
管理栄養士の方がいる調剤薬局があるって、知っていますか? 札幌に本社を置き、道内のほか全国展開をしている「なの花薬局」。同薬局では、健康サポートに関わる取り組みを行っており、そのひとつとして管理栄養士による栄養相談などを実施しています。今回は、日高エリアにある同薬局の店舗の中でただ1人の管理栄養士である稲邊恵未さんに、これまでの歩みや仕事内容などについて伺いました。
医療ドラマがきっかけで、目指しはじめた病院の管理栄養士
新ひだか町の町立静内病院の隣にある「なの花薬局静内緑町店」。ここが今回取材させていただく管理栄養士・稲邊恵未さんの勤務先です。店内に入ると、左奥に「栄養相談」と書かれたブースがひとつあり、その横の棚にはおすすめの食品などが並んでいます。
現在34歳の稲邊さんが、薬局に勤務するようになったのは2023年。まずはこれまでの歩みについて伺っていきたいと思います。
「出身は、旭川のそばの東神楽町です。学生のとき、医療ドラマを見て、医療系の仕事に携わりたいと思っていました。医療系に進みたい!、病院で働きたい!と思ったものの、注射や血が苦手で...(笑)。そんなとき、ちょうど祖父が病院で栄養指導を受けているのを知り、病院の管理栄養士なら...と思い、名寄の市立大学の栄養学科へ進みました」
大学で栄養についてしっかり学び、いざ憧れの病院へ就職と意気込んだものの、なかなか新卒で採用してくれる病院は見つかりませんでした。
「病院とは異なりますが、士別市にある老人ホームに就職しました。2年半働いたあと、ちょうど苫小牧の急性期の総合病院で管理栄養士を募集しているのを見つけ、思い切って転職しました。老人ホームの仕事もとても勉強になりましたし、成長させてもらったのですが、やはり自分の中で病院に勤務したいという思いがありまして...」
こちらが、管理栄養士の稲邊恵未さん。マスク越しでも笑顔とわかったくらい素敵な笑顔
総合病院で経験を積み、管理栄養士としてキャリアアップしたいという思いも稲邊さんの背中を押しました。苫小牧の病院に転職し、憧れだった病院というフィールドで、忙しくとも充実した日々を送っていました。
出産と育児で一時期離れたものの、やはり管理栄養士の経験を生かしたいと転職
苫小牧の病院で勤務をはじめ、3年8カ月経ったとき、新冠町の商工会に勤務する旦那さんと結婚。退職して、旦那さん以外誰も知り合いがいない新冠町へやってきます。そして、妊娠、出産。しかも、出産直後にコロナ禍に突入したため、不安もたくさんあったと稲邊さんは振り返ります。
「外に出られないし、近くに気軽に子育てのことや日々の暮らしのことを相談できる人もいないし、昼間は意志の通じない赤ちゃんと2人きりだったので、辛い時期でした。少しして、子どもを保育園に預けられるようになり、保健センターのコールセンターに勤務。保育士さんや職場の方と話をすることができ、いくらか気持ちがラクになりました」
そして、しばらくしてから第2子を妊娠。出産で休んでいる間、再び管理栄養士として働けないかを考えるようになります。
「これまでの経験を生かした仕事がしたいとあらためて思いはじめ、管理栄養士の募集がないかとハローワークに通って探していた際、新ひだか町のなの花薬局で募集していることを知りました。大きな都市部の薬局に管理栄養士がいるという話を聞いたことはありましたが、自分の周りでも薬局勤務の管理栄養士はほとんどいなかったので、最初は、え?薬局で栄養士?という感じでした。どんな業務をするのかはまったく分からず、正直、きっと調剤の手伝いもするのだろうなと思っていました」
面接の際、「管理栄養士の業務に専念してもらいます」と言われ、「え? 専業?」と驚いたと話します。「実際、全道各地のなの花薬局に17人もの管理栄養士が在籍していると知り、びっくりしましたね」と振り返ります。
採用が決まりますが、同薬局で日高エリアにいる管理栄養士は稲邊さんだけ。薬局勤務は初めてのため、苫小牧にいる3人の先輩管理栄養士さんらに、オンラインも活用しながら薬局での仕事について教えてもらったそう。
日常的な栄養相談のほか、訪問することも。啓蒙活動でイベントも実施
それでは、薬局に勤務する管理栄養士さんがどのような業務を行っているのかを伺っていきましょう。
「ここは、日本栄養士会から認定栄養ケア・ステーションの承認を受けている店舗。栄養相談の窓口があり、お客さまからの相談を受けるほか、お客さまのご自宅へ伺う訪問の栄養指導や、大勢の方に向けた講話なども行います」
どなたでも気軽に、栄養に関する相談ができます!
栄養ケア・ステーションというのは、食・栄養の専門家である管理栄養士と栄養士が、地域の人たちの健康維持・増進、病気予防などのため、食事の管理や指導を行う地域密着型の拠点のこと。契約を結んでいる地域の病院へ出向き、院内で栄養指導を行うこともあります。稲邊さんが働きはじめてから、薬局の入り口に貼ってある認定栄養ケア・ステーションのステッカーを見て、栄養相談に訪れてくれた人もいたそう。
「訪問の栄養指導に関しては、食事管理や栄養の話をするほか、簡単な調理法をお伝えすることもあります。たとえば、自宅で最期を迎えたいという高齢者の方や、そのご家族に、スムーズに嚥下ができるようにとろみ剤の使い方をお伝えするなどですね。これらは病院や老人ホームで働いていた時の経験が役立っています」
栄養相談に訪れる人をただ待っているだけでなく、月に1回は、健康に繋がる商品の試食会なども行い、気軽に窓口に来てもらえるようにと考えています。また、基本は静内緑町店に勤務していますが、日高エリアにあるほかの店舗に行くこともあるそうです。取材に伺った日も静内青柳店で栄養に関するイベントを開催していました。
この日は、ビタミンたっぷりのキウイを配布しながら、栄養相談にのるイベントを開催
「社会福祉協議会や行政などから依頼を受け、講話やセミナーも行っています。これまでに、妊産婦さん向けの栄養に関する講話や高齢者の方たちに向けたフレイルに関する講話なども行いました」
栄養相談の敷居を下げ、たくさんの地域の人に気軽に活用してほしい
薬局で勤務するようになって約1年半が経ち、仕事に関するやりがいや面白さ、そして課題も見えてきたという稲邊さん。ではまず、どのようなところにやりがいを感じているかを伺いましょう。
「病院に勤務していたときは、すでに病気になった方と向き合い、入院中の食事の管理や回復に向けての食事の管理が主な仕事でした。でも、薬局では、訪れてくれた方たちの病気の予防や未病対策のきっかけを作ることも可能。地域の方たちの健康に携わることができているということに病院とは違ったやりがいを感じていますし、それが面白さにも繋がっています。相談にいらした方から、食事の栄養に気を付けるようになったとか、食に対する意識が変わったという話を聞くと、やりがいを感じますね」
苫小牧から応援にかけつけた先輩栄養士さんと一緒に
いきなり窓口に行くことに抵抗があるという人でも、まずは定期的なイベントなどを通じて栄養について知ってもらい、普段の食生活を振り返るきっかけになってほしいと考えています。
「これは課題でもあるのですが、栄養相談のハードルを下げたいと思っています。薬局にいらした方に、栄養相談をやっていますよと声をかけても、食生活についてダメ出しされると思われるようで、敬遠されがちなのです。でも、管理栄養士はダメとは言わないし、寄り添ったアドバイスをするのが仕事です。中には、別に病気じゃないし...とおっしゃる方もいますが、病気の予防のためにも栄養について知ってほしいと思います。もちろん、ダイエットの相談にも乗りますよ。もっと気軽に窓口を活用してもらいたいので、自分から積極的に声をかけるほか、イベントを通じて啓蒙活動もしています」
どの地域も高齢化が進む中、稲邊さんは、「口から入るものでどれだけ介護予防できるかが大事」とも話し、「高齢者の方の中には、だんだん料理をするのが億劫になったり、食事の量が減っていたりで、ご本人は気付いていないけれど低栄養の方が案外多いので、そのあたりもしっかり伝えていきたい」と続けます。
薬剤師も管理栄養士も一緒になって、地域の健康をみんなで守る!
日高は温かい人が多い。もっと地域のことを知って、相談業務を行いたい
仕事で心がけていることを尋ねると、「子育て真っ最中なので、家に帰ればお母さんですが、仕事中は自分の時間。仕事が好きなので、とにかく仕事中は仕事に集中するようにしています」と稲邊さん。
薬局で働き始めてから、「たくさんの方とお話でき、栄養のことを伝えられるのが楽しい」と続けます。
誰も知り合いがいなかった日高エリアでの暮らしも5年近くになりますが、「最初は雪が少ないことに感動しました。夏も涼しいし、冬も過ごしやすくていい場所だなと思います。そして、日高は温かい人が多い。苫小牧の先輩も、日高の人たちは話しやすくていいねと言っているくらいです」とニッコリ。さらに、地域ごとに、嗜好をはじめ食生活は異なるもの。「だからこそ、もっと日高エ リアの方たちのことも、食生活のことも知りたいと思っています」と言います。
イベントや講話は、栄養について知ってもらう啓蒙という意味合いもありますが、日高の人たちのことを知る有効なきっかけにもなります。「講話はめちゃくちゃ緊張しますが、栄養のことを知ってもらいたい、皆さんとの距離を縮めたいという気持ちが上回っているので、頑張れます!」と意気込みます。地域の健康を守りたい、支えたいという思いが伝わってきます。
「伝えたい!」の想いから、いろいろなパンフレットもつくっています
「日高エリアで栄養士としての活動をはじめてまだ日が浅いので、今後は地域の栄養士会の集まりなどにも顔を出して、地元の栄養士の知り合いも増やしていきたいと考えています」
薬局の管理栄養士だからできることがあるので、いろいろ挑戦したい
今後やってみたいことや推進していきたいことを尋ねると、「訪問の栄養指導を広めたいと考えています。講話も増やしたいですね。あとは、高齢者の方はもちろんですが、妊産婦の方や子どものいる保護者の方へも栄養について知ってもらう機会を増やしたいです」と、子育て中の稲邊さんらしい答えが返ってきました。親子向けや子ども向けの料理教室を開き、食育につながるような活動もしたいと考えているそうです。
「最近、自分のアイデア次第でいろいろなことにチャレンジできるのが薬局の管理栄養士の強みだと感じています。自分で企画し、それを形にしていくのは、それなりのプレッシャーもありますが、管理栄養士として地域の健康を守りたいという思いがあるので、頑張っていきたいと思います。また、医療関係の施設などとも連携を取っていければ尚いいのではないかとも考えています。病院と連携することで、退院後の患者さんの食生活のサポートを薬局にいらした際にさせていただくとか、小さなクリニックや訪問診療をしているようなところにこちらから出向いて栄養相談させてもらうなど、本当にやれることはたくさんあると思います」
毎日笑顔で、皆さんの相談をお待ちしています!
最後に管理栄養士として、地域の人たちへメッセージをお願いすると、「食生活はちょっとしたことでもすぐに改善できることがたくさんあります。そうすることで、健康を維持、増進でき、結果として病気の予防にも繋げることができます。ぜひその点に気付いてもらえたらと思います。まずは気軽に声をかけてほしいです」と笑顔で話してくれました。