HOME>北海道で暮らす人・暮らし方>中富良野に移住してクラフトビールブルワーへ、その思いと暮らし

北海道で暮らす人・暮らし方
中富良野町

中富良野に移住してクラフトビールブルワーへ、その思いと暮らし20230903

中富良野に移住してクラフトビールブルワーへ、その思いと暮らし

北海道のヒト・モノ・コトが大好きなくらしごと編集部ですが、この記事を担当している私はビールがとてもとても好きです。そんな私が、中富良野のラベンダーやメロンを使ったクラフトビールの醸造所ができた、という情報を耳にしてしまったからには、もう行くしかありません。

取材当日は7月下旬。折しもその日は道内各地で30度を超える真夏日!今すぐにでも飲みたい気持ちを抑えながら、お話を伺いに行ってきました。

中富良野町は北海道のほぼ中央、富良野盆地の自然と景観に恵まれた小さな町です。農業を中心に発展し、今ではラベンダー畑をはじめとする美しい自然景観を楽しみに、年間110万人が訪れます。農業生産物としてはお米やメロン、玉ネギ、スイートコーンなどがありますが、やはり有名なのはラベンダー。富良野エリアを代表するものの一つとして、すっかり定着しています。

nakfurano03.JPG

この街に2021年の4月、神奈川県から移住されてきたのが本日の主役、鵜飼亮子さんです。
穏やかな笑顔が印象的な鵜飼さんは、2022年の6月に、クラフトビールの醸造所「合同会社NAKAFURANO BREWERY」を設立。翌年の2023年7月15日には、NAKAFURANO BREWERYの定番6商品を飲むことができるお店「Taproom THE DAY」をオープン。まさに富良野エリアのクラフトマンとして走り始めました。

なぜ中富良野に?なぜクラフトビールを?聞きたいことがたくさん!
早速伺っていきましょう。

遊び大好きな幼少期。就職は空港での仕事から探偵事務所?

鵜飼さんは神奈川県横浜市のご出身。幼少期は外で遊ぶのが大好きで、林の中に秘密基地を作ったり、周囲の自然を体いっぱいで楽しむ少女だったとのこと。

中学・高校・大学と横浜で過ごし、就職先は千葉県の成田空港。大手航空会社の地上職として、カウンターでのチェックイン対応やお客様のご案内業務等を担当されました。その後、同じ系列のシステム関係の会社に転職。自動チェックインに関わるシステムの保守・管理や運用のテストなどを経験しました。航空関係では4年弱勤務されていましたが、所属していた会社の経営が悪化。雇用契約が途切れ、次の仕事を探していた鵜飼さんが出会ったのが、なんと探偵事務所!

nakafurano04.JPG

「高校の同級生の紹介で、探偵事務所の調査員として働きました。主に浮気調査とかしてましたね。調査対象を尾行して写真撮ったりっていうアレです。面白い部分もありましたけど、どっちかっていうと人間不信なるようなこともありましたね〜」

淡々と語ってらっしゃいましたけど、なかなか凄い経験をされてたんですね!
調査員の仕事は2年ほど経験しました。その後はシステム関係の仕事経験を活かして、Web制作系の会社に就職しました。この業界では2社で7〜8年ほど仕事を経験。

大学を卒業してから10年あまりで様々な経験をされた鵜飼さんですが、この間も北海道へは毎年のように訪れていたとのこと。

「高校の卒業旅行で初めてスノーボードを経験して、それでどっぷりハマりました。北海道へは、大学生のころから住み込みのアルバイトでよく来てました。冬にニセコのペンションで1,2カ月位住み込みで働きながら、毎日のように明け暮れてましたね。就職してからも、転職の合間には冬の北海道に長期滞在して冬山で遊んでました。20代後半あたりからは冬山だけでなく、夏山の登山にも行くようになりましたね」

nakafurano15.JPG北海道のバックカントリーの魅力に取り憑かれる鵜飼さん

北海道の自然、北海道の山の魅力にすっかりやられてしまったようです。そんな鵜飼さんはまた、あっと驚く新たなステージに歩み出します。

青年海外協力隊での仕事。そして北海道へ移住

「Web制作会社で働いた後は、青年海外協力隊でバヌアツに行きました」

バ、バヌアツですか?
すみません。どこにあるかもわかりません。

「バヌアツは南太平洋のニュージーランドの北にある島国で、そこでは現地のNPO団体のWeb制作とかの仕事をしてました」

これまた凄い経験ですね!

「もともと学生のころから青年海外協力隊にも興味があったんですけど、そのころは特にスキルもなくて応募できる仕事がなくて諦めてたんです。で、たまたまWeb制作会社を退職したときに、電車の中吊り広告で青年海外協力隊の募集を見て、調べてみたらWeb制作の仕事があったので応募した、っていう感じです。その行き先がたまたまバヌアツでした」

nakafurano16.JPG青年海外協力隊時代の一枚

何という偶然の出会い。人生どこで何と出会うか分からないですね。

青年海外協力隊の任期は2年間の予定でしたが、ちょうどその時期に世界中でコロナが蔓延。1年間で強制帰国となり、その後の1年間は日本で待機という状態になりました。待機期間中はアルバイトをしながら、またバヌアツに戻るタイミングを待っていました。その際も冬の間はニセコに住み込んで、スキー場などで働いていましたが、また海外で仕事できる見込みも低くなり、このまま北海道に住みたいという気持ちが沸いてきたそうです。

「そのころニセコは有名になりすぎちゃって、ゲレンデも混みすぎてて。他に雪質のいいところはないかな〜って探してたときに、富良野エリアと出会ったんです。富良野エリアは雪質も良いし、大雪山系もあって冬も夏も楽しめる環境だなって思いました。それで、移り住むことを考えたときに、地域おこし協力隊の制度を活用できれば地域に入り込みやすいなと思って調べてたら、ちょうど中富良野町でSNS運用や広報の仕事の協力隊募集と出会ったんです」

地域おこし協力隊の制度については、青年海外協力隊の事前訓練の際に、その地域で活動している地域おこし協力隊の方との交流があり、そこで知ったとのこと。中富良野町の地域おこし協力隊の募集に応募してからは、割ととんとん拍子で事が運び、2021年の4月に中富良野町へ移住します。

nakafurano05.JPG

鵜飼さんは中富良野町の地域おこし協力隊として、SNS運用などの仕事を担当しますが、その一方でクラフトビールのお店の準備も着々と進めていきます。2022年の12月に、地域おこし協力隊としての町との直接の雇用関係は一旦終了し、契約形態を、委託型の地域おこし協力隊に変更します。その業務委託内容が、中富良野町でのビール事業というかたちになるわけです。

多くの出会いと様々な偶然が重なって、中富良野町に新たなブルワリーが誕生します。ここまでのお話でだいぶ圧倒されてしまったくらしごと取材班ですが、肝心のクラフトビールについてのお話がまだでした!しっかりと伺っていきましょう!

大好きなクラフトビール。無いなら作っちゃおう!

2021年に中富良野町に移住し、地域おこし協力隊としての活動をスタートされた鵜飼さんですが、当初はビールを造ろうという気持ちはありませんでした。

「もともとクラフトビールは凄く好きで、どこかに遊びに行ったらその土地のビールを飲むのが好きだったんですけど、こっちに来たらクラフトビールが日常で手に入る環境ではなくて、それが私の中ではちょっと想定外だったんですよね。それで、地域おこし協力隊の任期が終わってから、クラフトビールを造る仕事をするのもいいなと思ってました」

nakafurano14.JPG

しかし、協力隊の仕事をしながら、中富良野町で暮らして地域の方とふれ合い、町のことを知っていく中で、クラフトビールが町の課題解決の助けになるんじゃないかという考えが浮かんできます。

野菜や果物など美味しい農産物はたくさんあるが、それを活かしたお土産品が少ないこと。夏場の観光は盛り上がるが、冬場は閑散としてしまうこと。そんな課題を、クラフトビールを造ることで、ちょっとだけ解決できるかも知れない。地元の方も観光の方も楽しんでもらえるかもしれない、と。

このあたりの気候が、ビールの原材料の生産に適していることも、その思いを支える一つでした。鵜飼さんは、クラフトビールの事業で地域に貢献していくことを、町の担当者と話し合います。そしてついにクラフトビール事業は、地域おこし協力隊の事業として認めてもらうことになりました。

ここにしかない、ここでしか作れないクラフトビールを造る

クラフトビールにはその土地の特徴や、ブルワー(ビール醸造士)の感性が強く反映されると言います。鵜飼さんがこだわったのもやはり地元の素材です。

nakafurano07.JPG

「最初に試作品で造ったのが、中富良野のラベンダーを使ったビールです。ビールは原料となる麦汁にホップと酵母を入れて、発酵させることでできるんですが、この発酵が終了する前にラベンダーの花粒を投入して香りを付けるんです」

私、取材の際に1本購入させていただき、帰ってからキンキンに冷やしていただいたのですが、鼻から抜けるほのかなラベンダーの香りがとても印象的でした。この記事を書いている今も飲みたい気持ちに襲われております。

ラベンダーの他にも、近郊で採れたメロンやお米、はちみつを使ったビールもラインナップされています。そしてさらにビール造りに大切なのは水。実は中富良野町の水道水は、十勝岳連峰の伏流水なんだそうです。軟水で角が無く、まろやかな味わいが特徴とのこと。

「ビール造りで心がけているのが、地元の美味しい素材がちゃんと生きるバランスで造ることですね。どうしても自分の好みに寄ってしまう部分があるんですけど、あくまでも素材が主役になること意識しています」

醸造方法にもこだわりが。こちらでは石見式(いわみしき)という醸造方法を採用しているとのこと。一般的なビール製造は、ビール製造に特化した専用の機材を使用しますが、石見式では専用の機材以外のものを多く活用します。そうすることで設備投資を抑え、小ロットで多品種の製造が可能になるとのこと。ただその分手作業が多く、酵母の働きが予想通りにならないこともあるとか。今も試行錯誤を繰り返しながら、更に美味しいものを目指して改善を続けているそうです。

開業までの歩み、酒類製造免許の取得

ビール事業を進めていく上で、理想のビールを追い求めていくことは最も大きな課題になりますが、それと並ぶ大きなハードルが酒類製造免許の取得です。酒類を製造するには、酒税法に基づいて、所轄の税務署長から製造免許を受ける必要があります。

「免許を取得するまではかなり大変で、2年位かかりましたね。移住した年の秋くらいには税務署に相談に行って、そこから必要なものを準備しはじめました。事業にかかる費用や年間の製造能力を示す資料だったり、製造したビールの販売先の資料だったり。とにかく書類の提出がだいぶ大変でした。知識も無かったし」

nakafurano10.JPG

酒類製造免許を得るには、年間決まった量を製造する必要があります。そして販売先も確保して、それを証明しなければならないとのこと。ん〜なかなか大変なんですね。

現在は、製造所と兼ねた店舗とお祭りなどのイベント等で販売しているとのこと。また、中富良野町内のグランピング施設にもビールを卸しているとか。今後は町内の酒屋さんや、コンビニでも置いてもらえるように、お話を進めているそうです。

「山×クラフトビール」、NAKAFURANO BREWERYが目指すもの

7月15日にオープンしたNAKAFURANO BREWERYですが、お店の大きなテーマとして掲げているのが「山×クラフトビール」。どちらも鵜飼さんの大好きなものですが、こちらについても伺ってみました。

「今はまだそこまで準備ができていないんですが、将来的にはこのTaproomに、山関連のアイテムを集めたセレクトショップも併設する予定です。山好きな方が立ち寄りたくなるようなお店にしたいです。キャンプ場や登山口にビールを配達したり、山や絶景スポットでビールを飲むツアーとかも考えていきたいですね」

「このクラフトビールが、登山やスキー・スノボが好きな方の中富良野町に来るきっかけになったらいいなって思います。中富良野町を拠点にして、夏でも冬でも山を楽しんでもらえたら嬉しいですね」

nakafurano11.JPG

また、このお店を、このビールを楽しんでもらいたいという思いは、この町に来る方だけで無く、この町に住む方にも向いています。

「中富良野町には居酒屋さんとかも少なくて、予約無しだとなかなか入れなかったりするんですよね。なので、ちょっと一杯だけ気軽に飲める場所になりたいなって思います。一人でふらっと飲みに来て、そこで町民同士の交流が生まれるような、そんな場所にしていきたいです」

そんな鵜飼さんの思いの通り、こちらのお店には地元の方もよく来ていただいているようです。このビールをきっかけに、地元の方同士の新たな繋がりも生まれているのかも知れません。

もっともっと中富良野を楽しみたい

現在は、朝から夕方まで週2回の仕込み、仕込みがない日は瓶詰めやラベル貼り、仕入れや事務作業、夕方からはTaproomで接客と、多岐にわたる仕事をこなされている鵜飼さん。新たな卸先への営業も欠かせません。お仕事の一部は旦那さんにも手伝ってもらっているとのこと。ちなみに旦那さんは名古屋出身で、1年半前にご結婚されたそう。出会ったのもニセコでスキーがきっかけだったそうです。

新しく動き出した仕事と、中富良野の雄大な自然に囲まれた暮らし。充実した生活を送れてますね?と伺いましたが、意外なお返事が。

「実はここ数ヶ月は、全く休みが取れてない状態なんですよね。冬場にどう休みを確保していくかが今の課題ですね〜」

nakafurano12.JPG

確かにこれだけの業務内容だと、休む暇も無いかもしれませんね。自分の思う暮らしや、生き方を手に入れるためにも、今はとにかく走り続けるだけなのかもしれません。

「自分のやりたいことを仕事にできて、楽しいことは楽しいですけど、今は大変さが勝ってる感じですね。自分の思ったとおりにいかないものを相手にしてますから。でも今は頑張るだけですね」

もともとは山が好きで、スノーボードを楽しみたいという気持ちでここに暮らしていること。仕事も大切にしながら休みもちゃんと取って、楽しんで生活していきたいという思い。

望んだ生き方を手に入れるのは、そんなに簡単ではないのかも知れません。
鵜飼さんのお話を伺う中で、ひたむきに頑張る姿を見せていただいて、鵜飼さんがこの場所で望んだ生き方を実現できるように、この先もずっと応援していきたいなと思いました。

nakafurano13.JPG

合同会社NAKAFURANO BREWERY 鵜飼亮子さん
合同会社NAKAFURANO BREWERY 鵜飼亮子さん
住所

空知郡中富良野町北町9-2

URL

https://nakafuranobrewery.com/


中富良野に移住してクラフトビールブルワーへ、その思いと暮らし

この記事は2023年7月26日時点(取材時)の情報に基づいて構成されています。自治体や取材先の事情により、記事の内容が現在の状況と異なる場合もございますので予めご了承ください。