日本野鳥の会苫小牧支部の副支部長であり、地方新聞のコラムを執筆し、自然ガイドとしてテレビのバラエティー番組にも出演する、そんな変わった役場職員がいると聞き、安平町にやってきました。
その人は、総務課情報グループの小林誠さん。入職8年目で、シティプロモーションを担当する職員です。今は、主に「広報あびら」の編集。また、安平町内で視聴できる地上波テレビ局「あびらチャンネル」の企画、ウェブサイトやSNSでの発信など、安平町の魅力を町内外に発信する役割を担っています。
イベントや情報発信の経験を生かし役場職員に
安平町のお隣である苫小牧市出身の小林さん。札幌の大学に進学し、学生のイベント企画やメディアによる情報発信の活動をしていました。
「各大学の休講情報やイベントリストを共有するウェブメディアを学生同士で運営していました。また、大学同士のコミュニケーションを増やすために大学を超えた学校祭を開催し、その広報も担当していました」
また、学生時代から趣味で撮っていた写真を生かし、卒業後は観光や地方創生に携われないかと模索していました。大手企業への就職も考えましたが、「現場から離れた都市で、地域の人が望む結果が出せるのか」と疑問を抱いたといいます。
地域に根を下ろして価値を見出し、それを発信したい...そう考えた時に浮上したのが、役場職員の仕事でした。そうしてたまたま採用試験に間に合ったのが、地元の隣の安平町だったといいます。
こちらが安平町役場
「正直に言うと、安平町のことは隣だけれどよく知りませんでしたので、面接でもそのように言いました。それでも、学生時代にやってきたイベント企画や情報発信の経験を生かして安平町の魅力を伝えたいと言ったことを汲んでもらい、『それならやってみなさい』と、今の部署である情報グループに配属されたのです」
情報発信の仕事に就くも、モヤモヤした日々
そのころ、情報グループではちょうど「あびらチャンネル」の立ち上げ準備をしている時でした。
防災情報の発信を目的として企画され、有事の時は町長からの発信で災害に関する情報を流し、平時はまちの出来事を流したり、防災の啓発をするチャンネルとして、全国的にも珍しい町内だけで見られる地上波一般放送として設立されました。胆振東部地震が起こる前のことです。
「もともとノウハウがない中、『小林は写真が撮れるから映像もいけるだろう』と撮影をしてみたり、先輩と試行錯誤をしながら帰りは日付を超えることもしばしば。ドタバタな時期を過ごしました」
「あびらチャンネル」を映し出しているモニターです。
そのほかにも広報紙の企画・編集も担当し、やりたかった情報発信の仕事に忙しくも充実した毎日...と思いきや、心はモヤモヤしていた時期があったといいます。
「公務員として、慣習や上からの指示に従わなければならない面も多く、最初は窮屈に感じることも多かったですね。先輩が異動になり自分が広報紙の主担当になった時も、自分が責任と向き合うのが辛い、全力でやって失敗するのはダサい、などと考えていました」
小林さんが撮影した写真がちらり。
そんな中でも、情報グループの上司や先輩は、小林さんの写真の技術を評価し、自由に動くことを認めてくれたといいます。
「好きに撮ってこい、と言ってくれて、半日外に行って『今日は撮れませんでした』なんてこともありました。役場職員としてはちょっと考えられないですよね。でも、『調子の良い時こそ慢心するな』といさめてくれたりもしました。今思うと、その時の上司や先輩はすごいなと思います」
野鳥の写真を撮る旅から、人と関わる旅へ
一方で、プライベートでも、写真を通した旅に没頭していきます。
「学生時代にも家の庭先の花を撮ったり、サークル仲間と旅行に行って旅先で撮ったりしていましたが、社会人になって野鳥と出会い、撮ってみたいと思ったのが本格的に写真にのめり込んだきっかけですね。そのうち、ただ写真を撮る旅には飽きてしまい、出会う人とのコミュニケーションに価値を見出すようになりました。さまざまな場所で出会う人に可愛がってもらい、多様な価値観や文化に触れるうち、フラットに物が見られるようになり、人に流されなくなっていきましたね」
小林さんの商売道具!長年使っているカメラです。
自動車で行ける道内の市町村にはフットワーク軽く足を運び、例えば毎週通う時期もあるほど大好きな羅臼町では観光船からシャチを撮影し、珍しい映像が撮れればマスコミにも素材を提供します。日本野鳥の会苫小牧支部にも、若手のホープとして入会。副支部長にも就任しました。地方紙・苫小牧民報ではコラム連載の執筆も請け負っています。道東の鶴居村では、自然ガイドの役割でバラエティー番組に出演し、お笑い芸人のくっきー!さんをアテンドしました。
遊びに行くだけでなく、まちの人からそのような役割を任させることにも、小林さんのこだわりがあります。
「179市町村に友人を作りたいと思い、実践してきました。それも、お願い事をされる関係性のある友人です。旅先では何かあれば人が助けてくれました。その好意を無下にせず、人のために動きたいと思ったんです。『公務員のイメージが変わった』ともよく言われます」
町外での交流、震災を通して心境に変化が
仕事での情報発信と、趣味での旅行。当初は、仕事のパフォーマンスが思うように上がらず、上手い結果に結ばなかった時などは「仕事0.5、遊び9.5」と予防線を張り、自分を守っていた小林さんですが、町の外での経験を通して心境が変化していきます。
「そんな思考も少しずつ変化していき、仕事の中でも責任を意識して行うことのおもしろさに気づけるようになり、自信も少しずつついてきた感じです。仕事でも責任を全うすれば、自信を持って意見が言えるということがわかり、活路が見出せると考えられるようになりました。今は、本当に仕事が好きだと言えます」
また、2018年に起きた胆振東部地震も、小林さんに大きく影響を与えました。
「私たち役場職員も、何日も自宅に帰らずに対応に当たりました。土砂崩れの現場に取材に行き、安平町では災害で亡くなった方はいませんでしたが、生きたくても生きられない人がいる、ということを本当に痛感しました。そこで、後悔しない人生を送りたいと改めて心に刻みましたね」
表紙で魅せ、人を動かす広報紙を作る
現在、主に担当しているのは「広報あびら」。毎月の企画や編集を地域おこし協力隊と2名で行っています。特にこだわっているのは表紙です。
「広報あびら」が役場内に綺麗に並んでいます。
「行政は使える予算が限られているので、いかに費用をかけずにメディアに出るかを考えなければなりません。大きくインパクトを与え、メディアが食いついてくれるためには表紙が重要なんです」
例えば、安平町での酪農(乳牛)生産は100年を超える歴史があります。それを牛の写真の表紙で見せて紙面で紹介し、テレビ番組の取材が入りました。一面の菜の花畑を表紙で表現し、それが菜種油やハチミツの生産でまちの産業としての意味があることを伝え、知ってもらうきっかけに。
全道各所で話題の鳥・シマエナガの写真を扱った時は、「広報紙を送ってほしい」という町外からの問い合わせもあったといいます。
厩務員(競走馬を育てるなど、馬のお世話をする人)を目指す学生と馬を表紙にした時は、夢とは明るいだけではないと考え、「儚い」一面をあえてクローズアップし、陰影をつけた写真で表現しました。一歩間違えると反対意見が出そうですが、しっかり意味付けをすることで周りを説得することができ、結果的に良い作品を生み出せた小林さんの成功事例の一つです。
こちらがその表紙。
「好きなもので人と人をつなぐ」ために発信する
その小林さんの熱意がこもった表紙に、「お前ならやれると思った」と評価してくれたのは、かつて情報グループで指導してくれた先輩・野村大輔さんです。
「10歳近く歳が離れた兄貴のような存在の先輩です。私の写真を認めてくれて、甘えや失言も許してくれ、時にはいさめてくれました。あびらチャンネル立ち上げ当初の苦楽を共にした先輩から評価されるのが、何よりうれしかったですね。この言葉を励みに、もっと良いものを作りたいと思っています」
小林さんが心から慕う野村さん。野村さんの存在が大きいと、話す小林さんです。
仕事とプライベートへの情熱が合致し、「人に貢献したい、良いものを撮りたい・作りたい」という気持ちで邁進している小林さん。夢は何ですか?と尋ねると、「好きなものを増やしたい」というシンプルな答えが。
「自分が好きなものがある場所に、好きな友人を連れて行きたいんです。それがフィットすれば、新しい人のつながりが生まれます。何かと何かをつなぐのが、仕事でも趣味でも生きがいになっていますね。自分が表現するもので人の心を打ち、他の人にも良いと思ってもらえれば。安平の良いところを切り取った写真を見て、これ好きだな、見てみたい、行ってみたいと思ってもらえれば良いと思います」
仕事とプライベートでの表現と情報発信、それが一つになった時に情熱が生まれ、自分の力をパワフルに発揮する小林さん。これからも、私たちが持つ役場職員へのイメージを、その活躍ぶりでどう超えてくれるのかが楽しみです。
安平町の小学生からの嬉しいプレゼント。いつでも見れるように、机に大事に飾ってあります。
- 安平町 小林誠さん(安平町役場 総合庁舎)
- 住所
北海道勇払郡安平町早来大町95番地
- 電話
0145-22-2511
- URL