岩内町といえば、積丹半島の西側の付け根にある、魚介で有名なまち。日本海に面していて、江戸時代末期から明治時代まではニシン漁、昭和時代からはスケソウダラ漁などでにぎわってきました。近年は温暖化による影響で全国的に水揚げ高の減少や魚種の変化が問題になっていますが、岩内の海も例外ではありません。
そんななか、「岩内の魚って、いろいろ取れるし本当においしいの!」と笑う、バイタリティーに溢れた女性がいます。彼女の名前は石橋亜希子さん。町内のサラリーマン家庭で育ちましたが、30年前に漁師の家に嫁いでからは魚介のおいしさに開眼。3年前からは、家族の男衆が取ってきた新鮮な魚を、自宅の敷地内に建てた加工所で商品化、主にネットショップで販売をしています。
化学物質過敏症、魚の生臭さが苦手な自分がおいしく食べられるものを
旬の魚をさばいて丁寧に処理をした切り身や味噌漬け、こだわりの醤油、塩、味噌を使いコンブのダシを効かせた3種類のいくら漬け、化学調味料を一切使わずに作った鮭フレーク...。見るからにおいしそうなラインアップですが、特に人気ナンバーワンという「ほっけの開き」は、一見すると別の魚かと思うような、色白のきれいな身が特徴。焼けばジュワーッとにじみ出る脂は透明でジューシー。この極上の開きをつくるために、船上で活け締めをし、加工場で秘伝の工夫を施しているそうです。そこまでこだわって作るワケは...?
「私は元々、魚のにおいがあまり好きではなかったんです」と亜希子さん。
商品の加工レシピは、すべてご自身が開発したものだそうです。その基準は「自分が本当においしいと思えること」。
また、軽い化学物質過敏症を持っているそうで、商品には化学調味料を一切使っていません。購入したお客さんからは「アレルギー体質で市販品を食べられなかったけれど、ようやく食べられるものが見つかりました!」「アレルギーを持つ老犬の食が細くなって心配していましたが、鮭フレークをあげたらものすごく食いつきが良かったです」と喜びの声が寄せられているとか。
お値段はやや高めですが、それだけに手間も材料もこだわり抜いた逸品ぞろい。使っている調味料や油は体にやさしく、素材のおいしさを引き立たせる上質なものを取り寄せているそうです。
そのなかでも、亜希子さんが地元で見つけた「最高のうまみ調味料」があるといいます。それは、夏の1週間だけ収穫できるホソメコンブ。家庭用に手作りしていた鮭フレークを商品化するときに、良い調味料はないかと模索していたところ、思いついたのがなじみのあるコンブでした。「家では、普通に汁物や煮物のダシとして使っていました。でもコンブって、ダシを取った後は捨ててしまうんですよね」。
「なんとかコンブも食べられるようにできないか」と試行錯誤を重ねていたある日、亜希子さんはコンブを干して粉状にすることを思いつきます。「料理と一緒に食べられて、エコにもなるし、一石二鳥!」。この粉末はソイの味噌漬けや鮭フレークやなどの調味に使うほか、「岩内の昆布粉」としてネットショップでも販売しているそうです。
「大きくなったら船に乗る!」と宣言した息子が漁師に、娘夫婦も岩内に移住
定置網漁を営んでいる石橋家は家族経営で、それぞれ漁の役割分担をしています。漁に出るメンバーは、ご主人の海さんと息子の皐(さつき)さん、娘婿の水谷俊郎さんの3人。「主人たちは早いときは3時半に漁へ出て、10時ごろ市場に荷揚げをします。私と娘は市場で待っていて、荷揚げや出荷の手伝いをする。それから主人たちは網の修理などをし、私と娘は自宅敷地にある加工場で製品づくりに取り掛かります」
漁師の仕事は後継者難といわれていますが、皐さんは小さいころから「大きくなったら船に乗るんだ!」と宣言、高校卒業後は漁師の道に進みました。2年前には、娘の美咲さんの夫、俊郎さんも漁師になることを希望します。「里帰りしてきた時に、『自分も船に乗りたい』と相談されて、『それじゃあ、来るかい?』という感じで、あっさりと決まりました」。
左上から、皐さん、海さん、俊郎さん。下段が亜希子さんと、娘の美咲さん
俊郎さんは愛知県出身で、美咲さんとは札幌の大学同期だったとか。卒業後は地元に戻って美咲さんと結婚、営業のサラリーマンをしていましたが、やがてコロナ禍に。仕事で思うように動けない悩みがあった俊郎さんは、大好きな北海道に戻って漁師をしたいと志願します。「もともとアウトドア好きな性格で、岩内に来る時は『北海道に帰るぞ!』と、ものすごく喜んでいましたね」。
最も遠い漁場までは片道1時間、漁師になるための最大の関門である「船酔い」もなんとか克服し、いまでは船から見える四季の風景や毎日変わる海の色、沖で泳ぐイルカなどを見て感動する日々だとか。「私たちにとっては、いつも見ている風景なんですけどね」と、亜希子さんは笑います。
岩内港の美しい風景
家族共倒れになる前に、夫婦で決めた六次産業化への挑戦
漁業者が自分で取った魚介を使って商品をつくり、販売する。この六次産業化に取り組んだ理由について、亜希子さんに尋ねてみました。
「岩内でも、海の環境が確実に変わっているんですよね。大量に揚がっていたスケソウダラが獲れなくなってきたり、珍しい南の魚が網に入ってきたり。ここ数年の漁獲高は顕著に減ってきていますし、魚価も安くなってきていて、収獲したものをただ出荷するだけでは、いずれ立ち行かなくなることは想像していました」。
数年前までは、札幌や東京、大阪といった都市圏の居酒屋さん向けに魚介の直送をしていましたが、コロナ禍でお店のお客は激減、注文が止まってしまいます。「せっかく息子がうちを継いでくれたのに、このままでは共倒れになってしまう...」、危機感を抱いた石橋さん夫婦は、何か良い方法がないかと模索していました。
そんなときに知ったのが、同じく漁業に対する危機感から、漁師の六次産業化を推し進めている本州の会社です。そこでは、漁師が「海の環境と人の身体に配慮する」というポリシーを持ち、安心・安全な魚や加工品をネット販売するシステムで、多くの消費者に支持されていました。
亜希子さんは、「身をもって」そのポリシーに共感したといいます。「私は海のことをよく知っているし、自分自身が化学物質過敏症でもある。だからこそ、お客さまに納得してもらえる商品がつくれると思いました」。
加工場は、清潔そのもの。
「うちで取れる魚は絶対においしいのだから、化学調味料など使わずに加工・商品化してネット販売をしよう」。六次化について、石橋さん夫婦は何度も話し合います。加工販売は未経験だし、加工用の施設も建てなければならない。「やはり不安はありました。それでも、『息子たちのために何かを残してあげたい、考えているよりもまずはやってみよう!』、そう決断したんです」。
手間をかけても、徹底して海と身体に良いものを使う
自宅の敷地内にある加工場におじゃましてみました。自費を投じて建てた加工場のなかは、魚の生臭さも、漂白剤のきついにおいもありません。「洗剤はすべて無添加のものを使っています」と亜希子さん。「漁師として、海の環境を整えることが大切だと意識していますし、海を汚さないためにはプラスチックだけでなく、生活排水もなるべく汚れたものを出さないように心掛けています」。
加工する魚は自分たちで収穫したものですが、いったん出荷して漁協が買い取り、値段が付けられたものを購入しているそうです。水揚げしたものをそのまま使えばいいのに、とも思えますが、「自分たちだけが利益を得るのではなく、全体が潤うように」と考えているそう。
亜希子さんのモットーは、「どんなに疲れていても、その日に獲れた魚はその日のうちに処理をして、片付けも徹底的に行う」こと。すべての作業を終えてから、うちに戻って家事をして、寝るのは午前2、3時になることもあるのだとか。そんな亜希子さんの楽しみは「やることが終わってから、寝る前に飲むビールですね!」。朝から晩まで家族のために、そしてお客さんの喜ぶ顔のために動き回る亜希子さんにとって、唯一のマイタイム。ビールもきっとおいしいに違いありません!
岩内の漁業を、伝統の食を、次世代につないでいく
とても多忙でイキイキと動いている亜希子さんですが、サラリーマン家庭から漁師の家に嫁いだ時には不安があったのではないでしょうか。「母親の実家が漁業を営んでいたので、『漁師は短気で声も大きいし、嫁いだら大変だよ』とすごく心配されました。でも、石橋の家では、そんなことはまったくなかったですね」。むしろ、結婚してから漁師に対するイメージが覆されたそうです。「主人は短気ではなく、マイペースな人ですし、誰も大声を出すようなことはしません。どちらかといえば、穏やかな人たちなんですよ」。ご近所さんも温かく、遊んでいる子どもの面倒をみてくれたり、家にたくさんの野菜を届けてくれたりするそうで、「安心して子育てができるまちです」と話します。
また、近年はあらためて岩内の魅力に気づくこともあったそう。コロナ前はインバウンドの観光客と交流があったそうで、「外国から来る人や娘夫婦を見ていると、海ではマリンジェットやSUPといったアクティビティーがあるし、近くには立派な山があってスキーを楽しんでいる。この地で生まれ育った私にとって、岩内はつまらない土地だと思っていたのですが、いまでは『宝がいっぱいあるまち』だと気づかされました」
石橋家に嫁いでから、魚についての意識も変わったといいます。「さっきお話ししたように、私は子どものころから魚の生臭さがイヤだったんですよ。お刺身も嫌いでした。でも、石橋の家で取った魚をさばく時は、全然くさくないし、食べるとすごくおいしいんです。だから、お客さんに届ける魚の開きや切り身にしても、鮮度の良い魚を食べてほしいと思うんですよね」。
さらに、義父母から魚のおろし方や伝統食づくりを教えてもらったことが、とても役に立っているのだとか。「岩内の郷土料理、食文化を絶やさないように、自分が得た知識を次の世代にも伝えていきたいと思っています」。亜希子さんは、大きな樽に漬け込んだ「ほっけのいずし」を見せてくれながら、いまは娘さん夫婦にも仕込み方を教えていると話してくれました。「岩内では四季を通していろんな魚が取れます。春はホッケ、夏はカレイ、秋はサケ、冬はタラとアンコウ...。道内ではアンコウはあまり食べられることがないのですが、次は『アンコウのともあえ』を作って商品に加えたいですね」。
うかがったのは11月の末。保存食である、ホッケの飯寿司が大量に漬け込み中でした
海の環境に配慮し、自分が納得できるまでおいしく、体にやさしい材料で作った商品を売る。魚に親しみを持ってもらうことで、魚文化を次世代につなげていく...。
小さな加工場から、そんな思いが詰まった商品が今日も全国へ運ばれていきます。
大量の重石で魚の水分を抜きます
何の機械でしょう?? 正解は、、、魚の皮むき器!
- 石橋漁業部 石橋 亜希子さん
- 住所
北海道岩内郡岩内町敷島内
- URL