北海道十勝地方の北東部に位置する足寄町は、全国一の町面積を誇る「日本一大きな町」です。豊かな森林資源に恵まれ、農林業が盛んな町として知られています。今回は、足寄町役場経済課林業推進室の笹本康弘(ささもと やすひろ)室長と森林環境推進員の藤戸美津樹(ふじと みづき)さんを取材し、足寄町における林業の現状や、林業推進室の役割について伺いました。
林業推進室とは?
冒頭でも述べたように「日本一大きな町」として知られている足寄町は香川県とほぼ同じ大きさで、行政面積の約8割を山林が占めています。町有林の面積は、およそ9000ヘクタール。あまりに膨大でピンとくる数字ではないかもしれませんが、よくある「東京ドーム◯◯個分」で換算してみると、なんと1925個分!...それでもまだ実感が湧かないかもしれませんが、それほどまでに広大な町有林の管理が林業推進室の大きな仕事のひとつです。
林業推進室で働く職員は、全部で6名。主に笹本室長と藤戸さんが実務をこなし、それ以外のスタッフは現場に出ていることが多いそうです。町有林、民有林を巡視して違法伐採や不法投棄などがないかチェックしたり、事業発注に向けた調査などが現場スタッフの仕事です。現場はハチやアブ、蚊、ダニ、ヘビなど危険が多く、現場職員は常に細心の注意を払いながら、森林の保全のために日々働いているのです。
キレイな足寄町役場
「町有林が9000ヘクタールもあれば、その事業量も十勝では群を抜いています。町有林だけで生活している事業体もたくさんあるので、森林の管理だけではなく『その人たちの生活も背負って仕事をしている』という感覚でいます」と話してくれた笹本室長。町内には、国有林や九州大学の演習林などもあり、それぞれの事業体によって事業内容はさまざま。個人で事業を請け負っている方もいるようですが、町内には約12〜13社の事業体が存在します。
「足寄の林業を立て直せ」―笹本室長の改革
こちらが笹本室長です
笹本室長は、林業推進室に籍をおいて今年で9年目。今の課に異動して、初めて林業の世界を知りました。
「山に行っても、最初は全て同じに見えました。ただ木があって、ただ道があるだけにしか見えなくて......でも半年ほど経つと、それぞれの山に個性があり、風景も全て違うという区別がだんだんつくようになってきましたね」と当時を振り返りました。
林業に関しては全くの初心者であった笹本室長ですが、「前町長から『林業を立て直せ』という指令のもと異動してきた」といいます。その至上命題に立ち向かい、「ほとんど原型がないほど」に体制を整えなおしました。具体的にどんなことを行なったのでしょう。
「当時は、1億円の事業量に対して、100本くらいの案件に細分化して入札に出していました。『それぞれの事業体がやりやすいように』という配慮からです。それを団地(エリア)単位に分けて発注するようにしました」
100回入札があると、100種類の書類を用意して検定しなければならず、当然、数が増えれば増えるほどその手間もかかります。多数の案件を精査し、結果的に40本ほどまで減らしたことで書類量も減り、負担が軽減されたそうです。また、文書管理の(ファイリング)の仕組みも見直し、根本から作り変えました。
「通常、森林は(森林の位置や境界を示す)地番の上に、林小班と呼ばれる区画が定められています。森林の所有者や木の種類、林齢などを特定するための区画ですが、それがきちんと管理できていない部分があったんです。この地番と小班を突き合わせて、その地番は何の町有林で何の財産に属しているのかを区分しました」
このように、入札に伴う手間を半減させたり、やや曖昧かつ粗雑になってしまっていた森林区分をひとつひとつ地道に見直し、整合性を合わせていった笹本室長。「9000ヘクタール」と口で言うのは簡単ですが、その労苦はいかばかりかと、察するに余りある途方もない作業だったことでしょう。
ふとしたきっかけで足寄町役場に
ここで、笹本室長のこれまでの歩みについて、パーソナルな部分を少しお伺いしてみました。笹本室長は音更町のご出身。高校卒業までを音更で過ごしたあと、東京の大学へ進学しました。
「田舎者だということもあって、人前に出たときにモジモジしてしまうのがいやで、そんな自分を変えようと2ヶ月に一度アルバイトを変えていました。十数種類の仕事をこなしているなかで、人見知りもしなくなりましたね」
テレビ局でエキストラのアルバイトもしていたという話がインタビュー冒頭で話題になりました。
その後、就職してなんと銀行員に!最初の赴任地が稚内で、学生時代は新宿近郊に住んでいたこともありそのギャップに耐えられず、東京に戻ろうとすぐに退職。その矢先、足寄町役場に勤めていた同級生に「採用試験を受けてみないか」と誘われて入庁しました。以後、東京には戻らないまま現在に至ります。林業支援室は9年目の笹本室長ですが、それまでは総務課に在籍していた期間が長く、2010年に刊行された『足寄百年史』の上巻は概ね笹本室長が執筆したのだとか......。
笹本室長は、どうやら何事も「気になって仕方ない性格」だそうで、週末もガーデニングで砂利代わりに使用するレンガチップを自作したり、物置の塗装をしてみたり(プロ級の腕並み!)、真冬でもこまめに洗車をしたり、いわく「作業」で終わってしまうのだそう。そのきめ細かな性格が、記念史の編纂や、林業支援室の立直しに大きく貢献したといっても過言ではなさそうです。
笹本室長が見る足寄林業の変化
笹本室長が林業推進室に赴任して9年目。この9年間、林業業界をどのように見ていたのか、笹本室長の思うところを教えていただきました。
「この業界は体質的に古い体制から抜け出せず、新しいものを積極的に受け入れようとはしない現状があるかなと思います。最近のスマート林業(※)もそうですが、導入すれば作業的に楽になることがたくさんあるので、どうしたら事業体の皆さんを良い意味で『楽して儲かる』ほうへ導いてあげられるかを常に気にしています」
(※)森林施業の効率化・省力化や需要に応じた高度な木材生産を可能にするため、地理空間情報やICT、ロボット等の先端技術を活用した取組みのこと(林野庁HPより)
特に昨今は材価も上がり、二酸化炭素(CO2)削減が地球規模の課題として注目されていることからも、旧来の体質を見直さなければならない時期に来ているといえそうです。
「実は、伐採後の林地には、何もせず残されたままになる残材がかなりあり、そういったものもお金に換えることができます。例えば、現場で残材を粉砕して製紙パルプの原料などになるチップを作るチッパー機なども徐々に利用され、浸透されてきています。ただ、所詮捨てていたものなので集めた労賃までの売上にならず赤字になってしまうことも。とはいえ、地ごしらえ(伐採後の次の植栽に備えるために、残材を機械や人力で取り除く作業)のときに無駄なものがなく作業が楽になるので、そのぶんでプラスマイナスゼロになる、という考えをもってくれる事業体には紹介をしたりはします」
「うちで推奨しているのは『クラッシャー地ごしらえ』という機械で残材を破砕する方法です。グラップルなどの重機による地ごしらえでは、一番栄養のある表土を全て取ってしまうので活着が良くないのですが、クラッシャーなら表土の栄養をそのまま残すことができます。どちらかというと活着が良いと思っていたらシカに食べられてしまったりということもあって、成果があるのかないのか......」
日々、林業界にも様々な情報が出回ってきますが、そのなかで実際に成果のあるものを見つけては事業体に紹介、提案するという努力を常にしているといいます。
「なかなか古い体制が変わらないままの業界ですが、正しいと思ってやってきた方法を全て否定するつもりは全くないんです。昔のままやったほうがいいものも当然たくさんありますから。そのなかで、機械化などで楽できる部分もたくさんあるので、積極的にアピールして、改善できるものはしていきたいと思っています」
また、林業界は日雇いが未だに多く月給制が導入されていない現場も多くあります。月給制でなければ支払われない手当ても多く、それが林業界の担い手不足の原因のひとつでもあります。さらにいえば、足寄は住宅事情があまりよくなく、せっかく足寄の事業体で働こうと思っても住む場所がなかったり、家賃が高くて入居できないという問題もあるそうです。
「そういった事情もわかっていたので、昨年からは森林環境譲与税(※)を使用し、林業担い手への家賃補助も始めました。足寄に定住してもらうことで、他地域との差別化も図れる上に、雇用条件の改善が見込まれ離職する人も防げるのでは無いかと思います」
すでに今年に入ってからも4、5名の方が足寄町に引っ越してきているそうで、目的どうりの成果が出ているようです。また、なるべく通年雇用を実現できるよう、役場から冬場の事業をわざわざ作って入札するなど、できる限りのサポートを行っています。
(※)森林環境譲与勢についての詳細はこちら→林野庁HP
アパレル業界から足寄町役場へ
さらに今回、笹本室長とともにお話を聞かせてくれたのは、森林環境推進員の藤戸美津樹さんです。藤戸さんは北見市のご出身で、小学校五年生のときに足寄町へ引っ越してきました。高校卒業までを足寄で過ごし、札幌の大学へ進学。卒業後も札幌に残り、アパレル会社に就職しました。今でも洋裁を続けていて、休日は子ども服をつくって過ごすという素敵な趣味をお持ちです。
アパレル会社に約10年半勤めたのち、足寄町にUターン。「戻ってきたときは何も考えていなかった」という藤戸さんですが、役場の仕事があると聞いて補助職員として足寄町役場に入庁。税務室、商工観光室と期間限定で働いたのち、林業推進室への人事異動があり環境税導入のタイミングで専属の職員として採用されました。今年で4年目を迎えます。
全く異なる業界で働いてきた藤戸さんには足寄の林業はどんなふうに見えているのでしょうか。
「林業は全体的に年齢層が高く、ベテランが活躍する現場というイメージがあり実際もそうなのですが、最近はこの業界に興味をもつ人が増えてきたなというのは肌感覚で感じます。足寄町は山林面積も広く、事業をやっていくなかでいろいろなチャンスがあるのではと思っています」
事業体によって若者の割合にはバラつきがあるようですが、若い人が入ってくる企業はやはり対外的な発信を積極的に行っていて、口コミで入社してくるところが多いようです。「人を募集していることを常にアピールしているとパイプが築かれていく」と笹本室長。
各事業体の維持と作業員雇用の確保は足寄の林業を支えていくための大きな課題でもあり、藤戸さんの業務の根幹を成すところでもあります。足寄町では、陸別町と合同で林業就職相談会をこれまでに過去3回実施しています。足寄と陸別の複数の事業体が個別ブースを出展し、企業と直接話をすることができる相談会です。
「3月に行われた第3回目の相談会で、大きな流れが変わった気がしているんです。過去2回も足寄で開催し、町内の方しか来なかった印象ですが、3回目は対外的に発信したことで町外の方が目的を持って来てくれたのは大きな差だなと思います。これからも、やり方を精査していけば結果が出るかなと感じています」と一定の成果を実感されています。
笹本室長も「足寄で『毎年何かやっているぞ』というのが口コミでいいから広まれば、足寄が林業で盛んな町ということも広まる。直接的な就職というかたちにはまだ結びついていませんが次回も楽しみです」と手応えを感じています。
なお、次回は夏に帯広で開催予定だそうで、高校3年生の就職活動が解禁するのに合わせて、林業を選択肢のひとつとして知ってもらうことも見越しています。
おふたりが考えるこれからの足寄林業
最後に、おふたりが考える足寄における林業の未来について展望を伺いました。まずは藤戸さんです。
「森林環境推進員という役割を担っている以上、環境に関することには積極的に取り組んでいきたいです。山に捨てられてしまうゴミ問題は特に解決していきたいことでもあります」
不法投棄は、おそらく山林を所有する多くの自治体が抱えている深刻な問題のひとつでしょう。森林の管理や、作業の効率化を図ろうと路を整備すればするほど、部外者が侵入しゴミを捨てていってしまう......
「特に捨てられやすいのは薄暗い場所なので、あえて伐採をして日当たりや見通しをよくすることで不法投棄を減らすことができます。ひとつ捨てられていると、また次のゴミが捨てられてしまうので巡視中にすぐに回収するなど対策はしています」
笹本室長も「山で吸うタバコは最高」と共感はしながらも、林業事業者には(今までの習慣からか)ポイ捨てをかんたんにしてしまう人も少なくないため「山で生きているんだから山を汚すことはやめよう」と呼びかけてもいるそうでした。
笹本室長は、特に話し合いの場を大切にします。
「僕らだけで動いても周りがついてきてくれないと意味がないので、事業体の皆さんとの話し合いの場(造林者会議)を設けています。その会話のなかに、これからの足寄の林業をよくするヒントがいっぱい隠されています。常にアンテナを張って、話のなかから事業を作っていくことですね」
会議に集まる各事業体の皆さんは、それぞれ仲がよく、形式張った会議というよりは、ざっくばらんに好きなことを話せる空気ができているそうです。
「実現可能で効果のあるものものだけを精査し、不可能なものや継続性のないものは最初からやらないと判断し、制度化していくのが私たちの仕事です。とにかく事業体の皆さんと常にコミュニケーションを図るように心がけて、これからも事業者の発する信号を敏感に感じるようにしていきたいですね」
担い手不足による人材確保が急務な今、足寄町では頼りになる職員の皆さんが、システムの刷新や旧来的な働き方の見直し、新たな技術の提案や求人のPRなど、様々な角度から町内の事業体を支えていたのでした。林業に興味をもった方は、ぜひ次回の企業説明会などで足寄町の企業を訪れてみてください。
- 足寄町役場 経済課 林業推進室
- 住所
北海道足寄郡足寄町北1条4丁目48-1
- 電話
0156-28-3862(直通)
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