたいと、大学院を休学して枝幸町へ

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いっぽう、齊藤さんの半年後に着任したスタッフの浅野さんは対照的に、もともと公営塾に携わりたいという気持ちがあり応募をしたそうです。ただ、浅野さんも経歴は特異で、埼玉県の大学院に通っている途中で休学し、枝幸町にやってきました。枝幸町で働きながら復学し、オンラインで修士論文を提出して卒業したという努力家です。


「大学院に入って一年目の時に、SNSで新潟県に公営塾があるのを知ったのです。それから公営塾に興味が湧き、自分も参加してみたいと思うようになりました。それで、公営塾の求人募集を探すようになり、枝幸町の募集記事を見つけたのです。当時はまだスタートアップ前だったので塾の詳しい内容は当然載っていなかったのですが、町の人のインタビューが載っていて、どんな想いで立ち上げたいのかということがはっきり伝わってきて携わりたいと思いました」

そう語る浅野さん。もともと教員志望で、15歳くらいの頃には教員になりたいと考えていたそうです。きっかけは、中学生時代の先生の姿に感銘を受けたこと。その先生は浅野さんが興味を持ったことを真摯に受け止めて興味関心を引き出してくれたため、自分もいつか同じようになりたいと考えるようになりました。ただ、教員を目指すべく大学で教職課程を専攻したものの、教育実習で大人数に対する授業をした時、先生と生徒の距離感に違和感があったようです。

「塾だと先生1人に対して生徒が多くても10人くらいですが、学校の授業だと大人数なので、先生と生徒の距離が遠いと感じました。塾なら先生と生徒との距離も近くて雰囲気もよいなと。個人的には集団よりも個別のほうが性に合っているのかもと思いました」

塾だと学習に特化して集中できる環境で、公営塾だと勉強だけではなく卒業後のキャリアについて考えていく役割もあると、公営塾の魅力を語る浅野さん。教員志望から塾講師志望へと変わったものの、指導者ということには変わりありません。青少年時代の夢を叶え、社会人の第一歩を枝幸町でスタートすることになりました。

ただ待っていても生徒は来ない

体験入塾など1年の準備期間を経て2021年に無事正式に開塾したものの、準備期間当初は必ずしも順風満帆ではありませんでした。もともと生徒たちの誰もが塾を心から待ち望んでいたわけでもなければ、高校の先生たちも公営塾に対して何を一緒にやり何をお願いすればいいのかがわからなかったからです。塾長に就いた齊藤さんは、公営塾に対する認知と理解を促すため地道にさまざまなことをしたといいます。

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「レールというか、公営塾という仕組みはできていましたが、待っていても生徒は来ません。高校の授業を見学させてもらったり、部活動の顧問の先生から夏休みのおためし夏期講習を呼び掛けてもらったり。時には、先生が昼食の出前を取る時に一緒に注文して一緒に食べさせてもらって、その時の話の流れで一緒に飲みに行ってコミュニケーションを深めたこともあります」

一言で言うと営業活動。齊藤さんとともに浅野さんも立ち上げ時、チラシを作って先生たちにクラスごとに配布してもらうなど、声掛けや集客に苦労したそうです。
開設当初に塾生が集まらない中、ある日齊藤さんが職員室で教頭先生に「なかなか集まらないのですよ」と言うと、国語科の先生から「実は古文の授業で困っていることがあり、こういうことはやれるのか」と相談があったと耳にします。そこで、まず当時の高校2年生5人に対し古文の講座からスタート。実際に始まってみると少しずつ理解が広まり塾生が集まるようになり、春期講習では22名も参加するようになりました。

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「地道なことの積み重ねですね。先生たちが取り付く島もないという感じではなく、よくわからないけど生徒のためになるならやってみようというスタンスでした。先生たちの存在がありがたかったです」

そう語る齊藤さん。準備期間を経て1年が経ち学力面での整地はある程度できたので、次のステップとして「なぜ勉強するのか」という自己分析をするための「キャリア講座」をスタート。この講座の主旨は、生徒自身が考える価値と得意なことを自分で見つめて将来やりたいことを探し、将来の目標へ向かうために必要な勉強をしよう、という考え方です。そのためには塾内で完結するのではなく、町内外の地域の方々に協力を仰ぎ、講師として招いて講座を展開しています。
講師をお願いするのは、例えば町外に出て戻ってきた鮮魚店の経営者や地域の子育て拠点施設のスタッフ、近隣の町で地域おこし協力隊の任期を終えて起業した方などです。また、齊藤さん自身が「枝幸町ふるさと教育推進協議会」という組織で町民の方と一緒に「育てたい人物像」を考えるワークショップを行ったことをきっかけに、公営塾のキャリア教育講座にゲスト講師として数名参加してもらったこともあるそうです。首都圏の大学生とオンラインで質問できるイベントを設けたこともあります。
さまざまな方々と対話形式で話を聞いていくことで、「こういう人生もあるのだな」と知ってもらうことが狙いで、結果的には勉学に励むことにもつながります。生徒の将来のためになることはもちろん、地域の方々に対しても公営塾の存在意義を知ってもらう機会にもなります。また、自分たちが暮らす町を知る「ふるさと教育」にもつながり、地域に根差した塾へと進化します。何よりも塾生から「進学か就職か、進路決定に役立った」という声が挙がっており、着実に成果に結びついているようです。

初の北海道生活、枝幸町の住み心地は?

仕事面ではうまく軌道に乗りつつあるお2人。一般的に夏は涼しく冬は寒くて雪深いイメージの北海道で、かつ縁もゆかりもない枝幸町での暮らしは大変だったのでしょうか。
齊藤さんは「沿岸部なので内陸ほど気温が下がらず降雪量もそれほど多くないと感じました。北海道の中ではという話ですが......」と語るいっぽう、浅野さんは「予想していた以上に冬は寒くて雪も多く移動するのも大変、初年度の冬を越すのはとてもきつかったです」といいます。ただ、スーパーやコンビニなどは自宅からすぐ近くにあり、日常生活に困ることはないそうです。

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冬の気候の厳しさはありつつも、夏は涼しく家にエアコンがなくても過ごせるほど。2人とも自動車を利用し、休日は海沿いをドライブしたりキャンプに行ったりという日々を過ごしています。町内の方々と交流する機会も多く、海産物のおすそ分けをもらうこともあれば除雪を一緒にすることもあり、都会暮らしではなかなか巡り合わない地域の絆も感じられるようです。

浅野さんは冬を越すのがきつかったと言うものの、「枝幸町は海もあり山もあり畑もあり、とても自然豊かで素敵な街。冬に流氷が見えるのはここならではの魅力ですね」と笑顔。齊藤さんも「自然豊かで猛暑もなく、商店や医療機関もあるし、食べ物がどれも美味しく魅力的な街」といいます。北海道の中でも数少ない流氷が見える街で、地域に溶け込み心地よく過ごしているようです。

地域おこし協力隊の任期を終えたらどうするか

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地域おこし協力隊の任期は3年(コロナ禍の特別措置で最大2年まで期間を延長することが可能)。住み慣れ始めた枝幸町で何かしらの仕事を得てこの地に残るか離れるか、決断の時が刻々と迫ります。2022年度で齊藤さんは3年目、浅野さんは2年目です。2022年の初夏の時点で2人とも、任期を終えた後に町に残るか残らないかは未定だそうです。
齊藤さんは、自分の任期が終わったら公営塾も終わりとならないよう、仮に自分がいなくても後に託せるような体制を整えたいと考えています。任期を延ばして残るにしても、組織の存続維持のために自分が残るのではなく、新たなスタッフが着任して育つ兆しが見えるかどうかが重要といいます。浅野さんは、この地に残るか否かは白紙としながらも教育に携わりたい意向が強く、どのような仕事ができるのか心の中で模索をしているところです。

最後に齊藤さんからこんな呼びかけをいただきました。
「知名度の低い町ですし外の人に知ってもらう機会が少ないので、まずは何でも発信はしていきたいです。多くの人に枝幸町を知ってもらうことと、高校生のためにこのような活動を枝幸町の公営塾で行っていると知ってもらいたいです。高校の生徒数を考えると塾講師1人で見ることは難しいです。多くの方に知ってもらい、一緒にやりたいとジョインしてくれる人が出てきたら最高ですね」

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枝幸町公営塾は、新天地にやってきた2人を中心に立ち上げられ、軌道に乗り始めてきました。かつて塾を熱望していたわけではなかった高校生たちからも、今では塾に対して期待する声がたくさん聞こえてきます。

「学校で学んでいることと塾で学ぶことがリンクしていて勉強しやすいです」
「齊藤さんも浅野さんもフレンドリーで、先生というよりお兄さんのような感じ。私たちは『○○先生』ではなく『○○さん』って呼んでいます」
「何回も同じ質問をしても丁寧に教えてくれるし、聞きやすいです。勉強に付き合ってくれてありがとうって思います」

高校生のために地域に溶け込む働き方。勉学だけではなくキャリアデザインにも寄与する仕事で、もはや枝幸町になくてはならない存在です。枝幸町公営塾の好循環がこのまま進めば枝幸町ではきっとこの先、自分の目標を見つけて勉学に励み巣立っていく生徒、目的意識がしっかりした人材が増えていくことでしょう。齊藤さんと浅野さんなどの講師陣と、高校の先生をはじめとした町の方々がその土台を築いてきたのです。

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枝幸町公営塾
枝幸町公営塾
住所

北海道枝幸郡枝幸町北幸町529-2 枝幸高校内

電話

0163-64-7777

URL

https://www.facebook.com/esashijuku/


移住者が高校生のキャリアを支援。枝幸町公営塾の取り組み

この記事は2022年6月16日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。